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第2章

17・リラとヴィクター①

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 部屋の中央には、革張りのソファーのセットが置かれていた。その奥には書類の載った執務机がどんと構えている。

「ここは?」
 
 まさに偉い人の部屋と言った感じだが……。客間かなにかだろうか。

「ここは学園長室ってやつだな」
 
 私が尋ねると、ヴィクターはにかっと笑いながら答えた。
 学園長室ってことは、つまりエミルの仕事部屋ということでは……?
  
「……ここにいたらエミルが来たりしない?」

「来るかもしれないが、しばらく子どもたちに捕まってるから動けねぇよ」

「……確かに」
 
 ヴィクターはソファーにどっかと腰掛けると、私にも向かいに座るよう促した。

「それで、あなたとエミルが兄弟みたいなものってどういうことなの?」

 私はソファーに座りながら、先ほどのヴィクターの言葉を繰り返す。
 ヴィクターは「ああ」と頷いた。

「正確に言えば、兄貴分ってとこだな」

 ――なるほど、言われてみればヴィクターのエミルへの接し方は兄貴分のそれだわ。

 ただの友人にしては、二人の関係に違和感があったのだ。
 ヴィクターがエミルの兄貴分、というのには妙に納得してしまった。
 友人よりも、そちらの方がしっくりくる。
 
「15年前、辺境の村リンドベリーで、お前さんを抱いて泣きじゃくるエミルを見つけたのは俺だ」

「……っ!」

 ヴィクターから告げられた内容に、私は息が止まるかと思った。

「俺は、当時黒の厄災の研究をしていてな。調査としてリンドベリーに向かったんだ。そしたら、家も何もかも焼けて誰もいない村の中、異様に綺麗な少年が動かないリラを抱えて泣いていて……。見ていられなくて連れて帰った」

「……あなたがエミルを助けてくれたのね。ありがとう」

 どんな事情であれ、ヴィクターが村にやってきてくれて良かった。
 ヴィクターがリンドベリーにやってきてくれなかったら、エミルも私も、今生きているか分からない。
 
「おうよ。しばらくは一緒に生活していたんだが、俺の生活態度がエミルの目に余ったらしく、そうそうに別居することになったんだ」

「……どんな生活していたのよ」

 私はつい呆れて苦笑してしまう。
 エミルは整いすぎた顔立ちのせいか冷たい印象を受けるが、一度懐いた相手には優しい子だ。
 そんなエミルが見放すほどとは……。ヴィクターは一体どんな生活をしていたのだろう。

「……研究しかしてなかったからな。そのほかの日常を捨てた俺の生活は、綺麗好きのエミルには耐えられなかったらしい」

「研究者としては普通だぜ?」とヴィクターがぶつくさとボヤいている。私は妙にヴィクターへ親近感が湧いてしまった。
 私も大雑把に生きている方だから、昔からよくエミルに小言を言われていたのだ。ヴィクターのように見放されたりはしなかったが……。
 
 ――ああ、でも。エミルが立派に成長出来たのは、ヴィクターのおかげなんだわ。

 私が仮死状態になったあとの空白の時間。
 そこに、ヴィクターはいたのだ。
 まるで私の代わりのように、エミルのそばにいた。

 ――ヴィクターのおかげなんだって、分かっているのに……。

 どうしてだろう。
 ヴィクターがうらやましくてたまらない。

 ――私が一番、エミルのことを見守っていたはずだったのに。

 大切にしていた宝物を、とられてしまったような気分だ。

 ――私が一番そばで、エミルの成長を見たかったのに。

 ヴィクターにはなんの非もないとわかっている。
 それどころか、私にとっても彼は恩人だ。わかっている。

 それでも一度湧いてしまったその感情は、胸にうずくまって消えてくれそうになかった。
 膝に置いた手を、ぎゅっと握りしめてしまう。

「どうした?」
 
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