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第2章
15・魔女は尾行中
しおりを挟む昼の街には、多くの人が行き交っていた。
人混みの中、意識を集中させてエミルの魔力の方向を探る。
――エミルは……まだそんなに離れてないわね。すぐに追いつけそう。
私は人の間を縫うようにして、エミルの姿を探して早足で進んでいく。
元々魔力をもつ人間の数はそれほど多くなかったが、今は15年前よりもさらに減っているらしい。
道行く人たちのほとんどが、魔力をもたない普通の人間のようだった。
――まぁ、そりゃそうよね。
そもそも、黒の厄災の一件で力の強い魔女・魔法使いは皆いなくなってしまった。
残っているとすれば、魔力が少ないなどの理由で前線に立てなかったものか、エミルのように当時幼い子どもだったものくらいだろう。
――あ、みつけた。
残り香を辿るように魔力を追っていけば、見慣れた後ろ姿はすぐに見つかった。
昔から、ピンと背筋を伸ばして歩くエミルの姿は変わらない。
――あんまり近づかないようにしないと……。
こちらが魔力を探って辿れるように、エミルだって同じ事が出来る。
私は極力気配と魔力を消して、エミルの後ろをついていく。もちろん、見失わない程度に距離もかなり開けた。
エミルは目的地へ真っ直ぐに向かっているようで、足を止めることは一切ない。
街の大きな通りを抜け、郊外の方へ向かっているようだった。
店や家が並んでいた周囲は、いつしか建物も人影もまばらになっていく。
私は周囲の物陰や木陰に身を隠しながらついて行っているが、振り向かれたらと思うとひやひやする。
――一体どこに向かっているの?
それなりの距離を歩き、豪華な装飾の施された鉄扉の前でエミルはようやく足を止めた。そのまま鉄の扉を押し開け、中に入っていく。
私は少し離れた木陰に身を隠したまま、そっとエミルが立ち止まった場所を見上げた。
――うわ、すごく立派な建物……。
鉄扉の奥には、白い壁に高い尖塔を持つ左右対称の建物があった。一見すると、教会のように見える。
宗教施設かなにかだろうか?
その瞬間、私の頭に『私を過剰に崇めている場所』という情報がよぎってしまった。
思わず、ぶるりと肩を震わせてしまう。
――まさか、私を勝手に教祖様にでも仕立て上げてるんじゃ……。
恐ろしいことを考えてしまった。
エミルならやりかねない。変な想像を否定しきれないのがまた恐ろしい。
私が木陰で顔をしかめて考え込んでいると……。
「お嬢ちゃん、そんなところで何してるんだ?」
不意に背後から声をかけられた。
「わっ!」
考えに意識を取られていて、後ろから人が来ていることに気づかなかった。
飛び上がりそうなほど驚いてしまう。
振り返ると、そこに居たのは白衣に丸眼鏡のガタイのいい男性。ヴィクターだ。
「ヴィクター……!」
――あ、しまった。
変装中だというのにうっかり名前を呼んでしまって、私ははっと口元を押える。
しかし、口に出してしまった言葉は引っ込められない。
「なんだ、俺を知ってるのか? もしかして……逆ナンか? いやぁ、ようやく俺の魅力に気づいてくれる人が現れて嬉しいぜ」
ヴィクターはあご髭を片手でなで擦りながらなんだか嬉しそうだった。勘違いもいいところだが、顔がにやけていて満更でもなさそう。
「だけど、悪いな……。俺、年下は恋愛対象外なんだ」
「違うわよ!」
神妙な面持ちでヴィクターが私の肩に手を置いてくるものだから、耐えきれずに突っ込んでしまった。
――この人、やっぱり変な人だわ。
しかし、悪い人では無さそうだ。見た目は悪人寄りだけれども。
エミルは建物の奥へ行ったようだし、見つかったのはヴィクターだ。正体を明かしても大丈夫だろう。
そう判断した私は、パチンと指を鳴らして一旦魔法の変装を解く。
みるみるうちに、私の姿が元のものへと変わっていって、ヴィクターは丸眼鏡の奥の瞳を見開いた。
「……私よ」
「……こりゃ驚いた。魔女様だったのか」
ヴィクターは感心したように「ほー」と息を吐いている。
「リラでいいわ」
「で、リラはどうしてこんなところにいるんだ?」
こちらとしても、まさかヴィクターに会うとは思っていなかった。
彼こそどうしてここにいるんだろう。
私は不思議に思いながらも、とりあえず口を開いた。
「実は――」
「ぶっ! わははは! 面白そうなことになってんなぁ!」
あらかたの事情を話すと、ヴィクターは腹を抱えて豪快に笑った。
そこまで笑わなくてもいいのに。
どうやらエミルが調査されているという状況が、ヴィクターのツボにハマったらしい。
「いいぜ、俺が中を案内してやるよ」
ひとしきり笑うと、ヴィクターは目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら言ってきた。
「いいの?」
気にはなるものの、建物の中に入ることははばかられて、正直もう帰ろうかなと思っていたところだった。
ヴィクターの申し出は、純粋にありがたい。
思わず目を輝かせて見上げてしまった私に、ヴィクターは大きく頷いた。
「ああ。ここは俺にとっても職場だからな。俺が招待したってことにすればいいだろ」
「ありがとう」
「いいってことよ」
私の礼に、ヴィクターはにっと口元を引き上げて笑った。
先ほどエミルが通って行った鉄の門を、ヴィクターが押し開けてくれる。
「それで、ここはどんな場所なの?」
ありがたく門をくぐりながら、私はヴィクターに尋ねてみた。
「ここは、王立セレンディア魔法学園。魔法使いの素質を持つ子どもたちが集まっている特別な施設だ」
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