上 下
10 / 21
第1章

10・15年ぶりの街③

しおりを挟む

「……これって誰が建てさせたの?」

 私が発した疑問に、エミルは端正な顔立ちを忌々いまいましげにゆがめた。
 露骨に嫌そうな様子で口を開く。
 
「師匠もよく知っている方ですよ。現国王陛下……、いえ師匠にもわかるように言えば、あなたの元婚約者だったあの方です」

「えええええ……」

 エミルの口から出てきた思いもよらぬ相手に、私まで眉間にしわを寄せてしまった。
 私の元婚約者ということは、アルフォンス王太子殿下ということか。15年前は王太子だった忌まわしき私の婚約者。どうやら順当に国王になっているらしい。

「あれだけ師匠に嫌な思いをさせておいて、後々になってから崇めるとは本当に図々しい……」

 王族相手への発言としてはふさわしくない言葉をエミルが小声でぶつくさ呟いている。しかし、その意味はよく理解できなかった。
 崇める? 王太子殿下が私を? まさかそんなわけないだろう。

 長年放置された挙句浮気されるほど不仲だったのに(なんなら別れ方さえも最悪)、わざわざ私の像を建てさせるとは思わなかった。国民の手前、さすがに国を救った英雄相手にずさんな対応はできなかったというだろうか。
 そもそも、良く考えればここは王都だ。王都の広場に石像を建てるには、どんな意図があれど国王の許可は必要不可欠だろう。

「まぁそんなわけで、こういうものが街のいたるところに建てられてるので、師匠の顔が知れ渡っているということです」

「なるほどね……」

 私は苦々しい思いでため息をついた。
 アルフォンスに一体どんな心境の変化があったのかは知らないが、こちらとしてはありがたいというより迷惑だ……。

「師匠」
 
「ん?」

 ふと呼ばれて顔を上げる。
 見上げれば、エミルは青い瞳を真っ直ぐにこちらへ向けてきていた。

「師匠は、これからどうされますか? どう生きたいですか?」

「……私は――」

 改まった様子で問いかけられて、私は少し考える。

 ――私は、これからどうしたいんだろう。
 
 私は生まれた時からずっと、歴代最強の魔力をもつ魔女として生きてきた。
 魔女一族の悲願であった黒の厄災を討ち滅ぼすことを期待され、人間からは足枷のように王太子の婚約者としての役割に当てはめられた。

 だけれどそんなリラ・オルデンベルクは過去の英雄で、死んだことになっている。今の私はもう、国一番の魔女では無いはずだ。

 それに、私の魔力は15年前と比べて随分と弱くなってしまった。

 魔力が減った、というわけでは無い。
 しかしエミル曰く、私は魔力を生成する器官を一度壊してしまった身だ。
 エミルのおかげで魔力器官が修復されたとはいえ、かつてに比べてやたら魔力の生成が遅いことは自覚していた。

 ――私は、もう国一番の魔女なんかじゃないわ。

 確かに世間では救世の魔女ではあるのかもしれないが、過去の栄光というやつだ。
 今の私は、人々から尊敬されるような立場ではないだろう。

 ――それに……。私はあの日、願った。

 15年前の、ひときわ美しく満月が輝いていたあの夜。
 私は意識を失う前に、願ったのだ。

 もしも来世というものが存在するのなら、国一番の魔女ではなく、普通の女の子として生きたいと。
 
 今ならば、それが叶うかもしれない。

「――私は……救世の魔女じゃなくて、ただのリラとして自由に生きたいわ」

 青い瞳を見返して真っ直ぐに伝えた私に、エミルはふっと、優しい微笑みを浮かべた。
 私の言葉も、気持ちも、すべてを受け止めるかのような、そんな微笑み。
 
「分かりました。僕は師匠の望みを叶えるまでです」

 静かな口調でそう言うと、エミルは私の手をそっとすくい上げた。
 そのまま指先を、エミルの口元まで持っていかれる。
 唇が触れるか触れないかの距離だ。指先にエミルの吐息がかかってくすぐったい。

「僕は師匠に拾われたからここにいる。僕の持ちうる力すべてを使ってでも、あなたを幸せにすることを誓います」

「ッ!?」

 瞳を閉じて、まるで祈りを捧げるように囁いてくるエミルに、私は呼吸が止まるかと思った。
 幸せにする、だなんて。そんな言葉を言われたのは初めてだったから。

 ――いや、でもここ、街中!!

 周囲のざわめきが耳やら視界やらに入って、落ち着かない!
 
 人目を引くエミルの容姿のせいか、広場にいた何人かの女性が、遠巻きにうっとりとこちら(主にエミル)を見つめているのがわかる。

 だけれど、私はエミルの手を振り解けなかった。
 エミルが幸せそうに微笑んでいたから。

「僕は、師匠のことが大好きです。あなたとまたこうして話せて幸せだ」

 どうしよう。エミルから目が離せない。
 昔から数え切れないほど「大好きです」とエミルは伝えてくれた。
 かつてと同じ言葉。成長したとはいえ、発している人も同じだ。
 それなのに、今は違う意味が込められているように感じてしまう。
 
 何か言葉を返さなくてはと思うのに、口の中が乾いて上手く声を出せない。
 
「エミル――」

 私がどうにかエミルの名前を口にしたその時、
 
「エミル……。しばらく姿を見せないと思ったらこんな街中でいちゃつきやがって。俺への当て付けか?」

「……っ!?」

 背後から低く落ち着いた男性の声が聞こえてきて、私はびくりと肩をはね上げた。
 慌ててエミルに掴まれていた手を引っこ抜く。

 振り返った先にいたのは、丸メガネをかけた白衣姿の男性だった。
 
 ――な、なに、この人……。
 
 一言で言うなら胡散臭い、という言葉が一番似合うだろう。
 
 ツーブロックに短く整えられた銀灰色の髪と、気だるそうな雰囲気の割に鋭い光を放つ琥珀の瞳。
 その男は、片方の手で中途半端に伸びたあご髭をさすりながら、反対の手を白衣のポケットに手を突っ込んでこちらに近づいてきた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

処理中です...