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第2章

幕間2・エマside①

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 時はキキョウとリシャルトが城下街をデートしていた日より少し遡る……。
 
 アルバートが国王陛下より、一ヶ月以内にエマの聖女としての力を示すように告げられてから3日後のこと。


 ◇◇◇◇◇◇


 エマは聖女代理として、列聖省から仮の認定を得ることができた。そして、大量の荷物を持って教会本部にやってきた初日。
 午前中は荷物を部屋に運び入れるだけで潰れてしまった。とりあえず食事にしましょう、と名前も知らない治癒士に声をかけられたので、エマは大人しくついてきたのだが……。

 修道院の食堂の椅子に座り、机にひじをついたままエマはぶすくれていた。

「ねぇ、これなぁに?」

 エマは目の前に置かれたパンとスープをじろりと見やる。
 男爵令嬢であるエマが普段食べているものより、圧倒的に質の低い食事だ。

「なに、と言われましても……お昼ご飯になりますが」

 エマの前に座る栗色のボブの治癒士――ニコラが答える。
 食堂にはエマとニコラ以外にも数人の治癒士がいて、みなもくもくと食事をとっていた。
 この修道院で暮らす治癒士たちにとってはごく一般的な食事になるのだが、あいにくエマにとっては違った。

「エマ、こんなの食べられなぁい」

「と言われましても……」

 ニコラは前の聖女様とはあまりにも違う聖女代理・エマの対応に、初日から困り果てていた。

「エマ、お城に行ってくるね。アルバート様とランチご一緒できないかなぁ」

「あっ、エマ様……負傷した兵士が先ほど運ばれて――!」

 慌てて呼び止めようとしたニコラの声は、既に席を立ったエマには届かない。
 エマはるんるんと修道院を出ていった。


 ◇◇◇◇◇◇

 
「で、王城ここに来たわけか……」

「そうなんですぅ」

 教会本部に隣接する、王城内。アルバートの部屋。
 エマは豪華な花の刺繍が施されたソファにちょこんと座り、これ見よがしにため息をついた。

「エマ、あんな安っぽいもの食べられなぁい」

「そうか……。困ったな」

 以前の教会のときは、使用人を持ちこんで自分だけの食事を作らせていたのに……とエマは不満げにぼやいた。
 今回、エマが聖女代理を認める条件として、修道院に住み込むようにとお達しがあったのだ。なお、部屋が少ないため使用人の持ち込みは不可、と釘を刺されていた。

「アルバートさまぁ、お昼はここでアルバート様とご一緒してはダメですかぁ? エマ、アルバート様と一緒にいたぁい」

 お得意の甘ったれた声で、エマは隣に座るアルバートにしなだれかかる。
 こうやって甘えれば、だいたいの男性はころりと自分の言うことを聞くのだということをエマは知っていた。

「ま、まぁ、それくらいはバレないだろうし……いいだろう」

 案の定、アルバートは鼻の下を伸ばしてにやにやしている。

 (ちょろいわね、アルバート殿下って)

 エマは心の中でほくそ笑んだ。
 実のところ、エマはアルバートのことを大して好きではなかった。それなのに、こんな馬鹿みたいにアルバートへ擦り寄っているのは、ひとえに王太子妃の座を狙っているだけにすぎない。

 (あーあ、こんな単純馬鹿な王子より、リシャルト様の方が断然好みなんだけどなぁ)

 数年前に一度夜会でリシャルトを見かけた際に、甘ったれた猫なで声で擦り寄ってみたのだが、「他を当たって下さい」と冷えた笑顔であしらわれたことをエマは覚えている。

 (このちょーぜつかわいいエマを振って、なんであんな忌まわしい見た目の聖女なんか)

 3日前のことをエマは思い出した。
 アルバートと一緒に教会本部へ行って、やっと聖女から婚約者の座を奪うことができたのだ。
 アルバートと共に、どうやったら自分たちが周囲に咎めれることなく結婚できるか計画を立ててきただけはあった。

 (結果的に、エマが聖女役をしないといけなくなるのは誤算だったけど)

 仕方がない。
 エマの身分では、王太子であるアルバートと結ばれるには不足なことを、エマ自身理解していた。
 王族の結婚相手は公爵以上の身分が鉄則である、というのがこの国の慣例なのだ。
 だからこそ、手っ取り早く身分を上げる方法として、聖女の身分を手に入れようとしたわけだが……。

 それなのに想定外だったのは、リシャルトが聖女に求婚したことだ。

 (なんでエマのことはあっさり振ったくせに、あんな役に立たない聖女なんかにプロポーズするの? 意味わかんないんだけど?)

「ところでエマ、仕事の方は大丈夫そうか?」

 アルバートに声をかけられ、イライラと考え事をしていたエマははっと笑顔を取り繕った。

「父上から、1ヶ月以内にお前が聖女として力があるということを示せ、と言われている。でないと俺たちは……」

 アルバートが珍しくも少し焦った調子でエマに問いかける。
 エマはこくりと頷いた。
 
「わかっておりますわぁ。大丈夫です、アルバート様ぁ。この一ヶ月で、エマ、皆さまに聖女だと認められて見せます」

「それならいい。頼んだぞ、エマ」

「はい」

 エマは自信満々に返事をした。
 
 前の聖女がどんな仕事ぶりをしていたかは、エマは興味がなかったので知らない。だが、アルバートからはいつも『あいつは役に立たない聖女だ』『お飾り聖女だ』と散々聞かされていた。

 (あのお飾りの聖女ができて、エマにできないはずがないわ)

 アルバートから豪華なランチを食べさせてもらい、すっかり満足したエマは、軽い足取りで教会本部へ戻っていった。
 
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