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第三章 田中天狼のシリアスな日常・奔走編

田中天狼のシリアスな逃走

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 「え――! 何だよ、つれない事言うなよ~」
「何で~? みんなで集まって試験勉強した方が捗るよ?」

 矢的先輩と春夏秋冬ひととせが、ガッカリした声を上げるが、俺の答えは変わらない。

「俺は――試験勉強は一人でする方が捗る派なんです。誘ってくれて嬉しいですけど、気持ちだけ受け取らせて頂きます」

 ……ま、嘘なんだが。この位キッパリと断らないと、この二人の強引な圧しの強さには到底敵わないという事を、この一月足らずですっかり学習した俺である。

「いやいや! それは了見が狭い考えだぞぉ!」
「シリウスくん、騙されたと思って、一回でいいからやってみない? きっと楽しくって、考えが変わると思うなぁ……」

 そして、この二人が、この程度の拒絶であっさり引き下がる訳が無いという事も、骨身に染みている……。
 ああ、もう。本当に面倒くさい……。

「俺は、一人の方が気楽だから好きなんですよ! 俺は放っておいて、皆さんだけでテスト勉強すればいいでしょ?」
「でもさぁ。皆で教え合いながらテスト対策する方が、効率がいいと思うよ~」
二年生わたしたちがいるから、出題傾向とかもアドバイスできるわよ」

 春夏秋冬ひととせに加えて、撫子先輩も俺を誘ってくる……。ああ……正直、結構ドライな性格のこの人だけは色々と察してくれて、嫌がる俺の肩を持ってくれると思ったんだけどなぁ……。
 矢的先輩がため息を吐いて、大きな声で呟いた。

「一人でチクチクお勉強とか、全く……ネクラだよなぁ、お前……」

 カチンッ 

「はいはい、ネクラで結構ですよ! そんなネクラなんか居ない方が、お勉強は楽しいんじゃないっすか?」
「なーに怒ってんだよ~! 冗談だって、ジョーダン! 機嫌直して、一緒に試験勉強しよーぜ!」
「…………」

 嗚呼……予測はしてたけど、やっぱり埒があかない……。このまま矢的先輩達コイツらと話を続けても、この調子で堂々巡りだ。徒にムダな時間を費やすだけ……。

 ――こうなったら……!

「あー、はいはい。分かりました……分かりましたよ! 一緒に試験勉強してあげればいいんでしょ!」

 そう諦めたように言い捨てると、俺は机の教科書を次々とカバンに放り込む。
 矢的先輩は一転、上機嫌になって言う。

「おう! 最初っからそう言えばいいんだよ! 全く、貴重な時間をムダにしやがってさ」
「アンディ先輩、言い過ぎだよぉ」
「そうね、確かにちょっと言葉が過ぎるわ……ま、矢的くんの言うとおりなんだけど……」
「……………………」

 矢的先輩達のトゲのある憎まれ口に、内心ムッとしながらも、俺は平静を装う。
 詰め終わったカバンを肩に掛け、椅子から立ち上がり、
 
「あ、すみません」

 と、ある事に気付いたフリ・・・・・・をする。

「そういえば俺、放課後に職員室まで来いって言われてたんでした」
「何? お前呼び出し食らったの? 何やらかしてんだよオマエ?」
「さあ……何でしょうねえ? ちょっと顔出してくるんで、ココで待ってて下さい」

 それだけ伝えると、俺は振り返らずに、ゆっくりと教室のドアに向かう。さりげなく、出来るだけ自然に……不審を持たれないように……。
 ――ドアまであと……3メートル……2メートル……。
 その時、

「あら? 田中くん」

 ヤベッ……。撫子先輩が……。

「職員室行ってすぐ戻ってくるのに……何でカバンを持ったまま行くの?」

 悟られた!

「皆さんお疲れ様でした! 失礼しま――――――――っす!」

 俺は、目の前のドアを思いっ切り開け放つと、上履きのサンダルを脱ぎ捨てて、脱兎の如く駆け去る!

「あ――――! シリウスくん!」
「あの野郎! 逃げやがった!」

 背後から春夏秋冬ひととせと矢的先輩の声が聞こえてきたが、俺は一切振り返らずに、ひたすら廊下を疾走する。
 廊下には帰る人が溢れて、通勤ラッシュの駅内の様にごった返していたが、人の間隙を縫い、掻き分けながら、俺は一目散に下駄箱を目指す。

「ふははははははははははは!」

 背後から、不吉な笑い声が近付いてくる。……笑い声の主は分かりきっている。振り返るまでもない。

「はははははは! シリウス! このオレ――『ケイドロの矢的』に追いかけっこを挑むとは、身の程知らずな奴め!」
「あれぇ? アンタ『ピンポンダッシュの矢的』じゃなかったっけか?」
「そうとも言う~!」

 ヤバい。思わず振り返ってツッコミを入れたら、ヤツとの距離がグンと縮まってしまったぞ……!
 いくら、ここ最近の特訓で、以前よりタイムが縮まったと言っても、元々の速力は圧倒的に向こうが上なのだ。マトモに走ったら、すぐに追いつかれてしまう……。
 こうなったら……!
 俺は、人だかりの中から、いかにも強そうなガタイの持ち主の集団(多分相撲部)に目を付け、後ろを指さして、

「助けて下さい! 悪質な変人に追われてます!」

 と、必死な声で叫んだ。

「オイこら! シリウス、誰が悪質な変人だと――て、うわ何をするやめ――!」

 矢的先輩の声が悲鳴に代わり、脇目もふらずに走り続ける俺の耳からだんだんと遠ざかっていく――。
 俺は、走る脚は緩めずに、心中ヤレヤレとため息をつく。

 ……どうやら、うまくいったらしい。
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