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第一部二章 再動

叱責と確執

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 結局、この日の評定は、嫡男義信の中座に列席者たちが動揺したのか、盛り上がりに欠けたまま解散となった。
 恒例であった評定後の酒宴も取り止めとなり、重臣たちは日が暮れる前に相次いで躑躅ヶ崎館を辞去していった。信繁もまた、与力の武藤昌幸を引き連れて、甲斐府中の自邸へと戻った。
 屋敷に帰った信繁は、ゆったりと湯に浸かって疲れを癒やし、冷めた夕餉を摂ってから、自室で火鉢に当たっていた。
 すると、襖の向こうから、嫡男の信豊が声をかけてきた。

「……父上、お客人です」
「ん? ああ――」

 信繁は、顔を上げると、小さく頷く。もう、夜も更けた時間帯ではあったが、来客が来る事は予測していた。

「分かった。母屋の奥間へ通せ」
「――畏まりました」
「……ああ、それと」

 と、信繁は、襖越しに信豊を引き止める。

「あ……はい、何でしょう、父上」
「昌幸も、まだ起きているはずだ。彼奴あやつにも、母屋へ来るように伝えてくれ」
「――喜兵衛めで御座いますか? ……分かりました」

 襖の向こうから聞こえた信豊の声には、微かに訝しむ響きが含まれていたが、信繁の命を素直に承った。
 微かな衣擦れの音が聞こえた後、その気配はだんだんと遠ざかっていく。

「……さて、と」

 信豊の足音が聞こえなくなると、信繁は、火鉢にしがみつこうとする己の手を半ば強引に引き剥がして、ゆっくりと立ち上がった。
 そして、ぶるりと身体を震わせる。

「今宵は一段と冷えるな……」

 そう、独りごちると、しきりに両手で二の腕を擦りながら、自室から出て行った。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「さて、待たせて済まないな。――兵部」

 奥の間に入った信繁は、平伏している男の背中に労りの言葉をかけた。

「いえ……こちらこそ、こんな夜分に押しかけまして、申し訳御座いませぬ」

 と、頭を畳に擦りつけながら答えたのは、飯富兵部虎昌であった。彼の傍らには黒い頭巾が小さく畳まれて置いてあった。
 信繁は、虎昌の言葉に小さく頷くと、上座の円座わろうだの上に腰を下ろす。
 彼の後ろについて、奥の間に入った昌幸は、恭しく頭を下げると、襖の脇に立膝をついて腰を下ろした。
 虎昌は、昌幸の姿を目にして、怪訝な表情を浮かべるが、

「昌幸は、我が与力だ。それに、西上野でお主らと共に戦った真田弾正の息子でもある。この者が、此度の事を決して口外せぬ事を、この儂が保証しよう」
「左様で御座る。どうかご安心下され、飯富様」

 という、信繁と昌幸の言葉に、「承知いたした」と、渋々ながらも頷く。
 信繁は、虎昌の返事に頷くと、二の腕を忙しなく擦りながら言った。

「おお寒い――ここ最近、めっきりと冷え込むようになったな。この部屋は滅多に使わぬ故、火鉢なども置いてはおらぬ。――どうだ? 身体を温める為にも、ここで一献――」

 信繁の提案に、無類の酒好きである虎昌の喉がゴクリと鳴ったが、彼は激しく頭を振った。

「……有り難く、かつ魅力的なお言葉ではありますが、結構で御座る。――それより」

 信繁の申し出をやんわりと断りながら、虎昌は膝を躙り寄らせ、早速本題に入ろうとする。

「評定前にお伝え致しました、御相談させて頂きたいという件で御座います。――早速ではありますが、それをこれから……」
「……良い。昼間の評定を見て、お主らが何にそこまで怯え、憤っているのかは大体分かった。――お屋形様の、四郎に対する扱いの事だな」

 信繁の言葉に、虎昌は浮かぬ顔で、小さく頭を振った。

「……いえ。――確かに、お屋形様は四郎様に些か甘い様に見受けられますが、その点は、拙者も若殿も、そこまで気には留めておりませぬ。寧ろ……」

 虎昌は、そこまで言うと言い淀んだ。
 その様子を見た信繁も、眉を曇らせる。

「……であれば、気に掛かるのは、お屋形様の、太郎に対する態度の方か……」

 信繁の言葉に、虎昌は黙って首を縦に振った。

「……確かに、ここ最近のお屋形様と若殿との間には、壁のような隔たりがあるのを感じますな」

 襖脇に控えている昌幸が、ボソリと言った。
 信繁は視線を上げ、昌幸を見た。

「……壁?」
「はい」

 訝しむ信繁の呟きに小さく頷き、昌幸は言葉を継ぐ。

「典厩様はご存知ないと思いますが、お屋形様と若殿は、二年前の八幡原の戦いの後にひと悶着ありまして……」

 昌幸は、当時の事を思い出そうとする様に、その切れ長の目をやや伏せて、ポツポツと語り出した。

「あの日……典厩様の隊が総崩れになった後、上杉軍の中枢によって、本陣が急襲された事はご存知ですね?」
「……ああ。知っている。その際に、お屋形様自ら、軍配を手に敵を迎え討ち、手傷を負われた事もな。――とはいえ、その頃の儂は、槍で身体に穴を開けられて昏倒していた故、又聞きでの内容しか知らぬが」
「まあ、それを言えば、妻女山奇襲の別働隊に組み込まれていた拙者や飯富様も、直に見た訳では御座いませぬ」

 昌幸は、そう言って薄く微笑むと、言葉を続ける。

「――その際に、総崩れになりかけた本陣を救ったのが、他ならぬ若殿でした」
「ふむ……」
「若殿は、八百の手勢を纏めて、上杉軍の横腹に攻めかかりました。若殿は、隊の先頭に立ち、自ら手槍を振るって、上杉の兵を散々に蹴散らしました。その為に、上杉軍は一時混乱。お屋形様は虎口を脱し、その直後に着到した我ら別働隊が合流し、戦況が逆転致しました」
「素晴らしきお働きであったらしいです、若殿は」

 昌幸の言葉を受け、虎昌は厳つい顔を綻ばせるが、すぐにその顔は憂いに沈んだ。

「……問題は、その後」
「……問題?」
「はい」

 問い返した信繁に、力無く頷く虎昌。

「戦いの後、夥しい戦死者の埋葬を終え、海津城に集められた我々の前で……若殿は、お屋形様より、強いを受けたのです」
「叱責……だと?」

 虎昌の言葉に、信繁は思わず耳を疑った。

「なぜ? お屋形様の窮地を救った上に、上杉軍の勢いを削ぎ、別働隊が来るまでの時間を稼いだ……賞賛されこそすれ、叱責される謂れは無いのでは……?」
「は――。それは、その場に居た我々の殆どが同じ事を思いました」

 昌幸の言葉に、虎昌も大きく頷いた。

「しかし、ただひとり、お屋形様だけはそう思われなかったようで……いえ、少し違いますな」
「あの時、お屋形様は、こうおっしゃいました。――『武士もののふとしては抜群の働きであり、天晴ではあるが、貴様は違う。貴様は、武田の跡取りである。ゆくゆくは家を背負う者が、戦場いくさばの矢面に立ち、矢雨と剣林にその身を晒すなど、愚の骨頂! 己の身を弁えよ!』……と」
「あの時の若殿の哀し気な顔……おいたわしや……」

 虎昌は、昌幸の言葉でその時の事を思い出したのか、沈痛な面持ちで唇を噛む。
 信繁もまた、難しい顔をして腕を組んだ。

「うむ……確かに、太郎は他の侍大将とは違う。大切な武田の跡取りだ。万が一にも討ち取られる危険を犯すべきではない……。お屋形様の仰る事も一理ある。――一理あるが……」
「――他の諸将が居並ぶ前で言うべきではありませんでしたな」

 信繁の呟きに、昌幸が冷めた口調で付け加えた。信繁も頷き、彼の言葉に同意の意を示す。

「一体、何故お屋形様は、敢えて諸将の面前で、太郎の矜持を傷つける様な真似をなさったのだろうか……」
「恐らく、戦の直後ということあり、お屋形様ご自身の気も、大きく昂ぶっておられたのでしょう。……勘助殿や諸角様らの戦死や、典厩様の負傷の報に、大層気を落とされておられていたご様子でしたから……」
「……それが、ふたりの確執となって、今日にまで到っている――そういう事か?」

 信繁はそう言って、同意を求める様に虎昌の顔を見るが、彼は、目に複雑な光を宿して、真っ直ぐに信繁を見つめ返して、微かに声を震わせながら言った。

「……確かに、それも一因かと思われますが、それだけではないかもしれない――それが、それこそが、典厩様にお話ししたかった事なのです」
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