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CASE3 甘い言葉にはご用心

CASE3-32 「先に騙してきたのは、貴女の方よね?」

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 「ダ……ダイサリィ……だって?」

 リイドは、驚きで目を見開き、呆然と呟いた。戦慄く唇から、かすれた声が漏れる。

「……ど、どうして、ここが……? い――いや、それよりも!」

 リイドはハッとした顔になって、窓の向こうを指さして叫んだ。

「そ――外で人を襲っている、アレとか言ってたバケモノ? そ、ソイツは――!」
「あ~、ね。忘れてたわ」

 リイドの言葉に、マイスは思い出したように目を丸くすると、首だけで振り返って、窓の向こうに向かって声をかける。

「――はい、カット~! みんな、もういいわよ! お疲れ様ー」
「か――カット……?」

 彼女の言葉に、訝しげな顔をして首を傾げるリイド。――と、

「はーい、お疲れっス~!」
「上手くいきましたか、ボス~?」
「……つか、お前、叫ぶの下手すぎか! 途中で吹き出しそうになったじゃねえかよ!」
「いや、お前こそ、オーバーアクション過ぎるんだよ! 笑いを堪えるのが一苦労だったぞオイ!」
「コホ……声出しすぎて、喉が痛いっす……」

 先程までとは打って変わった、長閑で暢気で朗らかな談笑の声が聞こえてきた。
 その声を聞いたリイドの顔色が変わる。

「あ……アンタ、もしかして、アタシを騙した……?」

 マイスは、怒気に満ちた表情で彼女を睨みつけてくるリイドに、穏やかな笑みを浮かべてみせる。

「あら、ご不満かしら? でも――」

 彼女はそう言うと、微笑を湛えたまま、その目に鋭い光を宿して、リイドをめつけた。

「先に騙してきたのは、貴女の方よね?」
「ッ……!」

 彼女の切り返しにぐうの音も出ず、喉の奥で唸る様な音を立てるだけのリイド。――と、次の瞬間、

「――チイッ!」

 彼女は大きな舌打ちをするや、胸に抱えた“ガルムの爪”を強く握り締め、くるりと振り返る。そして、窓の向こうのマイスに背を向け、一目散に玄関までいくと、勢いよくドアを開けた。
 そのまま、外に飛び出し、脱兎の如く逃げ出そうとしたリイド――だったが、

「ホッホッホ、お嬢さんや。ワシャ、さっき『外に出るな』と言ったはずじゃがな?」
「――っ!」

 ドアのすぐ向こう側に、先程窓から飛び出していったはずの老神官と、背の低い修道女が立っていて、行く手を遮られた。
 ふたりに進路を閉ざされたリイドは、唇を噛んで後ずさる。

「さて……分かったでしょ? もう逃げられないって。余計な事を考えないで、大人しくして頂けるかしら?」

 窓枠を乗り越えて、部屋の中に入ったマイスが、リイドに呼びかけた。その言葉に、キッと彼女を睨みつけるリイドだったが、ふと、自分の抱えるものに視線を移す。
 目敏くそれに気付いたマイスが、すかさず警告を発する。

「……ダメよ。滅多な事を考えないで。そんなものを振り回しても、貴女に勝ち目は――」
「うるせえ! てめえら……このアタシを馬鹿にしやがって……!」

 マイスの警告に怒気を露わにしたリイドは、“ガルムの爪”の柄に手をかけると、力を込めて抜き放った。
 それを見たマイスと、玄関の老神官の表情が険しくなった。

「……止めなさい。ケガするわよ。素人が長剣なんか、重くってとても扱えないわよ」

 マイスの言葉に、老神官も大きく頷く。

「その通り。ましてや、女子おなごのお主の力じゃ、とても無理じゃ。無駄な事は止めなさ――」
「うるせええええっ! 死にたくなければ、サッサと、そこを退けエエっ!」

 老神官の忠告を途中で遮り、リイドは鬼の形相で叫んだ。部屋の中央で彼女は、遠心力で足をふらつかせながら、両手で握った“ガルムの爪”をブンブンと振り回す。

「――か、カルナさん! お、落ち着いて! 落ち着いて下さい!」

 と、その時、マイスの後ろ――窓の向こうから、聞き覚えのある若い男の声がした。

「あ……アンタは……スマスマの部下の……」
「いや! 部下じゃないし! 上司です! ……一応」

 と、窓枠を乗り越えながらツッコむイクサ。

「ププ……部下ですって! まあ、しょうがないわよねえ。――イクサくん、威厳とか無いし」
「アナタも笑わないで下さい!」
「そ――そうですよ! イクサ先輩は、とっても良い上司さんですッ!」

 苦笑するマイスにムキになって反論するイクサと、そんな彼に加勢して叫ぶ小柄な修道女。
 リイドは戸惑うように顔をキョロキョロさせていたが、顔を真っ赤にして目を吊り上げる。

「ああっ、もう五月蠅いィッ! 上司か部下かとか、もうどうでも良いッ! アンタらこそ、ケガしたくなかったら、そこを退きなっ!」

 そう怒鳴ると、彼女は“ガルムの爪”を振り上げ、マイスの方に向かって突進した。

「――マイスさんッ、危ない!」

 咄嗟に、凶刃からマイスを守ろうとリイドの前に立ち塞がろうとするイクサだったが、

「大丈夫。下がってて、イクサくん」

 マイスは静かな声でそう言うと、彼の肩を強く押した。

「うお……うおおおおぅっ!」

 突然突き飛ばされたイクサは、情けない悲鳴を上げながら、暖炉の中に突っ込む。
 マイスは、そんな彼を一顧だにせず、自分に向かって刃を振り下ろそうとするリイドの動きを冷静な目で観察していた。それと同時に、この攻撃にどう対応するか、頭をフル回転させて考える。
 ――素人の斬撃など、避けるのは簡単だ。だが、もし“ガルムの爪”の刃が床や壁に当たったら、刃毀れや破損をしてしまうかもしれない。かといって、身に寸鉄すら帯びていない今のマイスでは、刃を受け止める術は無い――。

(いや――受け止められるわ、なら!)

 マイスはカッと目を開くと、頭に被っていたヴェールを脱ぎ、彼女目がけて振り下ろされる赤い刀身に向けて翳すように両手で掲げた。
 “ガルムの爪”の刀身が薄いヴェールに包み込まれる。

「――しょっと!」

 次の瞬間、マイスは腕を素早く動かし、ヴェールで“ガルムの爪”を巧みに絡め取った。

「あ――!」

 リイドの口から、思わず声が漏れる。意外な迎撃に、彼女の手から“ガルムの爪”の柄がすり抜ける。
 そして、一瞬脚が止まったリイドの隙を、マイスは逃さない。
 彼女は素早く、自分の左脚をリイドの脚に引っかけ、思い切り蹴たぐった。

「き――きゃあっ!」

 意外な方向からのマイスの反撃に、リイドは悲鳴を上げながら身体を半回転させられ、強かに背中を打つ。

「く……痛つつつ……!」

 背中の痛みに息を詰まらせ、床の上で悶絶するリイドを見下ろしながら、抜き身の“ガルムの爪”を大事そうに手にしたマイスは、満足そうにニッコリと微笑んだ。

「“ガルムの爪”……確かに返してもらったわよ♪」
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