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CASE2 お客様とヤカラの境界線

CASE2-24 「本当に申し訳ない、マイハニー……」

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 ダイサリィ・アームズ&アーマーの店頭で発生した、近衛騎士ラシーヴァとの騒ぎから一夜明け、見るも無残な有様となったダイサリィ・アームズ&アーマーの外観が、明るい陽射しに照らし出されていた。

「はあ……この状態じゃ、少なくとも明日くらいまでは、営業出来なさそうね……」

 マイスは、ラシーヴァの風斬撃と騎士達の戦斧によってさんざんに破壊された、ダイサリィ・アームズ&アーマーの店舗正面入り口の惨状を見て、大きな溜息を吐く。
 店舗の中も、扉や窓を塞ぐバリケードを築く為に使った机や椅子やカウンターがあちこちに散乱しており、壊れたり傷が付いてしまったものも少なくない。

「――近衛騎士団を束ねる立場にあるボクが不甲斐ないばかりに、本当に申し訳ない、マイハニー……」

 彼女の傍らで、フリーヴォル伯爵が、長身を折るように深々と頭を下げた。

「お……お兄様! そんな……大貴族のお兄様が、平民の女風情に頭を下げるなんて事をなさっては……!」

 彼の後ろに控えていた令妹のカミーヌが、血相を変えて兄を窘めようとする。
 だが、

「良いんだ、カミーヌ!」

 険しい表情を浮かべたフリーヴォル伯爵に強い口調で制され、ビックリした顔で黙り込んだ。

「迷惑をかけた側が、迷惑を被った側に謝罪する――それは、当然の事だ。その事に貴賤も性別も関係無い」

 そう言うと、フリーヴォル伯爵はもう一度、マイスに向かって深々と頭を下げる。

「改めて、ガイリア王国総騎士団長アルヴール・エスト・フリーヴォルとして、心の底から謝罪をさせて頂く。――マイハニー……いや、マイス・L・ダイサリィ殿……」
「どうか、頭をお上げ下さい、伯爵様……」

 殆ど直角になった伯爵に向けて、穏やかな微笑みを浮かべながら、マイスは小さくかぶりを振った。

「今回の件、伯爵様に落ち度など無い事は、ちゃんと解っております。ですから、もう頭を下げられるのはお止めになって。逆に、こちらが心苦しいので……」
「……おお! 何と慈悲深い……! 正に、そのかんばせに相応しい、女神の如き慈愛……! やはりキミは、ボクの伴侶に相応しい! ――どうか、ボクだけの女神となってくれ! 結婚して下さいそしてボクの子どもを産んで下さいそしてボクと一緒の墓へ――!」
「タワケッ! この色惚け小僧がァッ!」

 感極まった表情で、結婚指輪を懐から取り出しながらマイスに躙り寄ろうとする伯爵の頭を思い切り小突いたのは、バスタラーズ老人だった。

「こ――この無礼者! お……お兄様の頭をつなんて、何て非礼な――!」
「何じゃ、小娘! ワシに何ぞ文句でもあるんか!」
「と――当然ですわッ! お兄様をどなたと心得ておりますのッ?」
「か、カミーヌ! いいからっ! 少し黙っててくれ!」

 最愛の兄の頭を殴られた事に激昂して、バスタラーズに突っかかるカミーヌを必死で抑えるフリーヴォル伯爵。兄に制され、さすがに口を閉じるカミーヌだったが、伯爵の背中の向こうから、殺気の籠もった目付きで老人の事を睨みつける。
 ――そんなカミーヌの視線を知ってか知らずか、老人は禿頭を滾らせながら、口角泡を飛ばして伯爵を怒鳴りつける。

「貴様は、陛下から預かった近衛騎士団の不埒者が何をやらかしたか、まあーだ分かっとらんのかっ! 本来ならば、あの狼藉を働いた者どもを一人残らず斬首し、貴様自身も頭を丸めて謹慎せねばならぬ事態だというのに、誰一人の命以てあがなう事もせずに収めて頂けるという、このマイスさんの寛大なお心につけ込んで求婚しようなどとは……! やはり主は、このワシ直々に処断してやるべき……!」

 そう言うと、右腕の腕輪の魔晶石を光らせ始めるバスタラーズ。
 だが、その枯れ木のような腕を、まるで象牙細工のように白くしなやかな手がそっと抑えた。

「もう、その辺で宜しいですわ、バスタラーズ様」
「じゃ、じゃが、マイスさん……。このうつけものは、一回痛い目に遭わせんと……」
「いえいえ……伯爵様には、何度も丁重な謝罪を頂いておりますし……」

 マイスはそこで一度言葉を切り、ニッコリと輝くような笑顔を見せてから、明るい声で言葉を継いだ。

「何より、ここで伯爵様を血祭りに上げられてしまうと、その後のお掃除が大変ですから」
「っ! ……お、おう……確かに、そう――じゃな……うん」

 マイスの屈託の無い――それでいて酷く凄惨なモノを感じさせる満面の笑みを前に、バスタラーズ……かつて“ガシラータの悪夢”“風塵の鬼神”との異名を轟かせ、敵味方双方から怖れられた歴戦の戦士であったラウル・ドゥナー卿が、思わず怖じ気づく。
 いわんや、フリーヴォル伯爵とカミーヌをば。
 だが、マイスは、そんな凍りついた周囲の空気など気にも留めぬ様子で、涼しい顔で言った。

「まあ、もちろんそれは冗談ですけど……30パーセントくらい」
「ほ……じょ、冗談か……」
「……でも、3割が冗談って事は……」

 残りは……という言葉が、その場に居合わせた全員の脳裏を過ぎったが、誰も口にはしなかった。

 ――否、出来なかった……。
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