ダイサリィ・アームズ&アーマー営業日誌〜お客様は神様ですが、クレーマーは疫病神です!〜

朽縄咲良

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CASE1 ホウレンソウは欠かさずに

CASE1-5 「アンタは運がええのう」

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 翌日、イクサは「腹痛と頭痛で家から出られない」と、スマラクトに伝言して仕事を休んだ。
 もちろん、仮病である。
 万が一にも、マイスはもちろん、職場の同僚にも見られる事のないようにと、過ごしやすい春の気候にも関わらず分厚い外套を着込み、目深にフードを被った姿で、彼は自宅の勝手口から出かける。
 行く先は、南ミグ区の古物市場だ。
 目当ての品はもちろん、魔晶石――昨日修復を請け負ってしまった、エレメンタル・ダガーの鍔に嵌め込まれていたものと同等のものだ。

「……あるかなぁ、こんなに大きな魔晶石……」

 彼は、そう独り言つと、外套の隠しから取り出した、直径3セイムほどの黒く濁った石をじっと見つめる。
 イクサが石を太陽に光に翳すと、微かに青く輝く――それは、この石が、元々水属性の魔晶石だった事を示している。
 エレメンタル・ダガーに嵌め込まれていたものを取り外して、市場で大きさを比較確認する為に持ってきたのだ。ちなみに、エレメンタル・ダガー本体は、既に工房に回して、先んじて刃の修復作業に取りかかってもらっている。――そうしないと、二週間の納期に間に合わない。
 エレメンタル・ダガーの刃の修復と、代替の魔晶石の確保と手配を同時進行で行う――それが、イクサの立てたプランだった。
 刃の修復に関しては、差し当たっての問題は無い。確かに錆と亀裂は深刻なレベルだったが、ダイサリィ・アームズ&アーマーが誇る熟練した職人たちの手にかかれば、元の状態に戻す――否、元々よりも精度を上げた仕上がりとなるに違いない。
 ――問題は、イクサが元の魔晶石と同等のものを見つけ出せるかどうか、だ。
 イクサは呻き声を上げると、鳩尾の辺りを手で押さえた。

(うう……胃が痛い)

 昨日から色々と思い悩んで食欲が無かったせいで、すっかり空っぽになった胃袋を、自分の胃液が溶かし始めているのが分かる。
 これでは、仮病で休んだのに、仮病じゃ無くなってしまう……。
 イクサは、胃の痛みに耐えかねてフラフラとよろめきながら、南ミグ区へと急ぐのだった。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「魔晶石ぃ? ごめんよ、今は在庫無いなぁ」
「……そうですか。分かりました……お邪魔しました」
「……おい兄ちゃん。何があったか知らねえけど、あんまり思い詰めちゃあダメだぞ。物事ってのは、大抵何とかなるようになってんだからよ」
「あはは……何とかなるんですかねえ……」

 一見いちげんだった古道具屋の主人に心配される程に、彼の表情と顔色は悪かったらしい。イクサは、力無く微笑むと、頭をペコリと下げて、15件目の店を出た。

(はあ……次の店は……と)

 フードの縁を上げて、沿道の店看板を確認する。30エイム程先に、魔方陣のマークが刻まれた小さな店構えを見付けて、そこへ向かおうと足を向ける。
 足取りが重い。入手するのは大変だと予想はしていたが、ここまでことごとく空振るとは、さすがに思わなかった。
 何せ、魔晶石を扱っている店自体が稀だ。あったとしても、せいぜい麦粒程の大きさのものしか在庫が無い。
 それもそうである。魔晶石は、その希少性の為、質の良いものは王侯貴族か大手武器防具業者の手に渡る。こんな場末の古物市には、インクルージョン不純物が大量に混ざり込んだ粗悪品か、規格外の小さなものしか流通しない。
 だが、ごくたまに、没落した騎士などが質入れして流れた魔晶石が店頭に並ぶ事もあるので、イクサはその可能性に賭けたのだが、今のところは、賭けには負けっ放しである。
 既に、日は西に傾きつつある。このまま、条件に合う魔晶石を見付けられないと、非常にまずいことになる……。
 イクサは、祈るような気持ちで、魔道具店の重い扉を開けた。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「魔晶石――? ああ、あるよ」

 店主の老婆の一言に、イクサは耳を疑った。

「……ある? あるっておっしゃいましたですか?」

 驚きと興奮のあまり、言葉がおかしくなる。
 そんな彼に、カウンターの奥で煙管を吹かせながら、老婆は大きく頷いた。

「ああ、ウチは開店五十年の老舗じゃわい。他じゃ揃えられない類の在庫も用意してるってのが自慢さねえ。 キッヒッヒッ!」

 老婆は、気持ち悪い声で高らかに笑う。
 が、イクサは、老婆の笑い声などには気も留めず、『魔晶石がある』という事実に食いついた。

「あ――あの! 魔晶石、一つ欲しいんですけど! ほ、本当にあるんですか? ――こんなに……こんなに大きなものが必要なんですけどっ!」

 イクサは、目をギラギラさせて老婆に詰め寄る。

「ほほお……こりゃまたでっかい魔晶石じゃのう~。……もっとも、魔素は抜け切って、今じゃただの石コロじゃが」

 老婆は、イクサの手から魔晶石を摘まみ上げると、仔細に観察しながら言った。そして、イクサに向かってニヤリと笑いかける。口の端から黄ばんだ歯が覗いた。

「アンタは運がええのう。ちょうど、同じくらいの大きさの魔晶石が入荷しておる。――どれ、ちょっと待っとれ。持ってきてやろう」

 そう言うと、老婆は「よっこらしょ」と腰を上げ、店の奥へと入っていく。

「あ、はい! お……お願いします!」

 その背中に向けて、声をかけて90度の角度に頭を下げるイクサ。その表情は、先程と打って変わって、太陽のように明るくなっている。

(勝った――!)

 俺は、賭けに勝った! ――そう、叫び出したい気分だった。
 絶望を感じていた魔晶石の手配の目処がつきそうなのだ。飛び上がって喜びたい気持ちを抑えるのも一苦労だ。

「――おまちどおさん」

 やがて、老婆が、小箱を手にして戻ってきた。イクサは、ゴクリと唾を飲んで、目の前の小箱を凝視する。

「……これが……」
「おお、そうだよ。お望みの魔晶石さね」
「――中を検めさせて頂いて宜しいですか?」
「ああ、当然だよ。しかと確認しなされ」

 老婆が頷くやいなや、イクサは小箱を素早く手に取り、震える手で小箱の蓋を開け、
 ――彼の目に、正に探し求めていた大きさの、魔晶石の姿が映った。

「……………………紅……い……」
「そりゃあそうさね。の魔晶石なんだから」
「…………水じゃないんですかああああああっ?」

 イクサに絶叫に驚いた老婆は、椅子からずり落ちる。

「あ……ああ、そうだよ? だってアンタ、『水属性の魔晶石が欲しい』とは、一言も言ってなかったじゃないのさ」
「……そ、そうでしたっけ? ……でも、でもっ――!」

 イクサは、頭を激しく掻きむしり、再び老婆に詰め寄る。

「す、すみません! この大きさで、水属性の魔晶石って、あ、あり――」
「無いわい」

 イクサの懇願に、無情にも首を横に振る老婆。

「3セイム級の魔晶石が、そんなにホイホイと転がってて堪るかい。お前さんには気の毒だがね……」
「……そ、そんなぁ」

 老婆の一言に、絶望して項垂れるイクサ。
 ――と、彼の頭に、一つの考えが浮かんだ。

(……この際、属性が違う魔晶石でも良いんじゃないか?)

 大きさは同じなのだ。これ以上探しても、老婆の言う通り、同等の水属性の魔晶石が見つかる可能性は限りなく低い。――事情を説明すれば、依頼主も納得してくれるのでは……いや、してくれるに違いない!
 イクサは、脳内でそう結論づけると、目をギラギラと輝かせながら、老婆に向かって頷いた。

「……分かりました。もう、火属性でいいです。コレ下さい!」
「おや、いいのかい? 毎度まいど~」

 老婆は目を丸くしたが、商談が成立した事に、上機嫌で笑みを見せた。
 イクサは、ゴクリと生唾を呑み込むと、一番大事な事を訊いた。

「……で、こちらの魔晶石……おいくらですか?」
「お……おお、それを言い忘れとったか。すまんのぉ」

 老婆は、「出血大特価じゃ」と前置きして、ホクホクしながら右手を広げた。

「――5本……50万エィンかぁ……」

 ……やはり、希少な魔晶石だ。かなり値段が張る。しかし、そのくらいなら、何とか自腹で収ま――、

「50? ……アホかお前は。一桁足りんわ」
「……へ?」

 老婆の言葉の意味が解らず、ほうけた顔をするイクサ。老婆は、あきれた表情を浮かべると、噛んで含める口調でゆっくりとイクサにトドメを刺した。

「この大きさの魔晶石が、たったの6ケタで手に入る訳が無いじゃろうが。――大まけにまけて、500万エィン。これ以上は、ビタ一文もまけられんぞい」
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