残業は熱砂の国で

芳一

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「ん、…ぅ、はッぁ…」
熱い。身体が熱い。
身体の芯からじわじわと蕩かされるような、もどかしい熱だ。
腰が重い、手足が痺れて感覚がない、口が乾く。
「あっぁ…、ン、あ…ッ、ぁ…つ、い…っ」
この程度の暑さくらい我慢しろと怒られてしまうだろうか。
そんな風に思いながら恐る恐る口を開けば、水気帯びた何かが口内に侵入してくる。
湿ってはいるが熱を取り払ってくれるような冷たさはない。むしろじんわりと仄かな熱を纏っている大きくて肉厚なそれ。
ぬるりと舌に絡みついてくる動きに抵抗もせずじっとしていれば、誘われるように舌先をつんつんと突かれた。
これはお前も動けと指示されているんだろうか。
まだ覚醒しきっていない頭のまま、命令に従うようにそろりと自身の舌を動かす。
何をどうすれば良いのかは分からないが、少なくとも同じ動きをすれば怒られる事もあるまい。
滑るそれを必死で追いかけ、縋り付くように舌を絡めた。

「ん、ぅ…ンっ…」

じゅる、ちゅる…と何だかいやらしい音が響いている気がする。
口端から垂れそうになる唾液をこくりと飲み込めば、まるで褒めるかのように上顎を優しく撫でられる。
途端、萎びた心に水が与えられたかのようなそんな充足感が湧くのを感じた。

会社にいくら尽くそうとも、褒められたり労わられる事などなかった。
それが普通だから、熟して当然だから。その思う事にも思われる事にも何の疑問も持たず過ごして来た。
けれど褒められるというのはこんな感覚なのか。
心地よく、もっと欲しいと求めてしまう中毒にも似た感覚がある。
「ッん…ふっ、ぅ、ん…ッ、は……あ、ぁっ…」
味わうように浸っていれば、滑る何かは舌を離れて口の中から出て行ってしまった。
折角満たされていたのに、と寂しさから思わず不満げな声が漏れる。
それを宥めるように、今度は胸元に熱が触れてきた。
先ほど口の中で絡み付いていたものと同じ滑る感覚と、胸の先を何かにキュッと摘まれるような小さな刺激。
女の子のように感じるわけでもないそこがじんと痺れてむず痒い。
苦しくて熱くて、本当は逃げるように身を捩りたいけれどそれをグッと我慢した。
そうすればまた褒めてくれたりはしないだろうか。

そんな期待を込めて、睫毛を震わせ重い瞼を持ち上げた。

「ん?トーゴ、眠いならまだ寝ていていいのだぞ」
「…ッ、!?え、あっ…ン、んん…ッ」
ぼやけた視界の先に映ったのはあの無駄に造りの良い顔の男───が、おじさんの貧相な胸に夢中でむしゃぶりつく姿だった。

汗ばむ肌を堪能するように何度も男の舌が胸の間を這う。
指で刺激されていたらしい胸の飾りはぴんと立ち上がっていて恥ずかしい。
熟した果実のような先端がねちゃりと濡れているのは。まさか、舐めていたとか、そういう事じゃないだろうな。
仄かな明かりの灯る天蓋に覆われたベッドの隅に、着ていた筈のスーツがぐちゃぐちゃに放られている。
恐らくこの男が脱がし方も分からず乱雑に剥いたのだろう。皺くしゃのシャツがさらにひどい事になっているが、今はそんな事よりも。

「ひ、人が寝てる間に何、して…っ!」
「ん?ああ、ぐっすり眠っていたのでな」
その間にほぐしておいたから安心していいぞと、とんでもない事をさらりと言われた。
ほぐすとは…と恐る恐る自身の身体に目を向ければ、胸の頂を弄る男の指とは反対の手が、あらぬところに伸びている。
他人に触れられた事などない、ましてや入れるべきでもない窄まりに、男の骨張った指が2本、いや3本も埋め込まれている。
男は満足げに笑みを浮かべているが、そんな事など頼んでいないしそもそも普通に犯罪である。
「凄いなトーゴ。俺の指をこんなにも美味しそうに咥えて」
「あっ、やッ…ちょ、ちょっと…やめっ…ひ、ッ」
「うん。やはり繋がるのであれば互いの目を見ねばなぁ」
「…ッぁ、んっ」
男が一人納得したように指を抜く。
突然の喪失感に入り口がひくひくと収縮していたのも束の間、何故か知らないが、知りたくもないが、死ぬほど熱くて硬いものがぴたりと栓をするようにあてがわれた。
何がお互いの目を見ねば、だ。誰もその為に目を覚ましたんじゃない。
確かにこれまで、体調の悪い日だろうと嵐だろうと毎日文句も言わず命令に従って仕事をしてきた。
小さく萎んでしまった心はいつしか期待というものを抱かなくなったのだと思う。
だからとて、大丈夫かどうかと言われたら『大丈夫』なわけがないのだ。

そう思った瞬間。パチンッと、頭の中で何かが弾けた。

「ッ…や、やだやだ離せよやめろってば!!俺だって嫌な事とかできない事とかあるし、頑張っても誰も褒めてくれないのに何でこんな事しなきゃなんないの!愚痴を言い合える友達も欲しかったし可愛い彼女だって欲しかった!そもそもどこの誰かもわかんないやつと…あっやだちんこ擦り付けんなよぉ…!」

水槽から溢れた感情が洪水のように押し寄せてくる。
本能というのは心がくしゃりと潰れて完全に駄目になる前に、漸く目を醒ますのだという事をこの時初めて知った。
涙目になりながら、それまで死んでいたのが嘘かのように全力で男を拒絶する。
いい大人がみっともないとわかっているけれど、もうこの際、見逃してくれるならどんな無様で恥ずかしい姿を見せたって構わなかった。
「トーゴ、ヴァシムだ」
「ぇ、…ゔぁ…なに…っ!も、…ッそれ、どけろって、ぇ…っ」
「俺の名だ。トーゴ、怖いなら俺の名を呼んでいろ。悪いようにはしない」
後ろの窄まりから一向に熱棒を退けようとしない男──ヴァシムを恨めしく思いながらいやいやと頭を振っていれば、熱く大きな掌で頭を優しく撫でられる。
髪の隙間から覗く耳を唇で食まれそのまま耳朶から耳裏、伸ばしっぱなしになった襟足に隠れる頸へと宥めるように唇が落とされた。
そうすれば先ほど微睡の中で感じた多幸感が再び蘇ってくる。
それ、今はやめて欲しい。まずいから、本当に。
「ぁっ…、ッ」
「ん?入り口が柔らかくなったか?」
「あッちょ…っあ、ぁッは、入っちゃ…ぅ、から…!」
「うん、随分と具合が良さそうだ」
ヴァシムはほう、とどこか感心したように結合部分を眺めている。
やめろ、見んな馬鹿!そう毒吐くもヴァシムの熱り勃った肉棒の先端が無慈悲にもにゅぷりと入り込む。
呼吸をするだけで奥へと侵入を促してしまいそうで、思わず腹に力を入れた。
このまま抵抗しなければ、きっとこの熱い塊は奥の未知なる場所まで入り込んでくる。そんな予感がする。
「…っやだ、ぁッ!あ、あっぃ、入れんな、ってば、ぁ…ッ!」
「トーゴ」
「あっ、嘘、やだ、やだ、ぁ…ッ、ひ…っあぅ、ッ」
は、と息を飲んだ。
拒否も虚しくそのままぬぽっと鬼頭部分が中へと入り込む。
酷い、こんなのってない。
そんな感傷もお構いなしにヴァシムは耳元に唇を寄せそっと囁いた。

「自分から尻を押し付けている事に気付いていないのか?トーゴ」
「ッ、は…え、ぁ?」
「上手に咥えていい子だ」
「…っ、あ、ゃ…あっ、ひっぁ、あ、あッ、あ──ッ」

ヴァシムの肉棒が一気に奥まで挿し込まれるのと同時に、得体の知れない感覚が押し寄せる。
ずんッ、と重低音が響くのと同じような振動を腹に受けびくんと身体がしなった。
指先をきゅうと丸めて何とか堪えようとしたが駄目だった。
「ぁ…ッう、そ…っ、あぅ、あっんぁ…」
「ん、前に触れずに気をやったか。トーゴ、愛いなあお前は」

だから今は頭を撫でるのやめろって。
嬉しくないのに、嬉しいと思ってしまう。
褒められたくてもっとヴァシムを喜ばせてあげたいと、本能が求めてしまうだろうが。
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