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第四章 驚天動地のアレ事件
番外編 身代わりの子の話
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僕は生まれて間もない赤子の時に、河原に捨てられていたらしい。
死にかけていた所を拾われ国の援助を受けている施設に入れられ暮らすようになったが、その施設はお世辞にも良質とは言えない所だった。
アレな国とはいえ国家自体は裕福なので十分な金は受け取っていたが、その金は施設長や権力を持つ職員達の私腹を肥やすのに使われ食事や衣服は最低限の物しか与えられなかった。
お腹いっぱいになりたくて冷蔵庫からつまみ食いでもしようものなら、発覚し次第ひどい折檻を受け数日間飯抜きにされたり寒空に放り出されたりするので恐ろしくて出来なかった。
教育も最低限の物は与えられたが、覚えた文字で施設長や職員を褒めたたえたりする不毛な文章を良く書かされたりした。
そいつらを嫌っているのが知れたら、やっぱり酷い体罰を受けるので僕達は逆らえなかった。
当然そんな酷い環境に居たくないので、時折脱走を企てる子もいたが大抵は失敗に終わった。
捕まって連れ戻された子はやはりひどい私刑を受けたが、僕達は恐ろしくて口添えする事は出来なかった。
流石に虐待が明るみになるとまずいので世間に発覚しないようにはされたが、酷い時は脱走後連れ戻された子がそれきり部屋に戻ってこない事もあった。
そういう子がどうなったのか職員に聞いても、突然引き取り手が現れ施設を出て行ったとしか答えなかった。
当然それは本当の事では無いだろう、と想像は付いた。
この酷い環境から抜け出して、良質な場所に引き取られたいと僕は常に神へ祈っていた。
そんなある日、僕が8つくらいになった時の事。
とても名のある立派な家の養子として、僕は引き取られる事になった。
僕は神様に感謝した。
養父母は明らかに僕を本当に愛してはおらず、世継ぎのためだけに引き取ったというのはすぐに分かったがあの最低な環境を抜け出せたのでどうでも良かった。
僕は名を変え志郎と名乗るように言われた。適当に付けられた昔の名前も暮らしも嫌いだったのでやっぱりどうでも良かった。
生まれて間もなくひどい病で死んでしまった実の子の名だと聞かされた。
僕はその子のお墓参りに行きたいと願ったが、養父母は彼が嫌いだったらしくそんな事はしなくて良い、とだけ言われた。
僕は実の子を思い出して嫌だから、と一人称も変えさせられた。
まあ生きるためだしそれもどうでも良かったが、そこまで蛇蝎の如く嫌われる彼が気の毒だと思った。
それから様々な学問や帝王学を叩き込まれ、社交界に出る事も考えダンスや演奏も習わされた。
勉強は嫌いでは無いし割と得意だったので苦では無かったが、僕は音感はあまり無かったようでピアノの演奏などはかなり習得に苦労した。
音楽もさほど興味はなかったが、最低限の生活しか出来ない施設ではまともな音楽など聴けなかったので様々な音楽を鑑賞出来るようになったのは嬉しかった。
そうして数年が経った頃、実は本当の志郎君は生きている事を知った。
嫌そうに仕事をしているメイドの内緒話を偶然聞いてしまったのだ。
僕は義父母に問いただし、彼に会いたいと願ったがそれは叶わなかった。
本当に見るに堪えない、寝て起きるくらいしか出来ない醜い姿だからもう死んだ事にしていると吐き捨てるように言われた。
血を分けた実の子なのにどうしてそんな酷い事が言えるのか、と僕は悲しくなり彼に同情した。
何度かおそらく彼の部屋に行くであろうメイドに声をかけ、自分が食事を持っていくからと申し出たが許可されなかった。
メイドも明らかに彼を嫌っている様子で、面倒そうに去って行った。
屋敷中から嫌われている彼が本当に気の毒で、僕は偉くなったらどうにか彼を部屋から出してあげたいと思うようになった。
それから更に数年が経ち、世界中を巻き込んだ戦争が激化した頃。
志郎君はある朝突然屋敷を連れ出され、詳しくは教えて貰えなかったがどこか軍の関係する施設に引き取られて行ったと聞かされた。
彼の姿を見てみたかったが、屋敷の皆がまだ誰も起きてこないくらいの早朝に連れ出されたそうで残念だった。
本当の志郎君が幸せになってくれる事を、僕は祈っていた。
そして更に1年と少しくらいが経った頃のある日。
僕は誰も居ない広間でグランドピアノを弾いていた。
相変わらず上手いとは言えないものの、長年の特訓のお陰である程度は弾けるようになっていた。
取り立てて好きでは無いが、なんとなく気が向いて弾く事が時折あった。
「うっわー、お前ピアノクソ下手だな」
「…え、誰?」
顔を上げると、そこには白いセーラー服を着て金髪に緑の眼をした可愛らしい男の子が立っていた。
「はー?お前みたいなクソ身代わりに名乗る必要なんて無いんだけど。まあ冥途の土産に教えてやるか」
よく見れば彼の背には、モンシロチョウのような羽が生えていた。
「僕はシロ。このクソ屋敷の本当の息子だよ」
「…え、君が志郎君?」
「…その名前呼ばれるとクソウザいんだけど。ってかお前身代わりのくせに大して似てねえな。まあ僕生まれた時から非公開だったし問題無いだろうけどさ」
「…普通の体になれたんだ。良かった」
「あー?お前に良かったとか言われても嬉しくないんだけど。まあおかげさまでね。まだ短時間しかこの姿にはなれないんだけどね」
「…そうなんだ。それで、どうしてここに来たの?君、このお屋敷嫌いでしょ」
「あーもうクソ面倒だな。お前にいちいち説明する必要なんかねえっての。お前これから死ぬんだし」
「…え、どういう事」
「だからいちいち説明するのウザいしどうでもいいだろ。こういう事だよ」
そうして彼の白い羽からきらきらと鱗粉が漂い、僕を包み込んだ。
「じゃ、さっさとこの屋敷もろとも死んで地獄に落ちてね。クソ身代わり♪」
彼は天使のように無邪気に微笑み、僕は何も分からなくなった。
死にかけていた所を拾われ国の援助を受けている施設に入れられ暮らすようになったが、その施設はお世辞にも良質とは言えない所だった。
アレな国とはいえ国家自体は裕福なので十分な金は受け取っていたが、その金は施設長や権力を持つ職員達の私腹を肥やすのに使われ食事や衣服は最低限の物しか与えられなかった。
お腹いっぱいになりたくて冷蔵庫からつまみ食いでもしようものなら、発覚し次第ひどい折檻を受け数日間飯抜きにされたり寒空に放り出されたりするので恐ろしくて出来なかった。
教育も最低限の物は与えられたが、覚えた文字で施設長や職員を褒めたたえたりする不毛な文章を良く書かされたりした。
そいつらを嫌っているのが知れたら、やっぱり酷い体罰を受けるので僕達は逆らえなかった。
当然そんな酷い環境に居たくないので、時折脱走を企てる子もいたが大抵は失敗に終わった。
捕まって連れ戻された子はやはりひどい私刑を受けたが、僕達は恐ろしくて口添えする事は出来なかった。
流石に虐待が明るみになるとまずいので世間に発覚しないようにはされたが、酷い時は脱走後連れ戻された子がそれきり部屋に戻ってこない事もあった。
そういう子がどうなったのか職員に聞いても、突然引き取り手が現れ施設を出て行ったとしか答えなかった。
当然それは本当の事では無いだろう、と想像は付いた。
この酷い環境から抜け出して、良質な場所に引き取られたいと僕は常に神へ祈っていた。
そんなある日、僕が8つくらいになった時の事。
とても名のある立派な家の養子として、僕は引き取られる事になった。
僕は神様に感謝した。
養父母は明らかに僕を本当に愛してはおらず、世継ぎのためだけに引き取ったというのはすぐに分かったがあの最低な環境を抜け出せたのでどうでも良かった。
僕は名を変え志郎と名乗るように言われた。適当に付けられた昔の名前も暮らしも嫌いだったのでやっぱりどうでも良かった。
生まれて間もなくひどい病で死んでしまった実の子の名だと聞かされた。
僕はその子のお墓参りに行きたいと願ったが、養父母は彼が嫌いだったらしくそんな事はしなくて良い、とだけ言われた。
僕は実の子を思い出して嫌だから、と一人称も変えさせられた。
まあ生きるためだしそれもどうでも良かったが、そこまで蛇蝎の如く嫌われる彼が気の毒だと思った。
それから様々な学問や帝王学を叩き込まれ、社交界に出る事も考えダンスや演奏も習わされた。
勉強は嫌いでは無いし割と得意だったので苦では無かったが、僕は音感はあまり無かったようでピアノの演奏などはかなり習得に苦労した。
音楽もさほど興味はなかったが、最低限の生活しか出来ない施設ではまともな音楽など聴けなかったので様々な音楽を鑑賞出来るようになったのは嬉しかった。
そうして数年が経った頃、実は本当の志郎君は生きている事を知った。
嫌そうに仕事をしているメイドの内緒話を偶然聞いてしまったのだ。
僕は義父母に問いただし、彼に会いたいと願ったがそれは叶わなかった。
本当に見るに堪えない、寝て起きるくらいしか出来ない醜い姿だからもう死んだ事にしていると吐き捨てるように言われた。
血を分けた実の子なのにどうしてそんな酷い事が言えるのか、と僕は悲しくなり彼に同情した。
何度かおそらく彼の部屋に行くであろうメイドに声をかけ、自分が食事を持っていくからと申し出たが許可されなかった。
メイドも明らかに彼を嫌っている様子で、面倒そうに去って行った。
屋敷中から嫌われている彼が本当に気の毒で、僕は偉くなったらどうにか彼を部屋から出してあげたいと思うようになった。
それから更に数年が経ち、世界中を巻き込んだ戦争が激化した頃。
志郎君はある朝突然屋敷を連れ出され、詳しくは教えて貰えなかったがどこか軍の関係する施設に引き取られて行ったと聞かされた。
彼の姿を見てみたかったが、屋敷の皆がまだ誰も起きてこないくらいの早朝に連れ出されたそうで残念だった。
本当の志郎君が幸せになってくれる事を、僕は祈っていた。
そして更に1年と少しくらいが経った頃のある日。
僕は誰も居ない広間でグランドピアノを弾いていた。
相変わらず上手いとは言えないものの、長年の特訓のお陰である程度は弾けるようになっていた。
取り立てて好きでは無いが、なんとなく気が向いて弾く事が時折あった。
「うっわー、お前ピアノクソ下手だな」
「…え、誰?」
顔を上げると、そこには白いセーラー服を着て金髪に緑の眼をした可愛らしい男の子が立っていた。
「はー?お前みたいなクソ身代わりに名乗る必要なんて無いんだけど。まあ冥途の土産に教えてやるか」
よく見れば彼の背には、モンシロチョウのような羽が生えていた。
「僕はシロ。このクソ屋敷の本当の息子だよ」
「…え、君が志郎君?」
「…その名前呼ばれるとクソウザいんだけど。ってかお前身代わりのくせに大して似てねえな。まあ僕生まれた時から非公開だったし問題無いだろうけどさ」
「…普通の体になれたんだ。良かった」
「あー?お前に良かったとか言われても嬉しくないんだけど。まあおかげさまでね。まだ短時間しかこの姿にはなれないんだけどね」
「…そうなんだ。それで、どうしてここに来たの?君、このお屋敷嫌いでしょ」
「あーもうクソ面倒だな。お前にいちいち説明する必要なんかねえっての。お前これから死ぬんだし」
「…え、どういう事」
「だからいちいち説明するのウザいしどうでもいいだろ。こういう事だよ」
そうして彼の白い羽からきらきらと鱗粉が漂い、僕を包み込んだ。
「じゃ、さっさとこの屋敷もろとも死んで地獄に落ちてね。クソ身代わり♪」
彼は天使のように無邪気に微笑み、僕は何も分からなくなった。
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