上 下
5 / 30
第一章:流刑人

第4話:島流し

しおりを挟む
 一カ月前――。

 本日の天候は、相変わらず雲一つない快晴。

 地平線の彼方まで続く大海原は空と同じぐらい清々しいまでに青々としている。

 その上を進む一隻の船は心地良い海風を受けてゆっくりと、だが着実に目的地を目指して突き進む。


「――、どうしてこのようなことになったのだろうな」


 船員達が慌ただしく動く甲板にて、一人の男がそう言った。

 声をかけられたその男――和泉雷志いずみらいしはのんびりとした様子で静かに口火を切る。


「……さぁなぁ。まぁ人生ってのはさ、どこでどうなるかわからないから人生だし」

「……お前ほどの男が罪人へと堕ちるとはなんとも嘆かわしい。貴様には誇りがないのか?」

「…………」

「貴様は……どうして今回の事に及んだ?」

「…………」

「……なんとか答えたらどうなのだ!? それでも貴様は、山田浅右衛門やまだあさえもんを襲名した身か!? その末路が罪人なのか!?」


 雷志は罪人である。

 罪状は、藩主の子息を斬殺したこと。

 あろうことか藩主の子息を雷志はその手にかけた。

 通常ならば即刻その場での斬首は免れないが、彼は島流しという流刑に留まった。

 もっとも、島流しも極刑であることにはなんら変わらないし、人によっては斬首された方がまだマシだった、とこう口にする者も実は少なくはない。

 何故島流しに留まったのか。それについては彼の身分が大きく関与している。


 山田浅右衛門やまだあさえもん……今より数百年と昔、幕府領にて斬首を生業とする者がいた。

 彼の剣客としての腕前は天下無双とも言わしめるほどで、試し斬りなども主に担っていたことからいつしか彼の剣は試刀流しとうりゅうとして呼称されるようになった。

 それだけ有名でありながら、実は門下生は意外と多くない。

 雷志が門下生としていた頃は、同期を含めたったの100人ちょっとしかおらず、内数十名はあまりの過酷さと、やはり斬首という現実が耐えられなかったらしい。


 山田浅右衛門は罪人の首を斬る。

 その罪人のも家族や恋人はいるし、罪状についてもいざ紐解けば全員が極悪人というわけでもない。

 どうしても彼らにはそうせざるを得ないだけの事情があった。

 事情があるから罪を犯してもよいのか、とは雷志自身もそうとは思わない。

 いかなる理由があれ罪は罪でしかなく、それ相応の然るべき罰は与えられるべきだ。

 とは言え、裁く側からしてももっと恩赦を与えても罰は当たるまい、と彼はこうも思う。

 それが叶わないから、山田浅右衛門は……試刀流の門派は人々から嫌悪される。

 恨みは新たな火種となり、そして罪と化す。そして山田浅右衛門はそれを処す。

 以降、ずっとこれの繰り返し。

 そうした環境から雷志に平穏な日々はなかった。

 町を歩くだけで四方から敵意や殺意の視線が向けられ、時には奇襲に見舞われたことさえもある。

 故に、常に死と隣り合わせの環境下にあったから死に対する恐怖はなかった。


 そうして次々と同期が離れていった一方で雷志は、元より備わった素質を遺憾なく発揮して、山田浅右衛門やまだあさえもんを襲名するまでに至ったのである。

 そんな人間が、藩主の子息を斬ったのだから当然単なる殺人として片付けられるはずもなし。

 結果、雷志は流刑に処された。


「……仕方ないだろ? あんな現場を目撃したら俺だって一応それなりに責任ってのはあるわけだし」

「……藩主のご子息様が賄賂を受け取っていたという話、誠なのか?」
「それはお前に送った手紙にすべて記載してる。物的証拠だってあるから間違いない」


 雷志がその異変を感づいたのは、つい最近のこと。

 山田浅右衛門の仕事は主に罪人の死刑である。

 悪事を働いた者が地獄へと堕ち、来世では徳のある人間として転生することを祈りながら静かに刃を振り下ろす。

 淡々とした作業はまるで心のないからくり人形のようだ、とこう揶揄する者が数多くいる中で、命令とあれば彼らは否が応でも従うしかない。

 雷志とて例外にもれることは絶対にないのだから。

 藩主の息子が賄賂を受け取って罪状を捏造している。

 穏やかとは言い難い噂は、根も葉もなく口にするだけでも何かしらの罪に該当しよう。

 山田浅右衛門として雷志はこれを咎める責務がある。

 しかし、単なる噂として彼の心は片付けることに待ったをかけた。

 もし本当に噂が事実であれば、藩内はもちろん全国に多大な混乱を招きかねない。

 すべてを統括する立場にある幕府の人間が罪を犯していたと知られれば、たちまちその地位も信頼も路傍の石にもなろう。

 雷志は、己が置かれた立場についてさして興味のない男だった。

 そもそも彼が試刀流の門を叩いたのは、あくまでも自分自身のためにすぎない。

 誰よりも、今よりももっと強くなりたい。たったそれだけの理由で入門したにすぎず、よって山田浅右衛門やまだあさえもんの襲名は彼にしてみれば副産物でしかなかったのだ。

 それでも、一応襲名したからには自分なりに責務を果たそうとする気持ちは少なからずあったし、藩主にもそれなりによくしてもらっている。

 恩返しというほどの大袈裟なものではないにせよ、雷志は自らの務めを果たすべく、単独かつ隠密で事に当たった。

 結果は、黒であった。


「――、ワシは……今でも信じられん。藩主のご子息様が罪に手を染めているとは」

「そればっかりは親の躾が悪かったんじゃないのか? 俺の目から見ても、息子に対する溺愛っぷりは若干引くぐらいだったし」

「……いずれにせよ、どのような形であれ貴様はご子息様を斬った。その事実には変わるまい」

「まぁな。だからまぁ、俺自身が首を斬られるってのは覚悟してたけど……」

「貴様が山田浅右衛門の襲名していなければ今頃そうなっていたであろうよ。昔からずっと幕府に仕えてきた山田浅右衛門から罪人が出たとあっては、それこそこれまでの実績や地位に泥を塗るも同じであるからな」

「結局、俺は山田浅右衛門こいつの名前に助けられたってわけか。いやまったく……本当に人生っていうのはよくわからないもんだな」

「――、もうじき島が見えてくる。その前に、貴様にこいつを返しておく」


 男が渡したそれは、一振りの大刀だった。


「……造りは黒漆打刀拵こくしつうちがたなこしらえ。支倉鉄之心はせくらてつのしん作、無銘。刃長はおよそ二尺四寸約72cm、重さは一斤六両約825g前後……最大の特徴である刀身は通常のそれよりもずっと重ねが厚いのにいざ振れば羽のようにとても軽い。こんな異質極まりない刀、貴様にしか扱いこなせまい」

「おいおい、いいのか? 仮にも罪人である俺にそんなもん渡してきて」


 雷志が揶揄するような口調でそう口にしたのは、彼は罪人でありながら身なりはおよそ罪人らしくない。

 葵色の着物に灰色の袴、黒の羽織とそれはかつて彼が山田浅右衛門やまだあさえもんとして活動していた時の姿である。

 そこに刀まで加わるのだから、男のしている行動は違反でしかない。


「構わん、ワシからすればこいつはガラクタも同然よ」

「ガラクタとは失礼な奴だな。こいつはマジでよく斬れるんだぞ?」

「どちらでも構わん。とにかくもっていけ」

「……ありがとうな」

「……ふん。貴様に礼を言われたところで、嬉しくも何もない」

「さいですか――まぁ、面倒かけるけど後のことは頼むわ。山田浅右衛門・・・・・・・

「……このような形で襲名など、したくはなかったがな」


「そいつは違いないな」と、雷志はくつくつと笑った。

 しばらくして、雷志の視界にある光景が飛び込んでくる。

 距離は未だ遠くにあるが、その全貌は紛れもなく島だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...