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姉妹
しおりを挟むその様にして途端、リリスが宣言を下すに応じるに際しては、沈黙の帳に覆われた同所へと突然に、声が与えられた。
「あら、こんな所に居たのね、アイ」
「ほんとだぁ‥わたし達がどれだけ探したのかわかってるのかなぁ?」
唐突、可愛らしくも澄み渡った、僅かばかりに声色の異なる美声が二つ、重苦しく静謐な雰囲気が包み込む同所へと、鮮明に響いては聞こえた。
「やっぱりここに居たんだぁ、だから言ったでしょう?礼拝堂に行こうって。それなのに、マリアお姉ちゃんが先走るからぁ。わたし疲れちゃったよぉ」
「うるさいわねリリー。今だからその様に好き勝手、一方的に語ってくれるけれど、あなただって後ろから言われるがままについてきただけじゃない。であるにも関わらず、随分と言ってくれるわねぇ」
それは極めて美しい、自然と虜とされてしまう様な、自ずと聞き惚れてしまう声音が聞き届けられた。
「え~、だってそれはお姉ちゃんがどんどん前に進んでいっちゃうからぁ、わたしだって薄汚い下町になんて行きたくなかったよぉ」
「あなたねぇ‥。わたし達は相応の立場に生まれたのだから、その様に相応しくない発言は謹んでもらえないかしら?本当に相変わらず性格が悪いわね。人格を疑うわ」
お陰でそれらは自然と、極めて厳粛たる静寂に支配されていたこの場の空気を撃ち破る、救いの担い手となりて舞い降りた形と相成った次第である。
「それをは姉ちゃんにだけは言われたくないよぉ。流石にわたしもこれだけお姉ちゃんと一緒に居れば、お互いのことを理解してるし。自分のことを棚上げる所は、凄く腹黒いと思うよぉ。やっぱりお姉ちゃんには叶わないなぁ」
「‥リリー、貴方本当に後で覚えておきなさいよ。今回はわたしが先にアイで遊ぶのだから、あなたはその後に弁えていなさいな。これは姉として当然の権利ね」
しかしながら彼女達二人の少女等の薄桃色の唇から語られる所の内容は、酷く稚拙な物言いにて口とされている様に聞き取れる。
「えぇ、それはないよぉ。もう‥お姉ちゃんってば相変わらず冗談が通じないんだねぇ。ほんとにお姉ちゃんの妹としては、悲しいばかりだよぉ。どうしてそんなに生真面目なのかなぁ?」
「リリー、あなたが何事にも適当過ぎるだけだと思うけれど‥。決してわたしの性格は、堅物というほどではないわ。だからきっとあなたがあまりの奔放に過ぎるから、わたしのことがそう見えてしまうのかもしれないわね」
都合、側から眺めて窺える限りでは、口汚く互いに言葉の応酬を交わしている様子が顕著に窺える。
「う~ん‥まぁわたしは別にそれでもいいけどぉ、いつものことだし。でもでもぉ、弟くんの居場所を当てたのはわたしなんだから、そこはお姉ちゃんとしての威厳を見せてほしい所だよぉ」
「ハッ、あなたがそんな殊勝な心掛けをしているとは到底思えないのだけれど?寧ろ、何処かわたしのことを馬鹿にしているようにも聞こえてしまうのは気のせいなのかしら?もしも侮られているのであれば、戯れることも吝かではないけれど?」
同所へと居合わせている二人組の少女両名の容貌は、極めて美麗であるにも関わらず、語る調子は酷く物騒な物言いだ。
「そういうところがダメだよねぇ、お姉ちゃんってば。今日はいつにも増してイライラしてるし、そんなんだから弟くんにも嫌われちゃうんだよぉ。わたしは今すぐ治した方が良いと思うなぁ」
「フンっ‥随分と一方的に語ってくれるじゃない。わたしはアイに嫌われてなんかいないわよ。寧ろそういうあなたこそ、最近避けられているのではないかしら?自らのそれを棚に上げてわたしのことを貶めるだなんて、厚顔無恥にも程があるわね」
その可憐な見目に反するかの様にして、対称的なまでに苛烈な精神性が窺える語り草は、これを眺める面々を気圧させるばかり。
この場を共にする人々の視線を憚ることすらなく、徐々に苛烈な言い合いを呈して見受けられる少女二人。
他方、これを側から眺めるしかない同所へと居合わせている面々は、一方的に気圧される他にない。
だが、留まる所を知らず、際限なく交わされる言葉での応酬も、これを見咎めた者の毅然とした声音で言い放たれた言葉により、遮られることとなる。
「何事ですか騒々しい‥。リリスお母様の御前ですよ。口を慎みなさい」
唐突、響いては聞こえる怜悧な声色にて、突然に響いては聞こえた有無を言わせぬユキリスの美声。
空間を震撼させるかの如く凜然としたこれを受けては、さしもの美麗なる少女二人といえど口を噤むばかり。
都合、ユキリスの怜悧に研ぎ澄まされた切長の瞳に見据えられる羽目となった姉妹は、交わす言葉を中断されることと相成った次第である。
お陰で、流石に見目美しい少女等とて続く言葉を躊躇してしまう現状、再度渡り同所へと沈黙の帷が舞い降りる。
それに応じては、これを嫌った姉妹の片割れであるマリアと呼ばれた少女が、口火を切った。
「‥申し訳ありませんユキリスお母様。ですが‥リリーがあまりに口が過ぎましたので、少しばかり言い聞かせていました」
「えぇ‥リリーはお姉ちゃんの方が口が悪いと思うなぁ。それに、そうやって相手を選んで態度を変えるのってホントマリアお姉ちゃん得意だよねぇ」
予期せずして自らの振る舞いを咎めるべくして言葉が与えられた事実に対し、殊更に不平を露わとする二人の姉妹だろうか。
自然と内心に抱いた心中も面に呈されて見受けられる、そんな彼女等の様子を見て取ったリリスが言い放つ。
「‥貴方達もアイと同じ巫女の立場にあるのですから、それ相応に相応しい言葉遣いを心掛けていましょうね。その様にして自身を貶める様な真似は控えなくてはなりませんよ」
依然としてアイを胸に抱いたままに、有無を言わせぬ物言いとは裏腹、穏やかな声色にて語り見せる彼女。
凡そ隙を窺えないまでに称えられた完璧な程に完成された微笑みは、殊更に慈愛さえ滲み出て見て取れる。
「それではアイ、貴方はマリアとリリーの二人と交友を深めるのです。全てはリリスお母様の仰られました通りの振る舞いを心掛ければ、全ての事が良い方向へと運ぶでしょう。そうですよねお母様?」
そんなリリスの言葉を繋ぐ様にして唐突、自身の母の語りを引き継いで見せたユキリスが続ける。
「‥ええ、その通りです」
しかしながら、自身の娘からの思いがけない同意を求められるに応じる、当のリリス本人はといえば、一瞬の暇を挟んで首肯を呈して見受けられた。
どうやら自身の母であるリリスの意図を汲んだつもりが、その意志にそぐわない空回りをする羽目と相成ってしまった次第のユキリスだろうか。
本来であるならばこのままの会話の流れにて、浄化の儀式に向けて事を運ぶための、話を進めたかったリリスだ。
だがしかし、元来他者の感情の機微に疎いユキリスは、これを正確に読み取ることができなかといった所。
それ故に察しが悪い彼女は、自身が勘を違えたままである事実に気付かずに、迎合した気になっているのだから救えない。
にも関わらず、自身の望まない事態に陥った現状を見送る限りのリリスは、これに意を呈さない。
何故ならばその理由は偏に、同所においては絶大なる権威を誇る彼女であるが、それと同じくして責任が伴うが所以。
レアノスティア聖王国において頂点に座する女教皇足るリリス。
そんな彼女の言動は、最高権力を有しているが故に、その振る舞い一つにして二言は許されないといった具合の塩梅だ。
であるからして、自身が先程確かに口とした言葉も交えているユキリスの物言いも相まり、これを今更に撤回することも叶わないリリス。
そんな体裁を気遣わなければならない様相を呈して見受けられる立場に位置している彼女だから、自ずと口を噤む他にない模様。
お陰で、眼前にて交わされた一連に起きた今し方のやり取りを受けるに際しては、ここぞとばかりに言葉を紡ぐのが二人の姉妹。
「そうよ、アイ。あなたは最近わたし達のことを避けてくれている様だけれど‥。それがどの様な理由であるのかは定かではないけれど、どうやら自らの愚行に気付いていない様だから教えてあげるわよ」
「そうだよぉ。お姉ちゃん達は弟君がどんな愚痴をこぼしていたのかなんて、すぐにわかっちゃうんだから、あんまり軽はずみなに物事を語らない方が身のためだよ?ただでさえ女の子ばっかりで、何処に耳があるのか分からないんだから。そういうところに気をつけないと、ダメダメだよぉ。まだまだ詰めが甘々なんだよねぇ」
都合、平素より幾分か勢い付いた調子での語りを見せるマリアの言葉に対し、これに追従する様な形でリリーが続ける。
彼女等に対して圧倒的に利がある状況の運びとなっている現状を鑑みるにどうやら、頭の巡りに関しては姉妹に一日の長がある様だ。
他方、予期せずしてその彼女等二人の母親であるユキリスが、自身の敬愛するリリスの足を引っ張ってしまう様な醜態を晒す羽目と相成った次第。
一方、この様な事態に陥った現状、声高々にも大上段に語ってみせる姉妹二人の可愛らしい声音だけが殊更に、同所へと響いて聞こえては、奏でられたのであった。
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