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初恋編

31話 呼び出しの手紙1

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 リゼルは、王妃の茶会での出来事以降、自分の身の振り方について考えていた。

 きっとカイル皇子とフィオナ王女がご結婚された後も、公爵令嬢として二人の同席する公式行事には、参列する機会も数多くある。
 この間のお茶会のように、カイル様と身分が近しい位置にある私は、その関係を疑われて、また噂されることもあるかもしれない。
  そうすればフィオナ王女にもあらぬ誤解を生んでしまう。
 カイル様からも別れを告げられているのに、また噂されることで疎ましく思われるのが怖かった。
 このまま私は、ずっとお二人の疎ましい存在になってしまうの?
 そんな不安がこみ上げてくる。

 リゼルは寝台の傍に置いてあるオルゴールの小箱を手に取ると、その蓋をそっと開ける。
 これは小さい頃、カイル皇子から誕生日プレゼントにもらったものだった。
 流れ出したワルツの音色に合わせて、小箱の中央で紳士と貴婦人の小さな人形がくるくると回りだしダンスを踊っている。
  小さい頃はこのオルゴールを開けては、こんな風に皇子様とのダンスを夢見ていた。
 その想い描いた皇子様は、いつも優しいカイル様だった。

 でもそれは叶わぬ夢。
 どんなに恋しても届かいない人。

 リゼルは、ふぅとため息をひとつ吐いた。

  ルーファス様は、私がカイル様をお慕いしているのを承知で求婚して下さった。
  それでも、やっぱり私の心はカイル様にある。
 他の国に嫁いで、違う男の人を愛することはきっとできない。
 …かといって、カイル様とフィオナ様をお側で見るのもやはり辛かった。

 神殿に仕えようか・・・

 リゼルには少し前からそう考えていた。

 エルミナールの守護神である神殿に使える神官であれば、俗世とはかけ離れ、一日の多くを祈りに捧げることができる。
 神官になるには修行が必要だけれど、神殿の中でこのエルミナール帝国とカイル皇子様のご繁栄を静かにお祈りすることが、私にとって一番良い方法に思える。
 もう、これまでのように自分の弱い心を乱されることもないかもしれない。

 それに・・・

 お二人の結婚式に参列して心から祝福できるほど、まだ心の整理ができていない。
 お二人の結婚式の前には、神殿にお仕えできるよう父や母にお願いしてみよう…

 その時、オルゴールの音がゆっくりと止んだ。
 オルゴールの中にある人形は、互いにそっぽを向き、違う相手を求めるかのように止まっていた。
 リゼルは、そっとオルゴールの蓋を閉じると、今までの思い出を閉じ込めるかのようにクローゼットの奥にしまいこんだ。

 その心の中は、すでに固まっていた。


 * * *


「あのう、お嬢様、これを・・・」

 その日の夜、最近、新しく入った侍女がリゼル宛の手紙を持ってきた。
 ちょうど屋敷の使用人専用の裏門を閉めに行った時、王宮の使いと名乗る人がリゼル様に渡してほしいと託して行ったという。

「王宮の方から・・・?一体どなたかしら」

 急いで机の引き出しから、自分のイニシアルが彫られている銀製の美しいペーパーナイフを取り出す。

「下がっていいわよ?」

 新人の侍女が好奇心を抑えられないかのように見ているのに気がついてすぐに下がらせた。
 その手紙には宛名は書かれていなかったが、裏を見ると封蝋ふうろうにはカイル皇子その人の印が押されていて、それを見たリゼルは思わずピクンと心臓が飛び跳ね、はやる心を抑えてペーパーナイフで手紙を開けた。

 手紙は簡素なもので、『二人きりで君に会ってどうしても伝えたいことがある。今夜10時に宮殿の堀のほとりにあるあかつきの公園で待つ カイル』とだけ記されていた。

 書かれている内容を見て胸が高鳴り、思わず手紙を抱きしめた。

 今夜、10時・・・!
   今は、すでに夜の7時を回っている。
 ちょうど今夜は父も兄もいない。母も夜会に出かけていて、家には私一人だ。
 宮殿のお堀の近くの「あかつきの公園」は、公爵家の屋敷から歩いて10分もかからない所にある…

 裏口からこっそり出れば大丈夫だろう。

 家族に隠れるようにして会いに行くのは気がひける。
 もしかして、愚かなことかもしれない。
 だけど恋しい気持ちをなくすことはできなかった。
 なによりもリゼルの心は、またカイルに会えるというほのかな期待にときめいた。

 それにこんな風にこっそりと手紙に託すなんて、きっとカイル様は何か急いでひそかに伝えたいことがあるに違いない。そう思って自分の中の罪悪感を打ち消す。
 もしかして、あのお茶会での王妃様のことかしら?
 私も王妃様の誤解を解いていただけるようにお願いしよう。

 リゼルは衣装部屋に行くと、急いで目立たない灰色のフードのついたコートを準備した。

 簡単な夕食を一人でとった後、夜の9時になり、今夜は早めに寝るからと侍女のアイラに伝えて自室に戻る。
 部屋の明かりを消し、小さなランプだけをそっと灯した。
 
 簡素な目ただない服の上から灰色のコートをまとうと、そわそわしながらも少し時間をおいて、そっと部屋のバルコニーの階段から1階の庭に降りる。
 少し冷えた風が頬を撫でた。

 庭には、夜の間、警備の犬が放たれているが、子犬の頃から一緒に遊んだりしている犬たちのため、皆、リゼルには懐いている。

 クゥン・・・
 庭に降り立つと、犬達2、3匹がリゼルに纏わり付いてきた。

「しぃっ。お前達、静かにしてちょうだい」

 かがんで犬たちの頭をそっと撫でると、そっと音を立てないように歩き出す。
 リゼルの後からしっぽをふって後をついてくる犬達を引き連れて、裏門に回った。 
 夕食の後にこっそりとってきた合鍵を使って、使用人用の小さな門を開けるとするりと外に出た。
 
 クゥン、クゥン・・・
 
 犬たちが門の向こうですすり泣きを始める。

「しぃっ。お願い、すぐに戻るから、おりこうで静かにしていてね」

 まるで犬たちに口止めするように言い残すと、フードをかぶって、暗い夜道を公園に向かって歩いた。 
   普段、夜に出歩くなんてもっての他だったが、カイル皇子が待っているという想いに突き動かされていた。

 程なく公園に着くと、そこは真っ暗で置かれているベンチにも人影が見えない。
 懐中時計を取り出すと、ちょうど約束の10時だった。

 月明かりの中、目を凝らして見ると公園の奥の方の堀のほとりに、ゆらりと揺れる背の高い男性の人影が見えた。

 カイル様だわ・・・!

 リゼルはドキドキしながら胸に手を当てて小走りにその人影に近づく。
 その男性もフードを目深まぶかにかぶっていた。

「カイル様…?お待たせしてごめんなさい。リゼルです」

 そばに近寄って見上げると、その男性がフードをとった。
 月明かりに照らされ暗い目がぎらりと光る。
 それは見たこともない、男だった。
   
   カイル様じゃない…!
   頭の中で警鐘がなったが、足がすくんでしまって動くことができない。ぞくりとした戦慄が走り抜ける。

   その男は、恐怖に怯えるリゼルを見ると、ニヤリと笑って言った。

「俺を恨むなよ」

 はっとした瞬間、リゼルは男に肩をどんっ、と押しやられた。
 男は城壁の周りに張り巡らされている深い堀にリゼルを突き落とした。

 それは吸った息を吐く間もないほどの一瞬の出来事だった。

 何が起こったかわからず、自分の体がふわりとい浮いて、暗闇に吸い込まれる。
 次の瞬間、強い衝撃と共に、冷たい水の中にいた。
 苦しくて、手足をばたばたとしてもがくものの、ドレスが水を吸ってうまく動かせない。

 息が、息が・・・・

 息が苦しくて思わず口を開けると大量の水が流れ込んできた。
 その時、ふっと意識が途切れ、暗く冷たい水の中に落ちていった。

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