上 下
27 / 94
初恋編

24話 切ない心

しおりを挟む

 公爵家の馬車が見えなくなるまで見送ると、ナディアは急いで皇子の寝室に引き返した。
 殿下とリゼル様の間にあったことが、万が一でも漏れてはいけない。
 お二人の情事の後を消し去らなければ…

 先ほどまで二人が愛を交わしていただろう寝室に戻ると、寝台のしわくちゃのシーツの上には、破瓜はかの証の後があり、リゼルの髪に飾られていた、バラの花びらが無残にあちこちに散らばっていた。

 ナディアは、その様子になんとなく不吉さを感じた。

 急いで、シーツごとそのまま丸め込んで、宮殿の裏手にある焼却炉に投げ捨てる。
 寝室に戻って新しいシーツを敷き、元どおりに寝台を整え、カイル王子の衣服を片付けていると、リゼルのイアリングの片方がぽつんと落ちていた。

 カイルが父陛下に呼ばれて大広間に戻ると、すでに夜会はお開きになっており、紳士達の酒場のようになっていた。婦人達は別室か、すでに宮殿を後にしたらしい。
 今宵は無礼講なのか、男達はみな酒を酌み交わし葉巻を吸いながら、しどとに酔い騒いでいた。

 広間の奥の貴賓室に行くと、父陛下と側近の大臣ら、そしてリゼルの父のダークフォール宰相が酒を飲み交わしていた。

「おお、カイル、どこに行っておったのじゃ。今宵はお前の婚約パーティーだ。主賓がいなくてどうする。お前も飲め」

 父陛下が、上機嫌で酒を勧める。

「陛下、カイル皇子は王女を寝室までお送りされたとか…、きっと今宵の別れをゆっくりと惜しんでいたのでしょう。お若い二人ですからな。うはは」

 国防大臣のサミュエル将軍が口を挟むと、すでに酔いが回っている大臣らは、皇子とフィオナ王女とのことを勝手に勘ぐって、含み笑いを漏らしていた。
 
 カイルは無言で父陛下の隣に座ると、父の差し出した酒を一気に飲み干した。

 くそっ、リゼルを傷つけた・・・。
 あんなふうに強引に奪うつもりはなかったのに。

 リゼルとの初夜を迎える時は、思い切り優しく、存分に可愛がってあげようと思っていた。あんなに乱暴に自分の欲だけを押し付けてしまうとは…

 カイルは、空のグラスに自分で強い酒を注ぐと、また一気に飲み干す。

 喉が焼けるように熱い・・・。
 自分が純潔のあかしを破った時、きっとリゼルも焼けるように痛かったに違いない。
 泣き伏すリゼルに、かける言葉も見つからず、冷たく部屋を出てきてしまった。

 ああ、でもルーファス王子が口づけしていたのを見て、あの王子にも、自分以外の他の誰にもリゼルに触れさせたくなかった。他の誰かがリゼルを組み敷いて、純潔を奪うことなど許すことができなかった。
 カイルは、やりきれない想いを酒で洗い流すかのようにまたグラスをあおった。
 
 リゼルは、無事、家に帰れただろうか…
 カイルは、陛下や大臣らの話が全く耳に入らなかった。
 ただ欲に溺れたままリゼルを抱いた自分を忘れ去りたい一心で、酒を次から次にあおっていた。
 そのいつもと違うカイルの様子を宰相が、探るように見ていた。

 貴賓室の戸口に女官長のナディアがさっと顔を出し、カイルを見ると目で扉の外に来るように合図した。 

 「失礼、ちょっと外の空気を吸ってきます」

 父陛下にそう言うと、カイルは急いで貴賓室の外に出るとナディアの後をそっと追った。
 人影のないところまで来ると、ナディアがくるっと向きを変え、厳しい顔でこちらを見た。

「殿下…、お嬢様は無事お帰りになりました。誰にも気づかれておりません」

 カイルはほっと胸をなでおろした。
 本当は、あのまま朝まで自分の寝室で休ませてあげたかったが、それは叶わぬことだ…

「殿下、ご無礼を承知で申し上げますが、私は、もう、このようなことは二度とはいたしません。あんなふうに無垢なご令嬢を傷つけて…。お嬢様の名誉のために、今回は殿下の言いつけに従いました。決して、殿下のためではありません」

 長年、乳母をしていたナディアは、きっぱりと厳しくカイルに告げた。

 ナディアの言葉が胸にぐさりと突き刺さる。

「ナディア…すまない」

 苦悩に顔を歪め、絞り出すような声を出した。

「それと…お嬢様のお忘れものです」

 小ぶりの繊細な細工のイヤリングをカイルのてのひらにおいた。

 これは、リゼルのエメラルドのイアリングの片割れだ…
 誘拐された時に落としていたものをランスロットに預けて、リゼルに返したものだ。また、舞い戻ってくるとは、よぼとこのイアリングもついになれない運命なのか・・・

 カイルはエメラルドのイアリングをまた自身のポケットに大切そうにしまった。

 * * *

 リゼルは家に帰りつくと、そっと扉を開け、そのままふらふらと二階の寝室に向かう。
 足の付け根が重く、歩く度にずきずきと痛む。

 人目を偲ぶかのように帰ってきたリゼルの後を追って、アイラが心配そうに声をかけた。

「お嬢様、ご気分がお悪いのですか? 何か…あったのですか…?」

 出かけるときは、あんなに幸せそうなリゼル様が、蒼白な顔で帰ってきた。頬には、泣いたような跡がある。

「アイラ…ごめんなさい。気分が悪くて…一人にしてほしいの。朝まで部屋に誰も入れないで」

「では、お着替えだけでも…」

「いいえっ! いいの、もう休みたいから自分でするわ。お願い…」

 アイラは、心配そうな顔をして後ろ髪を引かれながら部屋から出ていった。

 ランプの小さな明かりが灯る中、そっとドレスを落とし、鏡を見ると首筋や胸元など、所々にカイル皇子が口づけた赤い痣があった。

 カイル様の部屋で情熱的に求められ、一つに結ばれた時は、ただ嬉しさに溺れていた。 
 いっときカイルの熱い肌に身を委ね、その愛を感じたように思えた。
 でもそれは、まやかしに過ぎない。

 ーカイル様が好き。こんなにも心が締め付けられるほど好きなのに…

「うっ、っく…」

 リゼルはそのままうずくまり、心が苦しくて、一晩中、小さな肩を震わせた…



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

【R18】突然召喚されて、たくさん吸われました。

茉莉
恋愛
【R18】突然召喚されて巫女姫と呼ばれ、たっぷりと体を弄られてしまうお話。

喪女と野獣

舘野寧依
恋愛
【R18】なぜか異世界で最強の魔術師となっていた友人に召喚されて、成り行きでザクトアリアというお金持ちの国の王妃になることになったモテない女、はるか、27歳。 気楽に王妃業を請け負ったものの、淡泊そうに見えたイケメンの王様は実は野獣でした。 ※「王様と喪女」の視点を主にカレヴィに据えた物語です。キャラのイメージが著しく崩壊する危険性があります(特にカレヴィ)ので注意してください。

【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂
ファンタジー
帝都の反乱によって、アデライード継承をめぐる東西の戦争は中断状態となる。記憶を失ったシウリンは、女王国の西南辺境から単身、ソリスティアを目指す。一方、父イフリート公爵によって泉神殿に閉じ込められたアルベラもまた、女王家の王女としての誇りを賭け、脱出を試みる。果たして冬至の日までに、女王の結界を修復し、イフリート公爵の野望を砕くことができるのか――。金銀龍種の統べる陰陽世界、再生の物語。 *ムーンライトノベルズで完結しているものを修正して掲載します。 *「陰陽の聖婚 Ⅰ:聖なる婚姻」「陰陽の聖婚 Ⅱ:銀龍のめざめ」「陰陽の聖婚 Ⅲ:崩壊と再生」に続く第四部です。 *エブリスタに全年齢版を連載しています。

追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎
ファンタジー
【小説家になろう日間1位!】 悪役令嬢オリヴィア。それはスマホ向け乙女ゲーム「魔法学園のイケメン王子様」のラスボスにして冥界の神をその身に降臨させ、アンデッドを操って世界を滅ぼそうとした屍(かばね)の女王。そんなオリヴィアに転生したのは生まれついての重い病気でずっと入院生活を送り、必死に生きたものの天国へと旅立った高校生の少女だった。念願の「健康で丈夫な体」に生まれ変わった彼女だったが、黒目黒髪という自分自身ではどうしようもないことで父親に疎まれ、八歳のときに魔の森の中にある見放された開拓村へと追放されてしまう。だが彼女はへこたれず、領民たちのために闇の神聖魔法を駆使してスケルトンを作り、領地を発展させていく。そんな彼女のスケルトンは産業革命とも称されるようになり、その評判は内外に轟いていく。だが、一方で彼女を追放した実家は徐々にその評判を落とし……? 小説家になろう様にて日間ハイファンタジーランキング1位! 更新予定:毎日二回(12:00、18:00) ※本作品は他サイトでも連載中です。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

処理中です...