上 下
9 / 94
初恋編

8話 切ない想い

しおりを挟む
 
 あのスクープ記事から2ヶ月がたった。
 新聞が発行された日は、早朝のほの暗い時に、ランスロットが自宅の屋敷から宮殿に戻るとカイルはすぐに「リゼルの様子はどうだ?」と問いただした。

「うーん・・・まぁ、ちょっと落ち込んでたよ」と、そっけない様子のランスロットに違和感を感じ、リゼルがちょっとやそっと落ち込んでるだけではないような気がした。

 純粋なリゼルを中傷する記事にどんなにか心を痛めているだろうと思い、あの日、すぐさま公爵家に転移して、リゼルに直接会って慰めたかったがリゼルの父であるダークフォール宰相やランスロットに断られたのだ。

「今、お前が家にいるところをまた念写されたら、余計ややこしくなる。それよりお前はゴシップ誌に新しい話題を色々提供すればリゼルの話題もすぐ消えるだろう」

 ランスロットは、リゼルが落ち着くまで当分の間、会わないでほしいと言った。

 リゼルはそんなに傷ついているのか。可哀想に。
 いくら体は大人に近づいていると言っても、まだ純真な17歳の少女だ。
 自分の初めてのスキャンダルに心を痛めているに違いない。
 リゼルのあの柔らかな桃色がかった頬をなでて安心させてやりたい。
 どんなに心細く思っている事か。

 カイルは、愛しく思う少女が自分のせいで傷ついていると思うとやるせない気持ちになっていた。

 リゼルとの記事が出てから2ヶ月の間、カイルは積極的にプライベートで外出した。帝国ポストにはカイルの話題が次々と見出しを飾った。

 有名な踊り子と二人で食事に行ったとか、男爵未亡人と二人でお忍びでオペラに行ったとか、有名な歌姫の手にキスをしたとか、かなり派手な念写付きで掲載され、社交界も次々と提供される皇子の話題に飛びついた。
 お相手の女性たちは、事情を話すと新しい話題の提供に喜んで協力してくれた。

 リゼルはその記事を見たとき、兄からカイル皇子が早く自分の噂がなくなるよう、わざとそうしてくれているのだと聞いた。
 そのお陰か、いつの間にか王都の市民も公爵令嬢との一件は、古い話題として薄れ、社交界ではゴシップ誌が書いたでっち上げ記事だろうという見方がなされて、自粛していたリゼルにも次第に茶会などの招待が少しづつ届くようになった。

 また驚いたことに、あの記事の後、父からも領地に戻るように言われなかった。

 その間、カイル皇子からリゼル宛に、兄のランスロット経由で珍しいお菓子や小さな小物などが、迷惑をかけたお詫びとして度々届いた。けれど、リゼルはもう皇子は気安く接してはいけない人なんだと自分に言い聞かせ、お礼の手紙は一切出さずに、お礼の言伝を兄に頼むだけだった。

 本当はカイル皇子にお会いしてお礼を伝えたかった、そして自分を慰めてほしいと思っていた。
 もう、大丈夫だよ・・・よく頑張ったねと、あの低くなめらかな声を聞きたかった。

 スクープ記事の翌日、カンタベリー侯爵婦人達になんとか対処したとはいえ、この2ヶ月は緊張の連続だった。私の言動で、家名を貶めることはできない。そんな思いで乗り切った。

 いよいよ噂が下火になり収束すると、リゼルのこれまでの緊張もふと溶けて、誰かによりかかりたい気持ちになった。するとやはり思い浮かぶのは、優しい眼差しにあふれたカイル皇子その人だった。
 私をぎゅっと広い胸に抱きしめて、がんばったね、と、優しく背中を撫でて慰めて欲しい…
 自分でもよく分からない、切ない思いが募る。
 でもカイル皇子をもう兄のように慕ってはいけないのだわ…

 ここ数日は、日々、カイル皇子に会いたいとい思いだけが募り、リゼルはもやもやしている気持ちをなんとか整理しようと、カイル皇子に当宛てて、自分の気持ちを整理するために手紙を書くことにした。

 カイル皇子に渡せなくてもいい。自分の気持ちだけ書けばスッキリするかもしれない。
 そんな思いで、書き物机に座ると、薄い花の透かしの入った綺麗な便箋を取り出した。
 ほのかに薔薇の香りもする便箋だ。

 迷惑をかけたことを詫び、今は落ち着いていること、あの日は、久しぶりにカイル皇子に会えて本当に嬉しかったことを書いた。そしてアドバイスしてもらった通り、孤児院に寄付するために落ち着いたら、家でお茶会の準備を進めようとしていること。

 そんな近況をしたためた。
 そして、最後に「カイル皇子もどうかお元気で…さようなら。いつまでも貴方の心の妹 リゼルより」と記した。噂が収束したとは言え、もう二人でなど会うことは叶わない人なのだから。

 その手紙をカイル皇子様と流麗な文字で宛名を書いて封筒に入れ、机に置く。
 実際に手紙はだせないけれど、手紙を書いたことで、出した気分にもなる。
 リゼルは、それだけで、すっきりと満足した。

 インク壺を片付けていると、ちょうど母が呼んでいるとアイラから声がかかり、机の上に手紙を置いたまま階下に行った。入れ違いに部屋に入ったアイラがリゼルの机に置かれた手紙を見つける。

「これは急いでお出ししなくては!」

 アイラは機転を利かせ、宮殿にすぐさま手紙の使いを送ったのだった。

 母の部屋に行くと、仕立屋が来ており、来月、宮殿で開催される舞踏会のために作る母のドレスの相談だった。
 ドレスのデザインを見立てたり、また母が新調してくれるという自分のドレスも、色とりどりの布地を見ながら考えていると、塞ぎ込んでいた気持ちが幾分か明るくなった。

 仕立て屋が帽子や小物類なども取り揃えて持ってきてくれたため、女性二人であれこれと物色していると、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 部屋に戻ると、書き物机に置いてあった皇子宛の手紙がなくなっていた。
 アイラに聞くと、すでに宮殿に届けた後だという。
 リゼルは、自分の気持ちを書き連ねただけのあんな独りよがりな手紙をみて、カイル様はなんと思うだろうと思った。

 でもこれで皇子への思いにも区切りがつく。
 カイル皇子もすぐに手紙を読み捨てるだろうと思うと、ちょっと悲しくなった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...