Always in Love

水無瀬 蒼

文字の大きさ
上 下
34 / 43

届かない想い5

しおりを挟む
 そうやって呑んだ翌日。仕事はオフだから、と夕方1人で颯矢さんの入院している病院へお見舞いに来た。
 だけど、昨日病室にいた香織さんの姿がチラついて、ドアを開けることができないでいた。
 どれくらいドアの前に立っていたんだろう。看護師さんにチラチラと見られている。
 こんなことをしているのなら今日は帰った方がいいのかもしれない。そう思って顔を上げたところで社長がいた。

「お見舞いに来たんじゃないの?」

 社長に訊かれる。そう、お見舞いに来た。でも、また香織さんがいるんじゃないかと思うと怖くてドアを開けられないでいた、なんて言えない。
 俺はなにも言えずに唇を噛んで俯く。

「今日は仕事はオフ? もし用事がないようなら少し話をしようか」

 社長からの提案に、引退のことを話すのにいいタイミングだと思い頷いた。

「じゃあ、カフェに行こうか」
「はい」

 そう言って社長と俺は病院の1階にあるカフェに移動した。平日のせいか、店内はそれほど混んでいなくて、店の奥の隅に座った。

「あの。何にしますか? 買ってきます」

 飲み物を買ってこようと社長に声をかけると、財布から千円札を出される。

「僕はホットコーヒーね。柊真は好きなのを買っておいで」
「わかりました。でも、お金はいらないです。俺が出すんで」
「なに言ってるの。社長に奢らせてよ」

 社長はそう言っておどけたように笑う。

「でも……」
「社長なんだしさ、格好つけさせてよ」
「わかりました。じゃあ、買ってきます」

 確かに社長が所属タレントに奢って貰うというわけにはいかないのかもしれないと思い、ありがたくお金を預かり、社長にホットコーヒー、自分用にアイスコーヒーを買ってきた。

「ありがとうね」
「いえ、こちらこそごちそうさまです」

 社長はいつものように飄々としている。でも、カフェに誘ったったことはなにか俺に話したいことがあるんじゃないだろうか。颯矢さんがいないところで。
 もし、颯矢さんがいても構わないのなら病室で話をしたっていいはずだ。
 そう思うと少し体に力が入る。なにを言われるんだろう。引退のことだろうか。それであらたまって話しがしたい、そういうことだろうか。
 でも、と思い直す。俺だって社長に話があったんだからちょうどいい。

「あの、」
「柊真はなにが辛い?」
「え?」

 引退のことを言い出そうとしたところで社長に切り出される。急に言われて、何を言われているのか戸惑う。
 俺が辛いって?

「なにか辛いことがあるんじゃないの? 前に病室で会ったときにも思ったんだけど、なにか辛いんじゃないかと思ってね。それって壱岐くんの記憶のこともそうだけど、もしかしてもっと前からなのかな、と思ってね。芸能界を引退したいっていうのと関係してるんじゃない?」
「……」
「なんでも話していいよ」

 と言われても、まさか颯矢さんが結婚するのが辛い、だなんて言えるはずがない。
 そう思って俯いて黙っていると、社長はびっくりすることを言った。

「壱岐くんのことじゃない?」

 え?
 颯矢さんの名前が出てきて、驚いて顔をあげる。なんで颯矢さんのことだって思うの? 俺の颯矢さんへの気持ちを社長が知っているわけないのに。
 そう。俺の颯矢さんへの想いを知っているのは母さんだけだ。その母さんだって相手が颯矢さんだということは知らない。
 つまり、この想いは誰も知らないんだ。だから颯矢さんへの気持ちのことなんかじゃない。
 そう自分の心を落ち着けた。

「当たりみたいだね。壱岐くんのことを好きなのが辛い?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

コワモテαの秘密

たがわリウ
BL
コワモテ俳優α×兎獣人Ω 俳優の恵庭トキオは撮影の疲れを癒やすために、獣人の添い寝店に通っていた。 その店では兎の獣人、結月を毎回指名し癒やしてもらっていたトキオ。しだいに結月に合うこと自体が楽しみになっていく。 しかし強面俳優という世間のイメージを崩さないよう、獣人の添い寝店に通っていることはバレてはいけない秘密だった。 ある日、結月が何かを隠していることに気づく。 変な触り方をしてくる客がいると打ち明けられたのをきっかけに、二人の関係は変化し──。 登場人物 ・恵庭トキオ(攻め/24歳) メディアでは強面イケメン俳優と紹介されることが多い。裏社会を扱う作品に多く出演している。 ・結月(受け/19歳) 兎の獣人で、ミルクティー色の耳が髪の間から垂れている。獣人の添い寝店に勤めている。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

処理中です...