23 / 43
転機3
しおりを挟む
「すいません。遅くなりました」
今日の撮影は夜の早いうちに終わったので、日本に一時帰国した小田島さんと食事をする約束をしていた。
明日からは、仕事が詰め込まれているので、空いている時間は今日しかなかった。
「ううん。忙しいのにごめんね」
「いえ、大丈夫です。それより、なにか食べたいものはありますか?」
「この辺に焼き鳥屋ってある? 居酒屋じゃなく、きちんとした焼き鳥が食べたくてさ」
「そうですね。俺の知ってるところでいいですか? 味は保証します」
「いいな。そこ、連れて行ってくれる?」
「ちょっとタクシー乗るけど、いいですか」
「僕は構わないよ」
「じゃあ、そこ行きましょう」
通りに出て空車のタクシーを拾い、お目当ての焼き鳥屋へ行った。
その焼き鳥屋は、芸能界に入って間もない頃に颯矢さんが連れて行ってくれたお店で、それ以来、たまに足を運んでいる。
タクシーの中では、タイのお正月であるソンクラーンについて話を聞いていた。ちょうど今がソンクラーンだ。なんでも、街で通行人同士が水を掛け合うらしく、水かけ祭りとも言われているらしい。
小田島さんも最初こそはびっくりしていたけれど、今は普通に水を掛け合っていると笑う。そんな海外の話が俺には新鮮だ。
ソンクラーンの話を聞いているうちにタクシーは焼き鳥屋に着いた。
「ここ、タレが美味しいから、タレをおすすめします」
タレの味がイマイチだと無難な塩を選ぶしかないけれど、ここのタレはほんとに美味しいのでハズレがない。
「じゃあ、タレで適当に頼もうか」
「わかりました。ぼんじりや砂肝いけますか? 美味しいですよ」
「どっちもいけるよ」
「了解です」
そう言って、まずは皮、もも、ねぎま、つくね、レバー、砂肝、ぼんじり、とタレで注文していく。
「焼き鳥なんて何年ぶりだろう。好きなんだけどね、向こうじゃ食べれないから」
「そうなんですね。日本食屋あるから、なんでもあるのかと思いました」
「あるのは、寿司や肉じゃがとかそういう系かな? さすがに焼き鳥はないよ。焼いた鳥は食べるけど、タレがないからね」
「そっか、そこがないんですね。」
確かにバンコクに行ったときは鶏肉は随分食べたけれど、確かにタレというのはなかったな、と思い出す。
「それより、城崎くん。俳優だって、こっち来て知ったよ。雑誌で知ってびっくりした」
そう。小田島さんには素性を明かしていなかったけれど、さすがに一時帰国して雑誌で俺を見てびっくりしたと言う。
「すいません」
「まぁ、でも初対面でそんなこと言わないよね。でも、イケメンなの当然だなって思うよね」
「そんなことないですよ。それより小田島さんがタイに行ったこと教えてください」
「なに? 僕に興味出てきた?」
「いや、そうじゃなくて、あの......」
「なんだ、興味もってくれたと思ったのに。僕は城崎くんに興味あるけどな。冗談だよ。冗談。で、なにを訊きたいの?」
「タイでの生活とか仕事とか」
「タイに興味出てきた?」
「はい」
ビールを呑みながら訊いてみた。
日本で就職をするのは普通だけど、大学生の頃から芸能界に入ったのであまり海外に行ったりしていないし、自由はなかった。だから、海外に行ってみるのもいいかな、と思ったのだ。母さんももういないのだから。
「仕事ってありますかね」
「タイは日本人旅行者多いから、観光関係では日本人スタッフを結構採用してるよ。日本人向けのオプショナルツアーをやっている会社とかあるからね。後は僕みたいに日本語教師かな? ただ、日本語教師だと多少はタイ語か英語がわからないと困るかな。会社側がタイの会社だからね」
「そっか。俺はタイ語も英語もわからないんで、観光系ですかね」
「そうだね。まぁ、タイに来る前に簡単なタイ語を勉強してから来るって言う手もあるよね。後は、タイで語学学校に通って勉強して、それから仕事を探すかだね」
「日本で勉強するのはちょっと困難だから、語学学校っていいですね」
俳優という仕事をしていると時間は不規則だし、城崎柊真の名前は知られているのでちょっと難しい。もちろん、タイの語学学校には日本人がいるだろうけれど、色んな国から来ているから外国人には知られていないので勉強しやすいのでは、と思う。
そこへ焼き鳥が運ばれてきた。
「あー。美味しいね。これだよな。ビールと焼き鳥っていうのが恋しくてね。これ、タイでは味わえないから」
小田島さんはそう言って幸せそうに笑う。
「城崎くんもタイに来たら食べられない日本食いっぱいあるからね。他人事じゃないよ」
「長期いると、現地の料理も飽きてきます?」
「飽きるねー。やっぱり僕たちは日本人だからね、味覚がタイ人とは違うから」
それは、旅行などの短期滞在ではわからないことだ。やっぱり育ってきた味覚というのがあるのだろう。
「でも、タイに来るなら俳優の仕事どうするの? しばらく休む?」
「いえ、辞めようかと思ってます」
「え?!」
ビールを呑む小田島さんの手が止まる。
「それってもったいなくない? まぁ、城崎くんが未練ないっていうなら他人がどうこういう問題じゃないけど」
「俺、大学生のときに芸能界入ったんです。だから、少し自由に憧れがあるのかもしれないです」
「あぁ、そっかぁ」
「それに、母が亡くなったから。日本にいる必要もないし」
「お母さん亡くなったの? それでそう考えたのか」
「はい」
でも、ほんとはもうひとつ理由がある。それは颯矢さんの存在だ。日本にいると颯矢さんのことを思い出してしまうと思うから。もう、結婚する颯矢さんのことは考えたくない。それが一番大きな理由かもしれない。
今日の撮影は夜の早いうちに終わったので、日本に一時帰国した小田島さんと食事をする約束をしていた。
明日からは、仕事が詰め込まれているので、空いている時間は今日しかなかった。
「ううん。忙しいのにごめんね」
「いえ、大丈夫です。それより、なにか食べたいものはありますか?」
「この辺に焼き鳥屋ってある? 居酒屋じゃなく、きちんとした焼き鳥が食べたくてさ」
「そうですね。俺の知ってるところでいいですか? 味は保証します」
「いいな。そこ、連れて行ってくれる?」
「ちょっとタクシー乗るけど、いいですか」
「僕は構わないよ」
「じゃあ、そこ行きましょう」
通りに出て空車のタクシーを拾い、お目当ての焼き鳥屋へ行った。
その焼き鳥屋は、芸能界に入って間もない頃に颯矢さんが連れて行ってくれたお店で、それ以来、たまに足を運んでいる。
タクシーの中では、タイのお正月であるソンクラーンについて話を聞いていた。ちょうど今がソンクラーンだ。なんでも、街で通行人同士が水を掛け合うらしく、水かけ祭りとも言われているらしい。
小田島さんも最初こそはびっくりしていたけれど、今は普通に水を掛け合っていると笑う。そんな海外の話が俺には新鮮だ。
ソンクラーンの話を聞いているうちにタクシーは焼き鳥屋に着いた。
「ここ、タレが美味しいから、タレをおすすめします」
タレの味がイマイチだと無難な塩を選ぶしかないけれど、ここのタレはほんとに美味しいのでハズレがない。
「じゃあ、タレで適当に頼もうか」
「わかりました。ぼんじりや砂肝いけますか? 美味しいですよ」
「どっちもいけるよ」
「了解です」
そう言って、まずは皮、もも、ねぎま、つくね、レバー、砂肝、ぼんじり、とタレで注文していく。
「焼き鳥なんて何年ぶりだろう。好きなんだけどね、向こうじゃ食べれないから」
「そうなんですね。日本食屋あるから、なんでもあるのかと思いました」
「あるのは、寿司や肉じゃがとかそういう系かな? さすがに焼き鳥はないよ。焼いた鳥は食べるけど、タレがないからね」
「そっか、そこがないんですね。」
確かにバンコクに行ったときは鶏肉は随分食べたけれど、確かにタレというのはなかったな、と思い出す。
「それより、城崎くん。俳優だって、こっち来て知ったよ。雑誌で知ってびっくりした」
そう。小田島さんには素性を明かしていなかったけれど、さすがに一時帰国して雑誌で俺を見てびっくりしたと言う。
「すいません」
「まぁ、でも初対面でそんなこと言わないよね。でも、イケメンなの当然だなって思うよね」
「そんなことないですよ。それより小田島さんがタイに行ったこと教えてください」
「なに? 僕に興味出てきた?」
「いや、そうじゃなくて、あの......」
「なんだ、興味もってくれたと思ったのに。僕は城崎くんに興味あるけどな。冗談だよ。冗談。で、なにを訊きたいの?」
「タイでの生活とか仕事とか」
「タイに興味出てきた?」
「はい」
ビールを呑みながら訊いてみた。
日本で就職をするのは普通だけど、大学生の頃から芸能界に入ったのであまり海外に行ったりしていないし、自由はなかった。だから、海外に行ってみるのもいいかな、と思ったのだ。母さんももういないのだから。
「仕事ってありますかね」
「タイは日本人旅行者多いから、観光関係では日本人スタッフを結構採用してるよ。日本人向けのオプショナルツアーをやっている会社とかあるからね。後は僕みたいに日本語教師かな? ただ、日本語教師だと多少はタイ語か英語がわからないと困るかな。会社側がタイの会社だからね」
「そっか。俺はタイ語も英語もわからないんで、観光系ですかね」
「そうだね。まぁ、タイに来る前に簡単なタイ語を勉強してから来るって言う手もあるよね。後は、タイで語学学校に通って勉強して、それから仕事を探すかだね」
「日本で勉強するのはちょっと困難だから、語学学校っていいですね」
俳優という仕事をしていると時間は不規則だし、城崎柊真の名前は知られているのでちょっと難しい。もちろん、タイの語学学校には日本人がいるだろうけれど、色んな国から来ているから外国人には知られていないので勉強しやすいのでは、と思う。
そこへ焼き鳥が運ばれてきた。
「あー。美味しいね。これだよな。ビールと焼き鳥っていうのが恋しくてね。これ、タイでは味わえないから」
小田島さんはそう言って幸せそうに笑う。
「城崎くんもタイに来たら食べられない日本食いっぱいあるからね。他人事じゃないよ」
「長期いると、現地の料理も飽きてきます?」
「飽きるねー。やっぱり僕たちは日本人だからね、味覚がタイ人とは違うから」
それは、旅行などの短期滞在ではわからないことだ。やっぱり育ってきた味覚というのがあるのだろう。
「でも、タイに来るなら俳優の仕事どうするの? しばらく休む?」
「いえ、辞めようかと思ってます」
「え?!」
ビールを呑む小田島さんの手が止まる。
「それってもったいなくない? まぁ、城崎くんが未練ないっていうなら他人がどうこういう問題じゃないけど」
「俺、大学生のときに芸能界入ったんです。だから、少し自由に憧れがあるのかもしれないです」
「あぁ、そっかぁ」
「それに、母が亡くなったから。日本にいる必要もないし」
「お母さん亡くなったの? それでそう考えたのか」
「はい」
でも、ほんとはもうひとつ理由がある。それは颯矢さんの存在だ。日本にいると颯矢さんのことを思い出してしまうと思うから。もう、結婚する颯矢さんのことは考えたくない。それが一番大きな理由かもしれない。
3
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
好きになってしまったけど。
加地トモカズ
BL
高校生の月宮拓真(つきみやたくま)は、担任の松井智紘(まついちひろ)に恋をしていた。教師と生徒という関係で拓真は想いを仕舞っていたのだが……。
※こちらの作品は「男子高校生のマツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズがどこかのイベントで出した小説という設定です。
甘えた狼
桜子あんこ
BL
オメガバースの世界です。
身長が大きく体格も良いオメガの大神千紘(おおがみ ちひろ)は、いつもひとりぼっち。みんなからは、怖いと恐れられてます。
その彼には裏の顔があり、、
なんと彼は、とても甘えん坊の寂しがり屋。
いつか彼も誰かに愛されることを望んでいます。
そんな日常からある日生徒会に目をつけられます。その彼は、アルファで優等生の大里誠(おおさと まこと)という男です。
またその彼にも裏の顔があり、、
この物語は運命と出会い愛を育むお話です。
ことりの上手ななかせかた
森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。
しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。
それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!?
「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」
「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」
小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。
※エブリスタ、小説家になろうに同作掲載しております
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
おデブだった幼馴染に再会したら、イケメンになっちゃってた件
実川えむ
恋愛
子供のころチビでおデブちゃんだったあの子が、王子様みたいなイケメン俳優になって現れました。
ちょっと、聞いてないんですけど。
※以前、エブリスタで別名義で書いていたお話です(現在非公開)。
※不定期更新
※カクヨム・ベリーズカフェでも掲載中
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる