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紫陽花の季節に2
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席に通されメニューを見るけれど、初めて来た俺になにが美味しいのかわからず薬井さんおすすめのコースにすることにした。コース料理は飲み物とデザートが選べたので、コーヒーとチーズケーキをチョイスした。
「やっとまともな食事ができる」
そうボソっと呟いた一言を薬井さんは聞き逃さなかった。
「そんなに酷い食事してたんですか?」
「ん~。カップラーメンとかカップうどんですね。マシなときはコンビニ弁当」
「マシなときがコンビニ弁当ってほんとに酷い食事ですね」
と呆れた顔をされた。まぁそんな食事で1ヶ月生活してたんだから自分でもさすがに呆れるし、よくそれで体を壊さなかった自分には感心する。
「今度から食事作れそうになくなったら言ってください。簡単なものになるけどある程度は作れるから作りに行きますから」
「じゃあお願いするよ。もうほんと普通の食事がしたかったですよ」
「ほんとよく生きてましたね。最後に会ってから1ヶ月か。会えて良かったです」
「なんで? 会わないとでも思った?」
「ん~」
と薬井さんは一瞬言い淀む。
「薔薇園に行ったときはまだ堅い気がしたので。でも人見知りというのは知ってたから、だからこそしんどいかなとか思ったり。でも、メッセージが途中からは力が抜けたような感じがしたから大丈夫かな、と少しは安心したりしたんですけど」
薬井さんは気にしていないと思っていたけれど、薬井さんは薬井さんなりに気にしていたようだ。そう思うと少し申し訳なくもある。
薔薇園に一緒に行ったときはほんとに距離感がめちゃくちゃあったと思う。
「すいません、人見知り激しくて。大体、あの段階でダメになるんです」
「そうか。じゃあ気長に待ってて良かったんですね。こうやって肩の力を抜いて話せる日が来るのかちょっと不安だったけど、待ってたご褒美ですね」
そう言って薬井はふわっと花が咲くような笑顔を見せた。ほどよい距離感で付き合えると思ってたけど、薬井さんの忍耐強さのおかげなんだなと思う。
「薬井さんの方はまだイラストの仕事ですか? それとももう個展の準備ですか?」
「イラストの仕事しながら個展の準備です。まぁ、もう個展の準備の方は終わりかな。もうすぐ始まるから」
「そうか。場所とかあとで教えてくださいね。見に行くので」
「え? 来てくれるんですか? 先生が来てくれるから頑張らなきゃですね」
「いや、そこは俺が行かなくても頑張らないとでしょう」
「もちろん頑張りますけど。でも、先生が来てくれるならもっと頑張るというか。特別です」
「なにが特別なのかわからないけど頑張って下さい」
「はい。ありがとうございます」
今日の薬井さんは薔薇園で会ったときよりも笑顔を見せる。その表情を見ていると「嬉しい」という気持ちが伝わってくる。俺に会うことが、そして個展に行くと言ったことがそんなに嬉しいものなのかよくわからないけれど、ファンと言ってくれていたからそれでだろう。
その後は前菜のスープ、サラダが来て近況――もっとも俺は仕事しかなかったので聞く専門だったけれど――たまにいくダイビングのことなどを聞きながら食事をした。
薬井さんはほんとに海とダイビングが好きなようで、仕事が落ち着けば沖縄や海外へ行ってダイビングをするらしい。そしてたまに千屋とも一緒に行くという。
「海が好きだからあんな青が出せるんですかね?」
「え?」
「画集も青い薔薇の絵も青がすごく強烈的だなと思って」
「強烈?」
「作家が言う言葉じゃないけど、どう形容したらいいのかわからないほどの衝撃的な青でした。衝撃的といっても不快感はなくて。あんな青を俺は見たことがありません」
「んー。描いた本人にはよくわからないけれど、青は好きですね。海の中の深い青。そして突き抜けるような青い空が好きですね」
「薬井さんの目にはこの世はどんな色に見えているんだろうって思いました。俺が見てる世界とは違うんじゃないかって思ったりして」
「どうなんでしょう。同じだと思うんですけどね。でも、作家と画家で表現方法が先生と違うだけだと思うんですけど。俺は絵で先生は文章で」
「また同じ景色を見に行きたいですね。そして、そこで薬井さんに見えたとおりの絵を描いて貰ったらわかるかな、と」
「行きましょう。約束ですよ」
そう言って薬井さんは、今日会って一番の笑顔を見せた。
「やっとまともな食事ができる」
そうボソっと呟いた一言を薬井さんは聞き逃さなかった。
「そんなに酷い食事してたんですか?」
「ん~。カップラーメンとかカップうどんですね。マシなときはコンビニ弁当」
「マシなときがコンビニ弁当ってほんとに酷い食事ですね」
と呆れた顔をされた。まぁそんな食事で1ヶ月生活してたんだから自分でもさすがに呆れるし、よくそれで体を壊さなかった自分には感心する。
「今度から食事作れそうになくなったら言ってください。簡単なものになるけどある程度は作れるから作りに行きますから」
「じゃあお願いするよ。もうほんと普通の食事がしたかったですよ」
「ほんとよく生きてましたね。最後に会ってから1ヶ月か。会えて良かったです」
「なんで? 会わないとでも思った?」
「ん~」
と薬井さんは一瞬言い淀む。
「薔薇園に行ったときはまだ堅い気がしたので。でも人見知りというのは知ってたから、だからこそしんどいかなとか思ったり。でも、メッセージが途中からは力が抜けたような感じがしたから大丈夫かな、と少しは安心したりしたんですけど」
薬井さんは気にしていないと思っていたけれど、薬井さんは薬井さんなりに気にしていたようだ。そう思うと少し申し訳なくもある。
薔薇園に一緒に行ったときはほんとに距離感がめちゃくちゃあったと思う。
「すいません、人見知り激しくて。大体、あの段階でダメになるんです」
「そうか。じゃあ気長に待ってて良かったんですね。こうやって肩の力を抜いて話せる日が来るのかちょっと不安だったけど、待ってたご褒美ですね」
そう言って薬井はふわっと花が咲くような笑顔を見せた。ほどよい距離感で付き合えると思ってたけど、薬井さんの忍耐強さのおかげなんだなと思う。
「薬井さんの方はまだイラストの仕事ですか? それとももう個展の準備ですか?」
「イラストの仕事しながら個展の準備です。まぁ、もう個展の準備の方は終わりかな。もうすぐ始まるから」
「そうか。場所とかあとで教えてくださいね。見に行くので」
「え? 来てくれるんですか? 先生が来てくれるから頑張らなきゃですね」
「いや、そこは俺が行かなくても頑張らないとでしょう」
「もちろん頑張りますけど。でも、先生が来てくれるならもっと頑張るというか。特別です」
「なにが特別なのかわからないけど頑張って下さい」
「はい。ありがとうございます」
今日の薬井さんは薔薇園で会ったときよりも笑顔を見せる。その表情を見ていると「嬉しい」という気持ちが伝わってくる。俺に会うことが、そして個展に行くと言ったことがそんなに嬉しいものなのかよくわからないけれど、ファンと言ってくれていたからそれでだろう。
その後は前菜のスープ、サラダが来て近況――もっとも俺は仕事しかなかったので聞く専門だったけれど――たまにいくダイビングのことなどを聞きながら食事をした。
薬井さんはほんとに海とダイビングが好きなようで、仕事が落ち着けば沖縄や海外へ行ってダイビングをするらしい。そしてたまに千屋とも一緒に行くという。
「海が好きだからあんな青が出せるんですかね?」
「え?」
「画集も青い薔薇の絵も青がすごく強烈的だなと思って」
「強烈?」
「作家が言う言葉じゃないけど、どう形容したらいいのかわからないほどの衝撃的な青でした。衝撃的といっても不快感はなくて。あんな青を俺は見たことがありません」
「んー。描いた本人にはよくわからないけれど、青は好きですね。海の中の深い青。そして突き抜けるような青い空が好きですね」
「薬井さんの目にはこの世はどんな色に見えているんだろうって思いました。俺が見てる世界とは違うんじゃないかって思ったりして」
「どうなんでしょう。同じだと思うんですけどね。でも、作家と画家で表現方法が先生と違うだけだと思うんですけど。俺は絵で先生は文章で」
「また同じ景色を見に行きたいですね。そして、そこで薬井さんに見えたとおりの絵を描いて貰ったらわかるかな、と」
「行きましょう。約束ですよ」
そう言って薬井さんは、今日会って一番の笑顔を見せた。
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