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俺と彼女の、せいしをかけた戦い

でも好きなんだよぉ!【帆乃視点】

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「臨……」

 去っていく臨の背中を私は見送ることしかできなかった。

 悪意があって秘密にしていたわけではない。

 本当に無駄な心配をかけたくなかったのだ。

 宮田下くんを興奮させて、既成事実を作ってさえしまえばなくなる話だったから、言わなくてもいいと思ってしまった。

「ごめん。臨」

 その場に座り込むと、エントランスの大理石に黒い水玉模様が浮かび上がる。臨にも嫌われてしまった。全部私が撒いた種だ。だめだこんなんじゃ。いい加減泣き止まなきゃ。現実を受け入れなきゃ。

 ――だって俺は勃たないし、そもそも精子も作り出せない。そういう身体なんだ。

 宮田下くんの苦しそうな顔がいまもなお瞼の裏に張りついている。

 そんな可能性、微塵も考えなかった。

 彼がそんな枷を背負っていたことに、気づいてあげられなかった。

「最低だ……」

 私は自分勝手に宮田下くんを苦しめ続けていた。婚約を破談にするために宮田下くんの子供が欲しい。宮田下くんと結婚したい。えっちがしたい。そんな身勝手な理由で宮田下くんのトラウマを抉り続けていた。

 子供のときだってそうだ。

 宮田下くんに無責任なことを言って、宮田下くんを傷つけた。

 私は彼を傷つけてばかりだ。

 私には彼と一緒にいる資格なんてない。

「……でも好きなんだよぉ!」

 報われない。相容れない。どうしようもない。こんな運命に縛られるなんて。

「わた、しは……」

 断ち切らなきゃ。宮田下くんを忘れなきゃ。臨に謝らなきゃ。

 私は胸を拳で何度もたたいた。

 なのに、心の中に住み着いた宮田下くんは一向に消えてくれない。

「もう、ダメだったんだ、から」

 神様。どうかお願いします。将来のなにもかもを諦めるから、吉良坂帆乃が生死をかけた戦いに敗れた事実を認めるから、死んだように生き続けることを認めるから。

 どうか私に、この先に広がり続ける灰色の人生に耐えうるだけの、ささやかな幸せをください。

 それ以上はなにも望みません。

 私はよろけながら立ち上がって、スマホでメッセージを作る。

 送る相手は、もちろん臨。

『さっきは本当にごめんなさい。私は臨のことを親友だと思ってる。こんな私を許してくれるなら、私が何者になったとしても、ずっと親友でいてください』

 返事は、いくら待っても返ってこなかった。

 ああ、私が自暴自棄になって無視してたとき、こんな気持ちだったんだね。

 そりゃあんなに怒るよね。
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