38 / 68
猫コスプレをかけた戦い
タイムリミット【帆乃視点】
しおりを挟む
「ってかなんなのあいつ。根性なしって病気なの? 帆乃があそこまでやってんのに」
いつもの中華料理屋で、臨が麻婆豆腐と巣昆布ともずく酢を混ぜ合わせたスペシャルメニューを頬張りながら不満げに呟いた。
あ、もちろん飲み物はイチゴミルク。
「攻略難易度が高い方が燃えるっていうけど、あれは逆に萎えるわ。あんなにえちえちな姿の帆乃に手を出さないなんて、むしろ帆乃をバカにしてる」
「私に魅力がないだけだよ」
咀嚼していた天津飯を飲み込んでから、私は宮田下くんをかばうような発言を口にする。
だってそれは本当のことだから。
私にもっと女としての魅力があれば、効果的に迫れていれば、興奮させれば、とっくの昔に宮田下くんとエッチができているはずなのだ。
「そんなことない。帆乃は世界で一番魅力的な女の子よ。でも、こうなったらあいつの手足を縛って強引に」
「それはだめ。だって……私、宮田下くんに嫌われたくないの。だからこうして小説を書くためとか、周りのみんなにやらされてるって感じで興奮させて、襲われようとしてるんだから」
「私が一番疑問に思ってるのはそこよ」
臨がジョッキに入っているイチゴミルクをごくごく飲んで、グラスの底をドンと机にぶつけるようにして置く。
「帆乃言ったじゃん。あいつ、エッチい女の子は嫌いだって。性交渉がなくても続く関係が理想だって」
「うん。ものすごく真剣に熱弁してた」
「でもさ、私が見る限りだけどあいつ、エロに不快感を抱いてるようには見えないのよ」
「どういうこと?」
「だからあいつはエロを嫌ってるんじゃなくて、なにかしらの理由があってそういう嘘をついてるんじゃないかってこと」
「その理由って?」
「そんなのわかるわけないでしょ。男子高校生の無限の性欲を抑え込むほどの理由なんか」
臨はまた不満げにイチゴミルクをがぶがぶ飲む。
「でも、だったらなおさら私の魅力が足りないんだよ」
「なんでそうなるの?」
「だって、その嘘を覆せてないってことだから」
「あーあ。私が男だったら、すぐにでも帆乃とやって精子を提供してあげるのに」
おどけたような口調で、重苦しくなりかけた場の空気を元に戻してくれる臨。
唯我独尊女なんて言われてるけど、本当はこういう繊細な気遣いだってできるんだから。
「そう言ってくれてありがとう。自信になる」
「ってかなんで帆乃はあいつの子供を作ることに固執してるわけ? 好きってことは知ってるけど、そんなに早まらなくてもよくない? それこそあいつの好みに合わせて、清純で奥手な女の子を装えばいいじゃない」
「それは、その通りなんだけど」
私はとろとろの餡がかかった天津飯に目線を向ける。
「好きな人とは早く結婚したいって思うから。だから、そのためには子供かなぁって。それに、好きな人とエッチするのはすごく幸せなことだってお母さんが言ってたし」
――お母さんはね、お父さんを興奮させて強引に子供を作ったから、こうして幸せになれてるの。
――貧乏だけど、愛した人と、その愛の結晶のあなたと暮らせている。好きな人と愛し合うのは、とっても幸せなことなのよ。
お母さんの言葉を思い出す。
あれはたしか、貧乏の原因が私にあるんじゃないかと思って、
『私って、いない方がいい?』
とお母さんに言ってしまったときだ。
お母さんはそんな私を優しく抱きしめてくれて、少しだけ照れくさそうにその言葉たちを伝えてくれた。
そのときは幼すぎて、その言葉の意味はほとんど理解できなかったが、いろんなことを知識として得たいまなら、お母さんの言葉に込められていたものの重みがよくわかる。
「はぁ……、これだけ帆乃に愛されてるのに、ほんと宮田下のやつ……」
ああ、また更なる作戦を考えないと……と頭をガシガシ書き始める臨。
ほんとにもう臨ったら。
私が最初に話したときは手伝うの面倒だって言ってたのに、いまはもう私以上にどうやったら宮田下くんを興奮させられるかを考えてくれている。
ほんと、私にはもったいないほど素敵な友達だ。こんなにも優しい親友に出会えていて、しかも家は超お金持ち。そんな恵まれた環境にいるにもかかわらず、さらに宮田下くんまで手に入れようとしている私がひどく傲慢な存在のように思えてしまう。
「ってかこれもまったく参考にならないし! なんでも言うことを聞くって言ってんだから、もっと自分の欲望に正直になりなさいよ」
臨がテーブルの上に置いていた五枚の紙をまとめて掴むとくしゃくしゃに丸める。
その紙は、宮田下くんが書いたメイドの私にやってもらいたいことリスト。
吉良坂さんの書いた小説を読みたい。
肩を揉んでほしい。
お勧めの本を教えてほしい。
また膝枕をしてほしい。
また後ろから抱きしめてほしい。
臨が言うにはこんなのただの建前らしいけど、参考になる部分もあると思うなぁ。
それから、臨と二人で宮田下くんをドキドキさせる作戦を二時間ほど考えてから中華料理屋を出た。
草飼が運転する車で臨を送り届けてから、草飼と二人で住んでいるマンションへ帰る。
「ちょっとよろしいですか。帆乃様」
その道中、ハンドルを握ったままの草飼が口を開いた。
「なにかしら?」
「先ほど。帆乃様が臨様とお食事中にご連絡がありまして、ついに決まったそうです」
「……そう」
驚きはしなかった。
今日決まるかもしれないと事前におじい様からそのことは聞かされていた。
でも、こんなにすんなりと決まるものなのか。
そういう家だから仕方ないけど、私の意思は関係ないってことなのね。
これで私も腹をくくらなければいけない。
時間は完全になくなった。
タイムリミットが近い、ではなく正真正銘のタイムリミット。これまでは、まだ正式に決まったわけじゃなかったから、どこか心の余裕があった。
「草飼。私、どうしたらいいと思う?」
「どうもこうも、次がラストチャンスと考えた方がいいかもしれません。もちろんまだ正式な決定までは時間があるでしょうが、これまで以上に時間がないことを自覚して、なりふり構わずやるしかないかと。彼、宮田下銀の精子をかけた戦いは」
「……そう、よね」
お腹を手でゆっくりとさする。ここに宮田下くんのを……。言いようのない焦りがじわじわと身体中に広がっていく。
次がラストチャンスの気持ちで望め。
草飼の言うとおりかもしれない。
これまでに得た知識を総動員して、宮田下くんを誘惑しないといけない。
恥ずかしがってなんかいられない。
今日はちょうど金曜日だから、週末で作戦を決めて、一回全部の流れを練習しておこう。
「私、やってみせる。なんでもする」
「私も、できる限り協力いたします。帆乃様のメイドですから」
「ありがとう、草飼」
私はシートベルトをぎゅっと握りしめた。
もし、宮田下くんの精子を手に入れられなかったら、子供を身ごもれなかったら、私は、吉良坂帆乃はこの先、死んだように生きることになるだろう。
最愛の人と結ばれないなんて、そんなの絶対に嫌だ!
いつもの中華料理屋で、臨が麻婆豆腐と巣昆布ともずく酢を混ぜ合わせたスペシャルメニューを頬張りながら不満げに呟いた。
あ、もちろん飲み物はイチゴミルク。
「攻略難易度が高い方が燃えるっていうけど、あれは逆に萎えるわ。あんなにえちえちな姿の帆乃に手を出さないなんて、むしろ帆乃をバカにしてる」
「私に魅力がないだけだよ」
咀嚼していた天津飯を飲み込んでから、私は宮田下くんをかばうような発言を口にする。
だってそれは本当のことだから。
私にもっと女としての魅力があれば、効果的に迫れていれば、興奮させれば、とっくの昔に宮田下くんとエッチができているはずなのだ。
「そんなことない。帆乃は世界で一番魅力的な女の子よ。でも、こうなったらあいつの手足を縛って強引に」
「それはだめ。だって……私、宮田下くんに嫌われたくないの。だからこうして小説を書くためとか、周りのみんなにやらされてるって感じで興奮させて、襲われようとしてるんだから」
「私が一番疑問に思ってるのはそこよ」
臨がジョッキに入っているイチゴミルクをごくごく飲んで、グラスの底をドンと机にぶつけるようにして置く。
「帆乃言ったじゃん。あいつ、エッチい女の子は嫌いだって。性交渉がなくても続く関係が理想だって」
「うん。ものすごく真剣に熱弁してた」
「でもさ、私が見る限りだけどあいつ、エロに不快感を抱いてるようには見えないのよ」
「どういうこと?」
「だからあいつはエロを嫌ってるんじゃなくて、なにかしらの理由があってそういう嘘をついてるんじゃないかってこと」
「その理由って?」
「そんなのわかるわけないでしょ。男子高校生の無限の性欲を抑え込むほどの理由なんか」
臨はまた不満げにイチゴミルクをがぶがぶ飲む。
「でも、だったらなおさら私の魅力が足りないんだよ」
「なんでそうなるの?」
「だって、その嘘を覆せてないってことだから」
「あーあ。私が男だったら、すぐにでも帆乃とやって精子を提供してあげるのに」
おどけたような口調で、重苦しくなりかけた場の空気を元に戻してくれる臨。
唯我独尊女なんて言われてるけど、本当はこういう繊細な気遣いだってできるんだから。
「そう言ってくれてありがとう。自信になる」
「ってかなんで帆乃はあいつの子供を作ることに固執してるわけ? 好きってことは知ってるけど、そんなに早まらなくてもよくない? それこそあいつの好みに合わせて、清純で奥手な女の子を装えばいいじゃない」
「それは、その通りなんだけど」
私はとろとろの餡がかかった天津飯に目線を向ける。
「好きな人とは早く結婚したいって思うから。だから、そのためには子供かなぁって。それに、好きな人とエッチするのはすごく幸せなことだってお母さんが言ってたし」
――お母さんはね、お父さんを興奮させて強引に子供を作ったから、こうして幸せになれてるの。
――貧乏だけど、愛した人と、その愛の結晶のあなたと暮らせている。好きな人と愛し合うのは、とっても幸せなことなのよ。
お母さんの言葉を思い出す。
あれはたしか、貧乏の原因が私にあるんじゃないかと思って、
『私って、いない方がいい?』
とお母さんに言ってしまったときだ。
お母さんはそんな私を優しく抱きしめてくれて、少しだけ照れくさそうにその言葉たちを伝えてくれた。
そのときは幼すぎて、その言葉の意味はほとんど理解できなかったが、いろんなことを知識として得たいまなら、お母さんの言葉に込められていたものの重みがよくわかる。
「はぁ……、これだけ帆乃に愛されてるのに、ほんと宮田下のやつ……」
ああ、また更なる作戦を考えないと……と頭をガシガシ書き始める臨。
ほんとにもう臨ったら。
私が最初に話したときは手伝うの面倒だって言ってたのに、いまはもう私以上にどうやったら宮田下くんを興奮させられるかを考えてくれている。
ほんと、私にはもったいないほど素敵な友達だ。こんなにも優しい親友に出会えていて、しかも家は超お金持ち。そんな恵まれた環境にいるにもかかわらず、さらに宮田下くんまで手に入れようとしている私がひどく傲慢な存在のように思えてしまう。
「ってかこれもまったく参考にならないし! なんでも言うことを聞くって言ってんだから、もっと自分の欲望に正直になりなさいよ」
臨がテーブルの上に置いていた五枚の紙をまとめて掴むとくしゃくしゃに丸める。
その紙は、宮田下くんが書いたメイドの私にやってもらいたいことリスト。
吉良坂さんの書いた小説を読みたい。
肩を揉んでほしい。
お勧めの本を教えてほしい。
また膝枕をしてほしい。
また後ろから抱きしめてほしい。
臨が言うにはこんなのただの建前らしいけど、参考になる部分もあると思うなぁ。
それから、臨と二人で宮田下くんをドキドキさせる作戦を二時間ほど考えてから中華料理屋を出た。
草飼が運転する車で臨を送り届けてから、草飼と二人で住んでいるマンションへ帰る。
「ちょっとよろしいですか。帆乃様」
その道中、ハンドルを握ったままの草飼が口を開いた。
「なにかしら?」
「先ほど。帆乃様が臨様とお食事中にご連絡がありまして、ついに決まったそうです」
「……そう」
驚きはしなかった。
今日決まるかもしれないと事前におじい様からそのことは聞かされていた。
でも、こんなにすんなりと決まるものなのか。
そういう家だから仕方ないけど、私の意思は関係ないってことなのね。
これで私も腹をくくらなければいけない。
時間は完全になくなった。
タイムリミットが近い、ではなく正真正銘のタイムリミット。これまでは、まだ正式に決まったわけじゃなかったから、どこか心の余裕があった。
「草飼。私、どうしたらいいと思う?」
「どうもこうも、次がラストチャンスと考えた方がいいかもしれません。もちろんまだ正式な決定までは時間があるでしょうが、これまで以上に時間がないことを自覚して、なりふり構わずやるしかないかと。彼、宮田下銀の精子をかけた戦いは」
「……そう、よね」
お腹を手でゆっくりとさする。ここに宮田下くんのを……。言いようのない焦りがじわじわと身体中に広がっていく。
次がラストチャンスの気持ちで望め。
草飼の言うとおりかもしれない。
これまでに得た知識を総動員して、宮田下くんを誘惑しないといけない。
恥ずかしがってなんかいられない。
今日はちょうど金曜日だから、週末で作戦を決めて、一回全部の流れを練習しておこう。
「私、やってみせる。なんでもする」
「私も、できる限り協力いたします。帆乃様のメイドですから」
「ありがとう、草飼」
私はシートベルトをぎゅっと握りしめた。
もし、宮田下くんの精子を手に入れられなかったら、子供を身ごもれなかったら、私は、吉良坂帆乃はこの先、死んだように生きることになるだろう。
最愛の人と結ばれないなんて、そんなの絶対に嫌だ!
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話
フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談!
隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。
30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。
そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。
刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!?
子供ならば許してくれるとでも思ったのか。
「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」
大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。
余りに情けない親子の末路を描く実話。
※一部、演出を含んでいます。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる