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第1章 2 俺のステータスだけ特別すぎないか

鹿目未来①

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 鹿目未来との出会いは、小学校の集団登校だった。

 俺が一年生のときに鹿目さんは三年生。

 そのときから、鹿目さんは明るくて前向きで弱音を吐かない人だった。

 俺は鹿目さんにべったりで、鹿目さんも後輩の中で俺を一番気にかけてくれていたと思う。

 鹿目さんは高校三年生になっても天真爛漫さを失わなかった。

 対して俺は高校に入学するまでの人生で、様々な人からの身勝手な期待、身勝手な失望にさらされつづけ、どんどん殻に閉じこもるようになっていった。

 たとえば、医師である父親の跡を継がせようとする母親に言われるがまま行った中学受験に失敗したとき。

 合格した近所の子と比べられて、

「あなたにはもう期待しない」

 と勝手に諦められた。

 たとえば、これからは勉強じゃなくてスポーツだぁ! と中学でバスケ部に入って部活で試合に出場したとき。

 顧問から、「うまくやれよ」という曖昧な指示だけをもらって、自分ではうまくやったつもりだったのに、

「うまくやれって言っただろ!」

 と戦犯扱いされた。

 俺は、もう疲れ切っていた。

 人間は勝手に期待して勝手に失望する生き物だと学んでいたから、もうこれ以上人とかかわりたくないと、高校ではボッチを貫いていた。

「わっ! なるくんおはよう。どう、高校には慣れた?」

 そんな曲がりくねった成長を遂げた俺に、鹿目さんだけは変わらず話しかけてくれた。

 朝の通学路で俺を見つけたのだろう。

 俺にばれないように背後から近づいてきて、突然目の前にぴょいっと飛び出してきた。

「別に、まあ、それなりに」

 そっけない態度を取ってしまうのは思春期のさがだから許してほしい。

 鹿目さんが、弟を可愛がるかのような笑みを浮かべてくれると胸が温かくなって、でもその温かさの奥深くにはちくっとした痛みがあってどうしようもなく虚しくなる。

 一人の男、ではなく、弟。

 鹿目さんが通っている高校だから、俺はこの学校を選んだというのに。

「そっか、うんうん。だったらよかったよ」

 俺の隣に並んだ鹿目さんは目を細めてうなずいた後。

「そういえば、私ね、この前医学部模試でA判定だったよ。特待生いけるかもとも言われちゃった。すごい?」

「そう、ですね」

「そっけなー。小さいころは、私にべったべたで可愛かったのになぁ」

「俺ももう子供じゃありませんから」

 可愛かったと言われるのも、俺にとっては嬉しくて、ちょっと悲しくて。

「そのぶっきらぼうはんたーい」

 鹿目さんは頭の後ろで手を組みながら澄んだ空を見上げた。

 その綺麗な横顔にどうしようもなく見惚れる。

 医者になって多くの命を救いたい、という彼女らしい素敵な夢をかなえてほしいと本気で思った。

「ねぇ、なるくん」

 ふいに鹿目さんが俺の方を向いた。

「私はもっと頑張るよ」

 風が強く吹いて、鹿目さんのボブヘアーが妖艶になびく。

 目が合ってしまってとっさに目を逸らすと、鹿目さんにくすりと笑われ、背中をバシバシとたたかれた。

「私が君の自信になってあげるよって、約束もしたしね」

 鹿目さんは空を見上げて、目を細める。

 君の自信になってあげるよ。

 俺は、その言葉をはじめてかけられたときのことを思い出していた。


  ***


 ――私が君の自信になってあげるよ。

 その言葉を鹿目さんからかけられたのは、俺が中学受験に失敗したときだ。

 母親に見捨てられて自暴自棄になっていた俺は鹿目さんに呼び出され、近所の公園に向かった。

 ベンチに座って待っていると、鹿目さんは遅れてやってきて「はやいね」と悪びれもせずに俺の隣に座った。

 三十秒ほど無言がつづいた後、唐突に口に手を添えて大声で叫んだ。

「私はぁ! 医者になるんだぁ!」

 突然の出来事に頭が真っ白になる。

 風も吹いていない、誰も乗っていないのに、向かいにあるブランコが揺れていた。

「あははは、誰かの前で宣言したのはじめてだから恥ずかしいね」

 鹿目さんは苦笑いを浮かべている。

 言葉通り、鹿目さんがはじめて夢を他人に伝えたのだと、そのリンゴのような頬が物語っていた。

「実はね、私もなるくんと同じで医者を目指してたんだよ」

「……知らなかった、です」

 でも、どうして俺に? とつづけると、鹿目さんは背筋をピンと伸ばした。

「なるくんなら伝えても笑わないかなぁって」

 体がかあぁっと熱くなった。

 信頼されているという事実が胸の中に溶けていく。

「じゃあもしかして、俺のことを可愛がってくれてたのって」

「察しいいねぇ。なるくんが医者を目指してるって知ったから、私と同じだーって、なんか可愛く思えちゃったんだよねぇ」

 鹿目さんは昔を懐かしむように目を閉じる。

 そんな彼女の横顔を見て、俺の胸はどうしようもなくざわめいてしまう。

 本当に、恋愛は惚れた方が負けなのだ。

「ねぇ、なるくん」

 鹿目さんが目を見開く。

 空を見上げたままの鹿目さんは、これまで見たことのない真剣な顔をしていた。

「中学なんてどこだって変わらないよ。私は地元の公立中学に通ってるし、普通に地元の高校に進学するつもりだけど、普通に医者を目指す、なってみせる」

 力強く言い切った鹿目さんは、ゆっくりと目を閉じる。

「だからなるくんも、自分のこと、諦めないで」

 最後に俺の方を向いて、くしゃりと笑った。

「私が君の自信になってあげるよ」
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