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一章 異世界

7 僕はその手を

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「僕は後悔していません」

 ジーンの手を掴んだ。そんな僕にジーンが苦笑する。

「私は王が放棄した砂漠の国パールバルト王国を任されてしまった。母にアキラが住みやすい世界を作れと言われたよ。アキラの喜ぶことを全部してあげたい。どんな世界を君は望むのかな?」

 ジーンの言葉はすごく嬉しい。でも、急に言われても何も出てこないでいた。困って俯くと、背中に回された手に少し力がこもった気がした。

「それから、こんなに幼い君を番いとして迎え入れたことも詫びなくてはならないね」

「え……っ、僕、今年二十歳になります」

「そう、二十……、二十歳!?本当に、アキラが?」

 僕が歳を告げると、驚きだとも取れる顔でジーンが目を丸くする。

「え、あ、そ、そうか。二十歳になるのか。もうとっくに……。二十歳……」

「はい。あ、でも、日本の成人年齢は十八歳で、でも、成人式は二十歳なんです。一月だからまだですけど……どうかしましたか?」

「そうなんだね。実はアキラは十歳くらいかと……向こうの二十歳はアキラくらいの身長なのかな?いや、そうではなかったような……警備の者たちは……」

 十歳はひどくないですか、ジーン。そりゃあ、欧米人に比べれば華奢で小柄な日本人は多いけれど。そんなに幼い子供だと思われていたなんて!

 少し腹が立って、ジーンの腕をぽかぽか叩いた。

「痛い痛い。ごめんね、アキラをずっと感じてはいたけれど、何度か見失なっていたから、実年齢が分からなくてね。そうか、もう二十歳か……。こちらでは明確な成人年齢ってのがないんだ。だからあまり年齢を数えないでいる。私は成人年齢を越えて随分経つ。そうだな、アキラの世界でいくと、おじさん年齢だ。だからあまりにアキラが小さくて、こんなに小さな子を異世界に連れてきてしまった罪悪感に……いたたた」

 叩いているのにひどく嬉しそうな顔をして見下ろすジーンの顔を見上げていたら、怒るにも怒れなくなってしまう。もう、なんですか、ジーン。その笑顔は卑怯です。

「僕、成長がゆっくり過ぎる病気で……ここ数年は背も止まっていて……」

 酒井所長が研究所に来てからは、全く伸びていない。寄生虫駆虫薬を繰り返しやられた後は、体重も随分減ってしまって、栄養剤を点滴されたこともあった。

「気にしていたのなら謝るよ。でも、小さいアキラは本当に可愛い。ほら、私の腕にすっぽりはいるからね」

 すぐに大きくなるよ、アキラ。

 ジーンにぎゅっと抱きしめられて、素朴な夜景を見下ろす。空中に浮かんでいるのに、もうずっと怖さなんて忘れていた。

「アキラを落とすことなんてしないよ。ずっと抱きしめていたいくらいなのに」

 耳元で囁かれて、ふわりと心が軽くなる気がする。この手に守られていれば大丈夫なんだって安心した。

「ジーン、ありがとうございます。僕は今、すごく幸せです」

「私もだよ、長年望んだ番いが腕の中にいる。私はね、見た目は巨人の父に近いのだが、性質は獣人の父に近い。だから番いを大切にするし、絶対に離れない。私のキスは甘かっただろう?私とアキラが番いだからそうなるんだよ」

 ジーンは僕に教えてくれた。

 この世界は『アメイ・ジア』と言う世界であり、ふたこぶの大陸が広がっていること、魔の森から霞のはるか向こうに広がっているのはガルドバルド大陸。巨人や小人や妖精が住んでいる世界で、タークさんは小人族、セフェムさんは獣人族、ガリウスさんは巨人族で、タークさんはその二人の奥さん。本来はセフェムさんと番いだけれど、ガリウスさんのところにお嫁に行ったそうだ。いろいろあったみたいだけど、見ていられないほど三人仲良し伴侶なんだって。

 子沢山で幸せらしい。ジーンだけは宿り木ではなく、二人の精を貰いタークさんがお腹を痛めて産んだそうだ。

 ジーンが今いる大陸はユグドガルド大陸で、魔の森に囲まれたラメタル王国と、レムリカント王国はラメタル王国の兄弟国、魔の森を細く領地ににしている砂漠の国パールバルト王国と、魔の森の端が展開する北端レガリア連邦王国のアリシア王国の話をしてくれた。レガリア連邦王国はイギリスみたいに四つの国がまとまっているらしく、今までも分裂や統合を繰り返していて、北の火種と言われているそうだ。

 魔の森には地図を作る名人がいて、アメイ・ジアが球体の惑星かもしれないと知ったらどんな顔をするかなと、ジーンは笑っていた。

 今度は僕は僕の知る世界を話した。

 僕の知っている世界・日本では誰も剣を持っていないこと、みんな平等に学校に行けること、それが子供の権利であり、親の義務であることを話すと、

「自分の身をどうやって守るんだ?」

と聞かれた。

「警察に電話します。警察は武器を持っています」

と銃や警棒の話、自衛隊の話をする。

「近衛隊とは違うのだな」

 日本には天皇陛下はいるけれど、基本的には身分差がないことを話すとかなり驚いた。

「国王が変わるのか」

「天皇陛下は変わりませんが、日本では国を動かす内閣総理大臣なんですけど、選挙で決まりますよ」

 ジーンとは乾いた世界パールバルト王国を見下ろしながら、たくさんの話をした。

 僕はジーンが吊るしている剣が怖い。そんな呟きからジーンは僕にそんな国を作ると話してくれた。それが実現するか分からないけれど、僕には本当に嬉しかったんだ。

 ジーンもそれを分かってくれたようだった。ジーンとは違う世界で、違う種族、でも番いという関係性を持っている僕はジーンを見上げる。ジーンは金の髪が青空に透けて綺麗だ。僕はなんだか涙が出そうになった。
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