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6章『花の守り人』
45 ジューゴ、花を見る
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石造りの屋敷から東にランクルを走らせると、道端にちらほらと花が咲いているのが見え、それが森へと続いている。
「大聖堂の回りには花なんか咲いてなかったのにすごいね」
僕の言葉にファナは小さく頷いて、窓の外から目を逸らした。
「なんで最後部座席なの?……ねえ、ファナ、なんかあった?」
僕に無言のファナを気遣って、横に来てくれた案内役のシャルルがガラスを指差す。
「お前は黙って運転」
「はいはい、僕なんかした?」
「ファナ」
ファナは両手をぎゅうと握り、小さな声で、
「私…あと五年で死んじゃったあと、ジューゴ様は……」
と絞り出した。
シャルルの驚いた顔が肯定を示していて、ファナはほろりと涙を溢す。
「そうだ。でも、嫌ならテオに……」
ファナはふかぶかとフードを被り、フードの部分を両手で握りしめた。
「それは、だめ、です。だめ」
あと少ししか生きられないと僕も知っている。
「でも、ファナ、お前は今、生きている」
リムは十五年。マスターのいないフリーのリムは、その寿命すら全うすることは稀だ。
切り捨てられ、打ち捨てられたリムの死体を、何度も見てきたファナにとっても、マスターのいる自分が恵まれていることは分かっているはずだ。
「ファナ、仕方がないことだ。クサカ博士も罪深い。リムをこんなことで混乱させるなんて」
心配したシャルルがぎゅうと抱き締めてくれたが、ファナ涙が止まらなかった。
「ランクル、止まるよ。これ以上は、花を踏んじゃうからね」
ランクルが停車し僕がランクルから降りて、何やらごそごそと拵えて座り込んでい
る。
しばらくして、
「出来るもんだなあ、これ。昔取った杵柄とかいうやつなのかな?」
と呟き、後部座席の扉を開き、泣き止めないでいるファナを抱き上げて、白と緑の広がる花畑に立たせた。
回りは白い小さな花と、先が桃色の小さな花で覆われている。
「異世界ではシロツメクサっていうんだ。辺境にもよく咲いていた。ピンクのはレンゲソウ」
ファナのフードを外し、僕は頭に足元の花と同じ白い花の花冠が乗せた。
「花冠。うん、可愛い。よく似合う」
「ジューゴ様……」
花びらがたくさん集まって小さな丸い玉のような白い花を編み込んだ花冠のファナは、ほろりと涙を流した。
立ち尽くして涙を流すファナに、膝をついて僕はファナをそっと抱き締め、
「異世界に来て僕はずっと死にたかった。どうして僕はここにいるんだろう、なにも力を持っていない、使命すらない僕はこの世界で爪弾きにされていると思っていた。でもファナがいたんだ。僕が忘れていた記憶の中にいる君はやっぱり僕のリムで、僕はファナのそばにずーっといて、そのあとはリムはいらない。君の最後まで一緒にいよう」
と囁いた。
ファナは
「うっ……えっ、えええ~ん……っ」
と、無力で小さな子どものように声を上げて泣いてしまい僕にしがみついた。
怖かったのかもしれない。死ぬ以上にファナの死んだ後、僕が誰か別のリムを嫁取るのが不安だったのかもしれない。
ファナを忘れて……そう、使い捨ての安価な道具のように記憶の片隅にも置かれないのではないかと。
「大丈夫だって、僕はファナよりも先に死なな……下がって、ファナ。シャルル、ファナを頼む」
「きゃ…」
ファナをシャルルのところにそっと突き飛ばした僕は、低い体勢から腰に手を伸ばした。
赤色い影が疾風の如くやって来て、僕に襲いかかる。
「ジューゴ様っ」
「リムを泣かすなあああっ!」
低い姿勢をとり、左手で高速の短剣を受け流す。
「トンファ!」
左腕にはトンファが伸びて、続いて黒衣の短身の剣を受け止め、鈍い音がする。
「わああ!待って!ファナは……俺の……っ」
問答無用で無茶苦茶型の剣捌きで降り下ろされ、僕は防御に回りファナが
「あっ」
と声を出した。
「やめて、ティム様!ジューゴ様もやめて!ティム様たちは自由都市国家近くまで連れていってくれた恩人なのです!」
短身の男が振りかざす剣を止める。
「……んあ?」
ファナは必死で叫んでいた。
「ティム様、私です!ファナです!止めてください!ジューゴ様は私のマスターです!」
泣きながら叫んでむせつつ、シャルルの手を振り払い僕と短身の間に入り、その男を睨み付ける。
「お前、ファナ、ファナじゃないか!」
短身の男が花畑に低い体勢で伏した僕から、身を起こしてファナに振り返った。
「はい。ファナです。ティム様」
「いやあ、ヤバかった……」
僕が苦笑いをしながら起き上がると、ティムと呼ばれた男……子供……が大爆笑する。
「確かに話していた背格好は俺様と似てるな。ただ、目も髪も真っ黒だ」
「そうです。だから、もう、見つけたんです」
ファナとティムが笑っている中で、僕が訳がわからないと言う顔をしていたので、ファナは慌てて僕にしがみつき、
「ジューゴ様と川で離ればなれになった後、しばらくしてからティム様に会ったのです。リム狩りからなんとか逃げて、後ろからぶつかって」
「ぶつかった?」
出会い頭に短剣を振り回す奴に?僕がティムを見て叫ぶので、ファナはさらに慌てて
「ティム様だけじゃなく、女の人もいました!女の人もティム様も、ですから!」
と、ぎゅううっと僕の上着にしがみついた。
「赤い髪だな。北の者か?」
シャルルが僕の反対側の服を引っ張り、ファナは首を傾げる。
「ティム様とは東でお会いしました」
「東……東は青い髪色が多いが……」
ファナはまたも首を傾げた。ティムは髪も目も赤く、白い肌は日焼けしたのか鼻周りが赤い。元々色白なんだろう。
そんなティムがファナではなく、シャルルをじいっ……と見ていて、
「お前も、リムか?」
とシャルルに尋ねる。
「騎士なら分かるだろう、当たり前だ」
シャルルが言葉少なに言い放つと、ティムが全力の笑みを浮かべシャルルに片膝をついて、左手を自分の胸元に、右手をシャルルに差し出したのだ。
「可憐だ。すごく可愛い!結婚してください!」
と言い放った。
「大聖堂の回りには花なんか咲いてなかったのにすごいね」
僕の言葉にファナは小さく頷いて、窓の外から目を逸らした。
「なんで最後部座席なの?……ねえ、ファナ、なんかあった?」
僕に無言のファナを気遣って、横に来てくれた案内役のシャルルがガラスを指差す。
「お前は黙って運転」
「はいはい、僕なんかした?」
「ファナ」
ファナは両手をぎゅうと握り、小さな声で、
「私…あと五年で死んじゃったあと、ジューゴ様は……」
と絞り出した。
シャルルの驚いた顔が肯定を示していて、ファナはほろりと涙を溢す。
「そうだ。でも、嫌ならテオに……」
ファナはふかぶかとフードを被り、フードの部分を両手で握りしめた。
「それは、だめ、です。だめ」
あと少ししか生きられないと僕も知っている。
「でも、ファナ、お前は今、生きている」
リムは十五年。マスターのいないフリーのリムは、その寿命すら全うすることは稀だ。
切り捨てられ、打ち捨てられたリムの死体を、何度も見てきたファナにとっても、マスターのいる自分が恵まれていることは分かっているはずだ。
「ファナ、仕方がないことだ。クサカ博士も罪深い。リムをこんなことで混乱させるなんて」
心配したシャルルがぎゅうと抱き締めてくれたが、ファナ涙が止まらなかった。
「ランクル、止まるよ。これ以上は、花を踏んじゃうからね」
ランクルが停車し僕がランクルから降りて、何やらごそごそと拵えて座り込んでい
る。
しばらくして、
「出来るもんだなあ、これ。昔取った杵柄とかいうやつなのかな?」
と呟き、後部座席の扉を開き、泣き止めないでいるファナを抱き上げて、白と緑の広がる花畑に立たせた。
回りは白い小さな花と、先が桃色の小さな花で覆われている。
「異世界ではシロツメクサっていうんだ。辺境にもよく咲いていた。ピンクのはレンゲソウ」
ファナのフードを外し、僕は頭に足元の花と同じ白い花の花冠が乗せた。
「花冠。うん、可愛い。よく似合う」
「ジューゴ様……」
花びらがたくさん集まって小さな丸い玉のような白い花を編み込んだ花冠のファナは、ほろりと涙を流した。
立ち尽くして涙を流すファナに、膝をついて僕はファナをそっと抱き締め、
「異世界に来て僕はずっと死にたかった。どうして僕はここにいるんだろう、なにも力を持っていない、使命すらない僕はこの世界で爪弾きにされていると思っていた。でもファナがいたんだ。僕が忘れていた記憶の中にいる君はやっぱり僕のリムで、僕はファナのそばにずーっといて、そのあとはリムはいらない。君の最後まで一緒にいよう」
と囁いた。
ファナは
「うっ……えっ、えええ~ん……っ」
と、無力で小さな子どものように声を上げて泣いてしまい僕にしがみついた。
怖かったのかもしれない。死ぬ以上にファナの死んだ後、僕が誰か別のリムを嫁取るのが不安だったのかもしれない。
ファナを忘れて……そう、使い捨ての安価な道具のように記憶の片隅にも置かれないのではないかと。
「大丈夫だって、僕はファナよりも先に死なな……下がって、ファナ。シャルル、ファナを頼む」
「きゃ…」
ファナをシャルルのところにそっと突き飛ばした僕は、低い体勢から腰に手を伸ばした。
赤色い影が疾風の如くやって来て、僕に襲いかかる。
「ジューゴ様っ」
「リムを泣かすなあああっ!」
低い姿勢をとり、左手で高速の短剣を受け流す。
「トンファ!」
左腕にはトンファが伸びて、続いて黒衣の短身の剣を受け止め、鈍い音がする。
「わああ!待って!ファナは……俺の……っ」
問答無用で無茶苦茶型の剣捌きで降り下ろされ、僕は防御に回りファナが
「あっ」
と声を出した。
「やめて、ティム様!ジューゴ様もやめて!ティム様たちは自由都市国家近くまで連れていってくれた恩人なのです!」
短身の男が振りかざす剣を止める。
「……んあ?」
ファナは必死で叫んでいた。
「ティム様、私です!ファナです!止めてください!ジューゴ様は私のマスターです!」
泣きながら叫んでむせつつ、シャルルの手を振り払い僕と短身の間に入り、その男を睨み付ける。
「お前、ファナ、ファナじゃないか!」
短身の男が花畑に低い体勢で伏した僕から、身を起こしてファナに振り返った。
「はい。ファナです。ティム様」
「いやあ、ヤバかった……」
僕が苦笑いをしながら起き上がると、ティムと呼ばれた男……子供……が大爆笑する。
「確かに話していた背格好は俺様と似てるな。ただ、目も髪も真っ黒だ」
「そうです。だから、もう、見つけたんです」
ファナとティムが笑っている中で、僕が訳がわからないと言う顔をしていたので、ファナは慌てて僕にしがみつき、
「ジューゴ様と川で離ればなれになった後、しばらくしてからティム様に会ったのです。リム狩りからなんとか逃げて、後ろからぶつかって」
「ぶつかった?」
出会い頭に短剣を振り回す奴に?僕がティムを見て叫ぶので、ファナはさらに慌てて
「ティム様だけじゃなく、女の人もいました!女の人もティム様も、ですから!」
と、ぎゅううっと僕の上着にしがみついた。
「赤い髪だな。北の者か?」
シャルルが僕の反対側の服を引っ張り、ファナは首を傾げる。
「ティム様とは東でお会いしました」
「東……東は青い髪色が多いが……」
ファナはまたも首を傾げた。ティムは髪も目も赤く、白い肌は日焼けしたのか鼻周りが赤い。元々色白なんだろう。
そんなティムがファナではなく、シャルルをじいっ……と見ていて、
「お前も、リムか?」
とシャルルに尋ねる。
「騎士なら分かるだろう、当たり前だ」
シャルルが言葉少なに言い放つと、ティムが全力の笑みを浮かべシャルルに片膝をついて、左手を自分の胸元に、右手をシャルルに差し出したのだ。
「可憐だ。すごく可愛い!結婚してください!」
と言い放った。
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