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13 聖女の死化粧
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一年振りの王都は何も変わらない。窓から見える世界は本当に変わらなかった。イーリアは自分が王宮から学舎からいなくなると火が消えたようになると思い込んでいた。そんなはずはないのに、蝶よ花よと育てられいて思わずにはいられなかったのね。才能も美貌もあるイーリア、胸は細やかだけどプロポーションは優美でたおやか。美しく華やかな優しい婚約者といつも一緒で一対の美男美女のセットが好きでたまらなかった。
「何を考えている?」
今日は横に座るジークが私に尋ねてきた。
「特には」
「そんな顔はしていなかった」
「私の顔を見ていたんですか?」
「ーーそうだが?」
「じろじろ見ないでください」
「減るもんでもないだろう」
「減ります」
「では、減る前に見ておこう」
「~~っ!」
ジークはこういった言葉遊びが好きだ。監視人の時もそうだが、ポンポンと言葉を紡ぐ。私が言葉に詰ると終わるが、やり込めた子供のようにジークがにっこりと笑うから、私は苦笑してしまう。
「一年振りの王都に感傷的になるのは分かるが、お前のしようとしていることはーー」
そう、私のしようとしていることは、前代未聞だ。でも、だからこそやりたい。
「反対しても無駄ですよ」
「反対はしない」
「えっ」
「だが、危険だと判断したらやめさせる」
ふふん、私のマナ量を馬鹿にしないでほしいわ。あらいやだ、私、やっぱり悪役令嬢イーリア・ボゥ・ダスティンなのね。
馬車は王城の一番奥の王宮に入り、王宮の貴族門の出入り口に停まる。王族門も開き、貴族門には馬車が既に並んでいた。
聖女カナエの奇跡を眼に刻みつけるためだ。そして領地に土産話とする。馬鹿馬鹿しいったらない。
私はジークと一緒に貴族通用口から中に入り、意外にも誰にも気付かれずに王宮の奥に進む。私も知らない場所は聖女のための白亜の離宮。聖女カナエはその無機質さを嫌がってジョルジュの屋敷へ行ったのだわ。よく分かる、人間らしくないもの。でも、今日はそこで沐浴をして白いドレスを着る。一人で黒い長い髪を梳いて流している聖女カナエを見て、私は頭を下げた。開け放たれた部屋へは私だけが入り、ジークは扉の前で立っている。
「あなたが死化粧師さんですね。初めまして、カナエ・ハルカです」
気の毒なほど肌が白んでいるのは緊張と運命のせいだろう。
「初めまして、イリアスです。何故私にご依頼を」
聖女カナエは小首を傾げてから、
「あなたが色々な死化粧をしているって貴族学舎でも噂になっていて、初めてのお化粧なら私らしくしてくれるかなって……。王宮の化粧師だと女王様みたいになっちゃう」
と貴族らしからぬ平民の女性の喋り方で私に話してきた。私が平民だからだろう。貴族学舎では貴族的な話し方が出来ず、敬語が精一杯だたわね。
「分かりました。では基礎化粧からスタートします」
私は化粧水をコットンにつけて聖女カナエの額に当てる。流れ込んでくる高校生のカナエの姿。十六歳での学生服、コスメを見ていたカナエ……そう、初めてのお化粧なら。
肌は透き通るように白く、アイブロウは少なめに、チークは淡めに、アイシャドウを入れて……ナチュラルなメイクがいいわね。唇はベージュとピンクを混ぜたリップを塗って完成。死化粧よりは明るく可憐な色味。
「どうでしょうか」
鏡を開くと聖女カナエは息を呑んで
「可愛い……死化粧もこれがいいなあ……私、今から死んじゃうんです、イリアスさん」
と堪えていたのか涙を一粒零した。唇は震えていて、手を握りしめている。
「死にませんよ」
私は聖女カナエの手を取ると固まっている指を開いた。
「ネイルケアはいかがですか?」
「マニュキアがあるの?」
「マニュキアとは少し違いますが、爪を染めることは出来ます」
「マニュキアも初めてです。あ、小さい頃、マニュキアノリみたいなのはつけたことあるけど、分からないよね、そんなの……」
「マニュキアノリ、ありましたね、子供の爪につけるものだけではなく、剥がせるマニュキアもありましたね」
「そうなの!よく知ってるわね」
私は紅花を油で溶いた染料を指に塗り、液体ミツロウを薄く塗る。貴族はこの染料を何度も塗り赤くするが、やや桃色気味の方が可愛いだろう。貴族ならそこにパールだとか宝石を指先に乗せても綺麗ね。学舎でも上級生は少しやっていたが、イーリアは好きではなかった。
「綺麗……これで原宿とか歩きたかったなあ……」
化粧とネイルをして私は片付けを始める。
「神官が動き出した。イリアス、早くしろ」
「時間を作ってください、ジーク」
私は聖女カナエ乗り前に片膝をついた。
「イリアスさん?」
「私はあなたを助けたい。元の世界に戻れないにしても、生きることは出来ます。ジョルジュ様の妻として」
「えっ、どういうことなの?」
聖女のシルクヴェールを被せると、聖女カナエは私を見下ろした。
イーリア・ボゥ・ダスティンとばらすより、イリアスとして話す方が萎縮しないだろうーー今は。
ジークが神官に何やら指示をしている。よし、今のうちに。
「私は前世の記憶があります。前世、私はあなたと同じ国にいました。だからあなたの気持ちが分かります」
聖女カナエが綺麗にした爪を見て、
「マニュキアのことを理解してくれた」
と呟いた。
「はい」
「私がただの高校生だって分かってくれる。私は聖女カナエじゃない。遙奏恵なのよ」
涙をまた一粒。
私は少しメイクを塗り直す。
「だから、生きてジョルジュ様と恋を続けてください。死者の国の化粧でもありますが、私の化粧は生きている人の力にもなる化粧です」
聖女カナエは手を握りしめる。
「イリアスさん、私はどうすれば生きられるの?教えてください」
私は手短に話し始めた。
「何を考えている?」
今日は横に座るジークが私に尋ねてきた。
「特には」
「そんな顔はしていなかった」
「私の顔を見ていたんですか?」
「ーーそうだが?」
「じろじろ見ないでください」
「減るもんでもないだろう」
「減ります」
「では、減る前に見ておこう」
「~~っ!」
ジークはこういった言葉遊びが好きだ。監視人の時もそうだが、ポンポンと言葉を紡ぐ。私が言葉に詰ると終わるが、やり込めた子供のようにジークがにっこりと笑うから、私は苦笑してしまう。
「一年振りの王都に感傷的になるのは分かるが、お前のしようとしていることはーー」
そう、私のしようとしていることは、前代未聞だ。でも、だからこそやりたい。
「反対しても無駄ですよ」
「反対はしない」
「えっ」
「だが、危険だと判断したらやめさせる」
ふふん、私のマナ量を馬鹿にしないでほしいわ。あらいやだ、私、やっぱり悪役令嬢イーリア・ボゥ・ダスティンなのね。
馬車は王城の一番奥の王宮に入り、王宮の貴族門の出入り口に停まる。王族門も開き、貴族門には馬車が既に並んでいた。
聖女カナエの奇跡を眼に刻みつけるためだ。そして領地に土産話とする。馬鹿馬鹿しいったらない。
私はジークと一緒に貴族通用口から中に入り、意外にも誰にも気付かれずに王宮の奥に進む。私も知らない場所は聖女のための白亜の離宮。聖女カナエはその無機質さを嫌がってジョルジュの屋敷へ行ったのだわ。よく分かる、人間らしくないもの。でも、今日はそこで沐浴をして白いドレスを着る。一人で黒い長い髪を梳いて流している聖女カナエを見て、私は頭を下げた。開け放たれた部屋へは私だけが入り、ジークは扉の前で立っている。
「あなたが死化粧師さんですね。初めまして、カナエ・ハルカです」
気の毒なほど肌が白んでいるのは緊張と運命のせいだろう。
「初めまして、イリアスです。何故私にご依頼を」
聖女カナエは小首を傾げてから、
「あなたが色々な死化粧をしているって貴族学舎でも噂になっていて、初めてのお化粧なら私らしくしてくれるかなって……。王宮の化粧師だと女王様みたいになっちゃう」
と貴族らしからぬ平民の女性の喋り方で私に話してきた。私が平民だからだろう。貴族学舎では貴族的な話し方が出来ず、敬語が精一杯だたわね。
「分かりました。では基礎化粧からスタートします」
私は化粧水をコットンにつけて聖女カナエの額に当てる。流れ込んでくる高校生のカナエの姿。十六歳での学生服、コスメを見ていたカナエ……そう、初めてのお化粧なら。
肌は透き通るように白く、アイブロウは少なめに、チークは淡めに、アイシャドウを入れて……ナチュラルなメイクがいいわね。唇はベージュとピンクを混ぜたリップを塗って完成。死化粧よりは明るく可憐な色味。
「どうでしょうか」
鏡を開くと聖女カナエは息を呑んで
「可愛い……死化粧もこれがいいなあ……私、今から死んじゃうんです、イリアスさん」
と堪えていたのか涙を一粒零した。唇は震えていて、手を握りしめている。
「死にませんよ」
私は聖女カナエの手を取ると固まっている指を開いた。
「ネイルケアはいかがですか?」
「マニュキアがあるの?」
「マニュキアとは少し違いますが、爪を染めることは出来ます」
「マニュキアも初めてです。あ、小さい頃、マニュキアノリみたいなのはつけたことあるけど、分からないよね、そんなの……」
「マニュキアノリ、ありましたね、子供の爪につけるものだけではなく、剥がせるマニュキアもありましたね」
「そうなの!よく知ってるわね」
私は紅花を油で溶いた染料を指に塗り、液体ミツロウを薄く塗る。貴族はこの染料を何度も塗り赤くするが、やや桃色気味の方が可愛いだろう。貴族ならそこにパールだとか宝石を指先に乗せても綺麗ね。学舎でも上級生は少しやっていたが、イーリアは好きではなかった。
「綺麗……これで原宿とか歩きたかったなあ……」
化粧とネイルをして私は片付けを始める。
「神官が動き出した。イリアス、早くしろ」
「時間を作ってください、ジーク」
私は聖女カナエ乗り前に片膝をついた。
「イリアスさん?」
「私はあなたを助けたい。元の世界に戻れないにしても、生きることは出来ます。ジョルジュ様の妻として」
「えっ、どういうことなの?」
聖女のシルクヴェールを被せると、聖女カナエは私を見下ろした。
イーリア・ボゥ・ダスティンとばらすより、イリアスとして話す方が萎縮しないだろうーー今は。
ジークが神官に何やら指示をしている。よし、今のうちに。
「私は前世の記憶があります。前世、私はあなたと同じ国にいました。だからあなたの気持ちが分かります」
聖女カナエが綺麗にした爪を見て、
「マニュキアのことを理解してくれた」
と呟いた。
「はい」
「私がただの高校生だって分かってくれる。私は聖女カナエじゃない。遙奏恵なのよ」
涙をまた一粒。
私は少しメイクを塗り直す。
「だから、生きてジョルジュ様と恋を続けてください。死者の国の化粧でもありますが、私の化粧は生きている人の力にもなる化粧です」
聖女カナエは手を握りしめる。
「イリアスさん、私はどうすれば生きられるの?教えてください」
私は手短に話し始めた。
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