上 下
9 / 16

9 騎士ジーク

しおりを挟む
 ジークは一階に降りた男爵の棺桶を一瞥すると、外に出ていくから私もついていく。一階の大広間には祭壇が作られていて、銀糸で彩った『貴族用』の神父服で着飾ったラートン神父が迎えいれていた。黒衣の夫人と二人のご子息が気丈にしている。厳かな死出の旅路の祈りと神父たちの鳴らす高音のベルの響きの後、外にいた領民が白い花を手にして入ってきた。

「主人に別れを告げてください」

 夫人の静かな声と共に、一輪ずつ花が手向けられる。領主が生前のままであらねばならない理由ーー

「領主様、ありがとうございました」「安らかなお顔で」「憂いもなく死の国へ」「なんと良いお姿で」「死の国でも領主様のとこへ行くよ」

そして、もう一つ。

「主人を覚えていてください。あなた方領民を守るために死んだ主人を。そしてそのあとは第一子アーレスレッドが継ぎます」

 全ての人とは言わないが、集まることのできた人々の前で、まだ小さな十を越えたか越えないか程度の男の子が胸を張る。

「父上の仇を取るため、騎士を集めて魔物の巣を退治します」

 それを聞いて領民がどよめき、それを聞いたジークが伯爵家を後にする。私もそれについていった。領主の屋敷を出たところでジークが振り向き、

「おい、伯爵家で待て!」

と指を差した。

「嫌ですよ。どうせジークは魔物の巣を片付けにいくつもりですよね。私はそちらの遺体を回収して修復するようにゴードン執事から言われています」

 前金が発生しているんだから、これはもう仕事をするしかないわけで、私はジークの前に出る。

「前に出るな、危ないだろう」

「ただの村の一本道ですけど」

「どこに行くのか分かっているのか」

「魔物の巣でしょう」

 私とジークは何故か早歩きになり、目的の森に飛び込む。するとすぐに血生臭い香りがして、木々が不可思議に盛り上がり洞窟を覆うようにした場所に騎士が数人倒れていた。

「まだ、生きていますね。私は治癒魔法が得意ではありませんから、こちらで」

 私はライムをちぎり怪我をした場所を包む。肉が抉れたりするだけで、多分伯爵を助け出した時にやられた傷だ。

「湿潤療法です。剥がれるまでそのままにしてくださいね」

 さて、洞窟にいるのはーー

「あ、ちょっと、ジーク!洞窟には」

 ジークは剣を抜いて洞窟に入って行こうとする。

「ツインホーンウルフだろう、この傷は。お前は来るな」

 でも私は横に立った。

「あなた、魔法が使えませんよね。光が必要でしょう?」

 ジークは鼻で笑う。

「バカにするな。気配で分かる」

 私が洞窟に入る前に一気に走っていき、私は出遅れつつ魔法の光を飛ばす。そこで見たものは、剣の先の綺麗な動きと吸い付くようなツインホーンウルフの首。十数頭いるツインホーンウルフの数頭は既に死んでいて、その死闘を繰り広げた魔物の末端の損壊した遺体が隅にある。ジークはそれを避けながら斬っていき、その一筋も無駄がない。

 ああ、私はその太刀筋を知っている。小さな頃、私は見たのだ。私より小さな男の子の訓練の姿を。私は何と言ったのかしら。

「危ないっ!」

 傷ついたツインホーンウルフが私の前に来て牙を剥く。私は左手を伸ばして

「散りなさい、バーンアウト」

とマナを込めて魔法を繰り出す。ツインホーンウルフの身体は風船の如く膨らみ飛び散る。それを待っていたのはライムで、ご馳走とばかりに飛び降りて吸収を始める。  

「さすがだな、学園一の才女」

 全てを狩り尽くした綺麗とは言えない洞窟にライムは嬉々として入っていき、ジークは剣を振って血を払い出てきた。

「あなた、ジーク……ジークフリート殿下でしょう?」

 女王の次男であり学園で私が入学する時卒業した先輩で、しかも私は小さな頃から何度か王宮でジークに会っている。ジークは苦笑した。

「覚えていたのか」
 
「ーー思い出しました」

「お前は騎士になりたい俺を嫌っていた」

 ああ、私は確かに生まれる前からジョルジュの婚約者だったが、そのさらにダスティン伯爵家は爵位順番として女児が生まれたら第二王子との婚姻が決められていた。だから生まれる前以前から第二王子との、つまりジークフリート王子の婚約者だった。しかし第二王子にはマナがなく魔法を習得出来ないため王子として廃嫡されたから、私は繰り下がりジョルジュ様の婚約者となったのだ。

「ええ、イーリアはそうでしたね」

 わがままで自分勝手で高飛車なイーリア・ボゥ・ダスティン。

 イーリアが三歳の時、六歳のジークに会っている。第一王子のお茶会に招かれた時に、中庭で熱心に剣を振るうジークを見て

『なんて野蛮な人なのかしら』

とジョルジュの細い指の手を握りしめた。

 貴族学園の試験は剣もある。聖女カナエはそんな野蛮なことは嫌だと泣いた。それを鼻で笑い水をぶっかけたのは私だが、私も同じようなことを思っていたのだ。

『貴族が近衛兵などと、見苦しくてよ。戦いで人殺しをしてそんなに楽しいのかしら』

 後継以外の貴族の子弟は王宮で働くか女性爵位者と婚姻するか、割と生き方が狭い。それを知っていてもなお私はジークたち近衛兵を馬鹿にした発言をしていた。

「あの、ジークはすごく小さな子のイメージがありますが」

「俺は十七から背が伸びたんだ。毎晩身体中が痛くて死にそうだった。大体お前がでかすぎたんだ」

「そうでしたね。私は背の高い方でしたから」

 ライムがツインホーンウルフの残骸を食べ終わると、私とジークは遺体を回収して洞窟を出る。空は満点の星空で、私のお腹がくぅ……と鳴いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

お前は保険と言われて婚約解消したら、女嫌いの王弟殿下に懐かれてしまった

cyaru
恋愛
クラリッサは苛立っていた。 婚約者のエミリオがここ1年浮気をしている。その事を両親や祖父母、エミリオの親に訴えるも我慢をするのが当たり前のように流されてしまう。 以前のエミリオはそうじゃ無かった。喧嘩もしたけれど仲は悪くなかった。 エミリオの心変わりはファルマという女性が現れてからの事。 「このまま結婚していいのかな」そんな悩みを抱えていたが、王家主催の夜会でエミリオがエスコートをしてくれるのかも連絡が来ない。 欠席も遅刻も出来ない夜会なので、クラリッサはエミリオを呼び出しどうするのかと問うつもりだった。 しかしエミリオは「お前は保険だ」とクラリッサに言い放つ。 ファルマと結ばれなかった時に、この年から相手を探すのはお互いに困るだろうと言われキレた。 父に「婚約を解消できないのならこのまま修道院に駆け込む!」と凄み、遂に婚約は解消になった。 エスコート役を小父に頼み出席した夜会。入場しようと順番を待っていると騒がしい。 何だろうと行ってみればエミリオがクラリッサの友人を罵倒する場だった。何に怒っているのか?と思えば友人がファルマを脅し、持ち物を奪い取ったのだという。 「こんな祝いの場で!!」クラリッサは堪らず友人を庇うようにエミリオの前に出たが婚約を勝手に解消した事にも腹を立てていたエミリオはクラリッサを「お一人様で入場なんて憐れだな」と矛先を変えてきた。 そこに「遅くなってすまない」と大きな男性が現れエミリオに言った。 「私の連れに何をしようと?」 ――連れ?!―― クラリッサにはその男に見覚えがないのだが?? ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★6月15日投稿開始、完結は6月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

守銭奴令嬢は、婚約破棄を請け負いました。

三歩ミチ
恋愛
 特待生として貴族学院に在籍するメイディ・ジュラハールは、魔導具を完成させるため、お金が欲しかった。  ある日、アレクという高位貴族に、「婚約破棄」への協力を依頼される。報酬は大金貨十枚。破格の報酬に目がくらんだメイディは、彼が卒業パーティで婚約破棄をするまで、「恋人のふり」をすることとなった。  恋を知らないメイディは、恋とは何かを知るところから、アレクと二人三脚で演じ始める。  打算で始まったはずの関係は、やがて、互いに本当の恋になる。 ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

「距離を置こう」と言われた氷鉄令嬢は、本当は溺愛されている

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

[完結]悪役令嬢に転生しました。冤罪からの断罪エンド?喜んで

紅月
恋愛
長い銀髪にブルーの瞳。 見事に乙女ゲーム『キラキラ・プリンセス〜学園は花盛り〜』の悪役令嬢に転生してしまった。でも、もやしっ子(個人談)に一目惚れなんてしません。 私はガチの自衛隊好き。 たった一つある断罪エンド目指して頑張りたいけど、どうすれば良いの?

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

処理中です...