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8 修復の遺体

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 意外にも平和に過ぎた日々は半年にもなる。私は平和に死化粧をして、時には納棺もしていた。綺麗な姿で死の国に行けると噂に上り、教会の棺桶は飛ぶように売れ、ラートン神父は神父らしからぬ顔でにやにやしている。

「穴掘り夫が慌てふためいているよ」

「ラートン神父も手伝ってみたらどうです?」

 私がそう言うと、

「僕は肉体の穴掘り専門だから」

とまあ……下世話なエスプリを聞くのはもう何度目だろうか。食卓で上がる話題がこれってどうなの?ジークも私もゲンナリしていたが、ラートン神父は楽しんでいるようだ。

 食後のお茶の前、給仕用の見栄えの良い神父がラートン神父に耳打ちをしてきた。

「ミュルトン伯爵のご遺体が見つかったそうだ。イリアス、馬車を用意するから男爵家に向かってもらいたい」

 ラートン神父も同行するといい、私たちは準備をし始めた。




 上等な棺桶を一緒に乗せた巨大な馬車は二頭引きで教会を降って走っていく。勢いよくは知る馬車に、昼食が胃にもたれそうだ。

「ミュルトン男爵は十日前に領地内で狩りをしていて行方不明になり、やっと魔物の巣から取り返してきたらしい。犠牲者はかなりいた」

 つまりミュルトン男爵は損壊した遺体になる。

「魔物の巣ができると、巣を目掛けてゴブリンやオークが住み着く。それを一掃しようとしたんだろうな」

 ジークが周囲を警戒しながら呟いた。王都は聖女の守りのヴェールにより魔物から守られている。貴族学舎の魔の森は安全を確保されている森なのだ。

 見えてきた煉瓦調のお屋敷は周りに人が集まり、お館様の亡骸を安置しているはずの主寝室を見上げている。私たちはその群れをかき分けるようにして黒塗りの馬車を横づけた。

 愛されているのね、愛されていたのね、ミュルトン男爵は。大きな扉の前には使用人が全員並び、真ん中に執事がいて頭を下げる。

「ラートン神父様ご一同様ありがとうございます。執事のゴードンでございます」

 白髪を丁寧に撫で付けた紳士は私たちを二階に案内する。廊下には匂い消しの花が溢れ返り、私たちは主寝室になる主人の部屋に入った。

 据えた臭いは香り高い花の香りと混ざりさらにきつくなる。寝台へ近づけばいっそうだ。膨れた掛布を静かに剥がす執事の手も震え、中から出てきた遺体に、ジークが息を呑む。

「このままでは、奥様と坊ちゃんにお見せできません」

 ラートン神父は部屋の外に待機させた。不満のようだったが、死の国への渡し人に対して、損壊した遺体を見て変な固定観念を持たせないようにするためだ。

「ジークは見ない方がいいですよ」

 フレッシュな遺体ではない、腐臭すらする遺体を見て目をそらすのは故人にもご遺族にも失礼に当たる。ジークはフードを被って監視人の役割を果たすらしい。

「手伝う」

 あら、まあ。

 私は手を合わせ遺体と向き合う。ライムが天蓋から薄手のカーテンが下ろされた寝台に飛び降りて臭気を吸い始めた。

 カーテンの中は私とジーク二人になる。ゴードン執事はカーテンの外にいる。腐乱気味の遺体は右半分の頭蓋骨が損傷、腹水が溜まり腫れた腹、右足が膝から足首まで失い、手が千切れてきたがぶら下がっていた。顎は開き目を剥いている。

「修復をします。ゴードン執事、ミュルトン男爵のお気に入りの帽子、衣装をお願いいたします」

 ゴードン執事とラートン神父が部屋から消えると、私は部屋の鍵を掛けて天蓋のカーテンを結わえた。

「ライム、お願いね」

 ライムは私の意思を汲むとぱんぱんに膨らんだお腹の上に乗り、全身をぷるんと包むとおへそから針のようにした触手を突き立てる。

「なっーー」

「しーっ、腹水を抜くのですよ」

 じわじわとお腹が凹み素の姿に戻っていくと共に、身体は綺麗になる。洗浄が終わると、穴にスポンジスライムを入れて分泌液を止め、私はライムをちぎり頭の形を整えて足と腕を作り出す。パーツのない場所をスライムで埋めたのだ。腐乱した場所をスライムをラップ状にするためにマナを流し、丁寧に処置していく。

 ノックがしてジークに服一式を受け取って貰った。私は服を着せていかなくてはならない。下着はなるべくそおっと、そして死後硬直が抜けた関節は柔らかく、丁寧に貴族の正装を着せる。

「見事だな」

「まだですよ」

 身体に触れて変わる彼の素顔や人となり。口を閉じて笑顔を作るために口角を上げて整える。肌色を入れ赤みのチークを乗せ、唇をベージュではっきりさせると、半分脳のない髪を整え部分的にカットした髪をえぐられた額に貼り付けると、帽子を被せた。

 手を組ませ、ジークが抱き上げた遺体にマナで体重を分散させながらビロードで中打ちされた柔らかな棺桶にそっと納める。

 住民の命を守るために自ら狩りへ行った男爵の尊厳は最大限に守り、ライムが臭気を吸い続けているから臭いもない。

「ーー出来ました。ゴードン執事を」

 まだマナを使い過ぎてはないない。ライムは私を気遣ってくれる子だからだ。

 ゴードン執事はミュルトン男爵の奥様とお子様を連れて部屋に来た。ミュルトン男爵の奥様は泣きながら二人の男児に声を掛けていた。私は部屋から退出をしていたのでそれを聞いていない。半分にしたライムが私の肩に乗っている。死の国への儀式までは臭気を吸収してもらわないと。

 ジークが不意に歩き出した。

 
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