上 下
7 / 16

7 監視人の正体

しおりを挟む
 意外にも神父の隣の部屋が私の部屋だった。

「バストイレは掃除できなければ下女を用意するよ。食事は僕と一緒の方がいいかな。呼びに行くよ。ジークは僕と一緒の部屋だ」

「ーー嫌だが、仕方ない」

 監視人は本当に嫌そうだ。

「ラートン神父に襲われたくないなら、私の部屋でも構わないですよ」

 私は与えられた部屋の扉を開いてみせた。

「ーーそれはもっと嫌だ」

 なんですと!監視人も男色家だったのね。この世界では騎士の嗜みくらいに考えているみたいだから、騎士の監視人もそうみたいだわ。

「やめろ、考えるな!俺は男色家じゃない」

 あら、考えを読まれたわ。

「だいたい、俺が嫌だと言ったのは、お前が一応……オンナ……」

 ああ、忘れていましたわ。私、貴族でしたものね。結婚までは男性と二人だけで一緒にいてはだめだった。でも、私はもう伯爵令嬢ではないし……ああなるほど。

「あなたの経歴に傷が付きますものね、では」

 女王様の不興を買った者とは一緒にいられないと言うことよ。それはそうだ。私は硬いながらも清潔なベッドで熟睡することが出来た。




 仕事は思ったより多かった。

 教会にいるからか、メイク納棺師ばかりになっていたが、庶民に手が出せるのはそれくらいだろう。着の身着のままで亡くなったような人までいたが、魔法で生前の様子を感じられる私にとっては楽だった。

「小金持ちだねえ」

 ラートン神父は忙しく働く私を見てくすくすしているだけで、手を貸す気はないみたい。次第に化粧品が品薄になって来た。だから監視人に貴族街に行って買ってきてほしい、もしくは商人を教会に呼んでほしいと頼んだ。

「どちらも断る」

「だめならいいわ、作るもの。その代わり山に行きます」

 鉱山が近くにあるから多分大丈夫。スキンケア品はまだ手元にある。

「お前は……誰だ?」

「あなたは、誰?」

 お目当てのミネラル鉱物を魔法で削っていると、後ろで見ているだけの監視人が再び聞いてきた。そしてフードを初めて外して、私を睨むように見つめる。金の短い髪に、暗めの青い瞳に、意思の強そうな太い眉。好青年だわ。

「俺は女王陛下配下の近衛隊隊長ジーク・フォン・エルデバルト」

「隊長自ら監視人とは、お疲れ様です、ジーク様」

「ジークでいい」

 いやですよ、監視人。

 乳鉢は教会にあってよかった。魔法で砕くこともできるが、せっかくだから自分で砕きたい。重い鉱物を入れたリュックを背負うと、監視人がひょいと私の背中から外して持ってくれた。

「意外に重いな」

「ええ、だから魔法で重さを調整しているんです」

「そんなことまで出来るのか」

 私の肩にいるライムは歩く速度に合わせて揺れている。風が爽やかな午後だった。

「俺は名乗ったぞ、お前はーー」

「私はイーリア・ボゥ・ダスティンです。それは変わりがありません」

 鉱山の乾いた一本道を歩きながら私は、もう一つの事実を告げた。

「ジョルジュ様に婚約破棄されたショックで前世を思い出したイーリア・ボゥ・ダスティンです。私は聖女カナエと同じ世界を生きて死んだ記憶があります。信じられますか?」

 監視人はリュックをどさりと落とした。ちょっと商売道具よ、やめてください。

「あれと、お前は同じなのか?剣が怖いだとか、人殺しをした人が近くにいるなんて気が遠くなりそうって!」

 まあ、聖女カナエってば、こちらにはこちらの世界の常識が存在しているのに。

「職業に貴賎はありませんよ。気にしない方が良いかと。それにあなたが振るう剣に救われた人もいるのです。もっとも誰かを殺してその人の人生を背負う権利なんてどこにもありませんけれどね。聖女カナエの世界は自死は近くて、他死は割と遠くにあります。倫理観がそもそも違うのですから」

 私はリュックを背負うと歩き出した。その後を監視人がとぼとぼ歩いてついてくる。それにしてもエルデバルト公爵なんてあったかしら。いや、あったわ、すごく昔の系譜よ。今は一線を退いているはず。しかも息子だなんて……なんだかおかしいわ。エルデバルト公爵のご子息は身体が弱くてお亡くなりになったと家庭教師のご夫人から学んだわ。聞いていた容姿とも違う。

 監視人のジークは誰なのかしら。

「ジョルジュのどこがいいんだ」

 うーむ。

「顔ーーかしら?」

「顔!?」

「ええ、イーリアはジョルジュ様の顔や姿が好きでしたよ。まるで物語に出てくる王子様みたいでしたしね」

 イーリアはジョルジュ様の横にいる自分自身も好きだったわ。

「お前はどうなんだ?」

 私?

「別にジョルジュ様は好きでも嫌いでもありません。そもそも顔の秀美よりその人の生き様ですよ?」

「イーリア」

「イリアです。ああ、今はイリアスです、監視人」

「ジークと呼べ。騎士は嫌いか?」

「ジーク様、騎士は嫌いではありませんよ」

「様をつけるな、気持ちが悪い」

 失礼ね。ああ、イーリアは騎士を野蛮な下賤と嫌っていたわ。たしかに血に濡れた彼らは、イーリアたち王国民を守る剣であるのに。

「ジーク、あまり近寄ると、あなたも男色家と思われますよ」

 私の荷物をひょいと持ち上げて、今度は颯爽と歩いていく。

「お前となら気にならない、イリアス」

 あら、どうしたのかしら。楽しそうね、監視人。

「それにしてもわざわざ貴族のジークが監視人なんて」

 私、それほど酷いことをしたかしら。したわね、すみません。私はジークの後を歩きながら教会に戻っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

普段ゆるかわコーデの少女が、ネクタイしてきた

椎名 富比路
青春
憧れの男性とのデートを想定していた女性が、友人である妹に男装を要求したが。

呪いの騎士と生贄の王女

佐崎咲
恋愛
ぐいぐい王女×筋肉騎士がもだもだしながらくっつく話です。   ============== ロードは凄腕の騎士ながら、使い道のない剣の腕と筋肉を育てる日々。 呪いの言い伝えのせいで周囲に忌避され、騎士団にも居場所がなかったからだ。 しかし魔王復活の兆しが現れたある日、そんなロードの元に王女プリメラが呪いの力を利用しようと現れる。 「こら、ロード、王女殿下の御前だぞ! いい加減鉄アレイをやめなさい!」 と怒られながらも王女の話を聞くと、どうやら自身の命を救った兄王子が魔王討伐に行くのを食い止めたいらしい。 だからって『最後の王女』と『呪いの騎士』で先に魔王討伐するってどういうことだよとロードが筋トレの片手間に状況を見守るうち、気づけば王女と同僚たちが舌戦となっていた。 そこで王女の魔王討伐は思ってもいない方向に転がり始める。   ぐいぐいくる王女をもて余す中、ピンクの髪の聖女まで空から降ってきて、「私はあなたのこと、怖くないわ」と言い出す。 ロードが異世界から来た聖女による私だけは特別アピールを受けているとそこにプリメラがやってきて―― ===================== 最後はお決まりの甘々です。 小説家になろう様にも掲載していますが一部構成が異なります。タイトルも異なります。どっちがいいんだろう… ※無断転載・複写はお断りいたします。

男装少女は復讐を誓う

縁 遊
恋愛
父親を殺され、母親を誘拐され犯人捜しに人生をかけている星蘭はある事をきっかけに皇女の婚約者候補という男性と知り合いになり犯人捜しを手伝ってもらう事になるが…。 果たして父を殺した犯人は誰なのか?! 母親は生きているのか?! 愛と復讐のミステリーです。 設定は中華風の異世界で魔法ありです。

男装ヒロインの失敗

藍原美音
恋愛
女であることに飽きた朝比奈千秋は、大学では男装をすることにした。 だけど女の子にちやほやされたいはずが、何故か厄介な男共に目をつけられ───。

秘密の男装令嬢は貴族学校へ行く

ミント
恋愛
訳あって、双子の兄のかわりに貴族学校へ行く事になった妹のエレナ。 貴族学校へは男子のみが行く場所だった為、男装をして行くことに。 自分が魔法使いだったなんて知らなかった! 気が付けば自分が男装するきっかけを作った事件の謎に迫って行くエレナのお話をお楽しみください。

有栖川探偵事務所〜白百合は殺意のメッセージ

409号室
ミステリー
ーー有栖川探偵事務所。 そこは、所長で天才的な推理力を発揮する男装の麗人・有栖川久子と、謎めいた美女で、情報通の山岸麗、美少女マッドサイエンティスト・別所海。 そして、スポーツ万能で、無敵の強さを誇るアタシこと城金香津美。 そんな女ばかりの探偵事務所。 今回の事件は、美しい依頼人の持ち込んだ、白百合の花束が織りなす悲しい殺意。 果たして、彼女たちは依頼人を救うことができるのか?

ノワールエデン号の約束

雨野ふじ
ファンタジー
バトナ王国第二王女のエマ・ファナマール・バトラと第二王女側近兼バトナ王国衛兵騎士団長のノワ・ミケール。 「エマ、お前はノワと共に来る日に向けての準備に旅立つのだ。」 二人は国王の命で隣国との条約を結ぶ旅に出た。 「姫、私を信じてください。」 しかし、二人を乗せた船は国境を前に海賊船ノワールエデン号に襲われた……。 ── 悪徳商人の密輸船の新人船員、ジオン。 「俺は、誰だ。」 商人に拾われ、酷い扱いに耐えながら過ごしていた。 自分とは何者なのか。 記憶を探しながら、ジオンは旅を続ける。 目的地の国境前。 海の覇者と呼ばれるノワールエデン号が、密輸船の後ろに現れたのだった──…。 今、自分の帰る場所を、生きる道を探す物語が動き出す。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

処理中です...