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5 死化粧を施す
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監視人は私の様子をじっと見ていた。無言で少し偉そうな人、何処かであったかしら。そんなことより化粧ね。
私は鞄を開いて、化粧水と乳液をつけた。死人の肌でも化粧のりは大切で、丁寧に下地をつけてからファンデーションを叩く。この子は色白で少しそばかすが浮いていた。頬は薔薇色で唇はも桃色に。艶を失った髪は香油で柔らかくして三つ編みをする。
「ライム臭気を吸ってくれる?」
部屋に篭った臭気を吸わせると、窓を開けて光をとりいれる。手は胸元で合わせるだけ。
私は自分の汚れにブラッシュをかけてから、アメリをベッドに寝かせた。隣でライムが臭気を吸い続けている。
「あら、あなたも」
監視人は抱き上げた時に染み出した浸出液をそのままにぽたぽたと袖口から出していて、ついでにブラッシュをかけた。
「ーーどうぞ」
女将さんとご主人が部屋に入って息を呑むのが分かる。そして涙を流しながらベッドの横にきた。ふっくらとした子供らしい頬に微笑みさえ浮かべた眠り顔。よそ行きのワンピースを着たアメリは眠るようにしている。
「あ、ありがとう……ございます……アメリ、綺麗な顔で新しい国へいけるんだよ。もう苦しまなくていいんだよ」
女将さんが泣きながらアメリの髪を撫でる。
「早めに教会の墓地へ行きましょう。魂が彷徨う前に」
ご主人が棺桶を既に隣の部屋に用意していて、ご主人の葛藤も理解できた私はシーツを使ってゆっくりと二人にアメリを棺桶に入れてもらい、蓋を閉じた。ご主人が荷馬車を用意している間に、私は監視人の前に立つ。
「監視人さん、私と二人で柩を下ろしてくれます?女将さんは着替えていますので」
女将さんは顔を洗い清潔な服に着替えてもらっている。
監視人は私を少し見下ろしてから、
「お前はイーリア・ボゥ・ダスティンか?」
と腕組みをしながら呟いた。
「平民のイリアですよ。今は男性名イリアスと名乗っています。この格好ですから。ーー手伝ってください」
男装の肩にライムが飛び乗り、木の素朴な棺桶を階段を使い二人で降ろしたところにご主人が荷馬車を連れてきて、女将さんが現れた。一階の外には人だかりが出来ていて、荷馬車に乗せてから、一人の女の子が花を持って荷馬車に寄ってきた。
「アメリに合わせて、おばさん。アメリはずっと友達だったの」
女将さんが涙組ながら頷くから、私は棺桶を開いた。死臭はライムにずっと吸わせているから大丈夫。女の子は荷馬車に上がりアメリの顔を見ると、
「眠っているみたい。綺麗ね」
と手の上に野花を置いた。
「アメリ、元気でね」
それから別れと花が続き、ゆうに二十分の別れのあと、私たちは教会に向かって荷馬車を走らせた。何故か監視人も一緒に荷馬車に乗っている。
下町から王都大門を通り抜ける。ふわりとベールのような空気感を感じて振り返ったのは私だけ。聖女の結界を感じないのね、みんなは。
門の裏には粗末な家が並び、それが次第に密集しスラム街だと理解した時には、教会に着いた。教会のは死の国との橋渡しだから、王都スベロンの外にあるみたい。ジャスティン侯爵領にも教会が森にあり、そこの裏は墓地になっている。ここは貴族以外の全ての王都民を受け入れている王立教会だと、ご主人が話してくれた。昼過ぎに着いたのにもかかわらず、神父らしき青銀の髪の男の人が現れた。
「ベーカーさん、お気持ちは決まりましたか?」
「ラートン神父様」
棺桶と荷馬車はなるほど、教会のものらしい。御者が神父に頭を下げて馬を撫でている。
「柩の者の死者の国への旅路を祈りましょう」
他の神父がゆっくりと棺桶を降ろしていく。私も女将さんとご主人の後についていこうとして、また、監視人に割って入られた。ライムが臭気を吸い続けているから、あまり離れたくないのだが、どうやら叶わないらしい。
私は教会の床に置かれた棺桶の蓋を開け、一瞬止まった神父の様子に目を閉じる。
死者の国への祈りを捧げ、可愛らしいアメリは下男たちが掘った死者の穴へ柩ごと埋葬され、土が被される。死者の国へ旅立っていけたのだろう。
「魂はまだ器にありました。死者の国でベーカーさん達を待っていることでしょう」
涙ながらにため頷く女将さんは私に頭を下げて礼を繰り返した。
「失礼ながら、アメリさんの死化粧は貴方が?」
神父が私に聞いてきた。青銀の肩に掛かる髪に少し垂れ目な青い瞳は、柔和で物腰が優美だ。まるで貴族そのもの。言葉尻も丁寧でジョルジュ様を思い起こす。私はふわりと笑い、
「はい。私は死化粧師のイリアスと申します」
と低い声で答えた。
「なんで見事な……まるで生きているようでした」
「ありがとうございます」
夕陽が影を染める。そんな中女将さんとご主人が荷馬車に乗せられて帰っていく。
「あなたに興味があります。教会へお泊まりください。私は神父ラートン。ラートンとお呼びください」
「では、私はイリアスと」
「ありがとうございます、イリアス。では中へ」
教会には神父のほかに数人の神父と修道女がいたから大丈夫、心配はいらないわね。私はいなくなった監視人を振り返ることもなく教会の居住区に入った。
私は鞄を開いて、化粧水と乳液をつけた。死人の肌でも化粧のりは大切で、丁寧に下地をつけてからファンデーションを叩く。この子は色白で少しそばかすが浮いていた。頬は薔薇色で唇はも桃色に。艶を失った髪は香油で柔らかくして三つ編みをする。
「ライム臭気を吸ってくれる?」
部屋に篭った臭気を吸わせると、窓を開けて光をとりいれる。手は胸元で合わせるだけ。
私は自分の汚れにブラッシュをかけてから、アメリをベッドに寝かせた。隣でライムが臭気を吸い続けている。
「あら、あなたも」
監視人は抱き上げた時に染み出した浸出液をそのままにぽたぽたと袖口から出していて、ついでにブラッシュをかけた。
「ーーどうぞ」
女将さんとご主人が部屋に入って息を呑むのが分かる。そして涙を流しながらベッドの横にきた。ふっくらとした子供らしい頬に微笑みさえ浮かべた眠り顔。よそ行きのワンピースを着たアメリは眠るようにしている。
「あ、ありがとう……ございます……アメリ、綺麗な顔で新しい国へいけるんだよ。もう苦しまなくていいんだよ」
女将さんが泣きながらアメリの髪を撫でる。
「早めに教会の墓地へ行きましょう。魂が彷徨う前に」
ご主人が棺桶を既に隣の部屋に用意していて、ご主人の葛藤も理解できた私はシーツを使ってゆっくりと二人にアメリを棺桶に入れてもらい、蓋を閉じた。ご主人が荷馬車を用意している間に、私は監視人の前に立つ。
「監視人さん、私と二人で柩を下ろしてくれます?女将さんは着替えていますので」
女将さんは顔を洗い清潔な服に着替えてもらっている。
監視人は私を少し見下ろしてから、
「お前はイーリア・ボゥ・ダスティンか?」
と腕組みをしながら呟いた。
「平民のイリアですよ。今は男性名イリアスと名乗っています。この格好ですから。ーー手伝ってください」
男装の肩にライムが飛び乗り、木の素朴な棺桶を階段を使い二人で降ろしたところにご主人が荷馬車を連れてきて、女将さんが現れた。一階の外には人だかりが出来ていて、荷馬車に乗せてから、一人の女の子が花を持って荷馬車に寄ってきた。
「アメリに合わせて、おばさん。アメリはずっと友達だったの」
女将さんが涙組ながら頷くから、私は棺桶を開いた。死臭はライムにずっと吸わせているから大丈夫。女の子は荷馬車に上がりアメリの顔を見ると、
「眠っているみたい。綺麗ね」
と手の上に野花を置いた。
「アメリ、元気でね」
それから別れと花が続き、ゆうに二十分の別れのあと、私たちは教会に向かって荷馬車を走らせた。何故か監視人も一緒に荷馬車に乗っている。
下町から王都大門を通り抜ける。ふわりとベールのような空気感を感じて振り返ったのは私だけ。聖女の結界を感じないのね、みんなは。
門の裏には粗末な家が並び、それが次第に密集しスラム街だと理解した時には、教会に着いた。教会のは死の国との橋渡しだから、王都スベロンの外にあるみたい。ジャスティン侯爵領にも教会が森にあり、そこの裏は墓地になっている。ここは貴族以外の全ての王都民を受け入れている王立教会だと、ご主人が話してくれた。昼過ぎに着いたのにもかかわらず、神父らしき青銀の髪の男の人が現れた。
「ベーカーさん、お気持ちは決まりましたか?」
「ラートン神父様」
棺桶と荷馬車はなるほど、教会のものらしい。御者が神父に頭を下げて馬を撫でている。
「柩の者の死者の国への旅路を祈りましょう」
他の神父がゆっくりと棺桶を降ろしていく。私も女将さんとご主人の後についていこうとして、また、監視人に割って入られた。ライムが臭気を吸い続けているから、あまり離れたくないのだが、どうやら叶わないらしい。
私は教会の床に置かれた棺桶の蓋を開け、一瞬止まった神父の様子に目を閉じる。
死者の国への祈りを捧げ、可愛らしいアメリは下男たちが掘った死者の穴へ柩ごと埋葬され、土が被される。死者の国へ旅立っていけたのだろう。
「魂はまだ器にありました。死者の国でベーカーさん達を待っていることでしょう」
涙ながらにため頷く女将さんは私に頭を下げて礼を繰り返した。
「失礼ながら、アメリさんの死化粧は貴方が?」
神父が私に聞いてきた。青銀の肩に掛かる髪に少し垂れ目な青い瞳は、柔和で物腰が優美だ。まるで貴族そのもの。言葉尻も丁寧でジョルジュ様を思い起こす。私はふわりと笑い、
「はい。私は死化粧師のイリアスと申します」
と低い声で答えた。
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「ありがとうございます」
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「あなたに興味があります。教会へお泊まりください。私は神父ラートン。ラートンとお呼びください」
「では、私はイリアスと」
「ありがとうございます、イリアス。では中へ」
教会には神父のほかに数人の神父と修道女がいたから大丈夫、心配はいらないわね。私はいなくなった監視人を振り返ることもなく教会の居住区に入った。
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