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1 いきなり断罪

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「イーリア・ボゥ・ダスティン伯爵令嬢。あなたの婚約者は私の養女の婚約者になります。ーーお下がりなさい」

「ーーーーなんですってっ!」

 それは私の声?キンキンとしたひどいヒステリックな声。

「認めないわ!ジョルジュ様っーー」

 女王の養女にして次期女王の漆黒の召喚聖女カナエが、壇上で私の婚約者ジョルジュ・エラ・カール公爵子息と肩を寄せ合っている。

「君が聖女カナエを虐めていたなんて思いたくはなかった。カナエは来るべき聖域結界を紡ぐ大切な人。国の宝に狼藉を働いていた君を筆頭公爵家跡取りとして見過ごすことは出来ない」

 私は怒りのあまり歩み寄ろうとして、衛兵に剣を向けられた。

「カナエに集団で罵り」

「持ち物を捨て」

「花瓶の水を浴びせ」

 衛兵の横の事務官が読み上げる言葉。

「無礼者、退きなさいっ!」

 腕に剣がヒヤリと触れた。

 ーーーーえ?

「失礼を。これ以上近寄らないでいただきたい」
  
 剣の冷たさが私の腕に当たる。

 これ以上動けば刺される。

 私、『私』はそれを知っている。

 イーリアではない『私』が知っている。

 刺されたって経験は普通の人は少ないと思う。




「ーーちょっ……危ないっ!」

 仕事中ーー私は斜め背後から脇腹を刺された。鈍い音は多分肋骨折れた。

 痛みより熱いって感じと内臓を横に押されていく感覚と、血が流れていく感覚がやけにリアルで、目を閉じた。

 死んだ旦那さんの施術中だった。

 私、あなたの夫の愛人にクリソツでしたか?でも違いますし、私、恋愛経験無しの処女ですから。

 初めて会った人に葬式準備段階で刺されて死んだ私はーー





王宮の大広間で貴族の集まる中で婚約破棄を言い渡されていた。

 イーリア・ボゥ・ダスティン伯爵令嬢として。

「大変申し訳ありませんでしたっ!」

 立って衛兵に囲まれている私の横には、ああ、私の父母が片膝をついて礼を取り詫びている。

「学園内のこととはいえ、親の監督不行き届きは許し難い。もし聖女の心が砕けていたら聖域結界は紡がれず綻び世界の平和が危ぶまれたのですよ」

 女王陛下の静かな怒りは収まらず、ダスティン伯爵家は男爵家に降格、大幅な領地没収の上、私自身が王都から追放されることとなるようだ。

「ははっ」

「我が子の罪を償いなさい、ダスティン新男爵。そしてイーリアは男爵令嬢として身分をわきまえ生きていきなさい」

 衛兵に囲まれながら私は大広間を出て控室に移された。父母が書類を提出するためだ。しばらく待つことになる。

 あまりのショックに私は『別の記憶』を思い出し、私の途切れ途切れになっていた記憶をたぐり寄せた。

 今の私はイーリア・ボゥ・ダスティン伯爵令嬢。金髪碧眼に白い雪のように白い肌に整えて磨きをかけた細身の肢体を持つ、王族に最も近い容姿を鼻にかけた美貌の令嬢。

 今日も宝石をふんだんに散りばめた絹糸のドレスに、長い髪を結い上げて顎のラインの美しさを演出している。

 ジョルジュとは生まれる前からの婚約者で、それなりに仲が良かった。聖女カナエが召喚されるまでは。

 カナエ・ハルカはスベロニア王国だけではなく人間界の聖域結界の綻びを繕うために召喚された百年に一度の召喚聖女で、筆頭公爵家のジョルジュがカナエに声を掛けて世話していくのは当たり前のことをだったのに、イーリアは許せなかった。

 カナエはジョルジュに頼り信頼して、それが恋心になるのは時間の問題だったが、ジョルジュは婚約者イーリアを思い節度ある態度だったのを崩壊させたのは、私イーリア自身だ。

 学園内での悪口はもちろん、教科書を学園内の噴水に落とす、机に罵詈雑言を彫らせる、わざと転ばせ……回想していくと、かつての仕事場の同僚がよく読んでいたネット漫画のように感じる。

 ヒロインがいて悪役令嬢がいて婚約破棄されて断罪される。その断罪の場は終わった。ヒロインが側はこれからも微笑ましい事案やちょっとしたハプニングがあり、幸せに暮らしていく。悪役令嬢とは私の役目、でも、悪役令嬢の未来は?

 同僚の読んでいたネット漫画では悪役令嬢のその後なんて描いていなかった。常にヒロインが中心でヒロイン目線だった。時には悪役令嬢が頑張って内容をひっくり返して回避して幸せになるパターンもあると話していたけれど、私の場合は既に全てが終わっているんだ。

 壁に並んだ衛兵の中で私は『私』の人生を振り返る。

 私はイーリア・ボゥ・ダスティン伯爵令嬢。ダスティン家の長女で筆頭公爵家に嫁ぐため英才教育を受け、外国語も堪能。三つ下の弟は次期伯爵家を継ぐため頑張って勉強をしている。五つ下の妹は大人しく可愛い少し病弱な女の子だ。

 私のせいで男爵に落ちた爵位……。大陸の国々を守る聖女カナエを恨んではいけないが、私だけを断罪してほしかった。父母や弟妹を巻き込んで申し訳ないと思うのは『私』であり、イーリアではない。でも、『私』も私だ。私は断罪されたイーリア・ボゥ・ダスティン男爵令嬢として生きていくしか選択権が与えられていないのだから。

 でも、それではだめだ。

 
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