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還りたい、還れます?

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 高卒縁故で入った農機具メーカーの俺の仕事は全国各地へ出向く営業だ。

 販路拡大は元よりメンテナンス、資金繰りの相談、はたまた地方農家の跡取り問題などなど多岐にわたるが、なにより日本全国津々浦々回れるのが、有り難さマックスだ。

 今日も自転車で遠回りしながら走りスマホを閉じると、営業所の扉を開けた。

「鈴木くん!」

「鈴木さん、おはよう」

 営業所の先輩事務員女史が声を掛けてくれる。僕以外の男子先輩はもっと遅い出勤だ。

「おはようございます」

 おや、机の上には伝令が。地方の農家の農機具売却の見積もりか。

「営業に行ってきます」

 むふっ、笑いそうだ。いやいや営業だ、仕事なんだ。僕は営業所の車のキーを手にすると、若葉ワッペンを持って、

「営業に行ってきます」

と鞄を持った。

 営業所名の書かれたの白いスズキアルトに乗ると、スマホのゲームサイトを起動させる。

『ゲートキーパー』

 高校入学時に手にしたスマホてダウンロードしたゲームアプリだ。

 スマホ内の自分のゲートにモンスターを通過させ、モンスターを集める。

 距離数でもらえるアイテムもあるから、就職して社用車に乗るようになってからは飛躍的にモンスターを回収できていた。

 インターネット地図と連動しているゲームでは、田舎に行けば行くほどレアなモンスターに出会えてしまうって訳で、俺は違うゲームにシフトするダチの中で、かれこれこれ一本四年。ヘビーユーザーだ。

 田舎道に差し掛かり、ゲート近くに蛇型モンスターが現れる。

 車のドリンクホルダーに突っ込んだスマホに

「ゲートオープン」

と声をかけると、ちらりと見た画面の中で、鈍赤色の鉄扉が開く。

 少し農道から遠いな。

「アームズ」

 俺の声に反応して、鉄扉の暗黒から鈍色の女の手が伸びる。アイテム『アイアンメイデン』の鉄の手が蛇型モンスターを両手で掴み、扉の中に引きずりこんだ。

「ゲートクローズ」

 音声で閉じると、分析が始まる。それを見るのは車を停めてからだ。

 農家さんの屋敷の前の空き地に駐車し、会社のマークと一時停車していることを提示するラミネートカードをダッシュボードに置いて車を出る。

「コカトリスか。なになに?鶏のボディと蛇のボディが融合した触れたものを石化させる力を、へえ、初めてだな」

 説明を読みながら農道を歩くと、右側の上り坂からこちらへ真っ直ぐに高速回転で降る自転車をちらりと見た。

「え、別のモンスターが?」

 すぐ手前のバス停にモンスターマーカーが出て、そわそわしながらそちらに思わず歩く。

 自転車も同じ方向に来ていた。しかもイヤホンをしてスマホガン見。

 俺もモンスターとスマホと若さゆえに対応が遅れた。自転車の学生が気づいた時には避け損ねた俺の右脇で。

 みなさん、ながらスマホはいけません。

 衝撃とともに暗転。






 視野が広くなる。

 生きているってことか。つまりは見知らぬ天井。病院の一室。チューブに繋がれてるのは嫌だなあ。

 白い視野が切れて来て、目の前に緑のでかい顔が現れた。

「グリーンゴブリン?」

 ふごっふごっと鼻息が荒いのは、鼻が低く潰れているからで……って、『ゲートキーパーズ』に出てくるゴブリンのまんま。

 ゴブリンが視界から消えて目が動くようだから左右を見ると、周りが暗闇で自分の周りだけが青白く発光しているのがわかった。

 丸い円になんだか不思議な模様に文字がチラチラ見える。

「なんだ……これ」

 手も足もある、あるけど小さい。そこに鉄手枷が見える。左右だ。足首にもある。

 これ………おかしくないか。

 声が出ない。なんだか喉が詰まって、なんだなんだなんだなんだ?

 パニックになっていても、目しか動かない。

目の前って、満天の空ですよーーー!見知らぬ天井じゃないですよーーっ!

 なんて無言で脳内パニックしていると、グリーンゴブリンの重い足音と一緒に別の足音が響いて、眼前に女性の巨大なバストが降ってきた。

「まあまあまあまあ、素敵素敵素敵ですっ。正気のない青白い顔。血色のない唇。淀んだ青い瞳にサラサラの金髪。かんっっぺきな屍人アンデッドです」

 屍人……だって?

「さあさあ、蒼火が消えるまでは動けませんよ。お眠り下さいね」

 青銀の長い髪が鼻をくすぐり、鼻がムズムズする。く、くしゃみがっ……。

「はっ、はっくちゅんっ!!」

 子どものような声でくしゃみをし喉のいがらっぽさが消えた。あ、喋れるかも。

「あらまあ、可愛い声です。これはこれは領主様がお気に召すでしょうね。蒼火が消えるのは明け方です。さあ、屍人さん、目を閉じてください」

 牛みたいなバストを包む布と、ヘソ出しショートパンツに、ジャラジャラと首から掛ける珠は五色。

 こいつは魔法師だ。じゃあ寝かされている地面の蒼火は魔法陣じゃないのか?

 もう目を開いていることが出来なくて、再び意識が遠くなった。





 目がさめると、俺は二重太陽が出ている地面に寝かされていていた。

 身体が動くか?お、動いた。よっこいしょと座り込むと下を見る。

 やっぱり、魔法陣だ。

 魔法師は地面に魔法陣を杖で描き、五色の宝珠を媒介に魔法陣を展開させる『ゲートキーパーズ』ではレアカード扱いの魔法師が目の前で、串に刺した焼きトカゲをがつがつ食べているところだった。

 相変わらず下品なほどバストがでかい。垂れ下がりバストはパッと目を輝かせた。

「起きたのですね!喋れますかっ!」

 起きたとも。起きないでか!

「………………状況を説明してほしい、んですけど」

 女魔法師はほぼ食べ切った焼きトカゲをぶん投げ、俺の前に正座する。

「知性……が、ある?あります!すごい!初めて成功しました!これで働かなくてもおまんまが食べられます。左うちわです!」

 じいっと見ればそこそこ綺麗なはずの女魔法師なんだが、どうしてこう会話が成立しないんだ?

「んふふふ……知性を持つ屍人は貴重なんですよ。屍体に入るのは動物魂が多くて」

「鏡!」

「あ、はいはい。…………屍人のくせに」

 ボソッと呟いたものの手鏡を差し出した女魔法師は、放り出した焼きトカゲを取りに行く。

「これは」

 鏡に写るのは十歳くらいの血色の悪い青白い抜けるような肌色の卵型の美しい造形の顔と、サラサラの銀髪で空色の瞳の外国人の可愛い女の子がいて。だけど異常なものがある。細い手足と首にある鉄枷だ。取ろうとしたが、がっちりはまっている。それ以外は服さえ来ていない。

「その鉄枷は魔法スペルが刻まれているから取れませんよ。とりあえずお館様のところまで歩きますね」

 焼きトカゲを食べ終わって残骸を草むらにそっと置く女魔法師は、その後俺の首に鎖をつけて引っ張り上げた。

「……っぐ!お前、手荒いなっ!」

「………文句ですか。…………屍人のくせに」

 あ、俺の立ち位置……わかったかも。

 女魔法師にリードをつけられた犬よろしく引っ張られている裸の俺は、奴隷かなんかのあれだ。

 森の中のそれなりに整備された道を歩いていると、人の親指程のイエローゴブリン達が女魔法師が食べ終わった焼きトカゲを頭に抱えて走って行く。

 女魔法師は丁寧語で喋ってはいるもののそれは癖のようで、俺に対して敬意を払っているわけではない。

 パニックは蒼火の夜だけにしとけ、俺。

 屍人……『ゲートキーパーズ』では深夜に動く屍体のはずだ。

「どうして俺は陽のある時間に動いているんだ?」

「それは、この美少女魔法師テレサ様が、魂を定着させたからです。あなたは創成屍人なんです」

「はあ………」

 俺の脱力は、美少女魔法師ってフレーズなんだが、女魔法師テレサはふふんと馬鹿にしたようにニヤついた顔になり、

「やっぱり屍人ですね。歩きながら説明してあげますね」

 なんてもったい付けてきた。

「まず、新鮮な屍体を用意します。ゴブリンさんにお願いしました。その屍体に魂魄の魄があるかどうかを確かめ、そこに手足に再生と停止魔法陣を組んだ鉄枷をつけます。これで屍体の鮮度と劣化を保ちます。それから招魂魔法陣の真ん中に屍体を置き招魂します。魂が屍体に入った後は魂魄融合魔法陣鉄枷をはめまして、朝日を浴びたら完成でーす。すっごーい、私てんさーい!」

 意気揚々話しまくった女魔法師テレサに、俺は首の鎖を引っ張って抗議した。

「なんですか?…………屍人のくせに」

 あーもー、ブチ切れた!

「屍人、屍人言うな!俺には勇気って名前がある!大体なあっ、招魂だか、召喚だか、そーゆーのは自分の世界でやってくれよっ!なんなんだ?女児の身体に青年の魂だぞっ!変態だろーが!善良な日本人を巻き込むなっ!!」

 甲高い女児の声で地団駄を踏みながら、女魔法師テレサに吠えまくった。女魔法師は呆然としているが、構うもんか。

「いいかっ!見ろっ!」

 俺は近くに落ちていた棒を拾って、地面に地球を描いて日本を描いてから、ついでに漢字で自分の名前を書いてやった。

「うっ………そおっ!あなた……こんな、こんなことって……私やっぱり美少女天才魔法師です!」

 天才がつきやがったよ。

「あ、あの屍人さん?」

「ああん?俺は勇気だ」

「…………屍…」

 まだ不満気に言うか!畳み掛けるのが、営業の仕事だ!

「あーん?なんだ、その呼び方は。美少女天才魔法師テレサさんよ。どーでもいいが、俺をとっとと元に戻してくれ。愛知県豊川市、分かる?豊川稲荷が有名なんだよ。商売繁盛の神様だ。狐だ。ヤオフーじゃないぞ?神様の使いだ!」

 言葉で畳み掛けるとへたへたと女魔法師テレサが座り込み、祈るように両手を組んだ。

「ユ、ユーキさん、お願いしますぅ。私と一緒にお館様のところへ行ってください……。実はもうクビ寸前なのです」

「は?」

「初めて出来た屍人なんです。失敗ばっかりで…結局魂が入ったのは、ユーキさんだけなんですよぅ」

「意識ある屍人にできない失敗作はどうなるんだ?」

「ただの活屍人になって、お館様の農場で働いています。あ、そちらもお見せしますね。昼間ですから動いていませんが。かっこいい子もいますよ。お願いですー。お館様に会ってくださいー」






 俺がやっていたスマホアプリゲーム『ゲートキーパーズ』は位置情報ゲームで、ストーリーを追うのでない。

 テレサに創成された屍人になってしまった俺としては、この中世ヨーロッパテイストなんだけど、ゴブリンや獣族やとんがった耳付き妖精が歩いている世界観に口を開けるしかない。

 スマホがあればなあ。

 森の中で行きあったケンタウロスのメスなんて、俺がまだ持ってないレアだったりするし……。

「こちらですよ、ユーキさん」

 森が開けて城が出てくる。白い壁が緑に突き抜けている感じがして、俺たちが来ると衛兵が数名出てきたけれど、女魔法師テレサを見て扉を開けた。

「さあさあ、お館様がお待ちですよ」

 女魔法師テレサがチャラチャラと鎖を鳴らしながら、一階の広間に入って行くのに仕方なくついて行くと、二段上段の場所で椅子に座っていた金髪の美青年って感じの男が立ち上がった。

「なんっ……って素晴らしいんだ!愛らしいの容姿に、完璧な屍体!僕の理想の屍人だ」

 うわっ、キモっ!

 それがついつい口に出てしまったみたいで、

「しかも話すことが出来るのかっ!テレサ、でかしたぞ!褒美をとらす!」

となんか重そうな革袋をテレサに渡すために段下に降りてき来る。

「有難き幸せです。……ほら、ユーキさんも頭を下げて」

「なんで俺まで……」

 お館様とやらが歩いて来ると女魔法師テレサに革袋を渡し、俺の前に立って顎を軽く持ち上げで俺を上に向かせた。

「夕食後、テレサと共に屍人を僕の部屋に」

 夕食ったって、食べるのは女魔法師テレサだけで、俺は屍人だからか空腹感すら感じなくて、試しに嫌がる女魔法師テレサのフォークを奪って頬張ってみたが、味も食感もなくて吐き出してしまう。

「あーもう、私のステーキがっ!ユーキさんは屍人さんなんだから、食べられませんよって言っだじゃないですか!」

 フォークを取り返して食べ始める女魔法師テレサの横で手持ち無沙汰にしていると、不意に眠気が襲って来る。

 窓から見ると外は暗くなっていて……。

「創成屍人さんは、日が落ちると活動が停止します。あとは私にどーんと任せてください」

 魔法師はお腹がすくのですと言いながら、がふがふ食べながらの意見は信用できないぞと思いつつ、女魔法師テレサ用のベッドに倒れるように横になった。






 光に身体が湧き上がり、満たされていく。そんな感じにしか思えない。

 目を開けたら、すっごいゴージャスなベッドの天井があって、俺はむくりと起きた。

「あれ、俺……」

 金髪碧眼理想の王子様タイプのお館様は椅子に座り、

「すごい。素晴らしい!なんとも良き夜饗であった。首席で卒業したと聞く魔法師テレサ、その名は天才誉れ高いと魔法師協会に連絡をしておこう」

とご満悦で、女魔法師テレサは青ざめた顔をしながら俺の首に鎖を付け、何故かトボトボとお館様の部屋を後にして部屋に戻る。

 すでに朝御飯が用意されていて、女魔法師テレサはがっついて食べると思いきや、食事を見て吐き出したんだ。

「おまっ、大丈夫か?」

「来てくださいっ、ユーキさんっ!」

 俺たちが飛び込んだのは、隣の部屋。そこには同じ朝食を取る女魔法師と…女が椅子の左右に一人ずついた。食事は一人分。つまり、二人の女は屍人だ。

「あら、テレサ、どうかしましたか?」

「ルキア先生っ、あの、お館様は、屍人さんを……あんな……あんな、ぐっ…うっ…」

 言いながら吐きそうになったのか、女魔法師テレサが口を押さえる。

 女魔法師ルキアは女魔法師テレサの先生ってことらしいが、ルキアは身体が小さくてまるで子どものように見える。だって俺より小さくて幼い感じがするし。

 白銀のショートカットに赤い瞳が猫みたいにきついけれど、可愛い部類かもしれない。女魔法師って、顔で選ばれたのか?

「ねぇ、テレサ、お館様が屍人を犯そうが切り刻もうが食おうが、私たち魔法師には関係ありません。金銭的に契約した主人に魔法師は全身全霊で尽くします。魔法師が創成した屍人はもしかり。夜活動出来ないのですから、魔法師が管理して主人に害を為さぬよう、また、屍人を損ねることのないようにしないといけません。ねえ……お前たち」

 二人の屍人はまるで猫のようなしなやかさで、

「にゃーん」「にゃあん」

とグルグルと喉を鳴らしで鳴きながら女魔法師ルキアに擦り寄る。

「そ…そんな…私はそんなつもりで…あんな…ユーキさんを…」

 女魔法師テレサは、ぶるぶる震えながら、俺を残して部屋を出て行ってしまった。

「あーあ、しょうがねえなあ」

 俺が部屋を出ようとすると、屍人の同じく服を着ていない二人が俺に近づいて床に座り込んでふんふんと匂いを嗅いで来た。

「うわ…猫かよ…」

「この屍人、あなたは知性があるのですか」

 女魔法師ルキアが小さく頭をかしげる。

「俺は鈴木勇気。女の子の中身は日本のサラリーマンで十八歳の男っていうかんじだ」

 女魔法師ルキアが大量にある皿から肉を食べるのを辞めて、ぴょんと椅子から降りて俺のところにやって来た。

 そしてペタペタと身体中を触り始める。

「わっ、あのっ!」

「さらりいまんとはわかりませんが…。ユーキと言うのですね。今、触られている感覚すら鈍いはずです。屍人は魔法にて保存構築し続けている動く屍体なのです。これは傷一つない屍体ですね。素晴らしい屍体です。………ああ、失礼しました。お前たちもいつまでもユーキのお尻の匂いを嗅いでいないで」

 女魔法師ルキアはソファに腰掛け、俺を呼んだ。

「腰掛けて下さい。あなたは普通の創成屍人と違いますね」

「女魔法師ルキアさん」

「ルキアで構いませんよ。テレサも然りです。魔法師は女しかいません」

「はあ…」

「そのボディは十歳頃ですね。私は見た目は八歳程度ですが、この見た目よりかなりの年上です。婚姻相手により年齢を止められていますから。それにしても人の魂が屍人に入るなんて本当に珍しいです」

「珍しい?」

「はい。万が一にも屍人の魂となったら、狂ってしまいますね、大抵は。あなたは図太いと言いますか、なんと言いますか…」

 ほっとけ!これでも、かなりパニックにはなったんだぞ。

「………だから基本は動物魂を召喚します。テレサは創成魔方陣が苦手で卒業後、ヴェルマー様と契約しましたが、何度も失敗していました。そこで私がきてみたわけですが、あの子は必死で創成魔法陣を作り変えて範囲を広げてしまったようですね」

 それはそれですごい才能なんじゃあ…。

「ちょっとルキアに聞きたいんだけど」

「どうぞ、ユーキ」

 俺は考えていたことをルキアに聞いた。

 聞きたいことを聞き出すと、ルキアに礼を言って扉に手をかけると二人の屍人が四つ足で歩み寄り身体にまとわりつく。二人とも大人の創成屍人だから目のやり場に困るって言うか……。

「頭を撫でてやって下さい。仲間に会えて嬉しいようです」

 ふわふわの黒の頭とサラサラの茶髪を両手で撫でると、本当に嬉しそうに目を閉じた。

「じゃあ」

「ユーキ、あなたは本当にそれでいいのですか?」

 俺は少し考えるふりをしてからルキアに振り向く。

「テレサが可哀想だろ?それに俺が好きなスマホゲームの中のそっくりなモンスターをたくさん見たんだ。嬉しかったよ。それでよしにする」






 部屋に戻るとテレサが泣いていて、俺を見てさらに泣き出した。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ユーキさん」

 たかが屍人の俺のところに来て土下座する。それが魔法師にとって、また、生きている人間にとってどれだけ惨めなものか、俺はこの城に来てわかって来た。それだけテレサはショックを受けたみたいだ。

 屍人は所詮、屍体なんだ。もう生き終わったものだ。

「テレサ、お前を救ってやるよ。来い!」

「えっ!」

 泣いて泣いて腫れぼったい顔のテレサに鎖を持たせて、中庭でちょうど運良く剣の稽古をしているお館様を発見した。

「嫌ですっ!お館様に会いたくないですっ!」

 俺は構わず歩く。歩きながらテレサに話しかけた。

「なんでだ?」

「だって、あんな、あんなむごくてひどくて残酷なことを……」

 思い出したのかまた吐きそうになるテレサを引っ張った。

「だから、辛さから救ってやる。おーい、お館様!」

 お館様は本当に美男子で嬉しそうに俺に手を振ってくれた。そうだ、彼もまた悪くない。テレサも当然悪くない。

 俺は中庭に行くとお館様の前に立ってにこりと笑った。

「お館様、陽のあるときに斬ってみたいと思わないか?俺は今動いている。動いている屍人を刻み、はらわたを引きづり出し、ぐちゃぐちゃにしてみたいと思わないか?」

 柔和な顔はみるみる狂気に満ち溢れ、お館様は破顔した。

「君は……君は本当に素敵だ、理想の人だ!本当にいいのかい?」

 ちょっと前まで戦い三昧な地域だったここで、まるで夜叉のような働きをしたらしいお館様の後遺症は、屍体への執着と残虐性。

「ああ……っ!うわっ!」

 テレサの目の前で腹を刺された。

「よいっ……新鮮だよ!」

 そのまま腹を横に引き裂かれ、腸がぼとぼとと腹から溢れる。

「ぐっ」

「あははははっ。冷たい腸だ!ああ……気持ちいい。ほら、左手を切り落としましょうっ!」

 腸を引っ張りながら、ぐるりと振りかぶりサクッと出された剣に俺は首を寄せた。

 ガッ……と鈍い音がして、首と胴体が離れる。

「ユーキさんっ!」

 屍人から魂を抜くには、首をはねるしかない。単純な話だが……悪いな、お館様。

「ユーキさんっ、なんてことを……っ」

「……次はしっかりやりな」

 そう俺は喋ってみたような気もするが、お館様様の悲鳴のような声を聞きながら……意識が……。




「君は、しっかり!」

 賑やかな電子アラームと、緊迫した声。掴まれた肩が痛い。

「ぐっ……痛い」

 痛い……?

「意識確認っ!君、名前は」

「鈴木……勇気……」

 救急車のサイレンの音に包まれて、俺は自分のいた世界に戻って来たのを理解した。




 仕事は待ってくれない。

『ゲートキーパーズ』も待ってくれない。

 自転車と接触、脳震盪で検査入院一泊二日の後、俺は営業に戻った。

 老齢から廃業を決めた農家から、農機具を売りたいと話があり、それを引き取るための契約書類を取りにいくのだ。

「あー、鈴木くん。社用車空いてないわ。自転車でよろしく」

「高校以来じゃない?ケッタ」

 事務の女性が笑いながら社用自転車の鍵を渡してくれた。

「自分、今もケッタ通勤っすよ。中学高校就職と七年目っすね」

 自転車に乗ってスマホを自転車のスマホナビゲーションホルダーにセットする。

 でも起動したのは『ゲートキーパーズ』だ。

 駅ビルの上に蜘蛛女アラクネが張り付いていて、ハンドルからは位置が悪い。スマホを左手に持って天にかざして、ゲートを通過させた。

「よっしゃ!お、わあああっ!」

 下水道工事中の穴に蓋をかぶせといてくれよっ!

 田舎の自転車通行白線なんて十センチだから歩道を走っていて、俺はアスファルトのつなぎ目から下水道工事中の二メートルばかりの穴に落ちた……時に、額を打った。



 自転車スマホは超危険です…。







「……っいてえっ!って……」

 蒼炎の中で目が覚めた。

 なんだこのデジャブ感は……。

「ユーキさん、ユーキさんっ!」

 目の前でゆさゆさゆれるバスト。

「テレサ……」

「おおっ!我が理想の人!!甦ったか!!」

 綺麗な美青年の覗き込む顔。

「お館様……」

「……創成魔法陣で再び人の魂を。恐れ入りました」

「ルキア」

 まさかの……まさかの……!

 深夜の中庭に俺の声が響いた。なんで、なんで戻ってきた、俺!


「俺を還してくれーーーっ!!」



 ~おわり~
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