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十八章 真実の夜と朝

120 告げる思い

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 足音はほとんどないが気配で分かる。

 バトラーに抱かれてノリン・ツェッペリン、いや、ノリン・アリシアになる華奢な王配が軟禁部屋の扉から入ってきた。露骨に嫌な顔をしているのが実に好ましい。

 そのままベッドにそっと置かれたノリンがアーネストを見上げて小首を傾げる。

「では、私は扉の前で控えております」

「ああ、後は頼む」

 バトラーは慇懃に頭を下げて部屋を出ていき、ベッドに腰掛けるアーネストの横には透け感のあるガウンを羽織ったノリンがいた。

「シャルスの子種は腹の中にあるな?」

 見上げた眉が寄って機嫌が悪くなる表情が良い。

「あ、当たり前だろ。しょ、『初夜』なんだから」

 吃りながら俯いた首筋は赤い。先程まで抱かれていたからだろうか、発情した甘い香りがする。

 正装の軍服にマントのままのアーネストと情事の後の薄いガウンだけのノリンの歪さが丁度良い。ああ、今から告げるのだと、胸が高鳴る。そして抱くのだ。

 なんで、そのままの服だとか、さっさと抱けばいいとか、ノリンの表情が手に取るように分かるのも良い。

「何もしないのが不思議なのか?」

 アーネストの声にノリンがアーネストを見上げる。空色の綺麗な瞳だ。

 ベッドの端に座っていたアーネストは立ち上がり、その動きにノリンが身構えて後退りしようとするのを、

「動くな」

と低い一言で告げた。

 ノリンが身体を強ばらせる。低い声での静止は冒険者仲間では当たり前のことだ。危険が迫った時、確実に動きを止めるための反射的『命令』だ。ノリンはそれを普通にやってのける。だから告げてからノリンの前に立った。

「俺には二人の盟友がいる。アリシア王国近衛大隊長グレゴリー・グレゴリウス。もう一人は魔の森の魔法測量師でありフリーの冒険者のオーガスタ」

 身体が跳ねるような仕草をして、ノリンが顔をこわばらせる。その顔も良い。まるでイくのを我慢している顔みたいだ。

「そ、そうなんですか。僕はし、知りません」

 急に敬語になるノリンに、アーネストは苦笑した。

「ーーオーガスタはお前だろう?」

 顔が更に強張り、身体が大きくはねた。

「僕は、オーガスタじゃ……」

「俺に嘘をつくな、俺は最初から知っている。お前はオーガスタだ」

 目の前で立ち止まったアーネストを見上げて、ノリンは震える唇がなにかを紡ぎ出そうと必死だ。

 呼吸が震えてもれている。赤い髪は金のゆるふわの髪になり、赤いやや虹彩の薄い瞳は、空色の大きな澄んだ瞳に変わったが、仕草や癖はオーガスタのままだ。

「もう一度言う。お前は俺の横で生きていたオーガスタで、ツェッペリン家のノリンとして生まれ変わったのだろう?」

 口したのはアーネストが感じる全てだった。

 それが事実なのだと信じている。

 過去、オーガスタの肉体は死んだ。だが、直後にノリン・ツェッペリンとして生まれたのだろう。記憶を維持したままで。記憶を取り戻すきっかけがなければそのままだったかもしれないが、大抵は神により『用意』されているものだ。

 オーガスタであったノリンは実に困っていただろうし、信じられないと思っただろう。

 魂はオドとマナが作り練り上げる。その全てが同じなのに、姿形が違う。赤目赤髪の垂れ目のモテない中年男が、金髪碧眼の美少年になっているのだから。

 さあ、素直に認めて打ち明けろ。

 だが、ノリンはまだしらばっくれるようだ。自嘲気味に唇を引き上げ何か告げようとしていたがやめた。

 信じてもらえるのか?とでも口の中で言ったようだったから、そのまま

「おい、オーガスタ」

「は?」

と顔を上げたから、小さな唇に唇をつけてやると、瞬間耳を掴まれてベッドに投げ出された。

「何しやがる、てめぇ!」

「はははは、オーガスタは相変わらずだ」

 そのままノリンの身体も引き倒してやる。

「うわっ」

 ノリンの身体を抱くのに軍服が邪魔だと思ったが、押し倒したノリンの身体に体重をかけず、吐息交じりにアーネストは呟いた。

「お前が『ノリン・ツェッペリン』と言ったから、『ああ、お前はノリン・ツェッペリンとして生きるのだな』と俺は理解した訳だが、何か問題でもあったのか?」

 アーネストは当たり前のことを告げたのに、ノリンは困ったような顔をしていた。

「そんな、信じるのかよ……ありえないだろうが」

 小さな声で答えたから、アーネストは鮮やかな笑顔を向ける。

「当たり前だろう?マナもオドも癖も気配も一緒で別人があるか。オーガスタ、記憶がはっきりしたのは、やっぱり魔の森熱か?」

「あ、ああ、その熱だ」

 ツェッペリン家が貴族でも上級貴族なら、貴族茶会などで早い段階でノリンの存在が明るみになった筈だし、アーネストのマナが充実していたら探索も可能だったために、

「早く来いよ、馬鹿者が」

と打ち明けた。

「何を怒って……?」

「怒るだろーが。金髪美人になったら抱かれてやるって言っただろうが。早い段階で俺のものにしてエロエロで、俺の形を覚えさせ子種が欲しくて堪らない身体に仕込んでやったのに」

「え?」

 ずいっと覗き込みながら軍服の詰め襟を外して、ばさりと脱いで捨てた。この赤を目の前で脱ぎたかった。当時とは違うが『王』として、『オーガスタ』を抱きたかったから、ノリンの空色の瞳を見ながら再びキスをする。

「オーガスタ、俺の子を孕め」
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