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二章 新しい使用人

11 とりあえず魔獣狩り

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 グラミー商会から出ると少し歩き、ひょいと抱き上げ勝手に森に入っていくアズールに怒鳴ってやりたかったが、僕は我慢した。

 首を二、三回左右に向けて周りに人がいないことを確認したアズールが、ようやく抱き上げた手を下ろして僕を見降ろした。

「はい、もういいでしょう。あの男が執事だなんて失礼過ぎます。男爵家の俸禄を流用していますね」

「まあ、そうだろうね。アズールがあそこで暴れて俸禄代を毟り取るかとひやひやした。そもそもどうして魔の森に入っているんだ?俸禄は返ってこないってのは少しなあ……」

「ーー狩ればいいのです」

「ーーは?」

 何言ってんだこいつという思いを込めて、最後はしっかりと睨みあげた。

 アズールは目を丸くしたが少ししてから

「なに無力ぶっているのですか?マスター」

とアズールはよく分からないといった口調で僕に言い放つ。

「魔獣は沢山います。そうですね、ホーンベアでも二、三匹狩れば、半年の俸禄になりますよ」

「はーー?」

 まさに妖魔の考え方だ。思わず昔を思い出した。精神力が削られたような気がする。

 実際に我が家には最低限しか食料がない上、金を巻き上げられたままなのだ。アズールが執事になったとはいえ、管理する金銭がないのは困った問題だ。仕方がない、力技を使うしかないか。

「マスター、横」

「なんだ、考え事をしているのに」

 アズールから剣を渡された僕は、ようやく頭の整理がついたところで、剣をブンと降ってアズールに向き直り、かなり得意の愛想笑いでアズールに協力すると告げようとした。

 しかし実に不思議そうにこちらを見つめるアズールの視線に気付いて、思わず眉を顰めてしまう。

「……なんだよ?」

「いえ、ホーンベア斬ってますと思って」

「ーーはぁ?」

 思わず素で疑問の声をあげて僕はすぐに横を見た。するとまだ子供サイズのホーンベアが首を落とされひくひくと痙攣していた。

 アズールは紳士然とした笑みを浮かべて

「劣ろえてはいませんね。よい太刀筋です」

と言葉を言い添えた。

「子供のホーンベアがいるってことは」

「ええ。ーー親のホーンベアがいるってことで」

 言い終わる直前にくるりと踵を返して剣を構えると巨大なホーンベアが二体深い森から勢いよく飛び出してくる。

 昔からそうだ。アズールもレーンも決して裏切らない。

 十五年前の日を思い起こしながら、僕は魔の森の中で剣を振るう。リーチが短い分踏み込むタイミングがずれるが気にしない。昔の手に馴染んでいた剣は今の身体にも馴染む。そういう魔法武器だ。

 ふと、背後のアズールと距離が開いたので、僕は足を止めて振り返る。

「アズール、大丈夫か?」

 振り返り様にそう声を掛けると、アズールが最も大きなホーンベアを下から手を突き刺して狩っていて、僕は少し驚いた。昔より強くなっている。返り血を浴びないように素早く抜いた指の先の血溜まりを払って、こちらに歩いてくるアズールに目を細めた。

「お見事」

「マスターほどではありません」

「魔剣ミスリルを持ってきてくれたんだな。ーー懐かしい」

「マスターの剣ですから。さて、このボアたちをギルドに持っていきましょう。角も牙も毛皮も肉も高値で売れます」

 売れますって……誰が売るんだよ。ギルドに登録なんか……。

「どうしたのですか? 何か気になるのですか?」

「……いや、その、ギルドの登録なんて……」

「『赤い牙』です。私とレーンが『人のフリ』をしてマスターを探して生きていくには必要でした。偉大な協力者もあり、私たちは人として登録しています」

 アズールはホーンベアを魔収納袋に入れると、僕をひょいと抱き上げた。

「転移陣をお願いします。場所は頭に流しますから」

「あ、ああ。流し込み?ーーんぅっ」

 アズールにキスをされてその接触で魔の森の自由ギルドの位置を頭の中に定着させられる。その場所は十五年前から変わっていなくて、接触する必要があったか?と僕は苦笑した。

「役得です。マスターに一人でキスをしてませんでしたから」

「そうかよーー転移陣、発動」

 もう一人の親友とまた以前のように会ってしまうかもしれない自由ギルドは、アズールが入ると周りの屈強な冒険者達が

「何を狩ったのだ」

と口癖に質問する。

「ホーンベアですよ」

 ざわついた自由ギルドに親友はいない。僕は少しだけホッとして、ホーンベア三頭分の金額と、何故か可愛いからおまけと称したした金貨をもらい、大勢に見送らながらギルドを出た。

 アズールとレーンはオーガスタ時代に宿り木から従獣ティムした淫魔だ。本来妖魔である二人とは半年くらいしか一緒にいなかった。

 オーガスタが多分……死んで、従獣のくびきから解き放たれたはずの彼らがあれからどう生きてきたか、僕には想像がつかないでいる。聞いてみたかったが、なんとなく申し訳なくて聞けないでいた。

 だがアズールはオーガスタの魔剣ミスリルを持っていたのだ。

「マスター、帰りますか」

「あ、うん。じゃあ、魔の森から転移陣を……」

「魔の森の横の道を通ります。抱いて帰りたいです」

「少し距離があるぞ?」

 抱っこの晒し者の刑か?

「ほんの数時間です。マスターの重みや体温を感じていたい」

 抱き上げられてそのまま歩いて行くアズールはやっぱり何も言わなくて、他愛もない話をしながら帰路についた。
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