きみにふれたい

広茂実理

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虚しさの11月

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「さくらさんって、よく泣くよね」
 その言葉にキッと睨んでやった。そもそも、誰のせいだと思っているんだ。
「ご、ごめん……冗談のつもりで……」
 笑えるか。
「あ、のさ……その……」
「ごめんなさい」
「さくらさん……」
 やっと言えた。冷え切っていく衝撃に呑み込んでしまった一言を、もう言えないのかと絶望したその言葉を、やっと伝えることができた。
「俺こそ、逃げてごめん……図星だったから、余計に認めたくなくて……怖くなったんだ」
「図星……」
「うん……俺、嘘吐いてた。さくらさんに、過去を知ってもらいたくなくて」
「どうして……?」
「思い出したら、きっと俺とはもう一緒にいてくれなくなるって思ったから」
「どうして!」
「……」
 それきり黙ってしまった彼は、まだ決心がつかないようだった。口を開こうとしては閉じるという行為を繰り返している。
「ねえ……どうして今、ここに来てくれたの?」
 こんなにも言いづらそうにして、悩んでいるのに。覚悟をしたわけでもないのに。それなのに来てくれたのは、何故だろう。
「来るつもりは、なかったんだけど……さくらさんが、泣いてたから」
「私が、泣いていたから?」
「うん……俺、また泣かせちゃったんだって、自分のことばっかり考えてたことに気付いて……そしたら、付き合うんじゃなかったって言おうとするから……ワガママが過ぎるとは自分でも思うんだけど、そういうの、聞きたくなかったから」
「言わせたのは、君なのに?」
「だからだよ……そこまで言わせておいて帰るなんてこと、できるわけない」
 なんだかんだ、彼は私を避けていたくせに、気にしていたのだ。人の気も知らないで……。
「許さない……」
「え?」
「私の隣にいないと、許さないから……」
「さくらさん……」
 どうしてくれるのだ。また泣きそうじゃないか。
「でも……」
「でもじゃない」
「だけど……」
「だけどでもない」
「……俺、嘘を吐いていたのに」
「嘘くらい吐くでしょ。それとも何? 寂しかったのは私だけ? 君は平気だったっていうの?」
「平気なわけない! 平気な、わけない……」
 彼の言葉尻は、とても弱々しくて。それだけで、同じ想いだったのだと知れた。……まあ、避けていたのは彼なのだけれど。
「ねえ、君が私に過去を知ってほしくないと思っているのは、わかった。だから、もう探そうとしなくていい。だけど、私は一人ででも探すよ。だって、やっぱり私このままなんて嫌だ。今回みたいな想いをする日がくるなんて、嫌だよ。過去という鍵が見つかれば、ここから出られる気がするから。ここから出たいから、探す。……君が望まない日が来るまで、そばにいたいから」
「――望まない日なんて来ない!」
「レオく――」
「ねえ、さくらさん……俺はすごく嬉しいんだ。さくらさんに、そんなに想ってもらえているなんて、夢みたいなんだ。俺も、ずっとそばにいたいよ。ずっと、ずっと――――永遠に」
「――え?」
 先程まで揺れていた彼の瞳は、仄暗い光を灯していた。何かの覚悟を決めたそれは、私の頭の中で警鐘を鳴り響かせた。
 嫌な予感が、背筋を滑り落ちる。それは一瞬にして全身を駆け巡り、血液を急激に冷やした。
「俺……」
 ダメだ。これは、聞いてはいけない気がする。そう思うのに、金縛りにあったかのように動けない。
「俺も……」
 やめて。それだけは、聞きたくなかった。あの時に抱いたものは、間違いじゃなかった。
 彼は――
「そっちにいくから」
 以前、冗談だよと言った彼。今と同じ瞳で、口元だけで笑った彼は、目を合わせずに言った彼は、やっぱり本気だったのだ。
「俺がそっちにいけば、同じ存在になれば、ずっとずーっと、一緒にいられるよね」
 息が苦しい。呼吸などしていないのに、はくはくと口が必死になる。
「待っててね……もう、寂しい思いはさせないから」
 首をふるふると横に振る。それが、精一杯の反応だった。
「どうして? 一緒にいたいって、言ってくれたよね」
 涙が溢れる。そんな結末は、望んでいない。
「すぐに、望みを叶えてあげるからね」
 私を見ることができる人は、こちら側に近しい者が多い――彼は、前からそうだったのだ。私のことがなくても、こちら側に来ることを考えていたのだ。少なくとも、中学生の時から。だとしたら、彼の心の奥底にある本心は――
 しゃがみ込む私を置いて、立ち上がる彼。目で追うと、きょろきょろと辺りを見渡し、校舎の屋上に目を留めた。そして歩き出す。
 まさか――過った考えに、わかってしまった結論に、吐き気がした。絶対に阻止しなければならない。だってそんな理由で、私のせいで、彼を――黒崎礼央を、こちらへ呼んではならない。
 震える体に力を入れて、私はようやく動くことができた。彼の行く手を阻むように、立ち塞がる。こんなことをしても、私など擦り抜けられたらどうにもできない。けれど、彼はそうしなかった。
「何の真似?」
「君はまた、私を怒らせたいの? その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「俺は言ったよね……そっちにいくんだよ」
「バカなことを言わないで。そんなの、私は望んでない」
「どうして? じゃあ聞くけど、さくらさんが仮にこの学校から出られたとしよう。それで、どうするの? 俺たち、ずっとこんなことを続けるの? 俺が死んだら? 老いた俺が、今のままのさくらさんと一緒にいるの?」
「それは……」
「それに、過去を知ってもここから出られなかったら、どうするの? 俺が卒業したら、こうやって当たり前のようには会えないんだよ。だったら――」
「それでもだよ。それだけはダメ。君だって、わかっているんでしょ? 見える君なら、わかるはず……死んだって、一緒にいられるとは限らないんだって。そんなに都合良く、いたい場所にいられるわけじゃないんだって」
 彼は黙ったまま、動かない。私は、畳みかけた。
「当ててあげる。君はただ、全部捨てて逃げたいだけなんだよ。でも、お生憎様。こっちは、逃げ場なんかじゃないから。断言する。君の望む世界は、訪れない。だから、そんな理由でこっちに来ないで。こちらに来てはいけない――ここは、私を口実にしているだけの君が来る場所じゃない……!」
 言葉を受けた彼は、その顔をくしゃりと歪ませて、しゃがみ込んだ。
 そうして、ただただ声も出さずに、静かに泣いていた。
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