きみにふれたい

広茂実理

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気付きの10月

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「出た……」
「はあ? 幽霊に『出た』なんて言われたくないんだけど」
 先月、突然現れてから音沙汰のなかった、名も知らない美少年。その彼が、眼前に立っていた。
 あの日以来現れなかったから、すっかり忘れていたのに……というのは嘘だが。
 まあ、こんな強烈な存在だ。実際は忘れられなかったので、考えたくなかっただけなのだけれど。
「レオに僕のこと、言ってないみたいだね」
「何を言うのよ」
「別に。ただ、何か聞いたりするかなと思っただけだよ」
 この子のことを言うかどうかは、正直迷った。だけど、不明瞭な点が多すぎたし、わざわざ彼のいないところで現れたのだ。そのことに意味があるかはわからないけれど、しばらく様子を見ようと決めた。そのため、彼には話さなかったのだ。
 だいたい、話したところでどうにかなるとも思えないし。むしろ、リスクがある。
 もしかしたら、それを狙って……? いや、そこまでは考えすぎか……。
「そういえば、文化祭の時いなかったね。てっきり、レオくんと一緒に回ろうと現れるかと思ったのに」
「残念なことにクラスが違うし、自由時間も全然違ったんだ。だから、仕方なくお前に譲ってやっただけ。感謝しろよな」
 はあ、そうでしたか……。
「それで? 今日はいったい、何の用なの?」
「そんなに嫌そうにするなよ。僕だって嫌なんだから」
 だったら、通り過ぎればいいのに。わざわざ立ち止まって、何の用なのだろうか。
「言ったろ。また来るって。あれから、考えを改めたかと思ってな」
 緑がかった漆黒の髪が風に遊ばれて、さらりと揺れる。相変わらずの雪肌に、くっきりとした目鼻立ち。とても可愛い顔をしているのに、表情が私を見下すそれだった。
 意地悪な人は意地悪な顔つきを、優しい人は優しい顔つきをしているものだが……この子は、顔に似合わない言動をする。
 本心が見えない。
「それで、どうだ。レオのためにどうするべきか、考えたか?」
「……考えたよ。君に言われるまでもなく、ずっと考え続けてきた。ずっと、悩み続けてきたんだから」
 目の前の彼は黙っている。感情を消した顔で、まっすぐに私を見つめている。
 それはまるで、「それで?」とでも言いたげな表情だった。
「三年間だけ……」
「え?」
「三年間だけ、そばにいることを許して――そう、レオくんに言われた」
 彼は黙ったままだ。唯一、眉間に皺が刻まれた。
「だから、この学校にいる間だけ。その有限の時間を、二人で過ごさせてほしい。別れる瞬間に、『楽しかったね』って言える未来にしたいの。後悔しないように」
「それ……レオが言ったのか?」
「そうだよ」
「目を見て?」
「そう」
「ふうん……」
 ついと逸らされる視線。何もないところを彷徨い、やがてそれは帰ってきた。
「それで、お前もその茶番に付き合おうって?」
「そうだけど」
「期限付きの恋人? 最初から終わりがわかっている関係? ――冗談にも程がある」
「不本意ながら、その意見には同意する。だけど、それでも自分の気持ちに、嘘は吐けなかった」
「へえ……あっそ。やっぱり馬鹿だったか」
 嘲笑を向けられて、目を細める。そのまま睨むように見つめていると、彼は途端に真剣な顔つきをした。
「レオが、三年後――もう二年半だな――その時を迎えて、潔く別れると思うか?」
「……わからない」
「わからない? 嘘だ。わかってるんだろ? 気付いてるんだろ? じゃなきゃ、そんな答えは出ない。レオのことを素直に信じるなら、そこは肯定するところだ。だけど、お前は濁した。だったら、お前は気付いてるんだ。そうだろ?」
 彼の嘘。昏い光を宿した瞳――それらの片鱗を思うと、わからなかった。
 信じたいと思う反面、どうにかしようと足掻くのではないか――そんな様子さえ、想像できてしまう。
 私は、この子に言い返す言葉がなかった。
「だんまりか……まあいいや。それで? お前はそれで良いのか?」
「良いって、何が?」
「さっき言ったこと。レオの卒業と同時に別れるって話。期限付きの恋人。三年間べったりの人間が、あっさりと学校に来なくなるんだ。お前はまたひとりぼっち。孤独感は更に増して、お前を苛む」
 まるで、舞台上の俳優だ。もったいぶった話し方で、私の神経を逆なでしてくる。
 その様子にムッとしていると、余裕さえ称えていた表情が、鋭いものに変わった。
「――それで良いのかって、聞いてんだよ」
 いつもより低い声や態度に、私よりも背が低いはずの彼が、大きく見えた。気圧され、萎縮する。
「わ、私がどう思おうと、関係ないでしょ」
 なんとかそれだけを返すと、がっかりしたと言わんばかりに、あからさまな溜息を吐かれた。
「あのさ、僕を言い負かすくらいのこと、してみせたらどうなの? 前だって、即答できなかったくせに……。僕に好き勝手言われて、何とも思わないわけ?」
 呆れたと書いてある顔に、言いたいことが生まれては絡み合う。上手く言葉にできなくて、もつれて、喉元で引っかかっていた。
「まあ、それが答えってことだよね。真剣に考えてない。目の前のことだけしか見えてない。所詮はそういうことだ」
 チャイムが鳴り響く。予鈴だ。どうやら、彼との会話もリミットがきたらしい。
「時間だね。じゃあ、優等生の僕はもう行くけど、また来るから。その時までに、少しはマシな考えでも用意しておいてよ。それでもくだらない答えを出すなら、いくらレオが言ったことでも、三年なんて待たずに別れさせるから」
「それだけは、絶対にさせない。私は、誰かの言葉に流されるような気持ちで付き合ってないから」
「だったら、はぐらかさないで僕を納得させてみせてよ。僕はレオの目を覚まさせようとしてる。だけどそれが間違ってるっていうなら、ちゃんとお前の言葉で立ち塞がって。立ち向かってきて。次、逃げようとしたら二度と話は聞かないから」
 言って、くるりと踵を返す美少年。私はその背に、声を掛けた。
「そうだ。名前、教えてよ。君だけ知っているなんて、不公平でしょ」
「……じゃあ、リュウ」
「じゃあって何よ。名前を聞いたんだけど」
「名前だよ。嘘は吐いてない。レオもそう呼ぶ」
「あっそ」
 名前の一部ってところかな?
「リュウ。私、行動する。それで、ちゃんと言葉にしてみせる」
「やれるもんならどうぞ。期待はしてないよ」
 後ろ手を振って、今度こそリュウは校舎へ姿を消した。
 行動する――それは、彼に言われたからじゃない。そうしようと、決めていたことだ。
「レオくんなら、きっと協力してくれるよね」
 上空を振り仰ぐ。薄らと、雲が空を覆い始めていた。
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