きみにふれたい

広茂実理

文字の大きさ
上 下
24 / 47
気付きの10月

3

しおりを挟む
 翌日。文化祭二日目。
 今日も朝から、彼は浴衣姿で呼び込みをしていた。昨日来ていた子もいるのではないだろうか。朝から大盛況で、彼は女の子に囲まれていた。
 男子なら、誰もが羨むはずのシチュエーション。しかし彼は、困った目をしてこちらを見ていた。けれど、私はただただ苦笑を返すことしかできなかった。

「疲れた……」
 昼頃。私たちはまた逃げるようにして、空き教室に来ていた。
「お疲れ様」
 昨日よりも、来校者数は増えているようだ。休日ということもあるだろう。あとは、噂が広まっているようだった。
「ほとんどの子、君目当てだったね」
「嬉しいと思えない俺は、間違ってるのかな……」
 遠い目をしている。相当疲れたのだろう。
「それ、男子の前で言わない方がいいかもね」
「でも、俺にはさくらさんがいるんだから、間違ってはないよな」
 自分だけを見てくれるのは、女子として嬉しいことこの上ない。彼は口だけではないから、尚更だ。
「とりあえず、ご飯食べに行く?」
 そう促せば、彼は淡い苦笑を浮かべて立ち上がった。
「お腹鳴りそうだったんだ」
「ふふっ」
 今日は何にしようかな、なんて話しながら歩く。お腹が満たされた後も、昨日行っていないところに足を伸ばしたりした。
「他に見たいところある?」
 パンフレットを広げる彼の手元を覗く。だいたい回ったんだよな……。
「ステージのスケジュールは?」
 歩き回ると、どうしても彼が女の子に捕まってしまって、その対応に彼が疲れてしまう。そのため私は、割と暗がりで人の視線がステージに夢中になっている体育館を提案した。
「ちょうど、軽音部がライブやってるみたい」
「そうなんだ」
「行ってみようか」
「うん」
 そうして見に行ったステージは盛り上がっていて、意外に私でも知っている曲が演奏されていたりで楽しかった。
「この後は、三年のクラス劇だって。このまま見ていく?」
「そうだね。そうしようか」
 舞台では、楽器の撤収作業が行われていた。その間に、パンフレットを見る。
「どんな劇?」
「えっと……三年一組の……あ、これか。雪白姫だって」
「ゆきじろ、ひめ?」
 雪のように白い姫。スノーホワイトを日本語訳すると、白雪ではなく雪白だという話を聞いたことがある。台本を書いた人は、原作をよく調べたのかもしれない。
「あ、始まるみたい」
 照明が落とされ、音楽が流れる。ナレーションの子が立ち去ると、幕が開き美人の王妃が現れた。どうやら彼らの台本では、彼女は継母ではなく実母らしい。
 雪のように白い肌、血のように赤い頬や唇、黒檀の窓枠の木のように黒い瞳を持って産まれた王女。その容姿から、スノーホワイト――雪白姫と呼ばれる。彼女は、その美しさゆえに命を狙われた。城を追われ、猟師に森へ置き去りにされ、小人と出会う。そして、彼女が存命であることを知った王妃によって、また命を狙われる。
 幼い頃はよくわかっていなかったし、それに読んでいたのは子ども向けの話になっていたものだった。そのためか、改めて触れた作品は、なんともいえないものだった。
 ――どうして彼女は、狙われている身で小屋の扉をやすやすと開けたのか。そして何故、疑いもなく林檎を口にしたのだろうか。
 無邪気な心優しい、疑うことを知らない子だったから? そんなことがあるというのだろうか。
 王女として生まれ育ち、世間知らずだったかもしれない。けれど猟師に命を狙われ、住むところを失い、やっと見つけた暮らしでも王妃に腰紐や櫛を使って二度も殺されかけていて、それでも尚、人を信じようというのか。
 それとも――どんな人でも、母は母。彼女は、物売りとしてやってきた女が実母だとわかっていて、そして毒とわかっていて、林檎をかじったのだとしたら?
 どんなことをされても、何度裏切られても、それでも信じたい人というのは、いるのかもしれない。そして、そんな人に与えられるものならば、毒だとしても受け入れてしまうのだろうか。それは、私の考えすぎなのかもしれないけれど……。
 ラストは、生き返った彼女と王子との結婚式で終わるというものだった。
 出来は、まあまあだった。昨日、演劇部の劇を見ているので、どうしても比べて見てしまうと残念に思える部分がちらほらとあったのだけれど。主役の子が上手かったのと、台本がしっかりとしていたので、それなりに見ていられた。
 明るくなった体育館は、少し眩しかった。見に来ていた人たちは次々と立ち上がり、開けられた扉から外へと歩いて行く。
「ねえ――」
「さくらさ――」
 レオくんと声が重なった。
「……何?」
「さくらさんから、どうぞ」
 いや、別に大したことを言うつもりはなかったから、譲られると余計に言いにくいのだけれど――って、今の拍子で、何を言おうと思ったのだったか忘れてしまった。
「……何でもない。君は?」
「そろそろ行こうかって、言おうと思って」
「そうなんだ。そうだね、私たちも行こうか」
 あ、思い出した。聞こうとしたんだった――ねえ、君なら林檎をかじった? って。
 私だったら、林檎をかじって。それから、相手にも食べさせてやるんだ。そうして二人で堕ちてやるのに――
 なんて、絶対にそんなことは口にしないけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

そらに光る星~誇り高きぼっちの青春譚~

もやしのひげ根
青春
【完結まで毎日投稿!】 高校2年生の神谷は『ぼっち』である。それは本人が1人が好きだからであり、周囲もそれを察している結果である。 しかし、そんな彼の平穏な日常は突如崩れ去ってしまう。 GW明け、クラスメイトの美少女から突如告白される......のだが、罰ゲームか何かだろうとあっさり断ってしまう。 それなのにその美少女はめげずに話しかけてくる。 更には過去にトラウマを抱える義妹が出来て快適な1人暮らしが脅かされ、やかましい後輩までまとわりついてきてどんどん騒がしくなっていく。 そして神谷が『ぼっち』を貫こうとする本当の理由とは——

謎ルールに立ち向かう中1

ぎらす屋ぎらす
青春
小さな頃から「しあわせってなんだろう」と考えながら生きてきた主人公・石原規広(通称 ノリ)。 2018年4月、地元の中学校に入学した彼は、 学校という特殊な社会で繰り広げられる様々な「不条理」や「生き辛さ」を目の当たりにする。 この世界に屈してしまうのか、それとも負けずに自分の幸せを追求するのか。 入学と同時にノリの戦いの火蓋が切って落とされた。

処理中です...