ツギハギドール

広茂実理

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バラバラドール

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 妹を不幸な事故で亡くし、生まれて初めて「人の死」を経験した高校生、沖田孟は、テレビ画面を無表情で、ただ見つめていた。
 現在、彼の目の前で流れているのは、女性用化粧品のコマーシャル。美肌の女優が、にこりとこちらへ微笑んでいる。しかし、孟には出演女優はもちろん、化粧品に興味などなかった。
 それよりも、数分前――先程終了したニュース内で告げられた決定事項が、頭から離れないでいたのだ。
「あの女の死因が、事故……」
 いくつかあるニュースの中で、さらりと読み上げられた結末に、孟は力が抜けていくのを止められなかった。
 大通りの交通事故で、加害者となった大型トラックの運転手、藤堂徳。あれは、不幸が重なった事故だった。飛び出したのは、奏の方。孟は、運転手を憎んではいなかった。もちろん、助かった子どもの方も。
 むしろ、子どもが無事で良かったと思っていた。そうでなければ、妹は報われない。
 それでも、そばにいたというクラスメイトは気の毒であった。あんな光景を、目の当たりにしたこと。特に黒髪の彼女を思うと、言葉もない。
 責めようと思えば、誰にも何かしらの過失がある。だが、奏自身にも当てはまるため、孟はそうしなかった。
 いや、できなかったと言った方が、正しいだろう。
 奏が、自発的に行動したからこその結果だ。そこに文句をつけるのならば、それは奏自身への文句になってしまう。
 だからこそ孟は、誰も憎むことができなかった。
 それでも、運命を恨み、呪わずにはいられなかった。
 あれは、不運な事故――だから、早く前を向いて奏の分までしっかりと生きなければならない。きっと、奏もそう望んでいる。
 そうは思うものの、しかし孟は、整理しきれない感情を持て余していた。初めて抱いた心情に名前をつけられず、落ち着かせることができないまま、胸の中でずっともやもやさせているしかなかった。
 表面上は、懸命に乗り越えようと前を見据える好青年を演じながら――
 そんな最中に起こった、バラバラドール事件。
 一見、不幸な事故で亡くなった彼女の死に、謎のドールが纏わり付いている。その不可解さに、何かがあるのではないかと睨んで、孟は今日まで調査をしてきた。
 だが、警察は単なる事故として、呆気なく処理してしまった。
 他の結果だったならば、良かったのか。この気持ちに整理がつけられたのか――それは、わからない。
 調査をしていたのも、何か解明できれば満足できるのではないかと思ったからではなかった。ただ、孟がじっとしていられなくて、何か行動を起こすことで、気を紛らわせていたに過ぎなかった。
 だからこそ、結果の内容よりも、結果が出てしまった――この事実に、孟は消失感を覚えたのだった。
「俺は、結局何がしたかったんだろうな……」
 ぼそりと口をついたのは、自身への問答。言葉にできない感情を持て余している彼には、答えを出すことなどできはしなかった。
 答えを出すべきかどうかも、わからない。
「……どうなんだろうな」
 彼ならば、答えを持っているだろうか。
 この春にクラスメイトになった、小柄な男、近藤敢。彼は、不可解な事件に首を突っ込みたがった。
 初めて会った時から、よく回る頭だと孟は思っていた。敢は、他の同級生とは、どこか違う雰囲気を纏っている。そう直感した。
 だから孟は、正体を明かし、ともに調査したいと言ってきた彼の誘いに乗った。
「俺も大概、嘘吐きだな……」
 孟は、よくクールと評された。だが、本人はそんなことはないと思っている。顔に出ないだけで、感情は常に胸の内に熱くたぎっていた。
 ただ、表に出すことが面倒なだけ。無表情の仮面を被っているだけ。そうしないと、平静を保てないから。
 孟は、懐から一枚の紙を取り出した。奏の字にそっくりな、彼女の死後発見された、不可解なメッセージ。
 本当にこれが妹からのメッセージであったなら、彼女はいったい何を伝えようとしているのか。
 それがわかれば、孟も進むべき方向が定まるのだろうか。
「わからない……だけど、もう手掛かりがない…………いや……」
 トラック運転手、藤堂の死亡事故の件は、バラバラにされたドールについての解明がなされていない。
 であるならば、その方面から何か動くことはできないだろうか。
「奏が何か望んでいるのなら、叶えてやらないとな……」
 行動理由としては、これでいいだろう――孟はそう筋書きを立てる。建前は「妹想いの優しいお兄ちゃん」だ。
「ドール、ね……まったく、どこにいったんだ。まさか、消えるとは思っていなかったな」
 こっそりと口端を歪めて、孟はほくそ笑む。この一連の事件は、まだ終わっていない。
「せっかく、面白そうなことになってきたんだ。こんなところで、終わらせてやるものか」
 それぞれの思惑が、交錯する。
 すべてを知るのは、たった一人の少女だけだった。
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