運命なんて要らない

あこ

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ぼくたちも、運命なんて要らない(と思う)

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実は“物語”には期間限定で配信された『スペシャルステージ』が存在する。
それは、一定の条件を満たした上で、アンジェリカと婚約破棄を“強引に行なった”キースのエンディングを迎えると始まる物語だ。
王族に不適格とされたキースは廃嫡され、それにであるヒロインが悲しみの中で聖なる力に目覚め、それをきっかけにというもの。
ノアとの婚約は王命により白紙にされ、悲しみに暮れるアーロンはそれでも王子であると覚悟を決めヒロインとの関係を築こうと努力し、突然のことに泣きくれるノアはノアを愛する精霊たちが自分達の国、つまり精霊界へ攫ってしまうのだ。
そして精霊がノアを連れ帰った事をきっかけに、世界から精霊が消えていき、国どころか世界が混沌とした世界になってしまう。
アーロンはノアを守りきれなかったことを後悔し自害。それを知り嘆くノアに触発されて精霊が暴走。世界は終わりを迎えていく。
──────という、一体全体誰のために作ったのかよくわからないスペシャルなんて言ってほしくない様な『スペシャルステージ』があるのだ。
期間限定の期間が予定の半分以下どころではなく、たった四日で終わったのはこの話があまりにひどく抗議が相次ぎして業務に支障が生まれたからである。
この史上最高の呼び声が高かった物語最大の黒歴史、最悪の話とされたこのスペシャルステージはこの後、公式もファンも一切触れなかった。
一部の人間の心にトラウマなみのものを残しにされた。曰く付きの物語だ。

もし、中途半端にを知るヒロインがアーロンを狙っていたら、この世界自体が終わるかもしれない。
しかし。
アンジェリカがノアを関わらせない様にしたいのは決して世界のためじゃない。ヒロインにだけ都合のいい運命なんてからだ。
二人が一緒に生きる事に、どれだけ幸せに感じているか。
二人は二人が努力し向き合い愛を育んで、今を手に入れている。
どの二人の姿がどれほどアンジェリカを支えたか。
アンジェリカにとって冗談ではなく、二人がお互いを思い合い支え合う姿は希望であり未来であった。
その二人の愛を壊す可能性があるからこそ警戒するのだ。
世界が終わるかもしれないからなんて、が理由じゃない。
大切な友人のため。それだけで十分な理由になる。

聞いたエイナルは愕然としながらも言われたことは理解したので、翌日の話し合いでカールトン家当主として、そしてアンジェリカの父としてアーロンのことについて考えを述べることを約束した。
これでアンジェリカの心配は一つ減っただろう。

「安心しなさい。私は、今もこれからも、お前を一人で戦わせない。安心なさい」

アンジェリカはエイナルに抱きついて、泣きそうな顔を隠した。
まだ泣くには早い。
アンジェリカの意地だった。



一方その頃。
自分の未来が大きく変化しようとしているなんて知らないノアは、可愛い妹マリアンヌと美しい庭で散歩をしていた。
ようやく今日の勉強を終えたマリアンヌを、ノアが甘やかそうと庭に連れ出したのである。
夕焼けの色から夜の色へのグラデーションが美しく、灯り始めた庭の小さな照明が地面から空へ向かう星の様に見えて美しい。

ノアは決してマリアンヌに、勉強が辛いのかとは聞かない様にしている。
マリアンヌが自分のためにこの公爵家を継ごうとしている事をノアは知らないが、彼女がそうなると決めた覚悟は「辛いか」と聞いていいことではないと思っているからだった。
それは自分がアーロンの婚約者になったからこそ、思うことかもしれない。
最終的に──拒否権がなかったとしても──アーロンの婚約者として立つと決めてからこそ、さまざまな事を身につけている。覚悟を持って挑んでいる。
そうした何か努力している人に対し、どうしてその人がそうしているのかを考えずに「辛いなあ」とか「大変だなあ」と言うことは何かが違う、とノアは思っていた。
ノア自身は時折アーロンにを吐くが、それは二人が約束した事だから。
──────自分がそうすると決めた事であっても、辛い時は辛いって言おう。二人でちゃんと、話し合って、お互いの心と思いを守るためにも、そして戦うためにも、ちゃんと話そう。
だからアーロンも王子教育が難しくなった時に「つらい」とノアに愚痴を言ったし、この先預かり知らぬところで未来が変わったノアも「最近ときどきつらい……」と吐露するのである。

そして、マリアンヌは“ノアに甘える事ができる妹”だ。
辛くて助けて欲しいときは、今までもそうであった様に、素直にノアに伝えるだろう。
そのマリアンヌを知るからこそ、マリアンヌの決意と覚悟を、そして努力し続ける姿に、ノアは何も言わずただ支えることにしたのである。

「お兄様、美しい!」
「凄腕の庭師のみなが、日々整えてくれるからだね」
にっこり笑うノアにマリアンヌは
(お兄様美しいって言っているのに……もう)
と思う。訂正はしないけれど、彼女は庭と兄という構図が美しく感じているのだ。
空に舞い上がっていく星の様にデザインされ設置されている小さな照明が、光がノアの周りをダンスしているように見えて、兄が好きなマリアンヌから見るとまるで幻想的な絵画の様に美しいと目を細め見てしまう。
控えるエルランドは精霊を光として認識できる能力でまさに実際に幻想的な光景に目を細めているので、その様子に自分の気持ちを理解していると思ったマリアンヌがいう。

エルランドのこの稀有な能力を知ると、常に精霊が光として認識できると思われているかもしれないが、彼は幼い頃からの訓練により見たい時だけ見れる。
見たいと思うと彼の中で何かが切り替わり、見れるようになるのだ。
彼は基本的にほとんどの場合見ないようにしているが、知らない場所に行った際などは見えるようにしている。
──────精霊に好かれるノアだから、精霊がおかしな動きをすればがある。
そうした確認のためにも、初めて行く場所や警戒すべき場所、人が多い場所などは基本的に見えるようにしていた。
ただ例外がある。
それはこの屋敷内にいる時だ。理由は一つ。
マリアンヌとは異なるが、この屋敷の光は心なしか他の場所よりも優しく美しいからだ。

「エルランドも思うでしょう?」
「ええ」
「お兄様だけよね、わかっていらっしゃらないのは。だからアーロン殿下が“ヤキモキ”するんだわ」
おませ──マリアンヌはの公爵家自慢のである──な発言にエルランドは思わず笑ってしまう。
時々まだまだ可愛らしい少女でいるのに、友人や侍女、そしてもしかしたらメイドたちか会話を聞き齧って、こうやって理解しているのかいないのか、の発言をする。
「マリー、もう少ししたら戻ろうか」
「いやです!お兄様もう少し堪能したいのです」
「うーん、ぼくとの庭の散歩を堪能したいって言ってくれるのは嬉しいけど、そろそろ戻らないと……ほら、マリーの好きな香りもしてきたんじゃない?」
言ってノアは魔法を使う。
絶妙なコントロールで、マリアンヌにいい香りだけを届けた。
簡単にやってのけるが、目的の場所から香りを風に乗せピンポイントでマリアンヌに届けるなんて芸当はなかなかできない。
「あっ!大好きなパイの香り!!」
「お母様とお父様もそろそろ向かっていると思うから、ぼくたちもいこう?」
「はい!」
お兄様エスコートしてくださいませエスコートですの、と甘えるマリアンヌをノアはエスコートする。

「お兄様、わたくし、だから頑張れますの」

キラキラ輝く笑顔にノアは優しく頷いた。

「ぼくも、マリーが誇れる兄でいられる様に、頑張るよ」
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