運命なんて要らない

あこ

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番外編

★ アンジェリカ様、暴走する(最近はつねに)

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王城の中にあるアーロンの部屋から見える四阿ガゼボ
そこにいるのは王太子となったアーロンと彼の婚約者ノア、そして二人が姉と慕うアンジェリカ。あと彼ら三人それぞれの従者である。
フカフカのクッションに座り、少し崩した姿勢はこの三人しかいないという状況だからこその姿だろう。
ノアは大きなクッションを抱き抱えそこに顎を乗せ、アーロンは遠いところを見るような目をしたままテーブルに肘をつけ手で顔を支える。
正直に言って従者が確実に注意するレベルの酷さ。室内であれば「外ではなさいませんよう」と言う注意程度でも、外である今ははっきりしっかり注意をするだろう。
しかし、アーロンとノアの従者トマスとエルランドはそれをしない。
アンジェリカの侍女シシリーは終始、注意すべきだけれど難しいと悩むトマスとエルランドに申し訳なさそうな顔をしている。
正直シシリーが注意を促したいと思っていた。
しかしそれは行儀の悪いアーロンとノアにではない。

自分の大切な大切な主人。
アンジェリカカールトンにだ。


「もう、聞いているの?聞きますと言ったのは、お二人ですのよ!」
王太子とその婚約者にこんな接し方をするのは、アンジェリカ一人くらいだろう。
アーロンとノアはアンジェリカを「姉」と公言していたし、アンジェリカも二人を「可愛い弟」と公言していた。
“第一王子廃嫡事件”によりアンジェリカは王子の妃とはなれなくなり、それにより二人にこんな形で接する事は難しくなるはずだったが、そこはアンジェリカでありこの二人。
TPOを、必要な時はので今までと同じで問題ないと見解は全員一致。なので“今まで通り”、義姉と義弟──確かにこれに間違いはないのだけれど──という関係を幸せに続けていた。
「二人がちゃんと聞くと言ったのよ!もう!」
プリプリ怒るアンジェリカにノアとアーロンは無言。しかし心の中では
(言ったけど、とは思わなかったんだもん)
とノア。
にこうとは思わなかったんだ……)
こちらはアーロンである。
アンジェリカは二人の心の中に気がつかず──仮に気がついていても“確かに聞くと言った”と言う“言質”を持って知らぬふりを決め込むだろうが──両手を胸の前で組んだ。
「わたくし、キュンって死んでしまうかと思いましたの」
「……キュンで死ぬなんてないよ、大丈夫」
「なんですって!?」
「死ぬ場合もあるかもしれない……」
キュンで死なないと突っ込んだのはアーロン、反撃にあったアーロンの代わりにしたのはノアである。
大好きな婚約者ノアと共にいる時には滅多に思わない事だが、アーロンは突然ここだけでいいから雨降らないかなと思っていた。そうしたらお開きになるのに。と。
残念ながらそんなアーロンの気持ちを笑うかのように、空は雲一つない青空をアーロンに贈っている。
「お義父さまが婚約者を決めていなかった事、僥倖ですわ!あんなにも愛らしいマリーだもの」
ね、とキラキラ眩しい笑顔が直撃した二人は
(アンジーお姉様だから、いても排除してそう)
(上手に婚約者を抹殺……じゃない、婚約白紙に持っていくと思う)
最初がノア、次がアーロンの心の声だ。
覗かないが、三人の従者もそれぞれ似たような事を考えただろう。なにせ、それがアンジェリカカールトンなのだ。

「演目を涙なくしては見れない恋愛にしたわたくし、天才だと思うの」
「そんなところで天才と自覚しなくても」
「アンジェリカ姉様は天才だよ、大丈夫」
ノアとアーロンの返事の“いいところだけ”聞き取ったアンジェリカは笑顔で頷く。
「『途中はどうなるかと思っていたんです……お二人が添い遂げる事できてよかった……』なんてほろほろ涙を流すマリー……ああ、尊い」
「最近ぼく、『尊い』にぼくの知らない意味があるんじゃないかって思う事がある。辞書はまだぼくの知る尊いのままかな?」
言うとサッとトマスがアーロンに辞書を差し出す。どこから出した、なんて誰も聞かない。
ついでに、なぜ尋ねたノアではなくアーロンに渡したのかも、誰も聞かない。
「辞書によると色々あるけれど、この場合は『価値が高い、すばらしい』かな。高貴とかもあるよね」
トマスから辞書を受け取り調べたアーロンは淡々と応え、ノアは「はあ」と言って
「ぼくの妹の泣き顔にすごい評価がついてる……こわい」

マリーこと、ノアの実の妹マリアンヌと婚約を果たしたアンジェリカはあれ以来、アーロンとノアの前で惚気る事惚気る事。その勢い、止まる事を知らない。
毎日顔を合わせていても、前日のマリーの可愛さなどを延々と語る事が出来るほど、アンジェリカは暴走している。
タチの悪い事に、本人も
マリーが可愛いのが罪なの。だそうだ。さすが、マリーをと言っていただけの事はある……のだろうか。
その辺りは不明だが、アンジェリカの実父が「お願いだから、ほどほどにしてね。のは良いんだけど、落ち着いて」と優しく“お願い”する事を考えると、推して知るべし、なのかもしれない。
なにより、三人でお茶会をする時、今までであれば三人とも同じくらい紅茶を飲んでいたが今では少し違っているのも“判断材料”にいいだろうか。
とにかく喋るアンジェリカがよく飲む。アーロンとノアの前では淑女の鑑を放り出した──────いや、マリアンヌとの婚約で淑女の鑑がのだろうか。どちらにせよよく喋るから喉が乾くのだろう。とにかくよく飲んだ。
対して二人は聞いているだけで気持ちからいっぱい。
最近ではケークサレやチーズが効いた少ししょっぱいクッキーも並ぶようになり、二人は時々それを無心で口に入れている姿もあった。
今もそうだ。
花を撒き散らしそうなアンジェリカを前に、アーロンとノアはちょっとしょっぱいクッキーをもそもそと齧っている。
美しい庭園を見ても癒されない気持ちを、お菓子と一緒に飲み込んでいるのだろう。それでもダメなら濃いめの紅茶で流し込むのだ。

「観劇の後はあの美しい庭園でデート。エスコートにいまだに慣れなくてはにかむマリーが愛らしいの。絵師を連れ歩きたいほどよ!送り届けた時もおわかれの挨拶に手の甲にキスをするのだけど、その時の表情がもう可愛いの!最近は『アンジーさま、おやすみなさいませ』って顔を真っ赤にして手をぎゅっとしてくれるのよ!もう、ほんとうに、ほんとうに、わたくし、キュンって死んでしまいますわ。絵師を連れ歩けないかしら?わたくし、そういうもある気がするのよ」
「絵師を?わざわざ?」
素直に訝しげな表情で聞き返したアーロンにアンジェリカは挑発的な顔を向ける。
ノアは変わらずもそもそとクッキーを齧った。下手に二人の間に入るのは危険だと、彼の本能が告げている。
最近、ことアンジェリカがに“それ”を感じた場合は自分の本能には従った方がいいと、ノアは身をもって理解していた。
アンジェリカはフフと挑戦的な笑顔でアーロンに言う。
「その時はラフなスケッチで十分なのよ?あとで描かせるんだもの。絵師が想像して描いたのではなくて、実際を見て描いているからこそ、その絵に意味があるの。ならどちらにせよ同じだなんて思っていないでしょうね?同じなんかではないわよ。本当の表情は絵師の想像で作れるものじゃないの!エスコートに照れるマリー、感動して泣く可愛いマリー、わたくしを見つめてまだ形にならない感情を健気に向けてくれるマリー……はあ……。いいこと?同じ感情を持っても同じ顔は二度とないのではなくて?その瞬間にしか出会えない、その時だけ出会える、愛しの婚約者の表情を何度も眺めたい……。そう思う人間は多いはずよ!絵師を連れていれば、それが叶うかもしれないのよ」
「アンジェリカ姉様みたいな人、他にいるかどうか」
「まあ、よくそんな事が言えるわね、アーロン!」
アンジェリカは畳んだままの扇子をビシッとアーロンへ向ける。
呼び捨てな上にこの行動。シシリーの顔にはデカデカと「うちのお嬢様がほんッッとうに申し訳ありません!!!」と書かれている。
対してトマスは「時と場合を考えてくださっていますし、アーロン殿下も気にしませんから」と顔に書いて返事をした。
ノアはやっぱりクッキーをもそもそ食べていて、エルランドが紅茶を注いでいる。この二人は戦線を離脱する事を早々に決めたらしい。

「アーロンを見つめて『アーロン様が好き』と言った瞬間のノアの顔、まるで愛らしい精霊のように精霊魔法を使う可憐なノアの姿、はにかみながら『アーロン……さま』と言うノア!その瞬間を切り取って手元に置き、何度も見つめたい!そう思わないと言うの!!?この、可愛いノアの婚約者のくせに!思わないと言うの!!?信じられませんわ!!人間ですの!?ノアはさすが、そう唸るほどこんなにもこんなにも内面も外見も可愛らしいのに!!人間ですの!?ありえませんわ!!」
真っ先に反応したのはノア。クッキーがおかしなところに入りそうになって、咽せかけた。
次はアーロンだ。目をまん丸にしてアンジェリカを見ている。
「どう?アーロン、あなたはそういう瞬間、手の中に欲しくはなくて?」
ツンと顎を上げ口を少し上げて畳み掛けたアンジェリカ。アーロンは暫く黙っていたが
「……なるほど!確かに。アンジェリカ姉様の言う通りだ!」
「でしょう?」
今度こそ咽せたノアは何とか治めて
「ええええ!!?言う通りなの?え?今の、同意しちゃうポイントあったの?」
感動した様子でアンジェリカと頷き合うアーロン、理解出来ないと引き気味のノア。
三人の従者は黙って動かない方向で決めている。
「ノアのそういう顔、僕は何度も見たい」
「いや、そんなキラキラした顔で言われても……同じ事があれば同じような顔すると思うよ?」
「なんてことを言うの、ノア!同じ顔じゃなくてよ!だってエスコートに照れるのも、手の甲にキスを送った時の反応だって、いつかは無くなってしまうのよ!?今だけなの?もちろんおばあちゃんになったマリーだって、わたくし、今と同じ、いいえ今以上に愛していると思うわ。でもね、愛おしい婚約者の愛らしい顔はいつまでも残しておきたい!それが婚約者ってものよ!」
「えええ……ぼく、思わないよ……」
「僕は思うね」
「えええ……アーロン様まで本気なの?えええ……」
ノアはちらっと後ろを振り返る。
エルランドもトマスも苦笑いしか返してくれない。シシリーは心底申し訳ないと言う顔だけである。

「今度、絵師を数人呼んで、四人でお茶会なんてどうかしら?」
「うん、予定を立てよう。アンジェリカ姉様の好きな場所でいいよ」
「ありがとう。日はアーロンに合わせるわ」

どんどん進んでいく二人の会話。
止めたくても二人を止める事が出来ないのはよく分かっているから、ノアは黙ってやっぱり紅茶をお菓子を消費するだけ。
ちょっと助けてと言っても、エルランドもトマスもシシリーも出来ないと首を振るのも分かっている。
そして妹マリアンヌに「お互いの婚約者が変な事を考えている」と言って阻止したいから手伝ってと言っても無理なのも分かっていた。
(だってマリーはアンジーお姉様に笑顔で『だめかしら?』って言われるとダメって言わないもんね)
──────その瞬間の表情を切り取っておきたい。愛おしい婚約者だからそう思う。
そう言われたって恥ずかしい。それを本人の知らないところでやってくれるのならいくらでもやってほしいけれど、絵師を呼びそんな瞬間を待ち構えられるなんて、この上なく恥ずかしい。
二人の事だ。その瞬間を発見したらはっきりと「今の顔!」と言うに違いない。
そうしたら恥ずかしいし照れるではないか。その顔が愛おしいと叫んでいるのと同じなのだから。
「でも、ぼくも止められないな。だってアーロン様にお願いされたら弱いし」
恥ずかしいけれど二人を止めるのは無理だとノアは諦めた。
でもそれも一度だけにしてもらおうと、それだけは諦めず交渉しようと思っている。
切り取りたいほど愛おしいと思ってくれるのは嬉しけれど、自分を溺愛しているアーロンがどれだけの絵を描かせるか、想像するだけで羞恥で叫び回りたくなってしまう。

「それに、絵を見て可愛い可愛いって言ってもらうよりも、ぼくに言ってくれたほうがぼくが嬉しいからね」

呟くノアの前で婚約者を溺愛する二人はまだ相談を続けている。
それを見て、この瞬間を切り取ってもらいたいかもと考えてしまったノアは、思わず声を上げて笑った。
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