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番外編:本編完結後
𝟞 snug, snug.
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煙草の匂いがしなくなった。
例えばシーツとか、洋服とか。もっと言うと家具とかからも。
洗えるものは洗えってしまえばあの香りも消えて無くなるけれど、それでもどうしてなんとなく香っている気がしていたそれらから、家のどこかで香っていた気がしていたあれが──────あの独特の煙草の匂いがゼロになった。
一番その匂いがなくなったと思うのは、きっとそこだろう。
そう──────今も隣で同じように全裸になっている男の指、とか。
「カイト?」
セックスの後、ウトウトとしながらシーツの上で微睡んでいるカイトは名前を呼ばれて、ゆらゆらと視線を上げる。
自分を見下ろすのは暴君だ。
大学生活には“概ね”満足しているが、それでもやっぱりたっぷり疲れる。
今日もそんな調子の日で、気分転換しよう、疲れを取ろうと、風呂にリト一押しバスボム──そして同時にカイトの一番のお気に入りにもなった──を入れてのんびり楽しんでいたところに、この家の暴君巽が帰ってきたのは二時間以上前の事だった。
浴室に突如乱入してきた巽の暴君よろしくな行動によって、そこはすっかり“のんびり楽しむ”場所ではなくなってしまい
(暫くあのバスボム、変なこと思い出しそうで使えない。お気に入りだったのに……うらむ)
なんてカイトに思わせる事になった。時折大胆な事もしてくれるカイトではあるが、実は意外と、彼は純情である。
浴室で体を汚し、浴室で体を綺麗にして、カイトの当初のゆっくりする予定を大きく変更させられた今、こうして綺麗に整えてあるシーツの上だ。
肌触りの良い布団カバーに包まれた掛け布団がカイトの体を覆う。
疲れ切ったカイトはじっくり暖かくなってくる布団の中で、漸くゆっくりする時間を手に入れている。
そしてカイトをまさに文字通り好き勝手にしつくした巽は同じようにその布団の中に入り、けれどどうも寝る気はないのか、ヘッドボードに押し付けるように積み重ね置いたクッションにもたれ掛かるようにして本を読むために上半身を起こし座っていた。
「んー……巽さん、寝ない?」
「その顔を見ていたい」
本を片手に何を言っているんだと顔に出したカイトは、それを口からも出す。
うつらうつらとしているからか、いつもよりも口も顔も素直のようだ。
「本、読んでる、のに?」
巽は小さく笑って
「これはお飾りだ。本当はくたくたになって可愛い顔してうとうとしてるカイトの顔を見てたんだけどなァ。凝視してるとお前、文句言いそうだからよォ」
いつもは好き勝手するくせに、とカイトは笑って手を伸ばす。すぐに触れた巽の筋肉質な太股に手の甲を当てる。なんとなくだ。
日に焼けるのを気にしない巽は海に行けばすぐに真っ黒くなる。対してカイトは巽とリトに「赤くなって痛い思いするんだから」と日焼け止めを塗られてしまう。
事実その通りではあるのだけれど、カイトはほんのりでも小麦色に焼けてみたいと言う希望を今も捨てていない。
まあ最も、過保護な二人──リトと巽である──がいる限り小麦色の肌を手に入れる事は出来ないだろうけれども。
そんな羨ましい体質の巽の上半身を見つめていると、巽は暴露したからだろう、お飾りの本をサイドテーブルに置くために上半身をひねる。
健康的に、必要以上の気もするけれど、筋肉のついた背中が綺麗だとカイトは思った。
ついでに言うと、筋肉が付かないカイトはそれもちょっと羨ましい。
「ハッ、背中に見とれてたか?」
ニヤリと笑った巽が聞く。
「綺麗だけど、似合いそう」
そう思って見ていた、とカイトは言う。
巽は首を捻って
「何が?」
カイトは巽の顔ではなく、今は見えなくなってしまったあの大きくて広い背中を思い浮かべた。
そこに別になくて良いけれど、きっとあっても似合いそうな
「タトゥー、というより……うん、刺青」
「……同じだろう?言い換えてまで言う、その違いはなんだよ」
「ドラゴンと、龍みたいな?なんていうか、おれの想像してると言うか、持ってるイメージみたいな、そんなかんじのちがい」
戸惑った様子もあった巽だが
「なるほどね」
ゆったり言われたそのカイトの言いたい事を理解して、巽はくしゃりとカイトの頭を撫でる。
目を細め受け止めるカイトのこの姿が巽は愛おしい。
こんな時、もっと柔らかく優しい目つきだったらもっとこの感情が伝わるのではないか、と巽は何度と思っている。
でもカイトはこんな自分の顔からでも、目つきでも、この感情を受け取ってくれていると分かってもいた。それでも伝えきれていないと思うから、つい考えてしまう。
きっとカイトに言えば「何言ってるの?」と、意地悪い感じで鼻で笑って言われてしまうのだろうが。
「で、似合いそうだからって勧める気か?」
「悪ガキの時代にしてそうって思って」
「親父に反抗してたんだぜ?彫ったら同じになりそうで、絶対にしねェって決めてたんだよ。それに面倒クセェよ。彫ってしまいじゃねぇぞ。ものによっちゃ数回かかって面倒くせェ」
「そっか」
掘ればそれで何もしなくて良いものなのだろうとそんな気持ちでいたカイトは、それでも行程を知らないから曖昧な返事をする。
巽は気にはしない。
何せカイトは半分眠りの世界に入ってしまっているような表情だ。
きっと今何を聞いても半分以上覚えていないだろうし、もしかしたら自分が何を言ったかもほとんど覚えていないかもしれない。
「今となっては悪ガキの俺が入れなかった事に感謝してるがな。これからも入れねぇよ。一生な」
「ん、な、で?」
「カイトが俺と行きたい場所に、どこでも行ける方が良い。お前一人では当然、他のやつとしか行けない場所なんざ、なくていい。それに体に何かつけるなら、お前の歯型や爪の跡が一番良い。あれにゃ、愛があるからなァ」
真顔でこう言い切った巽は、言われた事を反芻してる顔のカイトにキスをした。それを何度もしながらカイトの隣に寝そべって、その体を抱き込む。
布団の中にいて、眠たくなっているカイトの体は巽の体の芯から温めるほどに暖かい。
「ふふ、しあわせ」
何についてか分からないけれど、その言葉で十分だと巽は「俺もだ」と返事をして目を閉じた。
例えばシーツとか、洋服とか。もっと言うと家具とかからも。
洗えるものは洗えってしまえばあの香りも消えて無くなるけれど、それでもどうしてなんとなく香っている気がしていたそれらから、家のどこかで香っていた気がしていたあれが──────あの独特の煙草の匂いがゼロになった。
一番その匂いがなくなったと思うのは、きっとそこだろう。
そう──────今も隣で同じように全裸になっている男の指、とか。
「カイト?」
セックスの後、ウトウトとしながらシーツの上で微睡んでいるカイトは名前を呼ばれて、ゆらゆらと視線を上げる。
自分を見下ろすのは暴君だ。
大学生活には“概ね”満足しているが、それでもやっぱりたっぷり疲れる。
今日もそんな調子の日で、気分転換しよう、疲れを取ろうと、風呂にリト一押しバスボム──そして同時にカイトの一番のお気に入りにもなった──を入れてのんびり楽しんでいたところに、この家の暴君巽が帰ってきたのは二時間以上前の事だった。
浴室に突如乱入してきた巽の暴君よろしくな行動によって、そこはすっかり“のんびり楽しむ”場所ではなくなってしまい
(暫くあのバスボム、変なこと思い出しそうで使えない。お気に入りだったのに……うらむ)
なんてカイトに思わせる事になった。時折大胆な事もしてくれるカイトではあるが、実は意外と、彼は純情である。
浴室で体を汚し、浴室で体を綺麗にして、カイトの当初のゆっくりする予定を大きく変更させられた今、こうして綺麗に整えてあるシーツの上だ。
肌触りの良い布団カバーに包まれた掛け布団がカイトの体を覆う。
疲れ切ったカイトはじっくり暖かくなってくる布団の中で、漸くゆっくりする時間を手に入れている。
そしてカイトをまさに文字通り好き勝手にしつくした巽は同じようにその布団の中に入り、けれどどうも寝る気はないのか、ヘッドボードに押し付けるように積み重ね置いたクッションにもたれ掛かるようにして本を読むために上半身を起こし座っていた。
「んー……巽さん、寝ない?」
「その顔を見ていたい」
本を片手に何を言っているんだと顔に出したカイトは、それを口からも出す。
うつらうつらとしているからか、いつもよりも口も顔も素直のようだ。
「本、読んでる、のに?」
巽は小さく笑って
「これはお飾りだ。本当はくたくたになって可愛い顔してうとうとしてるカイトの顔を見てたんだけどなァ。凝視してるとお前、文句言いそうだからよォ」
いつもは好き勝手するくせに、とカイトは笑って手を伸ばす。すぐに触れた巽の筋肉質な太股に手の甲を当てる。なんとなくだ。
日に焼けるのを気にしない巽は海に行けばすぐに真っ黒くなる。対してカイトは巽とリトに「赤くなって痛い思いするんだから」と日焼け止めを塗られてしまう。
事実その通りではあるのだけれど、カイトはほんのりでも小麦色に焼けてみたいと言う希望を今も捨てていない。
まあ最も、過保護な二人──リトと巽である──がいる限り小麦色の肌を手に入れる事は出来ないだろうけれども。
そんな羨ましい体質の巽の上半身を見つめていると、巽は暴露したからだろう、お飾りの本をサイドテーブルに置くために上半身をひねる。
健康的に、必要以上の気もするけれど、筋肉のついた背中が綺麗だとカイトは思った。
ついでに言うと、筋肉が付かないカイトはそれもちょっと羨ましい。
「ハッ、背中に見とれてたか?」
ニヤリと笑った巽が聞く。
「綺麗だけど、似合いそう」
そう思って見ていた、とカイトは言う。
巽は首を捻って
「何が?」
カイトは巽の顔ではなく、今は見えなくなってしまったあの大きくて広い背中を思い浮かべた。
そこに別になくて良いけれど、きっとあっても似合いそうな
「タトゥー、というより……うん、刺青」
「……同じだろう?言い換えてまで言う、その違いはなんだよ」
「ドラゴンと、龍みたいな?なんていうか、おれの想像してると言うか、持ってるイメージみたいな、そんなかんじのちがい」
戸惑った様子もあった巽だが
「なるほどね」
ゆったり言われたそのカイトの言いたい事を理解して、巽はくしゃりとカイトの頭を撫でる。
目を細め受け止めるカイトのこの姿が巽は愛おしい。
こんな時、もっと柔らかく優しい目つきだったらもっとこの感情が伝わるのではないか、と巽は何度と思っている。
でもカイトはこんな自分の顔からでも、目つきでも、この感情を受け取ってくれていると分かってもいた。それでも伝えきれていないと思うから、つい考えてしまう。
きっとカイトに言えば「何言ってるの?」と、意地悪い感じで鼻で笑って言われてしまうのだろうが。
「で、似合いそうだからって勧める気か?」
「悪ガキの時代にしてそうって思って」
「親父に反抗してたんだぜ?彫ったら同じになりそうで、絶対にしねェって決めてたんだよ。それに面倒クセェよ。彫ってしまいじゃねぇぞ。ものによっちゃ数回かかって面倒くせェ」
「そっか」
掘ればそれで何もしなくて良いものなのだろうとそんな気持ちでいたカイトは、それでも行程を知らないから曖昧な返事をする。
巽は気にはしない。
何せカイトは半分眠りの世界に入ってしまっているような表情だ。
きっと今何を聞いても半分以上覚えていないだろうし、もしかしたら自分が何を言ったかもほとんど覚えていないかもしれない。
「今となっては悪ガキの俺が入れなかった事に感謝してるがな。これからも入れねぇよ。一生な」
「ん、な、で?」
「カイトが俺と行きたい場所に、どこでも行ける方が良い。お前一人では当然、他のやつとしか行けない場所なんざ、なくていい。それに体に何かつけるなら、お前の歯型や爪の跡が一番良い。あれにゃ、愛があるからなァ」
真顔でこう言い切った巽は、言われた事を反芻してる顔のカイトにキスをした。それを何度もしながらカイトの隣に寝そべって、その体を抱き込む。
布団の中にいて、眠たくなっているカイトの体は巽の体の芯から温めるほどに暖かい。
「ふふ、しあわせ」
何についてか分からないけれど、その言葉で十分だと巽は「俺もだ」と返事をして目を閉じた。
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