屋烏の愛

あこ

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番外編

紅葉色

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秋の色が濃くなってきた江戸。
駿河屋の庭も吉村の庭もそれを感じる事が出来る。
「兵馬様、あれは少し色づいてきていますね」
「ああ、そのようだね」
兵馬の義理の母親にあたる──とは言え、兵馬とおとわは本当の親子のようだが──おとわが「涼しくなってきたからお散歩もいいじゃ無い」と兵馬をのは、四半刻前の事である。行く当てもなく放り出されれば兵馬の足はゆづかの元へ動くから、ゆづかを誘い出し二人でこれといった当てもなく歩いているのであった。
歩きながらゆづかは木々の葉が赤く色づいているのを見つけると隣を歩く兵馬に教え、兵馬はそれに短いが答えていく。
言葉だけ見れば兵馬が釣れない反応ばかりに見えるけれど、返事をする際は必ずゆづかを見ている上に、声が優しいから──普段の彼からすれば、と注釈をつけて──そう感じる事は無い。

だから解るのだ。
おとわが言う「うちの兵馬の一目惚れなの」が本当なんだな、なんて。

のめりの下駄は鮮やかな鼻緒が飾る。
兵馬とお香の見立てだ。
ゆづかの着物の裏地も少し可愛らしいもので、これはおとわ。
少しずつだけれど確実に、ゆづかの心も色づいているのかもしれない。
「ゆづか、少し休もうか」
優しく頭を撫で兵馬が言えば、ゆづかは見上げ頷く。
二人のあるく先には、こじんまりとした茶屋が賑わう出店に混じって有った。
外の長椅子に腰掛け兵馬は団子を幾つかと茶を頼み、ゆづかは自分の隣に置いてあった煙草盆を兵馬に渡す。
小振りではあるが綺麗な形で、少しばかりこの店とは不釣り合いだ。
(店主の趣味か……)
どうやら随分と趣味のいい店主らしい。
店内にいくつか不釣り合いな小物が見えて、兵馬はそう取る事にした。
「兵馬様?」
「いや、なんでもないよ」
ゆづかは言われて小首を傾げたのち、また通りを眺める。
賑やかで楽しそうな顔が溢れている場所。風車やでんでん太鼓から、綺麗な櫛まで様々な売り子が声を出す。
(可愛い事を)
独り言ちたのは兵馬。
ゆづかは本人が言うように、可愛いものや綺麗なもの、そうしたものの趣味趣向はきちんとある。
本人はそんな事していないと言うだろうと兵馬は考えているけれど、可愛いと思うものや綺麗だなと思うものに視線を送る事が随分と増えた。
(それだけ俺に心を開いてくれているのなら、嬉しいものだね)
素直に兵馬はそう受け取る。心を開いていくからこそ、感情を隠さなくなってきたのだと。
団子の香りではたと気がついたらしいゆづかは、兵馬と自分の間に置かれたそれらにはにかむ。
「何か楽しいものが見つかったのかな」
「あ、その」
「私はね、ゆづか。お前のその姿を見るのが好きなのだから、そう申し訳ない顔にならないでほしい」
優しさに「ごめんなさい」と言うよりも「はい」と言う方が兵馬は優しく笑って──あくまで兵馬なりに、だけど──くれるから、ゆづかはやはり「はい」と頷いた。
「ほら、温かいうちに食べよう」
「みたらし、美味しそうです」
細い指が串をとる。綺麗な所作で食べていくゆづかと変わり、今度は兵馬が通りを眺めた。

「さて、どれがいいかな?」

食べ終わり少し休んでから、通りの向かいの出店に二人は向かっている。
ゆづかは半ば強引に、だったけれど。
「どれって突然言われても」
「困る事はないと思ったんだが」
和菓子で紅葉を表現するように、ちりめんで表現されている帯留めを迷わず兵馬は手に取り、ゆづかは目を丸くして兵馬を見上げる。
「大丈夫だよ」
「だって、こんなに明るい色、私に」
似合わない、とは飲み込んだ。おとわからの「飲み込んでみるのはどうかしら?少しは変われるかもしれないでしょ」と言う助言だけではなくて、兵馬がゆづかの頭にそっと手を滑らせたからだ。
その優しさに言葉がひっこんでしまった。
「好きなものを好きなように身につけるのも、私は悪くはないと思っているよ。第一ね、ゆづか。お前の顔ならこうした可愛らしい色がよく似合う」
ゆづかの口が開く。しかし何かを言う前に兵馬はそれを買い求めてしまった。
そのままそれを袂に入れ、ゆづかの手を取り来た道を戻る。
ここに来るまでと同じ道だが、歩く方向の違いか、どこか見える景色が違うなとゆづかはぼんやり見つめた。
(それとも、兵馬様の袂の中身のせい?)
一つの物事が景色を変えてしまう事を、ゆづかは様々な理由で知っている。
だからそれも見える景色が違うと思う理由だろうか、と兵馬の揺れる袂を見た時だ。

「ゆづか。無理強いさせるつもりはないんだよ」
「兵馬様?」

手を繋がれたままのゆづかは、自分の歩く速度に合わせ歩く兵馬に視線を移す。
「ただね、誰がなんといっても、誰が何に気がついても、私がお前を必ず守る。だからどうか──────そうだね、三十に一度でいいよ、可愛いと思ったら可愛いと言ってくれたら嬉しいね」
「可愛い、くらい、私も」
「言っていないね?自分に関する、自分が身につける可能性があるものは、お前は自分の趣味趣向をなかなか口に出してくれないからね」
自覚はあるゆづかは黙り込んだ。
「怒ったわけではないよ。だって、お前はだから」
「え?」
「私がどうして、今日買ったあの帯留めを迷わず手に取ったと思う?」
解らないとゆづかは呟く。
兵馬の足が止まった。
「お前は言わないけれど、見て教えてくれると知ったからだよ」
いつの間にか随分と吉村に近づいていたと、ゆづかは兵馬の後ろの景色に思う。
「ただ私はワガママだから、お前の口から『これが可愛い』と折節言われたくなる。勇蔵さんやお香さんよりも、誰よりも、私はお前のそうした事を知る人間になりたい。こんな事を言えば勇蔵さんはおろかお香さんにも怒られそうだけれど、一番知っている人間になりたいのさ」
恥ずかしげなく言う兵馬は珍しい。言うのがではなく、外で言うのがけれど。
「兵馬様、私はまだ、怖くて不安になるんです」
「知っているよ。だからこれはワガママだと」
「でも」
「でも?」
きゅっとゆづかの手に力がこもった。兵馬の手と繋がった方も、自由な方にも。
「私も、兵馬様に知っていただきたい。だから、少しずつ、言葉に出してみます」
ふわり、と頬を染めて笑うゆづかに兵馬は見惚れた。
ゆづかの手を握っていない手で思わず無意識に口を覆った。でなければ何を言うか自分でも兵馬は解らない。
幸せそうな笑い顔。見てみたいと願った様々な笑顔。その一つが目の前でこうも見れた事に、兵馬はカッと熱くなる。
(らしくない)
思っても無駄だった。

「私も変わらなければなりませんよね。兵馬様に愛し続けていただけるために。紅葉のように人の目を楽しませる事は出来ないけれど、秋が来たら素直に変わる色のように、少しは素直になりたい」

何かの歌のように紡ぐのは本音。
外でゆづかが──人がいないとはいえ──言うのだから本気の度合いは嫌でも解る。
「兵馬様?あの」
恐ろしく無自覚で大きな愛の告白に、兵馬は口を覆っていた手で顔を覆う。
隠しきれなかった顔の赤さにゆづかは気がつかない。

「素直なゆづかは愛らしいが、参ったな、私の心が持ちそうにない」

ぽつりと落とせばゆづかはきょとんと瞬いて、兵馬は早く顔の熱が下がれと自分に叱咤した。
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