屋烏の愛

あこ

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本編

04

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庄三郎は別に“遊び人”ではなかったし、妻以外に惚れ込んだのは後妻のおとわだけだった。
それでも彼はが得意な方で、おとわに関してはの手腕でもって花魁にまでなった──とはいえ、庄三郎がさっさと身請けしてしまったのでその期間は短いのだけれど──女だ。
両親が反対しないのならこれほどまでにがいるのは心強い物かもしれないが
「まさかそんな所だけ違うなんて……」
気を持たせて持たせてと、どちらかと言えば。完全にそこの部分では馬が合わなかった。
しかし互いに兵馬の恋を応援しようと言う“気迫”だけは十分で、間に立った兵馬としては「兄二人に気が付かれない様にして下さい」と言うだけで精一杯。
ここまで気迫十分に応援するのは全て、男色について受け入れたにも拘わらず兵馬が今まで、あまりにそう言う事に心動かさず親心ながら“心配”していたのだから、これはもう兵馬は自分の所為であると解っている。心配が膨らみ続けた結果、が今の二人なのだから。
半ば公然と同性同士が仲睦まじくしており、それでも兵馬があんな人が羨ましいとか、あぁいう男が良いとか、そう言う事を一切言わなかったツケとでも言えようか。
兵馬の想像を超える程に、そのツケが大きかったが
「……これも親の愛情……って言う事かなと、まあ」
そう思う事にしたようだ。



雲一つない気持ちが良い空が広がる今日。兵馬がぶらりと外を歩いている姿が見れる。
正しくは先ほどまで丁稚を連れ、“ご贔屓さん”のところへ顔を出していたのだが
──────お前は先にお帰り。お前の分まで留守を預かっている丁稚の皆に、落雁でも買って行くと良い。帰り道にあるあそこだよ、解るね?上に取られそうになったら、私が怒ると言えば良いさ。さぁ、気を付けてお帰り。
言って駄賃をやって先に帰したので一人だ。
挨拶をするのは嫌じゃない。店も家も兵馬は好きだ。好きだが、隙あらばの女性は相手が常連だろうがどうにも苦手だった。
(どうしてああも暇を持て余すと……はあ。余計に嫌になりそうだ)
になる気は兵馬にはさらさらないが、そういう事に持って行きたそうな“商家の奥様”は憂鬱になる対象である。
小さく零れた溜息をそのままに、人の賑やかな神社の前の道を歩く。
辻商いが持っている弁慶──棒に束ねた藁を括り付け、そこに髪飾り等の商品を突き刺した物だ──にふと、兵馬の目が止まる。
そういう視線というものは商売人にとって気がつくべき事だから、辻商いの男は兵馬の真横で立ち止まると
「旦那、お探し物で?」
屈託の無い笑顔でそう言った。
「いいや、綺麗な飾りだと思ってね」 
それは兵馬の本心だ。店で売られている飾りも美しいと兵馬は思うが、こうして売られている物だって十分に人を引き立てる。高い物が全てじゃないというのは、小さい頃に感じた事で今も大切だと考えている事だ。
「好い人に贈り物ですかい?」
「……いや、すまないね。残念ながらそう言う人は、いないんだ。ただ綺麗だと、そう思ってね」 
「綺麗かい?嬉しいねえ!それにしたって、こんな色男ほっとくなんてえ、周りは見る目が無いねえ。いや、旦那の目が良すぎるのかねえ。俺はこの辺りにいつでもいるから、好い人が出来たら来ておくれね!頼むよ、旦那っ!」
元気よく立ち去った後ろ姿は気持ちが良い。そんな気持ちの良い男が人ごみに紛れる直前に、思わず男の帯を引いた兵馬のその手は無意識だった。

結わなければさらさらと風になびくのだろう。そう兵馬が思うのはあのゆづかの髪だ。
(長い髪を玉結びで結った髪に、これを挿したいと思ったのはもう勢いだとしか言い様がない……)
手ぬぐいの間に入れて合わせに潜ませた簪は、先ほどの辻商いの男から兵馬が買ってしまった物だ。
彼の母親が作ったという、縮緬の小さな花がいくつも合わさった簪は挿せばそこに花束を差し込んだ様にも見えそうで、兵馬はこの簪が他の誰でもないゆづかの髪に有るべきだと思ってしまった。
岡惚れは苦しいなんて言う奉公人たちの話を耳にした事はある兵馬だったが、いざ自分がそれに似た物に懸かるとあの時「また素敵な人を見つける事が出来るよ」と心で言った自分に反省をさせたくなるというものだ。
(声一つで、落ちてしまった)
兵馬はがっくりと崩れる様に布のかかる長椅子に腰をかける。やって来た茶屋の娘に茶と団子と言い、傍に有った煙草盆を引き寄せた。
見た目も何もかもが兵馬の好みでは全くないゆづかに、会話とも呼べない様な声で落ちてしまったのは兵馬にを教えるには有効だった様だ。
愛想良く茶と団子を持って来た娘に色をつけた代金を払い、串を握り正面の通りを向く。
人のいる場所は活気があって賑やかで、やはり兵馬はそれが好きだ。
今はまるで「頑張れ」と言われている気さえする程に、明るい物は気持ちが良いと兵馬は思う。

「がんばれ……って事かな」 

合わせの上からふくらみを撫でて、兵馬は団子を口の中に入れた。
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