屋烏の愛

あこ

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本編

02

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お使いと言うの折り返し地点でもあるこの船宿で今、兵馬は仮病でもすれば良かったと後悔している。
仮病なんてすれば、過保護気味の兄二人や義理の母親のおとわがそわそわするのが目に見えている兵馬だ。すれば良かった、であって、出来るはずが無いのだがそう思ってしまう。
近くを流れる川の音も、障子越しに入り込む光も、何もかもが心地がいい。その反面、この手の会話は兵馬に取って苦手であった。



目の前でニコニコとと言う養女の話をされている兵馬はとにかく参っている。
可愛く器量良しだと笑う女将を前に若旦那として笑み──本当に申し訳なさ程度の笑顔だけれど、これが若旦那として彼の精一杯である──を絶やしはしないが、この後決まって続くのはいつも同じ。
──────どうかしら、もう良い年ですもの。お嫁さんの一人いたって、おかしくはありませんでしょ?
いつもの流れ。それを想像するとどうしたって崩れそうになる。

「でもね、お嫁さんには……出来なくってね」
「……ええ私もそう……え?」
「やあねえ、おとちゃんの息子にだってさすがにお嫁さんにあげれないわ!」
「……あ、はあ」

しかし女将はニコニコと嫁には無理だ、という物だから兵馬は危なく表情を変えそうになった。
(だから、母さんの知り合いは嫌なんだ。なんでこうもが集まるんだろうか。はあ……)
どこか自分を乱す、しかも向こうにその気は一切無い。勝手に身構える兵馬はこうして勝手に落とされそうになって、嫌になる。
「兵馬さん、嫁にもらってって言われるから、身構えた?うふふ、ごめんなさいね。兵馬さん、男前だものね」 
口元を隠して笑う女将に、兵馬は自分の口元が引きつるのを感じていた。
(自意識過剰も良い所だ……俺も、情けない。いけないな、全くもっていけない)
目の前にもし煙草盆が置いてあればガンガンと煙管を叩いてごまかしたくも有る兵馬は、ふ、と外の声に耳を取られる。
どうやらここの船宿の女中が、この女将の自慢するに挨拶をしているらしい。
兵馬の耳にも届いた声の温かさから察するに、ここのお嬢さんは実の子供であるなし関係なく奉公人達にも愛されているようだと十分に知れた。
それがまるで自分とおとわのそれにも似て、兵馬は、こうやって本当の子供の様に愛され本当の親の様に慕う関係というのが血の繋がりが無い物同士に多くの幸せを運ぶ事を知っているから、同じ様な血の繋がりの無い母と子の幸せに想いを馳せる。
(まあ、これだけお香さんが可愛がっていれば、此所の人達だ。食われちまいますかね)
帰った来た事に安心した様子で座っている女将を見て、兵馬は独り言ちた。
(……さて、もう帰ってもさすがに母さんも良しとしてくれるだろう、うん)
渡して帰って来た。それでは駿河屋の若旦那としての兵馬が意義を唱える。かといっておしゃべり程度の時間ではおとわがを打ちかねない。
兵馬は外に出ない自分を心配するその母親の愛を嫌いではないし、どちらかと言えば好きだ。しかしどうしたって限界は有る。
立ち上がろうと腰を浮かそうとするが、笑顔を湛えたままの女将が兵馬の後ろ──────障子の向こうの女中に声をかけた。

「おけいちゃん、あの子を連れて来てくれないからしら?」

今、兵馬がいる船宿吉村は女将のお香おこうと旦那の勇蔵ゆうぞうが営んでおり、大きな船宿として様々な人間に利用されている。
料理屋への顔が広く『吉村へ』と言えば嫌な顔をされないそうだ。
、というのはあくまで兵馬が庄三郎から「遊ぶなら」と聞いただけで実際の程は解らない。それでも兵馬はそうなんだろうなと思う。それほどに此所がそうである事を直ぐに感じさせる船宿だからだ。
おしどり夫婦と評判の二人には子が出来ず、しかし「可愛い子供」がいるならおとわから兵馬の耳にも入りそうだが
(……ずっと俺に言わなかったんだな。だ)
折角作った用事を「娘がいる店へ行くのが嫌だ」、と突っぱねられるのを感じるおとわがその通り、言わなかっただけである。兵馬の中ではに単身乗り込むと──大袈裟にも聞こえるが兵馬は本気でそう言う心持ちだ──面倒が起きると思い、おとわの使いでもやんわりと拒否をするのが
そしておとわはこれまた兵馬が考えたように、“強制的な散歩の行き先”として良い目的地である吉村に子供が出来たと言う事を言わずにおいた。
しかしこれでも一応大店の三男坊。兵馬自身がなどをもう少し聞いておくべきだっただろう。

世間にもう少し興味を持つべきだった娘がいる場所に行きたくない兵馬が、それでも上手い事を言ってこの店から帰らないのはひとえに“嫁には出来ない”と言われたから。それだけだった。

角部屋の此所は兵馬の左手にも障子がある。そこに影が映り込んだと兵馬がそちらへ目を向けた時
「お母さん、用事ですか?」
高過ぎない声は兵馬の耳にも心地がいい。あまり高い声は兵馬に取って五月蝿い物にも近かった。
「今ね、駿河屋さんの若旦那様がいらしていてね。お前にいつかお使いを頼むかもしれない場所だから、お前にも会っておいてほしくてね」
僅かに開いた間の後、小さく失礼致しますという声に次いで今まで障子に遮られていた昼の光が部屋を満たす。
ゆっくりと部屋に入ったは華奢すぎる印象の小柄な少女で兵馬と目が合うと顔色一つ変えずに、頭を下げた。
その様に兵馬は目を見張る。兵馬はこの見目も手伝ってこの程度の少女になると仄かに頬を染める相手もいるし、そういう娘に多く会う。ここまで何も変えない相手は初めてにも近い存在だった。
「兵馬さん、がっかりなさいました?この子、兵馬さんに愛想良く頬を染めるなんて事、しないんですよ。ごめんなさいね」 
見透かす様な言葉も今はどうでも良い言葉だ。この相手のそれが兵馬には心地がいい。
「あなた様が……」
感慨深げに言うゆずかに兵馬が首を捻るが、ゆずかは小さく頭を下げて終わらせてしまう。
「お母さん、私、お父さんの所へ帰って来た事を言いに行かなきゃ……。兵馬様、ゆっくりなさって下さいませ。何かありましたら外にお声をおかけ下さい」 
そのゆったりとした言葉遣いにも心地よさを感じている兵馬をそのままに、ゆずかはもう一度頭を下げて部屋を後にした。

そんな二人のやり取りを見ていたお香が兵馬を呼び、兵馬がハッとお香を見ると若干困った様な顔のお香と目が合う。
「あの…?」
「あの子、が良い子で。兵馬さんもかしら。ごめんなさいね、私、わね」 
「はあ?」
「気が付かれたんでしょう?あの子の事。あの子も兵馬さんがそれに気がついたと、分かったのかもしれないわ。やっぱり兵馬さんはおとちゃんの息子ね」 
言われても兵馬は何の事かも解らないまま、今度こそはっきりと首をひねってみせる。それをと思ったお香は苦笑いで口を開いた。
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