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high school education
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「──────奏さん、“お遊び”がすぎます」
吹き飛んだのは奏ではなく、マナの彼氏。
彼氏はマナたちのすぐそばまで吹き飛んだ。
誰でも着ていそうな普通のサラリーマンらしいスーツの男が奏を立ち上がらせ、それとは対照的なオイルや塗料で汚れた繋ぎの青年が蹴り上げた足を地面に下ろした。
「なんだ、黒いスーツじゃないんだ。じゃぁ分らないや」
「毎日キョロキョロされていたのはそれでしたか」
「ん。浅倉さん、黒だって言ったから」
奏の制服についた砂や埃をサラリーマン風の男が落としていく。
「そりゃ、黒田の間違いですね」
名前かあ。と納得したらしい奏は繋ぎの青年の向こう、固まっている四人を見た。
「奏さん、軽率な行動はなさらないでいただきたい」
奏は適当に頷いて、動けないらしい四人の前にちょこんと座る。
「だって、センパイたちが遊んでってしつこいんだもん。ね?」
にっこり笑う奏は可愛い。しかし得体の知れない男二人が現れ、頼りにしている一人は倒れたまま動かず、もう一人は完全に恐怖で凍りついている。そんな中、マナとジュリは何も言えず何も動かせない。
「センパイ、ぼくの持ち主に、ぼくと遊びたいって言ってくれるんだよね?」
その発言にビキリと、奏の背後の男たちの顔が固まる。
それをみたマナとジュリも顔を一層ひきつらせるから、奏は振り返り二人に言った。
「睨まないで、怖がってるじゃん。笑顔笑顔!二人とも睨みつけるより笑顔の方がイケメンに見えるよ!」
「で、すが」
「それは、ちょっと、さすがに……な、なあ、兄さん」
「ちょっと、やめた、ほうが」
「二人は黒田さん兄弟なんだ。インテリ風お兄ちゃんと、ヤンチャ系弟さんなんだね!覚えとく」
いや、突っ込むべきはそこじゃない。と二人がどうしたものかと黙り込んでしまったのを見て、マナとジュリはこの三人の関係をなんとなく理解した。
奏が言った事に二人は逆らえない。
こんな怖い人を奏は一言で黙らせる事が出来る。
なんだ、奏についてた方が自慢出来るじゃん。なんて。
「か、かなでくん」
「ん?」
「ジュリ、かなでくんといっしょにいっていいの、かな?」
「マナも、いいのかなあ?」
「うん、遊ぶんでしょ?」
奏はにこやかに返事をし立ち上がる。マナとジュリもパッと立ち上がった。
サラリーマン風の黒田は顔面蒼白で電話をしているし、繋ぎの方の黒田は逃げたい気持ちでいっぱいの顔をしている。
奏はそんなの完全に無視だ。
だって今の彼は、高校生の澤村奏ではない。
やられたら時々やりかえす、椿田龍二の可愛い澤村奏なのだ。
「護衛がわりに、その彼氏先輩とかも一緒に行かなくていいの?」
「え?」
「だって、護衛がいるでしょ?いてもいなくても、同じかも知れないけど」
「え?」
なんの事を言ってるのか解らない二人は、大切な事を忘れている。
ここは危ないところだ。
なのにどうして、こんなに大騒ぎをしたのに、余所者が入るのを快く思わない“不良たち”がなにもしてこないのか。
どうして、誰もこの路地を覗きさえしないのか。
「黒田さん、あ、お兄さんでも弟さんでもいいんだ。車回してください」
「え!!?」
「ど、っどこに、いかれるおつもりで、っすか」
「海さんが超面倒臭いってお座なりに経営中のホテル。遊びに行く」
「言い方ひどっていうか、ちょっ!?まずいっす、まずいっすよ!やばいですから!」
「脱童貞する!俺も男だし」
「いやいやいやいや!!!!!それはまず──────ぃ、と、思い、ますけど、アウト、で、す」
顔色悪いなんて通り越した顔色の、繋ぎの黒田の視線を奏は追いかけ破顔。
「あ、龍二さん、ちょうど良かった!俺、このセンパイたちと3Pする。脱童貞だよ、お祝いしてね」
臆面なく言う奏。顔面蒼白の兄弟。そして突然現れた男。
マナとジュリはごくりと息を飲む。
「あ?童貞のクソガキが偉そうに、3Pだァ?」
車から降りてきた龍二は意識は戻ったものの痛みで転がったままの彼氏と固まったままの少年を横目で見て、気にもせずに通り過ぎる。
初めて対峙する圧倒的な威圧感に息をしているかさえ分からなくなりそうな、そんな息苦しさを四人は感じていた。
気が遠くなるような錯覚を奏の声が振り払う。
「偉そうでもいいよ。センパイ、ほら、約束したでしょ?」
「え!?」
ハッと奏を見上げると、笑顔の奏の横に立つのはあの男。
奏は隣に立つ男を指差して
「この人に俺と遊んでくるって言ってくれるって」
「え、な、この人が、お父さん?」
現実逃避だとマナは分っている。直感だ。目の前の男が奏の父親のはずがないのは判る。
そして四人は今の状態が今までのどんな状態よりも最悪である事も。
「違うよ」
可愛い笑顔。
この笑顔を隣に据えて、私のものよと自慢しよう。
そう思った。そう出来る自信があった。
そんな過去の自分にやめろと彼女たちは言いたい。
過去に戻れないのだからせめて奏に、もうこれ以上何も言わないでとすがる視線を向ける。
その視線の意味を理解して、それでも奏はやはり可愛い笑顔で悪びれもせず言った。
「この人が俺の持ち主。俺はね、この人のものなの」
ガクガクと膝が震えた二人はコンクリートに座り込んだ。
隣の彼氏たちも立ち上がる様子がない。
奏はその四人を笑顔のまま見下ろす。
「俺、多分ね、センパイたちのテクニックじゃ勃たないけど、試してもいいよ?子供騙しみたいなセックスなんてつまらないけど、センパイたちの好きなやり方でいいよ。ねえ、遊びたかったんでしょ?俺のこと、アクセサリーにして楽しみたかったんでしょ?俺とセックスして、マウント取って、俺をセンパイたちの言いなりにしたかったんだよね?貢がせたりもしたかったんだっけ?」
必死に地面を見つめたまま首を振る二人に奏は「ふうん」と言い、龍二を見上げ腕を伸ばす。
呆れつつも龍二は奏を抱き上げた。
「龍二さん、このセンパイたち、どうする?」
「浅倉の野郎が『ガキの喧嘩に手ェ出すな』ってうるせぇし、さすがの俺も堅気のガキに手を出す趣味はねぇよ」
「でも、さっき一人蹴られた……」
「お前を守るためについてるんだ。護衛の仕事はそんなもんだ。片足でもこっちに足突っ込んでたら、アレじゃすまねぇな」
「そっか。ま、お返しまだだったから、いっか。で、龍二さんは何しにきたの?」
「ふらついてるテメェを迎えにきたんだよ」
龍二は怯える少女二人を冷めた顔で見下ろし、そのまま背を向け車の方に歩き出す。
革靴がコンクリートを蹴る音に、ハッとしたのはジュリだった。
「まってよ!置いていかないで!」
ジュリの声に我にかえったマナも「置いてかないでよお」と叫んだ。
奏は龍二の肩の上から顔を出し、へらりと笑う。
「センパイたちには、頼りになる二人がいるでしょ?」
「そ、そんな、あんなの、頼りになんて」
「俺をセンパイたちの都合よく使って、俺の否定も何も聞かずに好き勝手して、俺が怒ってるのわかる?俺が一番最初に言われたよね?『男ならてめぇ、自分の行動にちゃんと責任持てよ』って。だからさ、センパイたちは自分たちの行動の結果こうなってるって責任はちゃんと持ってもらわなきゃいけないよね。彼女と好きな人は守らなきゃね。第一、センパイたちをあの車に乗せられるわけないよ」
「ふ、ふざけないで」
「ふざけてないよ。センパイたちが龍二さんにお願いして、いいよって言われたらにして」
「そんな、ここに連れてきたのは、あんたじゃないの!!!」
「俺は言ったでしょ?『やり返すから良いよ』って。俺はちゃんと言ったでしょ?ねえさっきも言ったけどさ、俺は最初からセンパイたちに付き纏ったりするのやめてって言ったし、伸びてる彼氏センパイたちにもちゃんと否定もしたけど、みんな聞いてくれなかったよね?俺の事サンドバッグにしちゃってくれて。センパイ二人はその原因を作ってたくせにさ、今更都合よく助けてとかおかしくない?俺はやめてって四人にちゃーんと言ったよ?なのに都合よく八つ当たりして、自慢するために連れ回そうとして」
「だから何よ!」
「ほら、今もそう。悪いなんて思ってないんだよね?俺がどんなやつか知らなかったから仕方がない?仮にそうだったとしても、百歩譲って今から下手に出ようとしてもいいよ。でもただ助けてくださいばっかりで、謝りもしないなんて人としてどうなの?自己中はよくないよ」
「待ってよ!」
「待たないってば。俺ね、これでもとっても怒ってるんだ。我慢の限界なんだよね」
「まってよお!!!」
「ほら。待ってばっか。まだごめんなさいしないなんて、助ける気にもなれないよ。せめてごめんなさいしてくれたら、黒田さんたちに送ってもらえたかもしれないのに、馬鹿だね。俺だって自分が悪かったら謝れるのにさ」
ばいばい。と、言った奏は車に押し込められ、龍二はそのあと座り込んだ四人を一瞥し、無言で乗り込む。
静かに発進した車は、夜に変わりゆく世界に消えた。
「──────ってかんじで、俺の高校生活は終わりを迎えたのでした」
もしゃもしゃとフライドポテトを頬張る奏は、前に座る本日の護衛北村吾郎に「めでたしめでたし」と言って笑う。
吾郎はコーラをずずっと飲み、奏はオレンジジュースでポテトを飲み込んだ。
二人はチェーン展開しているファーストフード店内にいる。
(なるほど、中町さんのあれは、そういう事か)
席を立ち再びレジに向かった背中を見て、吾郎は思い出す。
奏が護衛に選ばれた四人と打ち解けた頃、祥之助に言われたのだ。
──────奏さんの遊びにはなるべく付き合ってほしい。なんでもいい。映画だろうがゲームだろうがクラブだろうが、付き合ってほしい。
守れ、と言われるのではなく、付き合えと言われ四人は不思議な気持ちになりつつも奏の遊びにはなるべく──何せ奏や祥之助が庇ってくれても龍二は怖い──付き合った。
構えば奏は楽しそうに笑うし、それを時には眉間に皺を寄せつつも“見守る”龍二がいるから、龍二に惚れ込み組織に入った彼らは今ではもう、その祥之助の発言を忘れていたほどだ。その言葉に隠された彼中町の気持ちを想像する事さえやめて久しい。
なんとなく「そういや、奏さん、がっこーとか行きたくないんすか?」と聞いて見たところから始まった話。
それを聞いて吾郎は納得した。
(中町さん、優しいからなあ)
子供のように過ごせる、そんな時間を奏にやりたい。
きっとそんな気持ちから受験しろなんて話になったんだろうな、と。
そして同時に奏を愛する龍二が、そんな提案も、そして今護衛に選ばれた四人の構成員との“本当は眉間にしわ寄せたい遊びの時間”を──あまり、と注釈をつけ──文句言わずに奏に与えているところから見て取れる愛情も知れる。
「ごろー、ごろーもチキンナゲット食べるー?」
「ぶっ!まだ食うんですか!!!?てっきりシェイクでも飲むのかと思いましたよ」
「あ、じゃぁえっとね、バニラシェイクとチキンナゲットにしよう」
「え!?」
「ごろー、チキンナゲットはんぶんこね」
年相応の無邪気な笑顔に、吾郎は怒られるところまで付き合おうと笑って頷く。
(で、その不良くんたちは、どうなったんだ?)
どうせろくな目には合わなかったんだろうな、と思いつつ多分奏は彼らの末路に興味はないだろうし、祥之助も龍二も子供の喧嘩と決めたから何もしなかったわけで調べる事などしないだろうから知るはずがない。
優しいと言われる祥之助だってヤクザなのだ。
そうなると万が一顛末を調べたとすれば重人だろうが、重人に聞けば“面倒臭い”事になるだろうから態々聞く気にもなれない。
(まあ、あの場に放置したってだけで、組長もちゃんとやり返してるってトコっすけど……)
お昼過ぎのワイドショーを見る。嘘くさい週刊誌のタイトルに飛びついて見る。それに似た気持ちでちょっと気になるなと思っている吾郎の前に奏はほくほくの笑顔で戻って着た。
「どーん」
「チキンナゲット、二つなんすね」
「一つ一つ半分こね」
「それ、一人一個って言うんですよ……うわあ、」
椅子を引いた奏が座る。
「大丈夫!龍二さん、明後日までどっか行ってるから、ばれないもん」
「そうですかねえ」
「だから俺ね、食べまくるんだからね」
「ほどほどにしてくださいよ」
危機感なく「うん」なんて奏は言って、危機感ある吾郎は「頼みますからね」と言う。
実に明るく穏やかな時間だ。
その時間に身をまかせストローをシェイクに挿した奏はふと、窓の外を見た。
「そういや、あのセンパイたちはどーしたかなあ」
調べて見ます?と吾郎が提案する前に、奏がシェイクを飲み始めたから彼はその提案をやめ、奏とたわいもない話をしながら時を過ごす。
彼の頭にはぼんやりと、夜の街で青ざめる制服姿の女子高校生が浮かんで消えた。
吹き飛んだのは奏ではなく、マナの彼氏。
彼氏はマナたちのすぐそばまで吹き飛んだ。
誰でも着ていそうな普通のサラリーマンらしいスーツの男が奏を立ち上がらせ、それとは対照的なオイルや塗料で汚れた繋ぎの青年が蹴り上げた足を地面に下ろした。
「なんだ、黒いスーツじゃないんだ。じゃぁ分らないや」
「毎日キョロキョロされていたのはそれでしたか」
「ん。浅倉さん、黒だって言ったから」
奏の制服についた砂や埃をサラリーマン風の男が落としていく。
「そりゃ、黒田の間違いですね」
名前かあ。と納得したらしい奏は繋ぎの青年の向こう、固まっている四人を見た。
「奏さん、軽率な行動はなさらないでいただきたい」
奏は適当に頷いて、動けないらしい四人の前にちょこんと座る。
「だって、センパイたちが遊んでってしつこいんだもん。ね?」
にっこり笑う奏は可愛い。しかし得体の知れない男二人が現れ、頼りにしている一人は倒れたまま動かず、もう一人は完全に恐怖で凍りついている。そんな中、マナとジュリは何も言えず何も動かせない。
「センパイ、ぼくの持ち主に、ぼくと遊びたいって言ってくれるんだよね?」
その発言にビキリと、奏の背後の男たちの顔が固まる。
それをみたマナとジュリも顔を一層ひきつらせるから、奏は振り返り二人に言った。
「睨まないで、怖がってるじゃん。笑顔笑顔!二人とも睨みつけるより笑顔の方がイケメンに見えるよ!」
「で、すが」
「それは、ちょっと、さすがに……な、なあ、兄さん」
「ちょっと、やめた、ほうが」
「二人は黒田さん兄弟なんだ。インテリ風お兄ちゃんと、ヤンチャ系弟さんなんだね!覚えとく」
いや、突っ込むべきはそこじゃない。と二人がどうしたものかと黙り込んでしまったのを見て、マナとジュリはこの三人の関係をなんとなく理解した。
奏が言った事に二人は逆らえない。
こんな怖い人を奏は一言で黙らせる事が出来る。
なんだ、奏についてた方が自慢出来るじゃん。なんて。
「か、かなでくん」
「ん?」
「ジュリ、かなでくんといっしょにいっていいの、かな?」
「マナも、いいのかなあ?」
「うん、遊ぶんでしょ?」
奏はにこやかに返事をし立ち上がる。マナとジュリもパッと立ち上がった。
サラリーマン風の黒田は顔面蒼白で電話をしているし、繋ぎの方の黒田は逃げたい気持ちでいっぱいの顔をしている。
奏はそんなの完全に無視だ。
だって今の彼は、高校生の澤村奏ではない。
やられたら時々やりかえす、椿田龍二の可愛い澤村奏なのだ。
「護衛がわりに、その彼氏先輩とかも一緒に行かなくていいの?」
「え?」
「だって、護衛がいるでしょ?いてもいなくても、同じかも知れないけど」
「え?」
なんの事を言ってるのか解らない二人は、大切な事を忘れている。
ここは危ないところだ。
なのにどうして、こんなに大騒ぎをしたのに、余所者が入るのを快く思わない“不良たち”がなにもしてこないのか。
どうして、誰もこの路地を覗きさえしないのか。
「黒田さん、あ、お兄さんでも弟さんでもいいんだ。車回してください」
「え!!?」
「ど、っどこに、いかれるおつもりで、っすか」
「海さんが超面倒臭いってお座なりに経営中のホテル。遊びに行く」
「言い方ひどっていうか、ちょっ!?まずいっす、まずいっすよ!やばいですから!」
「脱童貞する!俺も男だし」
「いやいやいやいや!!!!!それはまず──────ぃ、と、思い、ますけど、アウト、で、す」
顔色悪いなんて通り越した顔色の、繋ぎの黒田の視線を奏は追いかけ破顔。
「あ、龍二さん、ちょうど良かった!俺、このセンパイたちと3Pする。脱童貞だよ、お祝いしてね」
臆面なく言う奏。顔面蒼白の兄弟。そして突然現れた男。
マナとジュリはごくりと息を飲む。
「あ?童貞のクソガキが偉そうに、3Pだァ?」
車から降りてきた龍二は意識は戻ったものの痛みで転がったままの彼氏と固まったままの少年を横目で見て、気にもせずに通り過ぎる。
初めて対峙する圧倒的な威圧感に息をしているかさえ分からなくなりそうな、そんな息苦しさを四人は感じていた。
気が遠くなるような錯覚を奏の声が振り払う。
「偉そうでもいいよ。センパイ、ほら、約束したでしょ?」
「え!?」
ハッと奏を見上げると、笑顔の奏の横に立つのはあの男。
奏は隣に立つ男を指差して
「この人に俺と遊んでくるって言ってくれるって」
「え、な、この人が、お父さん?」
現実逃避だとマナは分っている。直感だ。目の前の男が奏の父親のはずがないのは判る。
そして四人は今の状態が今までのどんな状態よりも最悪である事も。
「違うよ」
可愛い笑顔。
この笑顔を隣に据えて、私のものよと自慢しよう。
そう思った。そう出来る自信があった。
そんな過去の自分にやめろと彼女たちは言いたい。
過去に戻れないのだからせめて奏に、もうこれ以上何も言わないでとすがる視線を向ける。
その視線の意味を理解して、それでも奏はやはり可愛い笑顔で悪びれもせず言った。
「この人が俺の持ち主。俺はね、この人のものなの」
ガクガクと膝が震えた二人はコンクリートに座り込んだ。
隣の彼氏たちも立ち上がる様子がない。
奏はその四人を笑顔のまま見下ろす。
「俺、多分ね、センパイたちのテクニックじゃ勃たないけど、試してもいいよ?子供騙しみたいなセックスなんてつまらないけど、センパイたちの好きなやり方でいいよ。ねえ、遊びたかったんでしょ?俺のこと、アクセサリーにして楽しみたかったんでしょ?俺とセックスして、マウント取って、俺をセンパイたちの言いなりにしたかったんだよね?貢がせたりもしたかったんだっけ?」
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呆れつつも龍二は奏を抱き上げた。
「龍二さん、このセンパイたち、どうする?」
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「でも、さっき一人蹴られた……」
「お前を守るためについてるんだ。護衛の仕事はそんなもんだ。片足でもこっちに足突っ込んでたら、アレじゃすまねぇな」
「そっか。ま、お返しまだだったから、いっか。で、龍二さんは何しにきたの?」
「ふらついてるテメェを迎えにきたんだよ」
龍二は怯える少女二人を冷めた顔で見下ろし、そのまま背を向け車の方に歩き出す。
革靴がコンクリートを蹴る音に、ハッとしたのはジュリだった。
「まってよ!置いていかないで!」
ジュリの声に我にかえったマナも「置いてかないでよお」と叫んだ。
奏は龍二の肩の上から顔を出し、へらりと笑う。
「センパイたちには、頼りになる二人がいるでしょ?」
「そ、そんな、あんなの、頼りになんて」
「俺をセンパイたちの都合よく使って、俺の否定も何も聞かずに好き勝手して、俺が怒ってるのわかる?俺が一番最初に言われたよね?『男ならてめぇ、自分の行動にちゃんと責任持てよ』って。だからさ、センパイたちは自分たちの行動の結果こうなってるって責任はちゃんと持ってもらわなきゃいけないよね。彼女と好きな人は守らなきゃね。第一、センパイたちをあの車に乗せられるわけないよ」
「ふ、ふざけないで」
「ふざけてないよ。センパイたちが龍二さんにお願いして、いいよって言われたらにして」
「そんな、ここに連れてきたのは、あんたじゃないの!!!」
「俺は言ったでしょ?『やり返すから良いよ』って。俺はちゃんと言ったでしょ?ねえさっきも言ったけどさ、俺は最初からセンパイたちに付き纏ったりするのやめてって言ったし、伸びてる彼氏センパイたちにもちゃんと否定もしたけど、みんな聞いてくれなかったよね?俺の事サンドバッグにしちゃってくれて。センパイ二人はその原因を作ってたくせにさ、今更都合よく助けてとかおかしくない?俺はやめてって四人にちゃーんと言ったよ?なのに都合よく八つ当たりして、自慢するために連れ回そうとして」
「だから何よ!」
「ほら、今もそう。悪いなんて思ってないんだよね?俺がどんなやつか知らなかったから仕方がない?仮にそうだったとしても、百歩譲って今から下手に出ようとしてもいいよ。でもただ助けてくださいばっかりで、謝りもしないなんて人としてどうなの?自己中はよくないよ」
「待ってよ!」
「待たないってば。俺ね、これでもとっても怒ってるんだ。我慢の限界なんだよね」
「まってよお!!!」
「ほら。待ってばっか。まだごめんなさいしないなんて、助ける気にもなれないよ。せめてごめんなさいしてくれたら、黒田さんたちに送ってもらえたかもしれないのに、馬鹿だね。俺だって自分が悪かったら謝れるのにさ」
ばいばい。と、言った奏は車に押し込められ、龍二はそのあと座り込んだ四人を一瞥し、無言で乗り込む。
静かに発進した車は、夜に変わりゆく世界に消えた。
「──────ってかんじで、俺の高校生活は終わりを迎えたのでした」
もしゃもしゃとフライドポテトを頬張る奏は、前に座る本日の護衛北村吾郎に「めでたしめでたし」と言って笑う。
吾郎はコーラをずずっと飲み、奏はオレンジジュースでポテトを飲み込んだ。
二人はチェーン展開しているファーストフード店内にいる。
(なるほど、中町さんのあれは、そういう事か)
席を立ち再びレジに向かった背中を見て、吾郎は思い出す。
奏が護衛に選ばれた四人と打ち解けた頃、祥之助に言われたのだ。
──────奏さんの遊びにはなるべく付き合ってほしい。なんでもいい。映画だろうがゲームだろうがクラブだろうが、付き合ってほしい。
守れ、と言われるのではなく、付き合えと言われ四人は不思議な気持ちになりつつも奏の遊びにはなるべく──何せ奏や祥之助が庇ってくれても龍二は怖い──付き合った。
構えば奏は楽しそうに笑うし、それを時には眉間に皺を寄せつつも“見守る”龍二がいるから、龍二に惚れ込み組織に入った彼らは今ではもう、その祥之助の発言を忘れていたほどだ。その言葉に隠された彼中町の気持ちを想像する事さえやめて久しい。
なんとなく「そういや、奏さん、がっこーとか行きたくないんすか?」と聞いて見たところから始まった話。
それを聞いて吾郎は納得した。
(中町さん、優しいからなあ)
子供のように過ごせる、そんな時間を奏にやりたい。
きっとそんな気持ちから受験しろなんて話になったんだろうな、と。
そして同時に奏を愛する龍二が、そんな提案も、そして今護衛に選ばれた四人の構成員との“本当は眉間にしわ寄せたい遊びの時間”を──あまり、と注釈をつけ──文句言わずに奏に与えているところから見て取れる愛情も知れる。
「ごろー、ごろーもチキンナゲット食べるー?」
「ぶっ!まだ食うんですか!!!?てっきりシェイクでも飲むのかと思いましたよ」
「あ、じゃぁえっとね、バニラシェイクとチキンナゲットにしよう」
「え!?」
「ごろー、チキンナゲットはんぶんこね」
年相応の無邪気な笑顔に、吾郎は怒られるところまで付き合おうと笑って頷く。
(で、その不良くんたちは、どうなったんだ?)
どうせろくな目には合わなかったんだろうな、と思いつつ多分奏は彼らの末路に興味はないだろうし、祥之助も龍二も子供の喧嘩と決めたから何もしなかったわけで調べる事などしないだろうから知るはずがない。
優しいと言われる祥之助だってヤクザなのだ。
そうなると万が一顛末を調べたとすれば重人だろうが、重人に聞けば“面倒臭い”事になるだろうから態々聞く気にもなれない。
(まあ、あの場に放置したってだけで、組長もちゃんとやり返してるってトコっすけど……)
お昼過ぎのワイドショーを見る。嘘くさい週刊誌のタイトルに飛びついて見る。それに似た気持ちでちょっと気になるなと思っている吾郎の前に奏はほくほくの笑顔で戻って着た。
「どーん」
「チキンナゲット、二つなんすね」
「一つ一つ半分こね」
「それ、一人一個って言うんですよ……うわあ、」
椅子を引いた奏が座る。
「大丈夫!龍二さん、明後日までどっか行ってるから、ばれないもん」
「そうですかねえ」
「だから俺ね、食べまくるんだからね」
「ほどほどにしてくださいよ」
危機感なく「うん」なんて奏は言って、危機感ある吾郎は「頼みますからね」と言う。
実に明るく穏やかな時間だ。
その時間に身をまかせストローをシェイクに挿した奏はふと、窓の外を見た。
「そういや、あのセンパイたちはどーしたかなあ」
調べて見ます?と吾郎が提案する前に、奏がシェイクを飲み始めたから彼はその提案をやめ、奏とたわいもない話をしながら時を過ごす。
彼の頭にはぼんやりと、夜の街で青ざめる制服姿の女子高校生が浮かんで消えた。
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