彼者誰時に溺れる

あこ

文字の大きさ
上 下
3 / 19
こちらから読むと、なんとなく登場人物のことがわかります。

! 夢を見たのだ。

しおりを挟む
酷い顔してんな、と言われて目を開けると珍しくに帰ってきていたらしいこの家の末子が立っていた。
「巽の坊ちゃん。お帰りでしたか」
「やめろよ、そのはマジで。リトが腹抱えて笑いやがる。それに俺はでもなんでね。勘違いされちまうだろ」
「しかしこればかりは。自分にとって巽の坊ちゃんは何であれ坊ちゃんですから」
「……お前、俺が幾つになったと思ってるんだよ。龍二、頼むから、あと二年も経たずにやめてくれ。お前と重人だけは聞きやしない。あれか!?土下座の一つもやれって?」
「まさか!浅倉は知りませんが、自分はもうが染み付いておりますから」
「……二年だからな、二年猶予やるからな。坊ちゃんは止めろよ」
言いつつ諦めた顔の巽は改めて「酷い顔だな」と言って「親父も兄貴も人使いだけは荒いからな、気をつけろよ」と人ごとのように言って 玄関の方に消えて行く。

龍二が綾田組組長宅である藤春家に“修行”に出されていた期間、彼は藤春家末子である藤春巽の“世話役”であり“相談相手”だった。
だからだろう。今でもつい何かにつけて巽の事を気にしてしまうし、心配してしまう事も多々ある。「お前の方が親より保護者くさいな」とは巽の実の兄の発言だ。その上、巽の父親には「巽の性格や言動に一番影響を与えた人間はお前だな、龍二」とまで言われた。
だから言うのだ、巽は。「俺は兄貴達や親父みたいに人使いは荒くねぇ。お前、使なんて、思ってないだろ?」と。
(いや、坊ちゃん、あなたも人の事、全く言えませんけどね。あなたも藤春家の血筋ですよ……)
いつだったか酷くどうでもいい、思い出せないようなどうでもいい理由で呼び出された記憶を思い出し、酷い顔の龍二は首を振る。
(あれは、なんだったか──────ええ、思い出せないような何かで……懐かしい)
けれどもそんな風に懐かしがってもやはり、酷い顔は取れないのだ。

夢を見たのだ。

酷い夢を。
夢の中で龍二は奏を押さえつけていた。
真っ白いシーツに腕を押し付け見おろすと、奏は少し怯えた顔をしている。
その奏に龍二は笑い、薄い胸に齧り付くと皮膚を引き千切り飲み込んだ。
泣いて痛がる奏を無視し、龍二は夢で奏を食った。
のだ。
手の甲で口元を拭い、ヌルヌルとした血の感触に飛び起きた時、漸く夢だと理解出来たほどに恐ろしくリアルな夢だった。
(食ったら、愛せねえだろうが)
飛び起きた龍二の動きに奏は気がついて起き、何かあったのかと寝ぼけ眼で聞いてきたのを適当に誤魔化したのは明け方の事。
そのまま寝てしまった奏をきつく抱きしめもう一度眠ろうとしたが龍二の頭は冴えてしまい、結局奏がまだ夢を見ている中、奏のマンションを後にしている。
変な時間に一瞬とはいえ起きた奏は今頃暇に任せて昼寝でもしているだろうと、龍二は黒い革靴を履いた。
ここでの用事が終わったから、これから自分の事務所で用がまだあるのにも関わらず、今から奏の元にのだ。手土産に奏が好きだと言う中華料理店の予約の話を持って。

龍二を乗せた車が静かに走り出した。
窓ガラスに映る顔はたしかに“酷い”。
(喜んだ俺が、夢の中にはたしかに、いた)
自分の中に奏の体を、龍二は至極充足感を持った。奏は自分のものだと、あんなにも実感したのは現実ではないほどに。
だから彼は怖い。
怖くて今、早く奏に会いたい。現実でも同じ程に、のだと知りたいと強く思う。
その気持ち一つが彼を今、奏の元に急がせた。

彼はもいるが、はいないのである。上っ面の言葉だけだって“好き”止まり。心の中から、体中で愛したいのは奏だけ。
──────ノンケの女好きが男の奏を大金かけて競り落とした。
それは、その行動以上の意味があるのだ。
そんな奏に執着している事を、龍二は自覚している。しているからをしてしまう。あれがだったなんて、彼は奏に会わなければ知らなかっただろう。
(お前は鬼か、ね。確かに鬼だろうさ、ガキィ捕まえて、容赦無くしちまうんだからなぁ)
セックスが愛だと仕込んでしまった。いや、正しく言えば以外何を奏の体に染み込ませたらいいのかすら、龍二は解らなかったのだ。
このセックスが愛の一つなのだと、自分の愛なのだと、龍二は奏に押し付けるように覚えこませた。だから奏は夢を話を聞けば驚きつつも「自分だけに向けてくれる特別なら嬉しい!俺だけ?ね、俺だけでしょ?」なんて笑って龍二に確認してしまうだろう。
そんなを想像してしまうと本当は、今となっては、もっと優しい愛でも良かったのではと彼は今日のように立ち止まってしまうのだ。
奏がいつまでも純粋だからこそ、子供だからこそ、そんな奏を好きな龍二がいるから尚更愛おしくて慈しみたい。なのに相反してが湧き上がる。
(鬼、ね)
どうしたら“愛人関係”でいられたのか、と龍二はぼんやり窓の外を眺める。早く考えろと彼を急かすように、スピードを上げた車。そこから見える景色は見えない答えのように灰色だ。

(そうだな、ああ、無理だろうな。結局行き着くとこはおんなじか)

車がマンションに到着した。エレベーターが静かな音で龍二を運ぶ。
(同じ、だな)
奏の待つマンションまで、彼は彼なりに想像した。
灰色の景色に急かされ、そんな景色を眺めながら様々な事を想像した。
もしこうだったら、とたくさんの選択肢を用意して。
けれど、何度どんな風に選択してもたどり着いたのは今の形だった。
これがお前の生き方なのだ。これが自分の愛の形だ。全て喜んで受け止めろと、そう抑えつけ強引で暴力的に染み込ませてしまっただろう。そこにしかたどり着かない。
奏のいるこのマンションの部屋を開ける鍵のように、この鍵でしか開けられない扉のように、答えは“これ”しかなかったのだ。

「本気で食わねぇように、あれだな、奏には悪いが溜め込んでもらうしかないってもんだ」

思わず口から出した龍二を、奏のマンションで彼を警護している男が振り返り見た。
「はい?組長?」
「いや、なんでも?奏は大人しく遊んでるか?それとも寝てんのか?」
振り返られた龍二は話を変える。まあ、当然だろう。
男は一瞬不思議そうな顔つきになったが、有りの侭を報告すべく口を開く。何と無く、いや、報告の内容が内容なだけに逃げ腰の気持ちが現れてか、部屋に入る扉に背中を押し付けて。
「いや、その、あー、ええと、起きたらリビングに飛び込んできて開口一番『龍二さんがいない!』って。一応事情を告げたんですけど、その、まあ『せめて行ってくるくらい言って欲しいのに……キスもして欲しいのに』から始まって『何が蔑ろにしてない、だよ!嘘つき!』ってクッションとグラスを一つずつ──────ゴミ箱行きにしました。グラスの当たった壁は少し傷ついてます」
「あの、ガキが……それで終わりじゃなさそうだな」
「ええ、と、はい……とにかくですね、その、機嫌悪くて、今他のに『アイス食べてやる!あの一番大きいのかってきて!ぜったい丸ごと食べるからね。止めないで!』って買いに行かせてます」
想像したくなくても想像出来る奏の姿ひとつ。しかしそれが龍二の心に風を起こす。言うならばそれは、寒い、肌を刺すような風ではなくて、暖かく穏やかなそれだ。
「誰彼無しに迷惑かけてるな……あのクソガキは」
「いや、いいんです。俺もそうですが、この役割、望んでるのもいるんで。買いに行ったのも『万が一本当に完食したら、奏さん、いっくらなんでも腹壊すよなあ。薬、買ってくるかなあ』って心配そうな顔してて、薬も買って来るつもりですから。しかしアイスはあれですよ、なタイプです」
「なんで奏は俺に怒るとそうしたモンを食いたがるかね」
未だに玄関先での会話が続いているが、龍二の意識は寝室だ。引き篭もっている奏の居場所は往々にしてそこである。
「甘えてるんだと思います。奏さんは、甘えているんじゃないかと俺は思っています」
「ん?」
「怒られても、呆れられても、組長が自分に向いてくれるから、食べるんですよ。きっと。その後奏さん、幸せそうですから。本当に、組長の事を愛してるんだなって見ていていつも思います」
どうぞ、とここでやっと玄関の扉を開けた部下に笑って龍二はマンションに漸く入った。男の「寝室です」に龍二はやはりと小さく笑う。
そして革靴をぞんざいに脱ぎ捨てて、廊下を歩き寝室の前に立った。

「奏、おい、アイスなんかより俺と一緒にメシ食ったほうが楽しいと思うぞ。中華でどうだ?今日は特別に食った帰りにお前の望みのアイスだろうがなんだろうが、買ってやる。店のアイスだろうがなんだろうが、全て買ってやってもいいから、機嫌なおして出てこい。望みならなんだって、お前の為に買ってやるよ」

とたん寝室から飛び出してきた奏を、龍二は愛おしそうに抱きしめる。
募るのはおかしくなる程の愛おしさであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

組長と俺の話

性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話 え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある? ( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい 1日1話かけたらいいな〜(他人事) 面白かったら、是非コメントをお願いします!

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...