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俺、が彼を見つけられたのは、日々惚気に勤しむ同室者のお陰だろう。
(うん、確かに、超不良!)
同室者坂本匡によると「可愛い不良だよ」との事だけど、いやいやそれはないだろう、あれはばっちりしっかり超不良だと俺は思う。
そしてそれは間違いじゃないはずだ。
うちのガッコは全寮制男子校で、進学校としてもスポーツ優秀校としても有名。入って無事卒業する事は将来の役に立つ。
俺は親の「結構成績良いし、いけるんじゃない?」の一言で中等部から入った。まさか入学出来るなんて、俺ですら思わなかった。
そんな俺が中等部からずっと俺と同室なのが坂本匡。
顔はふっっつーなのに、雄臭い?男らしい?そんなフェロモンが溢れる長身の、やっぱりふつーな顔の男だ。
初めて対面した時は「まじか!この歳で男の色気ありすぎだろ」と思ってあわあわドギマギしたものだけど、四六時中いると慣れる。慣れてしまった。
なんか『やべえ、この樹木かっこいい。この木肌、やばいかっこよさ』と同じ感覚で見れるって発見したらそんな感じで慣れた。本人に言ってない。樹木と同じにされたらがっかりしそうだからね。
で、やつはそのフェロモンと、声変わりしてからは低くて心地のいい声、それとさりげない優しさなどでどんどん人気を博し、まさかの親衛隊持ちとなる。
ノンケですら抱かれたいと言わせる、ノンケクラッシャー。
俺?俺はないない。
二人で女の子のおっぱいについて語ってたほどだ。
ちなみに、俺は貧乳派です。お尻は大きいのが好き。痩せてる子よりぽっちゃりしてる子が好き。ぽっちゃりの貧乳の子がいいです。
……じゃねえ、そうそう。そんなマサくんに恋人が出来た。
学園が震撼し、マサくんのフェロモンにやられてた生徒が咽び泣いた一週間。
どうやら親衛隊らは好きな人が出来たって知ってたみたいで、恋人が出来たって話が広がった時は静かなものだった。
で、その次に騒ぎになったのは、その相手が不良くんだったってところだ。
学園生──親衛隊を除く、なにせ彼らは知ってた。把握しすぎてた。怖いくらいに知ってた──は守ってやりたくなる可愛い少年だと思い込んでいたのだから。
いや、分るんだけどね、うん。
ま、色々あったけど付き合ってからのマサくんは会えない時の憂いた顔で人を卒倒させ、会えた後の幸せな顔で人を魅了し、フェロモン撒き散らして生きている。
多分恋人出来てからの方が、ノンケクラッシュしてるね。
あれはやばいよ。ノンケが落ちる。
そして俺。
俺はマサくんの惚気をよく聞く。
聞いてて腹立てるとかはない。幸せそうだなーと親友の幸せに俺も幸せになる。
早く卒業して、ぽっちゃりめでお尻の大きな貧乳の女の子を恋人にしたいと気持ちを膨らませるくらいだ。
ま、そんな話はさておいて、俺は見つけてしまったのだ。
マサくんの愛しい愛しい恋人、松田衛くんを。
原嶋樹々は匡の同室者であり良き理解者で親友だ。
あっけらかんとしてる性格なのか、匡の愛しの恋人が「超不良」でも酷くビビる事はなく、今も
(カッコいい顔してるね!うちのガッコでモテモテになるよ!いいなあ、あの『喧嘩売ったら全員ぶっ潰してやる』とか似合いそうな顔!)
と思っているくらいである。
樹々が衛を見ていると気がつくのは、衛を遠巻きに見る人たちの視線だ。
それを見て樹々はなるほどと思う。
樹々は学園ではそのフェロモンで人を惑わす──してるつもりは本人に全くないだろうけれど──匡から「恋人が格好良いからモテて嫌だな」と言っていたのを聞いていた。
お前もだろ!と突っ込みはしたが、こう言うのを感じていれば、あのフェロモン垂れ流しの匡だってそう思うだろうと樹々は納得したのだ。
ぽんやりと彼を見ていると、肉食系女子──に見えないけれどそうなのだろう、と樹々はそうであると認定した──が衛に何やら言い寄っている。衛も女性相手だからか、あまり強く出られないようで困っている。
少し考えていた樹々は小走りでそこへと向かった。
そして
「松田くん、お待たせー!なになにナンパ?違った逆ナン?モテるねー。いいなあ、羨ましいっ!イケメンずるいわ。ずるすぎるわ!」
「は!!?」
樹々は目をまんまるにしてる衛をするっと無視して、肩に手を乗せてにっこり笑い
「ごめんね、おねーさんたち。俺たち今から遊びに行くんだ。おねーさんたちとは行けないんだよね。なにせ、松田くんの恋バナしなきゃだし。ごめんねー!」
「は!?はい?ちょ、てめ」
「照れるなって!松田くんがベタ惚れなの知ってるからー、オッケオッケー。今日もしっかり恋バナしよーぜ!」
「は、はああああ!!?」
完全にペースを崩された不良松田衛の肩に手を置いたまま、ポカンとしている女性を残し、樹々はそこから衛を連れ出し近くのコンビニの前までそこそこ足早に歩いた。
喧嘩を売られる事はあれど、あんな意味解らない状況にはなった事がない衛が「ごめんね、困ってるみたいだったし」と言う樹々を見る。その表情は困惑以上のものはない。
樹々はあの女性に、そして現状にすっかり困惑してる顔を見て、衛は不良だが怖くないと完全に認識。気にした様子もなく
「俺ね、制服でわかると思うけど君の恋人と同じガッコ通ってる、原嶋樹々って言うんだ。匡くんの同室者で、日々、毎日、四六時中、匡くんの惚気を聞いている親友です。よろしく!」
「は?え?お、お、おう……?」
「もうさー、匡くん……言いにくい。マサくんって呼んでるんだけど、呼んでいい?」
「あ、ああ、好きにしたらいいんじゃ、ね?」
「マサくんは『あー、モリに会いたいなあ』『モリって可愛い格好いいんだよー』とか『これこの間隠し撮りしてきたんだけど』とか、口を開けばモリ、モリ、モリって松田くんの話。お陰で俺、結構君の事を知ってる!この、猫好きめ!俺もだぞ。可愛いよね!あれは全世界を支配する可愛さだよ、ね!わかるよね!」
ドヤ顔で言われ衛はもはやどうしていいか分からずに、押されるがままにただただ頷いた。
それはそうだろう。
喧嘩ならやり返す術を知っている衛だが、逆ナンは別だ。
威嚇や殴るなどの喧嘩で培った追い返し方を女性相手にする事ではないのは、衛だってよく分っている。
困っていた所で、今度は突然の乱入者。その上ここまでの言動。
衛の頭は完全に停止一歩手前。
出来るのならばもう少し頭を整理する時間を貰いたいのだろうが、樹々はそんなつもりはさらさらないらしい。
「ちょっとさ、暇?俺さ、暇なんだけど」
「あ、ああ」
「おやつ的な、小腹満たすぞって感じで食べない?」
「は?」
「いやー、今日買い物に来ててよかったー。一人で食べるより、二人の方が美味しさ増す感じだよね」
ずるずると引きずられ今度はコンビニの反対側にあるファストフード店に。
抵抗する隙を見つけられないというか、ペースが狂って戻せないと言うか、そんな衛は言われるがままに注文し、言われるがままに席についた。
二階の奥は人があまりいなくて、なにを話していても問題なさそうだと樹々の判断である。
「俺の事はキキって呼んでよ。罷り間違ってもほうきに乗ったりしないから、そこだけはよろしく!」
「黒……、ああ、わかった」
「マサくんがさ、松田くんイケメンだからあんまりガッコの人達に会わせたくないって言っててさー。俺も会えないんだろうなーって思ってたから会えてよかったよ」
「そ、そうか」
ニッコニコと笑う樹々は、親友の恋が気になっていた。
正直言ってまともに付き合える相手が現れるのか、現れたところでその相手は匡といる事に耐えられるか──────つまり、数多の嫉妬を受けるであろう相手はそれに耐えて付き合いが続くのだろうか。
樹々はとても心配していた。
大人になってからならば処世術も知り、対応する術を身につけて、匡の無駄に振りまくフェロモンのせいで起きるかも知れない事をすり抜けられるかも知れない。
しかし今、現実的に匡は高校生だ。
本人でさえきっと自分のそうしたところに苦労しているかも知れないのに、同じくらいの年の相手が匡のそれからくる“弊害”で苦しんだ時、もう疲れたと離れてしまうのではないかと、樹々はお節介ながら心配していた。
せっかく実った恋ならば、長く幸せでいてほしい。
友人であれば普通はそう思うだろう。
重ねて言うが匡は“あのフェロモン”の持ち主だ。
いくら匡が努力しても、相手が、誰とも知らない相手からの嫉妬などで疲弊してしまえば関係は崩れかねない。
匡がどれだけ恋人を大切にしても、難しい事もある。
あの学園で過ごして樹々は、そういう崩れて戻せなくなり泣いて別れた人たちを見た。
親友にはそんなふうに悲しんでほしくはなかったのだ。
「──────って思ってたり考えたりとかしててさ。だからね、俺、会いたかったんだ」
ニカッと眩しいほどの爽やかさで笑った樹々に、衛は照れ臭そうに俯いた。
今まで衛は自分の大切な人が誰かに心配される事に、何も感じなかった。ポジティブな気持ちになった事はなかった。
衛が大切に思う姉を心配する人間に会った事がないとは言わないが、姉を心配する人間は大体が弟、つまり衛の存在に対して心配をする。そして言うのだ。何も知らないのに『弟があれでは心配でしょ』とか『弟の世話をする必要なんてないんじゃない?』とか、たまに『俺が一緒に助けるよ』とかも。
衛の姉はそれら心配に対して怒りを覚える。それらの心配は全て、 姉に対する様々な下心を、心配に変えて自分は良い人間だろうと売り込んでいるのだと、彼女が良く知っているからだ。
そんな姉を見ていた衛は、心配しているふりをして取り入ろうとしている相手を最低人間、と認識しており姉はそれを否定しなかった。
心配している人間はどうせ口だけ。何か別の目的のために、分り易いものを見つけて心配しているだけ。本当に心配してる奴なんていない。
そう衛は思ってしまっていた。
だからつまり、今初めて、衛は大切な人を純粋に心配している相手に出会ったと言ってもいいかもしれない。
「好きな奴に、心っからこうやってすげえ考えて心配したり、幸せになってほしいとか、思ってくれてる奴がいるって、なんか──────いいな。良いもんなんだな。知らなかった、まじで」
不良なんて忘れてしまうような、柔らかい笑顔に樹々は満面の笑みを浮かべる。
「マサくんってばさ、無自覚でフェロモンやろうだけど、松田くんの事、マジで大好き大好き愛してるなんだ。だから末長く付き合ってやって!」
「あ、当たり前だろ!俺の方が惚れて……なんでもねえ。なんでそんな顔で見てンだよ!」
「ぶっ!はは、松田くん、いいね!俺、友達になりたい」
「は、はあ?友達ィ?」
「学校内のマサくんの写真とか送るよ?どーよどーよ。欲しくない?」
「どーよって……」
樹々の提案に対し困惑した声色の衛だが、学校内の写真には大いに惹かれるようでモゴモゴと歯切れが悪い。
「あと、俺の実家にいる黒猫の写メも送りまくるよ、猫好きとしてどーよ」
「樹々が黒猫」
「いや、そこ突っ込まないで。俺はね、キジトラ派なんだ!」
「そこ強調されても」
フッと笑った衛は「あんた、変な奴だな」と言った。
「時々言われる。でも、学校では『匡のフェロモンを何とも思わない変人』と言われる事の方が多いよ。失礼な感じするよなあ」
なんとも言えない顔をした衛に樹々は、衛は確かに不良だけれど感情が顔に良く出るところは確かに“可愛い不良”かも、と心で匡に同意した。
「こんなこと言うとさ、松田くんにも怒られそうだけどフェロモン効かないってのには事情があってね──────」
久しぶりのデートだと、ご機嫌で電車を降りたのは匡。
よく晴れた日曜日の朝。完璧である。
今日のデートの一番重要な事は、衛の姉へのプレゼントを選ぶ事だ。
衛が「姉ちゃんにプレゼントを送るんだけど、俺一人で選ぶ自信はねーし。なあ、一緒に行ってくれねえ?」と“おねだり”してくれたものだから、匡の気分は今日の天気より晴れやかだった。
衛から自主的にお願いしてもらえる事は、匡に取って何よりも嬉しい。
聞き出して「なら、そこに行こう」とか「それにしよう」とかは良くある事だけれど、どうにも衛は自分から「これがしたい」とはなかなか言ってはくれない。
それを聞き出すのも楽しいし、匡の主観では衛も聞き出してもらえる事が楽しい──────もしくは嬉しいと思っているようだけれど、匡としてはお願いされたいのだ。
本日の待ち合わせ場所は珍しく──衛の選ぶ待ち合わせ場所は、基本的に匡が人目に晒されないような場所である──人の多い駅前。
駅前にいくつか植えられている木の中で、一番大きなそれの近くだ。
匡がキョロキョロと見渡すと、衛がいた。
なぜか木を見上げて立っている。
小走りで近寄り後ろから声をかけると、
「ぶは!やっぱりねえな」
と衛は笑った。
「え!?何が?突然どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ。ちょっと、うけることを思い出しただけだって」
「なに、気になるんだけど!?え、俺、何か変な格好してる?」
服の裾を摘んで聞く匡の、その少し困った笑顔を見た女性が頬を染めた。
今日も匡のフェロモンは有効らしい。
いつもならそれを見て威嚇しかねない顔つきになる衛は、また木を見上げで笑った。
「なんでもねぇよ。ちょっと、まあ、なんでもいいだろ!」
「よくないよ!」
ほら、姉ちゃんのプレゼント、選びに行こうぜ。と話を切り上げた衛の顔に匡は諦めて「ま、いっか」と隣に並んだ。
──────マサくんのフェロモンに惑わされるか?ないない。俺にとって『やっべー、あの樹木、かっこいい。やばい、すげえ』と同じなんだって気が付いてから、なんとも思わないんだよ!俺すごい?
「なんつーか、みんながあいつみたいだったら、俺も安心なんだっつーの」
この間出来たばかりの友人の顔を思い出した衛は、不思議そうな顔をして見つめてくる匡の顔を見て「ちくしょう、かっこいい」と呟いた。
(うん、確かに、超不良!)
同室者坂本匡によると「可愛い不良だよ」との事だけど、いやいやそれはないだろう、あれはばっちりしっかり超不良だと俺は思う。
そしてそれは間違いじゃないはずだ。
うちのガッコは全寮制男子校で、進学校としてもスポーツ優秀校としても有名。入って無事卒業する事は将来の役に立つ。
俺は親の「結構成績良いし、いけるんじゃない?」の一言で中等部から入った。まさか入学出来るなんて、俺ですら思わなかった。
そんな俺が中等部からずっと俺と同室なのが坂本匡。
顔はふっっつーなのに、雄臭い?男らしい?そんなフェロモンが溢れる長身の、やっぱりふつーな顔の男だ。
初めて対面した時は「まじか!この歳で男の色気ありすぎだろ」と思ってあわあわドギマギしたものだけど、四六時中いると慣れる。慣れてしまった。
なんか『やべえ、この樹木かっこいい。この木肌、やばいかっこよさ』と同じ感覚で見れるって発見したらそんな感じで慣れた。本人に言ってない。樹木と同じにされたらがっかりしそうだからね。
で、やつはそのフェロモンと、声変わりしてからは低くて心地のいい声、それとさりげない優しさなどでどんどん人気を博し、まさかの親衛隊持ちとなる。
ノンケですら抱かれたいと言わせる、ノンケクラッシャー。
俺?俺はないない。
二人で女の子のおっぱいについて語ってたほどだ。
ちなみに、俺は貧乳派です。お尻は大きいのが好き。痩せてる子よりぽっちゃりしてる子が好き。ぽっちゃりの貧乳の子がいいです。
……じゃねえ、そうそう。そんなマサくんに恋人が出来た。
学園が震撼し、マサくんのフェロモンにやられてた生徒が咽び泣いた一週間。
どうやら親衛隊らは好きな人が出来たって知ってたみたいで、恋人が出来たって話が広がった時は静かなものだった。
で、その次に騒ぎになったのは、その相手が不良くんだったってところだ。
学園生──親衛隊を除く、なにせ彼らは知ってた。把握しすぎてた。怖いくらいに知ってた──は守ってやりたくなる可愛い少年だと思い込んでいたのだから。
いや、分るんだけどね、うん。
ま、色々あったけど付き合ってからのマサくんは会えない時の憂いた顔で人を卒倒させ、会えた後の幸せな顔で人を魅了し、フェロモン撒き散らして生きている。
多分恋人出来てからの方が、ノンケクラッシュしてるね。
あれはやばいよ。ノンケが落ちる。
そして俺。
俺はマサくんの惚気をよく聞く。
聞いてて腹立てるとかはない。幸せそうだなーと親友の幸せに俺も幸せになる。
早く卒業して、ぽっちゃりめでお尻の大きな貧乳の女の子を恋人にしたいと気持ちを膨らませるくらいだ。
ま、そんな話はさておいて、俺は見つけてしまったのだ。
マサくんの愛しい愛しい恋人、松田衛くんを。
原嶋樹々は匡の同室者であり良き理解者で親友だ。
あっけらかんとしてる性格なのか、匡の愛しの恋人が「超不良」でも酷くビビる事はなく、今も
(カッコいい顔してるね!うちのガッコでモテモテになるよ!いいなあ、あの『喧嘩売ったら全員ぶっ潰してやる』とか似合いそうな顔!)
と思っているくらいである。
樹々が衛を見ていると気がつくのは、衛を遠巻きに見る人たちの視線だ。
それを見て樹々はなるほどと思う。
樹々は学園ではそのフェロモンで人を惑わす──してるつもりは本人に全くないだろうけれど──匡から「恋人が格好良いからモテて嫌だな」と言っていたのを聞いていた。
お前もだろ!と突っ込みはしたが、こう言うのを感じていれば、あのフェロモン垂れ流しの匡だってそう思うだろうと樹々は納得したのだ。
ぽんやりと彼を見ていると、肉食系女子──に見えないけれどそうなのだろう、と樹々はそうであると認定した──が衛に何やら言い寄っている。衛も女性相手だからか、あまり強く出られないようで困っている。
少し考えていた樹々は小走りでそこへと向かった。
そして
「松田くん、お待たせー!なになにナンパ?違った逆ナン?モテるねー。いいなあ、羨ましいっ!イケメンずるいわ。ずるすぎるわ!」
「は!!?」
樹々は目をまんまるにしてる衛をするっと無視して、肩に手を乗せてにっこり笑い
「ごめんね、おねーさんたち。俺たち今から遊びに行くんだ。おねーさんたちとは行けないんだよね。なにせ、松田くんの恋バナしなきゃだし。ごめんねー!」
「は!?はい?ちょ、てめ」
「照れるなって!松田くんがベタ惚れなの知ってるからー、オッケオッケー。今日もしっかり恋バナしよーぜ!」
「は、はああああ!!?」
完全にペースを崩された不良松田衛の肩に手を置いたまま、ポカンとしている女性を残し、樹々はそこから衛を連れ出し近くのコンビニの前までそこそこ足早に歩いた。
喧嘩を売られる事はあれど、あんな意味解らない状況にはなった事がない衛が「ごめんね、困ってるみたいだったし」と言う樹々を見る。その表情は困惑以上のものはない。
樹々はあの女性に、そして現状にすっかり困惑してる顔を見て、衛は不良だが怖くないと完全に認識。気にした様子もなく
「俺ね、制服でわかると思うけど君の恋人と同じガッコ通ってる、原嶋樹々って言うんだ。匡くんの同室者で、日々、毎日、四六時中、匡くんの惚気を聞いている親友です。よろしく!」
「は?え?お、お、おう……?」
「もうさー、匡くん……言いにくい。マサくんって呼んでるんだけど、呼んでいい?」
「あ、ああ、好きにしたらいいんじゃ、ね?」
「マサくんは『あー、モリに会いたいなあ』『モリって可愛い格好いいんだよー』とか『これこの間隠し撮りしてきたんだけど』とか、口を開けばモリ、モリ、モリって松田くんの話。お陰で俺、結構君の事を知ってる!この、猫好きめ!俺もだぞ。可愛いよね!あれは全世界を支配する可愛さだよ、ね!わかるよね!」
ドヤ顔で言われ衛はもはやどうしていいか分からずに、押されるがままにただただ頷いた。
それはそうだろう。
喧嘩ならやり返す術を知っている衛だが、逆ナンは別だ。
威嚇や殴るなどの喧嘩で培った追い返し方を女性相手にする事ではないのは、衛だってよく分っている。
困っていた所で、今度は突然の乱入者。その上ここまでの言動。
衛の頭は完全に停止一歩手前。
出来るのならばもう少し頭を整理する時間を貰いたいのだろうが、樹々はそんなつもりはさらさらないらしい。
「ちょっとさ、暇?俺さ、暇なんだけど」
「あ、ああ」
「おやつ的な、小腹満たすぞって感じで食べない?」
「は?」
「いやー、今日買い物に来ててよかったー。一人で食べるより、二人の方が美味しさ増す感じだよね」
ずるずると引きずられ今度はコンビニの反対側にあるファストフード店に。
抵抗する隙を見つけられないというか、ペースが狂って戻せないと言うか、そんな衛は言われるがままに注文し、言われるがままに席についた。
二階の奥は人があまりいなくて、なにを話していても問題なさそうだと樹々の判断である。
「俺の事はキキって呼んでよ。罷り間違ってもほうきに乗ったりしないから、そこだけはよろしく!」
「黒……、ああ、わかった」
「マサくんがさ、松田くんイケメンだからあんまりガッコの人達に会わせたくないって言っててさー。俺も会えないんだろうなーって思ってたから会えてよかったよ」
「そ、そうか」
ニッコニコと笑う樹々は、親友の恋が気になっていた。
正直言ってまともに付き合える相手が現れるのか、現れたところでその相手は匡といる事に耐えられるか──────つまり、数多の嫉妬を受けるであろう相手はそれに耐えて付き合いが続くのだろうか。
樹々はとても心配していた。
大人になってからならば処世術も知り、対応する術を身につけて、匡の無駄に振りまくフェロモンのせいで起きるかも知れない事をすり抜けられるかも知れない。
しかし今、現実的に匡は高校生だ。
本人でさえきっと自分のそうしたところに苦労しているかも知れないのに、同じくらいの年の相手が匡のそれからくる“弊害”で苦しんだ時、もう疲れたと離れてしまうのではないかと、樹々はお節介ながら心配していた。
せっかく実った恋ならば、長く幸せでいてほしい。
友人であれば普通はそう思うだろう。
重ねて言うが匡は“あのフェロモン”の持ち主だ。
いくら匡が努力しても、相手が、誰とも知らない相手からの嫉妬などで疲弊してしまえば関係は崩れかねない。
匡がどれだけ恋人を大切にしても、難しい事もある。
あの学園で過ごして樹々は、そういう崩れて戻せなくなり泣いて別れた人たちを見た。
親友にはそんなふうに悲しんでほしくはなかったのだ。
「──────って思ってたり考えたりとかしててさ。だからね、俺、会いたかったんだ」
ニカッと眩しいほどの爽やかさで笑った樹々に、衛は照れ臭そうに俯いた。
今まで衛は自分の大切な人が誰かに心配される事に、何も感じなかった。ポジティブな気持ちになった事はなかった。
衛が大切に思う姉を心配する人間に会った事がないとは言わないが、姉を心配する人間は大体が弟、つまり衛の存在に対して心配をする。そして言うのだ。何も知らないのに『弟があれでは心配でしょ』とか『弟の世話をする必要なんてないんじゃない?』とか、たまに『俺が一緒に助けるよ』とかも。
衛の姉はそれら心配に対して怒りを覚える。それらの心配は全て、 姉に対する様々な下心を、心配に変えて自分は良い人間だろうと売り込んでいるのだと、彼女が良く知っているからだ。
そんな姉を見ていた衛は、心配しているふりをして取り入ろうとしている相手を最低人間、と認識しており姉はそれを否定しなかった。
心配している人間はどうせ口だけ。何か別の目的のために、分り易いものを見つけて心配しているだけ。本当に心配してる奴なんていない。
そう衛は思ってしまっていた。
だからつまり、今初めて、衛は大切な人を純粋に心配している相手に出会ったと言ってもいいかもしれない。
「好きな奴に、心っからこうやってすげえ考えて心配したり、幸せになってほしいとか、思ってくれてる奴がいるって、なんか──────いいな。良いもんなんだな。知らなかった、まじで」
不良なんて忘れてしまうような、柔らかい笑顔に樹々は満面の笑みを浮かべる。
「マサくんってばさ、無自覚でフェロモンやろうだけど、松田くんの事、マジで大好き大好き愛してるなんだ。だから末長く付き合ってやって!」
「あ、当たり前だろ!俺の方が惚れて……なんでもねえ。なんでそんな顔で見てンだよ!」
「ぶっ!はは、松田くん、いいね!俺、友達になりたい」
「は、はあ?友達ィ?」
「学校内のマサくんの写真とか送るよ?どーよどーよ。欲しくない?」
「どーよって……」
樹々の提案に対し困惑した声色の衛だが、学校内の写真には大いに惹かれるようでモゴモゴと歯切れが悪い。
「あと、俺の実家にいる黒猫の写メも送りまくるよ、猫好きとしてどーよ」
「樹々が黒猫」
「いや、そこ突っ込まないで。俺はね、キジトラ派なんだ!」
「そこ強調されても」
フッと笑った衛は「あんた、変な奴だな」と言った。
「時々言われる。でも、学校では『匡のフェロモンを何とも思わない変人』と言われる事の方が多いよ。失礼な感じするよなあ」
なんとも言えない顔をした衛に樹々は、衛は確かに不良だけれど感情が顔に良く出るところは確かに“可愛い不良”かも、と心で匡に同意した。
「こんなこと言うとさ、松田くんにも怒られそうだけどフェロモン効かないってのには事情があってね──────」
久しぶりのデートだと、ご機嫌で電車を降りたのは匡。
よく晴れた日曜日の朝。完璧である。
今日のデートの一番重要な事は、衛の姉へのプレゼントを選ぶ事だ。
衛が「姉ちゃんにプレゼントを送るんだけど、俺一人で選ぶ自信はねーし。なあ、一緒に行ってくれねえ?」と“おねだり”してくれたものだから、匡の気分は今日の天気より晴れやかだった。
衛から自主的にお願いしてもらえる事は、匡に取って何よりも嬉しい。
聞き出して「なら、そこに行こう」とか「それにしよう」とかは良くある事だけれど、どうにも衛は自分から「これがしたい」とはなかなか言ってはくれない。
それを聞き出すのも楽しいし、匡の主観では衛も聞き出してもらえる事が楽しい──────もしくは嬉しいと思っているようだけれど、匡としてはお願いされたいのだ。
本日の待ち合わせ場所は珍しく──衛の選ぶ待ち合わせ場所は、基本的に匡が人目に晒されないような場所である──人の多い駅前。
駅前にいくつか植えられている木の中で、一番大きなそれの近くだ。
匡がキョロキョロと見渡すと、衛がいた。
なぜか木を見上げて立っている。
小走りで近寄り後ろから声をかけると、
「ぶは!やっぱりねえな」
と衛は笑った。
「え!?何が?突然どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ。ちょっと、うけることを思い出しただけだって」
「なに、気になるんだけど!?え、俺、何か変な格好してる?」
服の裾を摘んで聞く匡の、その少し困った笑顔を見た女性が頬を染めた。
今日も匡のフェロモンは有効らしい。
いつもならそれを見て威嚇しかねない顔つきになる衛は、また木を見上げで笑った。
「なんでもねぇよ。ちょっと、まあ、なんでもいいだろ!」
「よくないよ!」
ほら、姉ちゃんのプレゼント、選びに行こうぜ。と話を切り上げた衛の顔に匡は諦めて「ま、いっか」と隣に並んだ。
──────マサくんのフェロモンに惑わされるか?ないない。俺にとって『やっべー、あの樹木、かっこいい。やばい、すげえ』と同じなんだって気が付いてから、なんとも思わないんだよ!俺すごい?
「なんつーか、みんながあいつみたいだったら、俺も安心なんだっつーの」
この間出来たばかりの友人の顔を思い出した衛は、不思議そうな顔をして見つめてくる匡の顔を見て「ちくしょう、かっこいい」と呟いた。
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推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
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