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第1章
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辺境地が賑やかになった。
ヴァールストレーム辺境伯爵夫妻がいるだけでやはり違う。
ヴェヒテとヘレナにはそれだけの“貫禄”があった。
だからリネーは必要以上に自身へプレッシャーをかけてしまうのだろうけれど、きっと彼もヴェヒテのような領主になるだろう。
能力を評価するヴェヒテが彼を後継としたのは、そうだと思ったからだ。
そしてハイルも少しずつ変わってきた。
ユスティとマーサそしてカルロッテだけではなく、エディトと毎日顔を合わせ、リネーも共に過ごす時間を増やし、そしてグスタフ、ドンにも毎日仮に5分だったとしても会って挨拶だけでも交わす様にしてから、少しずつ、人に怯える様な仕草が減ってきている。
献身的に支えてくれるマーサには敵わないが、武人並みの体格──何せ彼は元々辺境地を守る武人だった訳だし──のグスタフにもぎこちないながら笑顔を見せる様になった。これは進歩である。
そもそもハイルは無意識に他人全てが『危険』と認識する傾向にあった。それをマーサとカルロッテが僅かずつ変え、ドンとリネーが優しい男もいるのだと言動で示した。
最後の仕上げの様にグスタフの出番だ。
執事の服自体にも怯えるハイルにとって、武人級の体躯に執事服など、恐怖が恐怖を着て歩いている様なもの。
ヴェヒテとヘレナが城に帰ってくる頃にやっとマーサの陰に隠れての挨拶まで出来る様になった。
その姿をかわいそうだと胸が締め付けられる思い半分で「いいな……俺に隠れてくれてもいいのに」と実に“まっとう”にユスティは思っていたのだが、ありがたい事に誰にも知られていない。
長期休暇が終わり、ユスティは本来学園の寮にいるだろう今日も、ユスティはハイルのぎこちない笑顔を嬉しそうに眺めている。
この日ユスティはリネーと共に軍の訓練所へ出かけて不在。
辺境を預かる家の人間として、二人も訓練は欠かさないようにしていた。
万が一の時は後継の兄を守るためにと“リネーよりも強く”を目指し訓練していたユスティだが、今ではどうやらハイルを守るべくも増えて一層真面目に取り組んでいる。
ユスティがいない城ではハイルがエディトに学んでいるところ。マーサは近くで見守っている。
相手の動きでビクッと体を竦ませる事はあるが、学ぶと言う事が楽しい様で何でも吸収しようとする姿勢は「ユスティ様に見習っていただきたいですね」との事。
エディトはハイルにとにかく話をし、絵本を与え、ハイルが興味を持ったものから教えていった。
ユスティに星が輝いていると言われたのがきっかけだったのか、ハイルは星や空に興味がある様で、星の位置で方角を知るのだと教え、城の図書館で星座の絵本を見つけ渡したところ何度も読み返したと、珍しく興奮気味なハイルにエディトのカヴァネス魂に火がついたようで力も一層入っている。
昨日あのあたりでこの形を見た気がするの、と絵本片手に伝える姿は確かに星空の様に輝く目──比喩ではあるが──でエディトをジッとみており、ますます彼女のガヴァネス魂に油を注いだ様だった。
ハイルの興味を刺激する方向で進めたのが良かったのか、エディトとハイルの距離は思いのほかグッと縮まり、ユスティが悔しそうにしたなんて姿も見られたが、それはご愛嬌。
今日も学ぶ楽しさのおかげで「夢中」の意味を知ったハイルに、エディトは絵本の中から興味を持った事を聞こうとしていた。
「ハイル様、今日はわたくしに何を教えてくださいますか?」
「あのね……ぼく、おかしいかもしれない」
「え?」
絵本の中で興味があった事、絵本ではなくても何かあればと聞いたエディトへの返事として些か不思議な言葉にエディトは瞬いた。
よく見ればかわいそうなほどにハイルは震えている。怯えているとも取れたハイルの肩をエディトはそっと撫でてやる。
触れた瞬間大きく体を揺らしたが、触れる手の持ち主がエディトだと分かり緊張した体から力も抜けた。
「どうなさったんです?痛いところや苦しいところがありましたか?」
努めて優しく聞くと、ハイルはぎゅっと目を瞑り両手でその目を覆い隠した。
「目のまえがチカチカするの。星空のキラキラみたいな、キラキラがあるの」
両手で目を覆い隠したまま、震え顔を一生懸命横に振るハイルをエディトは優しく抱きしめる。
エディトもハイルが“なにであるか”知っている人間の一人だ。ガヴァネスとしてまた働いてほしいと頼んだ時、同時にハイルの事も話している。
『呪われた子』と言われている事、だから断ってくれても構わないとも添えて。
仮に断られても彼女がこの事を言いふらす人ではないと知っているからこそ、エディトにこの役目を頼んだのだ。
エディトは『わたくしの生まれた国では加護なんていただけませんから。そうなると皆呪われた子ですよ』と引き受けてくれた。
それもあって彼女は躊躇いなくハイルに触れる。
その躊躇いのなさがハイルとの距離を縮めたのかもしれない。無意識にだろうが、ハイルはきっと相手からの感情を察して生きてきた。だからこそ“分かる”のだろう。
「目がチカチカなさるのですか?キラキラも?」
「うん、うん」
「いつからです?」
「このあいだから……ぼく、おかしいってまた、きっと……」
変調を告げ以前の生活に戻る事を危惧したととれた発言に、ハイルが今の生活が良いと思っている事──────つまり以前が異常だったのだと理解してきているのだと分かりエディトは報告書に加えなければと決めて
「安心してください。もし病気ならお医者様が治してくださいます。それにここの皆様はハイル様を心配こそすれ、いじめる様な事はなさいませんよ」
ハイルの小さな手がエディトの背中に回った。
きつくドレスを握るさまが痛々しい。
「そうですね。わたくしと一緒に、まずはマーサに言いましょう。彼女は優秀で、とても素晴らしい治癒魔法が使えます」
「なおる?」
「一度で治るかは分かりません。ですがこの城にはたくさん頭のいい人がいます。みんなで考えれば解決する方法が見つかりますよ」
「エディトもあたまいい?」
「ええ。自慢ではありませんが、頭がいい方ですよ」
ぎゅ、ぎゅっと抱きつくハイルを抱きしめていると、ハイルは「エディトみたいに色々答えてくれる人が、頭いいっていうんだね」と新しい発見に驚いた様な声をあげる。
怖さと興味が同じくらいになったところで、エディトはマーサに目配せをした。
マーサは自分以外にも不安を言える様になったハイルの“成長”に感動しつつ、不安なハイルを安心させる様に笑顔を浮かべハイルのそばによる。
ハイルも足音で気がついたのだろう、エディトに抱きつきながらそっと顔を上げた。
ユスティが綺麗だと言うその目は今にも溢れそうな涙で覆われている。
「このマーサにお任せくださいませ!もし一度でダメでも何度でも治癒魔法をかけましょうね。それにエディト先生が言われた様に、頭が良い方が多いですからきっと解決しますよ」
「マーサは?マーサは頭いい?」
マーサは少し黙ったのち
「そうですねえ。マーサは普通ですかね」
と楽しそうに笑いながら言った。
ヴァールストレーム辺境伯爵夫妻がいるだけでやはり違う。
ヴェヒテとヘレナにはそれだけの“貫禄”があった。
だからリネーは必要以上に自身へプレッシャーをかけてしまうのだろうけれど、きっと彼もヴェヒテのような領主になるだろう。
能力を評価するヴェヒテが彼を後継としたのは、そうだと思ったからだ。
そしてハイルも少しずつ変わってきた。
ユスティとマーサそしてカルロッテだけではなく、エディトと毎日顔を合わせ、リネーも共に過ごす時間を増やし、そしてグスタフ、ドンにも毎日仮に5分だったとしても会って挨拶だけでも交わす様にしてから、少しずつ、人に怯える様な仕草が減ってきている。
献身的に支えてくれるマーサには敵わないが、武人並みの体格──何せ彼は元々辺境地を守る武人だった訳だし──のグスタフにもぎこちないながら笑顔を見せる様になった。これは進歩である。
そもそもハイルは無意識に他人全てが『危険』と認識する傾向にあった。それをマーサとカルロッテが僅かずつ変え、ドンとリネーが優しい男もいるのだと言動で示した。
最後の仕上げの様にグスタフの出番だ。
執事の服自体にも怯えるハイルにとって、武人級の体躯に執事服など、恐怖が恐怖を着て歩いている様なもの。
ヴェヒテとヘレナが城に帰ってくる頃にやっとマーサの陰に隠れての挨拶まで出来る様になった。
その姿をかわいそうだと胸が締め付けられる思い半分で「いいな……俺に隠れてくれてもいいのに」と実に“まっとう”にユスティは思っていたのだが、ありがたい事に誰にも知られていない。
長期休暇が終わり、ユスティは本来学園の寮にいるだろう今日も、ユスティはハイルのぎこちない笑顔を嬉しそうに眺めている。
この日ユスティはリネーと共に軍の訓練所へ出かけて不在。
辺境を預かる家の人間として、二人も訓練は欠かさないようにしていた。
万が一の時は後継の兄を守るためにと“リネーよりも強く”を目指し訓練していたユスティだが、今ではどうやらハイルを守るべくも増えて一層真面目に取り組んでいる。
ユスティがいない城ではハイルがエディトに学んでいるところ。マーサは近くで見守っている。
相手の動きでビクッと体を竦ませる事はあるが、学ぶと言う事が楽しい様で何でも吸収しようとする姿勢は「ユスティ様に見習っていただきたいですね」との事。
エディトはハイルにとにかく話をし、絵本を与え、ハイルが興味を持ったものから教えていった。
ユスティに星が輝いていると言われたのがきっかけだったのか、ハイルは星や空に興味がある様で、星の位置で方角を知るのだと教え、城の図書館で星座の絵本を見つけ渡したところ何度も読み返したと、珍しく興奮気味なハイルにエディトのカヴァネス魂に火がついたようで力も一層入っている。
昨日あのあたりでこの形を見た気がするの、と絵本片手に伝える姿は確かに星空の様に輝く目──比喩ではあるが──でエディトをジッとみており、ますます彼女のガヴァネス魂に油を注いだ様だった。
ハイルの興味を刺激する方向で進めたのが良かったのか、エディトとハイルの距離は思いのほかグッと縮まり、ユスティが悔しそうにしたなんて姿も見られたが、それはご愛嬌。
今日も学ぶ楽しさのおかげで「夢中」の意味を知ったハイルに、エディトは絵本の中から興味を持った事を聞こうとしていた。
「ハイル様、今日はわたくしに何を教えてくださいますか?」
「あのね……ぼく、おかしいかもしれない」
「え?」
絵本の中で興味があった事、絵本ではなくても何かあればと聞いたエディトへの返事として些か不思議な言葉にエディトは瞬いた。
よく見ればかわいそうなほどにハイルは震えている。怯えているとも取れたハイルの肩をエディトはそっと撫でてやる。
触れた瞬間大きく体を揺らしたが、触れる手の持ち主がエディトだと分かり緊張した体から力も抜けた。
「どうなさったんです?痛いところや苦しいところがありましたか?」
努めて優しく聞くと、ハイルはぎゅっと目を瞑り両手でその目を覆い隠した。
「目のまえがチカチカするの。星空のキラキラみたいな、キラキラがあるの」
両手で目を覆い隠したまま、震え顔を一生懸命横に振るハイルをエディトは優しく抱きしめる。
エディトもハイルが“なにであるか”知っている人間の一人だ。ガヴァネスとしてまた働いてほしいと頼んだ時、同時にハイルの事も話している。
『呪われた子』と言われている事、だから断ってくれても構わないとも添えて。
仮に断られても彼女がこの事を言いふらす人ではないと知っているからこそ、エディトにこの役目を頼んだのだ。
エディトは『わたくしの生まれた国では加護なんていただけませんから。そうなると皆呪われた子ですよ』と引き受けてくれた。
それもあって彼女は躊躇いなくハイルに触れる。
その躊躇いのなさがハイルとの距離を縮めたのかもしれない。無意識にだろうが、ハイルはきっと相手からの感情を察して生きてきた。だからこそ“分かる”のだろう。
「目がチカチカなさるのですか?キラキラも?」
「うん、うん」
「いつからです?」
「このあいだから……ぼく、おかしいってまた、きっと……」
変調を告げ以前の生活に戻る事を危惧したととれた発言に、ハイルが今の生活が良いと思っている事──────つまり以前が異常だったのだと理解してきているのだと分かりエディトは報告書に加えなければと決めて
「安心してください。もし病気ならお医者様が治してくださいます。それにここの皆様はハイル様を心配こそすれ、いじめる様な事はなさいませんよ」
ハイルの小さな手がエディトの背中に回った。
きつくドレスを握るさまが痛々しい。
「そうですね。わたくしと一緒に、まずはマーサに言いましょう。彼女は優秀で、とても素晴らしい治癒魔法が使えます」
「なおる?」
「一度で治るかは分かりません。ですがこの城にはたくさん頭のいい人がいます。みんなで考えれば解決する方法が見つかりますよ」
「エディトもあたまいい?」
「ええ。自慢ではありませんが、頭がいい方ですよ」
ぎゅ、ぎゅっと抱きつくハイルを抱きしめていると、ハイルは「エディトみたいに色々答えてくれる人が、頭いいっていうんだね」と新しい発見に驚いた様な声をあげる。
怖さと興味が同じくらいになったところで、エディトはマーサに目配せをした。
マーサは自分以外にも不安を言える様になったハイルの“成長”に感動しつつ、不安なハイルを安心させる様に笑顔を浮かべハイルのそばによる。
ハイルも足音で気がついたのだろう、エディトに抱きつきながらそっと顔を上げた。
ユスティが綺麗だと言うその目は今にも溢れそうな涙で覆われている。
「このマーサにお任せくださいませ!もし一度でダメでも何度でも治癒魔法をかけましょうね。それにエディト先生が言われた様に、頭が良い方が多いですからきっと解決しますよ」
「マーサは?マーサは頭いい?」
マーサは少し黙ったのち
「そうですねえ。マーサは普通ですかね」
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