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第五章
キャラクターシナリオ[エメラダ Episode2]
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「なんっっでこのアタシがメイド服なんか着なくちゃいけないのよっ!!」
黒を基調としたロングドレスと裾からふわぁっとのぞくフリルに女性らしい柔らかさを感じる。背中を流れるブロンドヘアが黒いドレスと相まっていつも以上に映えている。そしてレース装飾のあしらわれた白いエプロンとホワイトブリムが清潔感を強調している。
クラシカルな給仕服に身を包んでいてもとても優雅でロイヤルな雰囲気が漂っている。
エメラダは身体を少しだけ前かがみにして大事なところを守るように上と下を腕で隠しながら、恥ずかしさと怒りで顔を赤くしてギロリと睨む。
このような状況になった理由は遡ること3時間前………。
アシスターを倒し謎の男が去ったあと、俺達は宿屋でジョセフ達と合流した。
火山に一番近い街だけに対策がしっかりなされており、街を囲う結界が火山灰の被害から守っていた。しかしハイダウト火山そのものが爆発して消滅したことに大変な騒ぎとなっていた。
重要な話し合いをしなければいけないため、他の宿泊客に聞かれる心配のない1棟貸しの宿泊施設へと移り、消耗した体力と魔力を回復させるため、その日はすぐに休んだ。
そして翌日
「シャルル・ルートヴィヒが生きていただって!?」
リビングに集まりハイダウト火山で起きたことの顛末を話すと、ジョセフの驚いた声が響いた。
「彼はアシスターに殺されたはず。研究施設でアシスターと争った跡を見ているじゃないか」
「ですが、その肝心のアシスターは操られていたんですよね?」
「確かに……。しかし僕らは誰もシャルル・ルートヴィヒの顔を知らないんだ。
僕や兄さんが使った召喚魔法は彼が創ったものだ。他にも人々を守るための魔法をいくつも開発している。
そんな人がアシスターを操ってこれまでの騒ぎを起こしていたとは思えない。
もしかしたら、シャルル・ルートヴィヒの名を騙った偽者の可能性も」
「それはないわね。あれは間違いなく本人よ」
ジョセフの考えをエメラダがバッサリと否定する。
「なぜ言い切れるのですか?」
「あの人間、アシスターが死ぬ間際に言っていたわ。あの日、あの剣を召喚してからシャルルの様子がおかしくなったと」
アシスターが必死に伝えてきた情報だ。それ以上のことは詳しく聞けなかったから、今ある情報で推測していくしかない。
「あいつらは研究施設で例の召喚実験を行っていたのよ。
そして喚び出してしまった。アカ・マナフの剣を………」
「アカ・マナフの剣ですって!?」
エメラダの声のトーンが暗くなったのと反対にリリルが大きく叫んだ。
「知っているんですか神様?」
「いえ…、それこそありえない話です。
あれはヴェンディダードとともに滅びました。もはやこの世に存在しない武器なのです」
あの時のエメラダのように狼狽えたリリルだったが、すぐに平静さを取り戻す。
この2人がこうまで取り乱すアカ・マナフの剣とは一体………?
「なぜアレが消滅していなかったのかアタシにも分からないわ。でも、あの血を凝縮したような赤黒い剣身…、伝承に残る特徴とも一致しているし、なによりもこのアタシをも凌駕する禍々しくて邪悪な魔力はアカ・マナフのもの以外に考えられないわ」
エメラダの額に汗が流れる。その深刻な表情にリリルは息を飲む。
「もし本当にアカ・マナフの剣なのだとしたら………」
「最悪の事態ね………」
2人だけがまるでこの世の終わりと言わんばかりのムードだ。
「説明してくれませんか? そのアカ・マナフの剣のことを」
訳の分からないジョセフの問いにエメラダが重い口を開く。
ここからはエメラダの話を要約していく。
今から何百万年もの大昔、魔族と神族はエメラダたちが元いた世界とはまた別の異世界に住んでいた。
ヴェンディダードと呼ばれたその世界で、4人の魔王と神々は世界の覇権をめぐって争っていた。古代の魔神は現代のエメラダやリリルとは比べ物にならないほどの強大な力を持っていた。そしてその4大魔王の1人がアカ・マナフだ。アカ・マナフの使っていた武器を現在ではアカ・マナフの剣という。
長い長い時を経て、戦いは魔族の勝利で決着が着いた。
誰しもが魔族が支配する世界が始まると思った。だが………。
決着が着いたあと、今度は魔王どうしでの争いが始まった。
強い者がいればそれが同族であっても己の力を高めるために戦いを求め続け、破壊と殺戮を繰り返す。それが古代魔族の邪悪な本質だった。
そしてアカ・マナフの剣にはそんな邪悪な魔力が染みついている。並の存在が触れれば、自我が影響され考え方がアカ・マナフのソレに近づく。別人のように性格が変わっても、それは確かに本人の意思なのだという。
たった1人でも世界を支配できるほど莫大な魔力を有した魔王どうしの争いは天を裂き地を割り、この世の全てを滅亡の渦へと巻き込んでいった。
ついには“世界”という空間そのものの破壊にまで至ってしまった。一部の魔族と神族は空間が消滅する前に異世界に渡った。それがエメラダたちの住んでいる世界だ。だが4人の魔王たちは最後まで戦い続けたため世界もろとも終滅した。アカ・マナフの剣もそのとき一緒に滅びている。
「せ、世界を消滅させただなんて………、古代の魔王はそんなにも恐ろしい存在だったんですか」
ジョセフは喉をうまく空気が通らぬといった感じのかすれた声で目を見開いている。
「そのせいで神の連中は魔族は邪悪だと決めつけた。世界を守るために魔族は討滅すべきと考えた神族と、敵対するものは問答無用で殺そうとする気質の魔族との争いは絶えることなく続いてきたのよ。
まったく、いい迷惑よね。今の魔族に戦争を起こす気はないのに。
大昔の歴史に囚われて正義者気どりの使命に固執して。くだらない。そんな過去の出来事なんか魔族を狙う理由になんてならないのよ」
だったら話し合いしよーよ。
きっとジョセフも同じことを思ったに違いない。口にしなかったのは自分もエメラダを倒そうと立ち向かってきたことに後ろめたい気持ちがあるからだ。
「どういうわけかヴェンディダードの消滅から免れた剣を召喚したあの人間は、自分の助手に魔力の一部を注いだ魔石を埋め込んで影から操っていた。研究施設の戦いの跡はその時のものだったのね。
そして計画が失敗すると魔力の回収と役立たずを処分するために現れ、魔石ごとアシスターの胸を貫いていった」
エメラダは昨日のことをいま目の前で起きていることかのように険しい気配で話す。
「ま、魔剣の魔力をフルパワーで解放した兄さんと覚醒したエリィさんの2人がかりでようやく倒せたアシスターの力がアカ・マナフの剣に宿った魔力の一部だったなんて………。
計画を練り直すと言っていたようだけど、それだけ並外れた力がありながら自らは表立って動かず……、いったいシャルル・ルートヴィヒの真の狙いは何なんだろう?
兄さんはどう思う? ………兄さん?」
ジョセフに呼ばれた俺はソファーの背もたれに全体重を預けたまま目を瞑っている。
「フォックスさん? 体調が悪いのですか?」
「んー……。なんか体がすっごいだるいんだよな~。熱はないんだけど風邪引いたかな?」
今朝起きたときからだるくてこうして座ってるだけでもしんどい。話を聞く気力もなくて横になりたくてしょうがない。
「おそらく魔剣の魔力を取り込んだ反動でしょう。見た目にはなんともないように見えても、体にはかなりの負荷がかかっていたんだと思います」
そうか。戦いの直後はこれといった違和感は感じなかったけど、筋肉痛みたいに時間が経ってから影響が出始めたってことか。
「大丈夫? フォックス?」
「んんー、しんどいー……」
顔をエメラダの方へ向ける気にもなれなくて声だけで返事する。
「しばらく安静にしていたほうが良いでしょう。いい機会ですし、今後のためにこれまでの旅の疲れも取っておきましょうね」
「でもそんなに呑気にしてる暇はないんじゃ?」
「それは大丈夫だと思います。
シャルルさんがアカ・マナフの剣を召喚してから今日までの間の約1年間計画を進めていました。
その計画とは、操られたアシスターさんの言葉を信じるなら人間に魔族や神族の力を与え争いを起こすこと」
「ミスリは召喚魔法の改良型は完成していると言ってたね。そして自分の身体に魔方陣を刻んでより効果的に天使の力を手に入れていた」
「ですがシャルルさんはフォックスさんの魔剣を手に入れることができずに計画を“修正”ではなく“練り直す”と言った。
魔剣を武器としてではなく、他の目的のために利用することこそ計画の“核”だったのだと思われます。
だとするなら、今すぐにシャルルさんが次の行動を起こすことはないと思います。その間に我々も対策を練りましょう」
そんなこんなでリリルとジョセフは対策を練るため敵について詳しく知る必要があると言って、シャルルの恩師である学園長に会いに旅立った。
体調の優れない俺は留守番でエメラダも残った。
「横になって大人しくしてなさい。何かしてほしいことがあれば言っていいわよ。フォックスこれまで頑張ってきたからね。元気になるまでなんでもやったげる」
「えっ、マジでぇっ!?」
ベッドに横になろうとした身体を起こして目を輝かせた。
「それじゃあ一つお願いがあるんだけど………」
「なんっっでこのアタシがメイド服なんか着なくちゃいけないのよっ!!」
というわけである。
あれ? もしかして前置き長かった?
ちなみにこのメイド服は近くの専門店で買ってきた。貴族の屋敷なんかで働くメイドさんが着る本物のメイド服だ。この街にはメイド協会本部があるみたいで店内の種類と質は抜群だった。
しっかし、そういうつもりはなかったとはいえなんでもやると言った手前、ちゃんとメイド服を着てくれるあたりは律儀なエメラダらしい。
「ちっちっちっ、分かってないなーエメラダは」
人差し指をメロトノームのように振る。
「長い歴史のなかで給仕に適して進化した服装がそのメイド服なんだ。
体の調子が良くない俺の面倒見るために残ってくれたんだろう? なら世話をするのにメイド服は最適解の格好だ。いわば作業着だな。だからそんなに恥ずかしがる必要なんてないんだぜ?」
強引な屁理屈で納得させようとする。
「看病をするのはメイドじゃなく看護師の仕事でしょ?」
………………
「細かいこたぁいいんだよ細かいこたぁ!」
論破されて返す言葉が見つからなかった。
「アンタたんにアタシのメイド姿が見たかっただけでしょ」
「ちっ、バレたか」
見事に図星を指される。
「まったくアンタってやつは……。
ならこれで満足したでしょ? アタシはもう着替えるからね」
くるりとスカートを翻し部屋を出ていこうとする。
「ごほっ、ごほっ! あぁ~、苦しいよーしんどいよー。綺麗なメイドさんに面倒見てもらいたいなー。メンタル弱いから優しくしてくれないと心まで病んじゃうよ~」
わざと咳をして弱ってるアピールする。
「~~~!」
エメラダはなんともいえない表情をする。
「はぁ~」
諦めか呆れか、はたまたその両方の感情がこもったため息を吐く。
「しょうがないわねぇ。こんなわがまま今回だけだからよく覚えときなさい!」
コツコツコツと靴音を床に響かせこちらに戻ってくる。
「わーい。エメちゃんやっさしーー」
「エメちゃん言うな!
………まったく」
不服そうな感情を顔に残して壁の時計を見る。
「そろそろお昼ね。何か食べたいものはある?」
「食欲ないからいらない」
いろいろふざけたことを言っているが、体調が悪いのは本当だ。エメラダもそれが分かっているから強くは出てこない。なんだかんだで甘いのだ。
「ダメよ。朝も食べてなかったじゃない。
食事と十分な睡眠は健康の基本なんだからね」
わぉ、健康どころか数多くの命を奪ってきた魔王とはおよそ思えないまっとうなご意見だ。
「ちょっと待ってなさい。消化に良いものを作ってあげる」
そう言ってキッチンに向かい、しばらくしてから湯気の立ち上る食器を乗せたトレーを持って戻ってきた。
「………何これ?」
これは………、お粥だろうか……?
器に注がれているものを見ても断言できなかった理由はその色だ。
かき氷シロップのハワイアンブルーで煮たようなドギツイ色をしている。はっきり言って毒々しい。
「なにってお粥に決まってるじゃないの」
あ………やっぱりこれってお粥なんだ……。
お粥って見た目にも優しいはずなのに、なにをどうしたらこんなにも自己主張がギンギンに激しくなるんだ?
くんくん
匂いにおかしなところはない。嗅ぐだけで脳を刺激してくるじゃないかと警戒していたがそんなことはなかった。
「あっ、アンタいまアタシの料理疑ったわね!」
エメラダの睨みつけてくる視線がイタイ……。
「あ…いや、その……俺の知ってるお粥とはちょっと違ったから……」
叱られた子供のように首をすくめる。
「安心しなさい、これは治療食よ。料理用の回復魔法をかけてあるの。色が変化してるのはそのせいよ、味に変化はないわ」
「なんだ、そうなのか………」
ほっと胸を撫で下ろす。
てっきりヒロイン定番の地獄料理を食わされるのかと思った。
「睡眠魔法もかけてあるから、それを食べてぐっすり眠れば気分が良くなってるはずよ」
へぇ、まさかここまで俺のためにしてくれるとは……。
軽く感動を覚えトレーを受け取る。
だがこれで終わらないのが俺である。
「エメラダに食べさせてほしいな~」
せっかくの機会なのでお約束のあ~ん、を経験してみたい。
しかしエメラダはあからさまに顔をしかめる。
「なに言ってんの? 赤ん坊じゃないんだから自分で食べれるでしょ」
くっ、至極まともな正論で返してきやがる……。
「メイドさんなのに俺のお願い聞いてくれないの? 傷つくなぁ、心が痛い~」
心臓の部分を押さえて、仔犬のような目で訴えかける。
「はぁーー。分かったわよ」
意外とあっさり受け入れてくれた。今回は無理だと思ったんだがな。
エメラダがスプーンでお粥をすくう。
「ありがとう。いただきまがががぶぅっぐんがががぁっぢぢぢぢあっぢぃっ!!」
ふーふー、と冷ます手順をスルーして出来たて熱々のお粥が無理やり口の中に突っ込まれた。
「あはははははははっ!」
エメラダはベッドの上でのたうち回って熱がる俺を見て大爆笑している。
鬼かコイツ!
「どう? まだアタシに食べさせてもらいたいのかしら?」
エメラダは2撃目のお粥を準備している。
「わかった、わかりました。自分で食べますよ!」
「ふふん、始めからそうしてればいいのよ」
満足げにほくそ笑む。
チクショーッ、油断した!
ちゃっかり仕返ししてくるところもまたエメラダらしい。
「ふーふー」
エメラダからスプーンを受け取って自分で冷まして口に運ぶ。
うん。たしかに味は普通にお粥だ。魔法がかかってるのかは食べてもよく分からなかった。
「ごちそうさまでした」
少なめにしておいてくれたおかげで全部食べることができた。
「ふぁ~」
さっそく魔法の効果が効いてきたのか眠くなってきた。
ウーンウーン!
その時けたたましいサイレンが街中に響き渡った。
「うるさいわね、なんの音?」
「非常事態を知らせる警報だな。何があったんだろう?」
「緊急事態発生。街にモンスターの群れが接近しています。冒険者の皆さまは至急街の入り口に集合してください!」
スピーカーから緊迫した様子のギルド職員のアナウンスが聞こえてきた。
「モンスターの群れがぁあ~ふ」
まぶたが重くてこっくりこっくりと船を漕ぐ。
「フォックスがゆっくり眠れるようにモンスターはアタシが消しといてあげるわ」
「んー、じゃあお願いー」
睡魔が津波のように押し寄せてきて、もうまともに物を考えることができない。言われるままに任せて枕にコトンと頭を落とした。
「おやすみ」
次に目が覚めたのは窓に茜色の空が映る時刻だった。
「起きたのね」
ベッドの傍のイスにエメラダが腰かけていた。
「もしかして戻ってからずっとそばにいてくれたのか?」
「フォックスって案外かわいい寝顔してるのね」
エメラダはからかうようにクスクスと笑う。
「恥ずかしい! もうお婿に行けない!」
ぐっすり安眠できたおかげで頭はスッキリしている。寝起きでさっそく両手で顔を覆ってボケる。
ピンポーン
誰か来た。ジョセフたちは今日出発したばかりだからまだ当分戻ってこないはずだ。
「体調はもう大丈夫?」
玄関に向かおうとする背中にエメラダの声がかかる。
「ちょっとマシになったよ。歩くくらいなら大丈夫」
「少しだけ? おかしいわね……」
部屋を出て玄関の扉を開けると、おっさん二人におばさん一人が立っていた。
「突然すみません。私はこの街の町長ヴィル。そしてこちらがギルドの支部長とメイド協会会長です」
支部長の男は軽く頭を下げ、メイド協会会長の女性は品良くお辞儀した。
お偉さんが集まって何の用だ?
支部長と会長はさっきのモンスターの件なんだろうけど町長は? 自ら礼を言いに来たってところか。
「昼頃街に近づいていたモンスターの群れをたった一撃で薙ぎ払ったメイドがこの宿泊施設に戻っていくのを見たという目撃情報から伺ったのですが、間違いありませんか?」
「えぇ、そうですけど」
本当はメイドの格好しているだけだけど、そこはいちいち説明しなくていいだろう。
玄関先ですぐに済む話でもなさそうなのでとりあえずリビングに通した。
エメラダはキッチンで夕食の準備をしている。
「で、用件は何ですか?」
本物のメイドなら来客の対応をするが、人間にお茶を出すなどエメラダがするわけもなく、その様子を3人の客も変に思っているようだが話を促す。
「コホン。ではまず先のモンスター討伐についてですが、今回は緊急の案件だったためギルドを通していなくても報酬が支払われます。
こちらがその報酬となります。お受け取りください」
支部長が握り拳より少し大きいくらいの革袋をテーブルの上に置いた。
ジョセフからこの街の滞在費を半月分貰っているが、それと同じくらいありそうだ。
思わぬ臨時収入だな。これはエメラダが受け取るべきものだ、あとで渡すとしよう。
「さて、ここからが我らが来た本題なのですが………」
やっぱり何かあったか。町長の声のトーンが急に重くなった。
「じつはこの街は5日前からファットという男に支配されているのです」
なんか予想以上に重いことを言い出してきたぞ……。でも俺達が来たとき普通に街に入れたけどな? 住人も自由に出歩いていて支配されている感じがしない。
「さきほどのモンスターの襲来もその男の仕業なのです」
「そうなのかっ!?」
「はい。正確にはその男が使役している召喚獣の能力なのです」
「召喚獣の能力? 異界の魔獣は他のモンスターを操るスキルを持ってるのか?」
「いえ、その男の召喚獣は魔獣などではありません。
あれは魔族という魔獣よりもはるかに危険な存在です」
「!?」
エメラダがピクリと反応したのが分かった。
魔族を召喚した男………。まさか俺以外にも魔族を召喚した奴がいたのか……。
いや…、俺が召喚できたぐらいだから他にいても不思議じゃないか。
それとも、ファットって奴はシャルルの高位召喚魔法を使ったのかもしれない。だとしたらこの件にシャルルが絡んでいる可能性がある。
「あれをご覧ください」
町長は窓の外に見える丘の上に建つ屋敷を指す。
「今は誰も住んでいないあの古い屋敷に住み着き、我らが要求を拒否するとあそこからモンスターを操って街を襲わせるのです。
今日ももうこの街を解放してほしいと交渉に出たギルド職員と護衛の冒険者が殺されました」
そうとう危ないやつらだな。しかも屋敷にいながら街の外のモンスターを操れるのは厄介だ。
丘の上だけにあの屋敷は少し離れて街を見渡せる位置にある。モンスターを差し向け自分たちは高みの見物ってか。腐ってやがる!
「この街にはメイド協会の本部があり、多くのメイドが在籍しています。ファットは若いメイドたちを自分に従事させることを要求しているのです。1日に1人メイドを差し出さないと街を滅ぼすと……」
「はぁ?」
思わず間抜けな声が出た。
シャルルが関係しているのだとしたらこの街で何をしようとしているのかシリアスにいろいろと考えてたから、メイドを利用する利点が理解できずクエスチョンマークが浮かんだ。
「信じられないのも無理ありません。ですが事実なのです。
ファットはメイドを従わせることに喜びを感じるメイドオタクなんです」
町長は表情を少しも変えずに真剣そのもので説明してくる。
「お願いします。どうかこの街を救って下さい!」
「えっ、いやちょっと……待ってくれる?」
あまりにも間抜けな理由で気が抜けた。完全趣味MAXが暴走してる感じじゃん。アホらしい……。ってかそんなことに付き合う魔族って………?
あれ? もしかしてエメラダにメイドの格好させてる俺って人のこと言えない………?
「もちろん報酬はお支払いいたします。
理由はなんにせよ、魔族の力は恐ろしいほど強大です。ハイダウト火山近辺で冒険者が襲われる事件で、このあたりの街や村の有力な冒険者は殺されてしまいました。調査隊の編成を国と調整しているため、こちらに人員は回せないと領主様には言われてしまいました。
ですが、数十体のモンスターをたった一撃で一掃できるあなた方ならあの魔族を倒すことができます。どうかお願いします!」
そっか、昨日の今日でミスリ事件が解決したという情報はまだ伝わってないのか。そのときの被害で近隣の街や村の防衛力が低下しているのなら放っておくわけにもいかないよな。
それにファットが使用した召喚魔法について確かめなければいけない。
「依頼を受けるのはいいですけど、俺達冒険者じゃないからギルドカード作ってないんですけど?」
ギルドの依頼を受けるには事前に冒険者登録をしてギルドカードを作っておかないといけない。このカードで依頼の受注状況を管理しているから、登録なしで依頼内容のモンスターを討伐したとしてもただの骨折り損のくたびれ儲けになる。
中間テストの実技は学生用クエストだったため、学生証の提示だけで受けることができたわけだが。
「ご安心ください。これは町長としてあなた方に直接依頼するものですから、ギルド関係なく報酬をお支払いいたします。
そしてもう一つ、メイド協会からも依頼達成報酬として伝説のアイテムを進呈いたします」
伝説のアイテム?
町長の視線に頷き、メイド協会会長が赤い玉を取り出した。
「これはスキル玉?」
使用することでスキルを一つ得ることができるアイテムだ。色によって効果の種類が分かれる。赤が自身に効果を付与するいわゆるバフ系・青が敵に効果が出るデバフ系といった感じに。
「これは私どもメイド協会に伝わる伝説のスキル玉『メイドの極意』です。
効果は戦闘に参加している味方メイドの火力を50%上げることができます」
火力とは物理攻撃力・魔法攻撃力の両方を含めた言い方だ。しかし………
「なんでメイド? 普通メイドは戦わないだろっ!」
どんな環境を想定したスキルだよ! 主の身の回りのお世話をする非戦闘員を強化したってほぼ意味のないスキルだぞ?
「協会を設立した初代会長はメイドでありながら優れた戦闘技術を習得しており、主を危険から守っていたそうです。
これは初代会長が所持していたスキルを協会が大切に保管していたものです」
代々保管してきたのなら協会にとって大切なものなのだろう。それを渡すということはそれだけ困ってるってことだよな?
「でもメイドってどうやって判定されるの? 実は彼女本当はメイドじゃないんスけど?」
「あら、そうだったのですか? ですが大丈夫です。このスキルの発動条件はメイド服を着ていることですから」
パキイィーンッ!
食器が粉々に砕ける音がした。
あーあ、怒ってるよあれ。
メイド服なんか着て戦わないわよっ!というエメラダの心の声が聞こえてきそうだ。
「っていうか服を着ただけでメイド判定になるの?
それにメイド服って戦闘向きじゃないように思うんだけど…。そんなの着て旅なんてできないし」
「安心してください。強制労働させられているメイド達を解放してくださったら、私どもの協会で名誉メイドに認定させていただきます。そうすればメイド服を着ていなくても常時スキルが発動可能となります」
イーワンやニッツのような特攻倍率クラスの壊れではないがあれは発動環境が限られていたし、発動条件が緩和……というか無くなるのであればなかなかの良いスキルなのではないか?
「あのー、俺風船になった気分なんですけど?」
翌朝、ファットの屋敷に向けて出発した俺達。
だけど俺はなぜか魔法で浮遊した状態でエメラダに手を引かれている。
「仕方ないでしょ、今のアンタにこの丘を登る体力があるの?」
エメラダは眉を尖らせ、言葉からはピリピリと棘を感じられる。その理由には心当たりがあった。
「もしかして怒ってる?
メイドたちには危害は加えられてないといっても絶対安全ってわけじゃないし、無理に突入したら人質にされるかもしれない。
それに屋敷にいる間にまたモンスターで街を襲わさせられたら厄介だし。
相手を油断させるにはファットに仕えに来たメイドのふりをするのが一番だと思ったんだ。ごめんだけど、協力してほしい」
1日1人メイドを連れてくるのがファットの要求だ。だからエメラダがメイド役で俺はそれを連れてきた役所の人間のふりをして建物内に入り、ファットと魔族が揃ったところを一気に倒す! これが俺の立てた作戦だ。
エメラダはメイド服姿を複数に晒すことに怒りを感じているのだと思う。
「アタシはね、フォックスが自分の体調を考えずに依頼を受けたことを怒ってるの。
現にこの丘だって自力で登ることができないじゃない?
アタシは命は守れても体調不良を代わってあげることはできないのよ」
小さい頃、風邪を引いて苦しんでいるときに母親に言われたのと似たようなことを言う。まるで保護者みたいだ。
そっか、俺のことを想って怒ってたんだ………。
「だってシャルルが関わってるかもしれないのに無視するわけにいかないもん……」
エメラダに怒られてしゅんと小さくなる。
「は、反省しているのなら屋敷に着いたら大人しくしてるのよ。たとえ戦闘になっても後ろでじっとしていること。分かったわね?」
「はーい、分かりました」
そんなこんなの会話をしてる内に屋敷に到着した。
「はい、どちら様でしょうか?」
でっかい門の横にある呼び鈴を鳴らすと二十歳前後のメイドが出てきた。
「少々お待ちください。ご主人様に確認して参ります」
エメラダを見て自分と同じくファットに差し出されるメイドと理解して一瞬悲しそうな顔をしたあと、一旦屋敷内へ戻っていった。
「お待たせいたしました。ご主人様がお会いになります。どうぞこちらへ」
事前に町長に聞いていた情報どおりだ。
メイドを送り届けるだけなら俺はここまでということになるが、ファットは自分の目でメイドを見て気に入らなければチェンジを要求してくるらしい。ゆえに俺もその場まで同行することになる。
とりあえずは第一段階クリアだな。
メイドの案内で敷地内に踏み入り屋敷の中へと入る。途中、花壇に水やりをしている別のメイドを見かけた。
もう何年も誰も住んでなかった屋敷と聞いていたけど、そうとは思えないほどきれいだ。
シャンデリアは絢爛豪華に輝いていて、それを反射できるくらい床もピカピカに磨かれている。
今この屋敷には6人のメイドが働かされているはずだ。きっと彼女たちが頑張ったのだろう。脅されて必死にやったのかもしれない。
「こちらでお待ちください。すぐにご主人様が参ります」
一室に通されソファに腰かけて待つ。
1分程で戻ってきたメイドが扉を開け、ぶっとりとした男が入ってきた。
五重顎くらいに垂れ下がりお腹もぶよんぶよん。脂肪の塊みたいなのがここの主のファットだ。
「金髪メイドキターーーッ!!」
ファットはエメラダを見るなり奇声を上げてお腹を揺らしてウキウキと小躍りした。
むふー!むふー!という鼻息が耳障りに部屋に充満する。
エメラダは明らかに不快そうにしている。
頼むから召喚魔法の情報を聞き出す前に手を出したりしないでくれよ……。
「これまでの中でだんとつに可愛いメイドでふ。街の連中もようやくボクたちの恐ろしさを理解したようでふね」
「性格もツンデレであるのなら吾輩も言うことないのである」
ファットとは真逆にガリガリに細くてメガネをかけた男が入ってきた。肌は薄紫色で人間の皮膚よりも固そうだ。こいつがファットの召喚した魔族か? イーワンが魔人化したときのような異形の姿をしている。
「ソレな! ツンデレ金髪メイドは美少女の頂点でふ。さすがは同志、分かってるでふね~」
向かいのソファに座ると2人は熱くメイド談義を始めた。
コイツら類友か! メイド欲だけで協会本部があるこの街にやって来て支配したのかよっ!?
……あれ?
「なぁ、エメラダ」
話に夢中になっている2人に気付かれないよう小声で話しかける。
「あいつも魔族なんだろ? エメラダ見ても驚かないのなんでだ?」
自分たち魔族の主たる魔王が目の前にいるのに、ファットの魔族は平然としている。……というか気づいてないのでは?
「魔王に謁見できるのは高位の魔族に限られるの。人間だって同じでしょ?
あんな魔力の同化に肉体が変容するような下っ端ふぜいが魔王の顔を知るはずがないわ。
魔王の姿を拝めるのは一部の魔族しか許されないとても光栄なことなのよ」
へぇー、そんなもんか。まぁ俺はこの国の王様の顔どころか名前も知らんがな。
中学の時事問題で出てきたことがあったが、政治なんて毛ほども興味ないから覚えようとも思わなかった。親からは常識がないと叱られたが……。
「そういえばエメラダって魔王化しても見た目そのものは人間と変わらないままだよな? 同じ魔族でなんで違うの?」
「生物は肉体に魔力が同化すると強靭な特異魔性に体が変質するの。これには存在の器と内包する魔力量に関係があって、存在としての器が弱い者は魔力の影響を体に受けて生まれてくるわ。下級の魔族がその分類ね。
人間は器に対して魔力量が少ないから体に変化は起きないの。前に戦った魔人は後天的な例と言えるわね。
高位魔族以上になると同じような強靭な肉体はしているけれど、変質は起こらず昇華させた魔力がオーラに凝縮して翼や尻尾として具現化するのよ」
「??????」
………ふむ、ちんぷんかんぷんだ!
首が一回転しそうな気持ちで傾げる。
「要するに弱い魔族ほど魔力の影響を体に受けるってこと」
なるほど、アイツは魔族の中でも弱い方なのか! ならメイドたちを巻き込まずに一気に制圧できそうだ。
「余計なことは考えない方が身のためであるぞ人間」
「!?」
俺の気配の変化を鋭く感じ取ったのか…。わずかな敵意に気付けるのは、下っ端といってもやはり人間より高位の存在だけはある。
「吾輩はこの屋敷に居ながら街の外のモンスターを操ることができるのであるぞ? 昨日は手を抜きすぎたか、街の人間どもで自衛できたようであるが今度は100匹を超えるモンスターで襲っても良いのであるぞ。
そしてお前は昨日ここに来た連中同様、吾輩に逆らったことを後悔しながら死んでいくのである」
ファットの後ろに控えていたメイドが蒼白になってガタガタと震えだした。ギルド職員と護衛が殺される瞬間を見ていたようだ。
「雑魚ふぜいが身の程を弁えろ」
ファットの魔族の殺気を上回る存在感が隣から放たれた。
「フォックスを殺すと言ったこと後悔するのは貴様のほうだ」
「わ、吾輩に逆らうとはいい度胸である。街がどうなってもいいのであるな!」
ゾクッ!とエメラダの気配に押されたが、それを振り払うようにワォーーーッ、と外へと響く狼に似た遠吠えをした。
「………な、なぜ吾輩のスキルが発動しないのであるか?」
遠吠えが静寂に塗りつぶされると、少し焦った声がやけにハッキリと耳に届いた。
どうやら今のがモンスターへの号令だったみたいだが失敗したらしい。
「『支配者の威圧』
視界に入る全ての魔族のスキルを一定時間無効化する。
貴様程度がこのアタシ相手に好き勝手できると思うな」
「ま、まさか………そのスキルが使えるということは………」
ガチガチガチガチと歯がぶつかり言葉が震えている。
あっ、これエメラダの正体に気づいたな。
「同志、どうしたのでふ? 早く金髪メイドたんにご奉仕してもらいたいでふよ」
「ははぁーーーー」
某御隠居を前にした悪党よろしくすごい勢いで跪いた。
「し、知らぬこととはいえ大変失礼しましたである! どうか、どうかお許しくださいなのである」
全力で許しを乞おうとするもエメラダの表情は無慈悲なまでに冷酷だ。
「コイツを殺すと言った時点で貴様の死は決まっている。
それがなくてもこの格好を見た者を生かしておく気はない!」
片手を振って飛び出た魔力弾が魔族の胸を易々と貫通した。
「そ、そんな……吾輩から無理やり見たわけではないのに………」
胸に空いた穴を起点に全身にヒビが広がっていき灰となって崩れた。
「キャーーーー!!」
メイドが甲高い悲鳴を上げて部屋から逃げていった。
「ひ、ひぃーー!」
ファットがソファからずり落ち四つん這いになって扉の方へ逃げていく。
「逃げられると思うな」
エメラダは手のひらに小さな氷の欠片を生み出し、ファットの右足に向けて投げた。
「で、でふ!? 足が!」
氷がファットの片足を床に固定して動けなくした。
「た、助けてでふ! なんでもしますから命だけは助けてくださいでふ!!」
………なんか、俺達のほうが悪者みたいだな。
「聞きたいことがあるんだ。本当のことを答えてもらうぞ」
しゃがんでファットの顔をまっすぐ見つめる。
「お前どうやって魔族を召喚した? 普通とは違う召喚魔法を使ったのか?」
「な、なんのことでふ? ボクは自分の村の召喚施設を利用しただけでふ! そしたら同志が現れたんでふ」
召喚魔法が普及し、今はほとんどの街や村に召喚施設が建てられ誰でも召喚魔法を利用できるようになっている。その中から魔族を召喚する奴が出てもおかしくはないが……。
「本当だな? 嘘だったら許さないぞ」
「本当でふ、嘘なんかついてないでふ! ボクは死にたくないでふよ!」
パートナーである魔族を失った今、ファットは自分の身を守ることができないはずだ。この状況下で嘘は言っていないだろう。
「それじゃあもう一つ。シャルル・ルートヴィヒに会ったことはあるか?」
「それってもう亡くなってる人じゃないでふか」
「いいから答えろ」
「そ、そんなすごい人会ったことも見たこともないでふよ! もう勘弁してほしいでふ、見逃してくださいでふ!」
嘘を吐いているようには見えない。となると、この件にシャルルは無関係ってことか。
ならこいつを町長に引き渡して今回の依頼は完了だな。
「なら貴様にもう用はない。死ね!」
「!」
「そんな…、ちゃんと本当のことを話したのに………でふ……」
非情の言葉とともに放たれた攻撃を受けてファットは使役していた魔族と同じように灰になっていった。
「なにも殺すことはないじゃないか」
懸賞金がかけられてる奴だったから殺しても俺らが罪に問われることはないが、騙したようで気が引ける……。
「ふん。アタシのこんな格好を見た人間を生かしてはおけないわ」
「俺のせいだった!?」
俺の作戦のせいで理不尽な死を遂げた2人はきっと成仏できないだろうな。なんかごめんなさい………。
「本当はさっき逃げたメイドや昨日の人間どもも殺したかったのだけど、そうするとフォックスが困るでしょ? だから生かしておくわ」
さらっと言ってくれるな。さすがにそんなことをされたら手が後ろに回る。
でもそれだけエメラダにとって屈辱的なことを俺はさせてしまったのか………。
「ごめん!」
エメラダに正面を向けて深々と頭を下げた。
「な、なによいきなり」
突然の謝罪にエメラダは面食らう。
「そんなにメイド服着るのがイヤだったのに俺のわがままのせいで恥ずかしい思いをさせて本当にごめんっ!
エメラダの気持ち考えずに調子に乗ってた。もうメイド服や他の格好してくれなんて絶対に言わないから」
自分の欲に巻き込んだという点では俺もファット達と変わらない。
世の中のその他大勢に埋もれてつまらない毎日。これからもそんな日々が続いていくと思っていたときに俺の目の前に現れてくれたエメラダは、地中に生きるモグラのように日の光を浴びることのなかった俺の灰色な日常に虹のようにたくさんの色を見せてくれた。
今まで感じたことのなかった楽しさにブレーキをかけることができずに、エメラダにイヤな思いをさせてしまった。
こんな俺に嫌気がさして目の前からいなくなったらと思ったら急に不安になってきた。
「まったくよっ、こんなこともう2度としないからね!!」
エメラダの突き飛ばすような返答に心臓がキュッと縮み重くなった。やっぱり俺に対して嫌悪感を抱かせてしまったかもしれない………。
「………はい。反省してます……」
「なーに悲しそうな顔してんのよ?」
視線が沈んでいた俺の額をエメラダは白百合のような細く伸びた指先でトンッと小突いた。
「アタシが我慢できなかったのは他の人間にメイド姿を見られることだけ。
この服を着るのは恥ずかしいけれど、フォックスがどうしてもって言うから着てあげたのよ。だ、だから……」
頬が夕日が差したように染まるがそれに抵抗するかのように強気を崩さぬ瞳を真正面から向けて
「ア、アンタにしかこの格好を見せたくないのよ。フォックスのための特別なんだから……そこのところをちゃんと理解しなさいよね……」
気を紛らわすためか手の甲で髪をかきあげる仕草をする。
「……うん、わかった。ありがとう!」
嫌われたんじゃないかと思ったのが杞憂だったと分かって、安堵して表情が和らぐ。
「大きくて頼りになるように見えたり、小動物のように見えたり…。アンタって不思議なやつよね」
褒められているのかその逆か、どっちに取ったらいいのか分からなかったが、エメラダの表情は優しい笑顔だった。
こうしてメイドに関する事件は多少道はガタついたが、また一つパートナーの心を知って解決することができた。
行きにあった雨雲が晴れたように爽快な気持ちで俺達は帰路に就いた。
黒を基調としたロングドレスと裾からふわぁっとのぞくフリルに女性らしい柔らかさを感じる。背中を流れるブロンドヘアが黒いドレスと相まっていつも以上に映えている。そしてレース装飾のあしらわれた白いエプロンとホワイトブリムが清潔感を強調している。
クラシカルな給仕服に身を包んでいてもとても優雅でロイヤルな雰囲気が漂っている。
エメラダは身体を少しだけ前かがみにして大事なところを守るように上と下を腕で隠しながら、恥ずかしさと怒りで顔を赤くしてギロリと睨む。
このような状況になった理由は遡ること3時間前………。
アシスターを倒し謎の男が去ったあと、俺達は宿屋でジョセフ達と合流した。
火山に一番近い街だけに対策がしっかりなされており、街を囲う結界が火山灰の被害から守っていた。しかしハイダウト火山そのものが爆発して消滅したことに大変な騒ぎとなっていた。
重要な話し合いをしなければいけないため、他の宿泊客に聞かれる心配のない1棟貸しの宿泊施設へと移り、消耗した体力と魔力を回復させるため、その日はすぐに休んだ。
そして翌日
「シャルル・ルートヴィヒが生きていただって!?」
リビングに集まりハイダウト火山で起きたことの顛末を話すと、ジョセフの驚いた声が響いた。
「彼はアシスターに殺されたはず。研究施設でアシスターと争った跡を見ているじゃないか」
「ですが、その肝心のアシスターは操られていたんですよね?」
「確かに……。しかし僕らは誰もシャルル・ルートヴィヒの顔を知らないんだ。
僕や兄さんが使った召喚魔法は彼が創ったものだ。他にも人々を守るための魔法をいくつも開発している。
そんな人がアシスターを操ってこれまでの騒ぎを起こしていたとは思えない。
もしかしたら、シャルル・ルートヴィヒの名を騙った偽者の可能性も」
「それはないわね。あれは間違いなく本人よ」
ジョセフの考えをエメラダがバッサリと否定する。
「なぜ言い切れるのですか?」
「あの人間、アシスターが死ぬ間際に言っていたわ。あの日、あの剣を召喚してからシャルルの様子がおかしくなったと」
アシスターが必死に伝えてきた情報だ。それ以上のことは詳しく聞けなかったから、今ある情報で推測していくしかない。
「あいつらは研究施設で例の召喚実験を行っていたのよ。
そして喚び出してしまった。アカ・マナフの剣を………」
「アカ・マナフの剣ですって!?」
エメラダの声のトーンが暗くなったのと反対にリリルが大きく叫んだ。
「知っているんですか神様?」
「いえ…、それこそありえない話です。
あれはヴェンディダードとともに滅びました。もはやこの世に存在しない武器なのです」
あの時のエメラダのように狼狽えたリリルだったが、すぐに平静さを取り戻す。
この2人がこうまで取り乱すアカ・マナフの剣とは一体………?
「なぜアレが消滅していなかったのかアタシにも分からないわ。でも、あの血を凝縮したような赤黒い剣身…、伝承に残る特徴とも一致しているし、なによりもこのアタシをも凌駕する禍々しくて邪悪な魔力はアカ・マナフのもの以外に考えられないわ」
エメラダの額に汗が流れる。その深刻な表情にリリルは息を飲む。
「もし本当にアカ・マナフの剣なのだとしたら………」
「最悪の事態ね………」
2人だけがまるでこの世の終わりと言わんばかりのムードだ。
「説明してくれませんか? そのアカ・マナフの剣のことを」
訳の分からないジョセフの問いにエメラダが重い口を開く。
ここからはエメラダの話を要約していく。
今から何百万年もの大昔、魔族と神族はエメラダたちが元いた世界とはまた別の異世界に住んでいた。
ヴェンディダードと呼ばれたその世界で、4人の魔王と神々は世界の覇権をめぐって争っていた。古代の魔神は現代のエメラダやリリルとは比べ物にならないほどの強大な力を持っていた。そしてその4大魔王の1人がアカ・マナフだ。アカ・マナフの使っていた武器を現在ではアカ・マナフの剣という。
長い長い時を経て、戦いは魔族の勝利で決着が着いた。
誰しもが魔族が支配する世界が始まると思った。だが………。
決着が着いたあと、今度は魔王どうしでの争いが始まった。
強い者がいればそれが同族であっても己の力を高めるために戦いを求め続け、破壊と殺戮を繰り返す。それが古代魔族の邪悪な本質だった。
そしてアカ・マナフの剣にはそんな邪悪な魔力が染みついている。並の存在が触れれば、自我が影響され考え方がアカ・マナフのソレに近づく。別人のように性格が変わっても、それは確かに本人の意思なのだという。
たった1人でも世界を支配できるほど莫大な魔力を有した魔王どうしの争いは天を裂き地を割り、この世の全てを滅亡の渦へと巻き込んでいった。
ついには“世界”という空間そのものの破壊にまで至ってしまった。一部の魔族と神族は空間が消滅する前に異世界に渡った。それがエメラダたちの住んでいる世界だ。だが4人の魔王たちは最後まで戦い続けたため世界もろとも終滅した。アカ・マナフの剣もそのとき一緒に滅びている。
「せ、世界を消滅させただなんて………、古代の魔王はそんなにも恐ろしい存在だったんですか」
ジョセフは喉をうまく空気が通らぬといった感じのかすれた声で目を見開いている。
「そのせいで神の連中は魔族は邪悪だと決めつけた。世界を守るために魔族は討滅すべきと考えた神族と、敵対するものは問答無用で殺そうとする気質の魔族との争いは絶えることなく続いてきたのよ。
まったく、いい迷惑よね。今の魔族に戦争を起こす気はないのに。
大昔の歴史に囚われて正義者気どりの使命に固執して。くだらない。そんな過去の出来事なんか魔族を狙う理由になんてならないのよ」
だったら話し合いしよーよ。
きっとジョセフも同じことを思ったに違いない。口にしなかったのは自分もエメラダを倒そうと立ち向かってきたことに後ろめたい気持ちがあるからだ。
「どういうわけかヴェンディダードの消滅から免れた剣を召喚したあの人間は、自分の助手に魔力の一部を注いだ魔石を埋め込んで影から操っていた。研究施設の戦いの跡はその時のものだったのね。
そして計画が失敗すると魔力の回収と役立たずを処分するために現れ、魔石ごとアシスターの胸を貫いていった」
エメラダは昨日のことをいま目の前で起きていることかのように険しい気配で話す。
「ま、魔剣の魔力をフルパワーで解放した兄さんと覚醒したエリィさんの2人がかりでようやく倒せたアシスターの力がアカ・マナフの剣に宿った魔力の一部だったなんて………。
計画を練り直すと言っていたようだけど、それだけ並外れた力がありながら自らは表立って動かず……、いったいシャルル・ルートヴィヒの真の狙いは何なんだろう?
兄さんはどう思う? ………兄さん?」
ジョセフに呼ばれた俺はソファーの背もたれに全体重を預けたまま目を瞑っている。
「フォックスさん? 体調が悪いのですか?」
「んー……。なんか体がすっごいだるいんだよな~。熱はないんだけど風邪引いたかな?」
今朝起きたときからだるくてこうして座ってるだけでもしんどい。話を聞く気力もなくて横になりたくてしょうがない。
「おそらく魔剣の魔力を取り込んだ反動でしょう。見た目にはなんともないように見えても、体にはかなりの負荷がかかっていたんだと思います」
そうか。戦いの直後はこれといった違和感は感じなかったけど、筋肉痛みたいに時間が経ってから影響が出始めたってことか。
「大丈夫? フォックス?」
「んんー、しんどいー……」
顔をエメラダの方へ向ける気にもなれなくて声だけで返事する。
「しばらく安静にしていたほうが良いでしょう。いい機会ですし、今後のためにこれまでの旅の疲れも取っておきましょうね」
「でもそんなに呑気にしてる暇はないんじゃ?」
「それは大丈夫だと思います。
シャルルさんがアカ・マナフの剣を召喚してから今日までの間の約1年間計画を進めていました。
その計画とは、操られたアシスターさんの言葉を信じるなら人間に魔族や神族の力を与え争いを起こすこと」
「ミスリは召喚魔法の改良型は完成していると言ってたね。そして自分の身体に魔方陣を刻んでより効果的に天使の力を手に入れていた」
「ですがシャルルさんはフォックスさんの魔剣を手に入れることができずに計画を“修正”ではなく“練り直す”と言った。
魔剣を武器としてではなく、他の目的のために利用することこそ計画の“核”だったのだと思われます。
だとするなら、今すぐにシャルルさんが次の行動を起こすことはないと思います。その間に我々も対策を練りましょう」
そんなこんなでリリルとジョセフは対策を練るため敵について詳しく知る必要があると言って、シャルルの恩師である学園長に会いに旅立った。
体調の優れない俺は留守番でエメラダも残った。
「横になって大人しくしてなさい。何かしてほしいことがあれば言っていいわよ。フォックスこれまで頑張ってきたからね。元気になるまでなんでもやったげる」
「えっ、マジでぇっ!?」
ベッドに横になろうとした身体を起こして目を輝かせた。
「それじゃあ一つお願いがあるんだけど………」
「なんっっでこのアタシがメイド服なんか着なくちゃいけないのよっ!!」
というわけである。
あれ? もしかして前置き長かった?
ちなみにこのメイド服は近くの専門店で買ってきた。貴族の屋敷なんかで働くメイドさんが着る本物のメイド服だ。この街にはメイド協会本部があるみたいで店内の種類と質は抜群だった。
しっかし、そういうつもりはなかったとはいえなんでもやると言った手前、ちゃんとメイド服を着てくれるあたりは律儀なエメラダらしい。
「ちっちっちっ、分かってないなーエメラダは」
人差し指をメロトノームのように振る。
「長い歴史のなかで給仕に適して進化した服装がそのメイド服なんだ。
体の調子が良くない俺の面倒見るために残ってくれたんだろう? なら世話をするのにメイド服は最適解の格好だ。いわば作業着だな。だからそんなに恥ずかしがる必要なんてないんだぜ?」
強引な屁理屈で納得させようとする。
「看病をするのはメイドじゃなく看護師の仕事でしょ?」
………………
「細かいこたぁいいんだよ細かいこたぁ!」
論破されて返す言葉が見つからなかった。
「アンタたんにアタシのメイド姿が見たかっただけでしょ」
「ちっ、バレたか」
見事に図星を指される。
「まったくアンタってやつは……。
ならこれで満足したでしょ? アタシはもう着替えるからね」
くるりとスカートを翻し部屋を出ていこうとする。
「ごほっ、ごほっ! あぁ~、苦しいよーしんどいよー。綺麗なメイドさんに面倒見てもらいたいなー。メンタル弱いから優しくしてくれないと心まで病んじゃうよ~」
わざと咳をして弱ってるアピールする。
「~~~!」
エメラダはなんともいえない表情をする。
「はぁ~」
諦めか呆れか、はたまたその両方の感情がこもったため息を吐く。
「しょうがないわねぇ。こんなわがまま今回だけだからよく覚えときなさい!」
コツコツコツと靴音を床に響かせこちらに戻ってくる。
「わーい。エメちゃんやっさしーー」
「エメちゃん言うな!
………まったく」
不服そうな感情を顔に残して壁の時計を見る。
「そろそろお昼ね。何か食べたいものはある?」
「食欲ないからいらない」
いろいろふざけたことを言っているが、体調が悪いのは本当だ。エメラダもそれが分かっているから強くは出てこない。なんだかんだで甘いのだ。
「ダメよ。朝も食べてなかったじゃない。
食事と十分な睡眠は健康の基本なんだからね」
わぉ、健康どころか数多くの命を奪ってきた魔王とはおよそ思えないまっとうなご意見だ。
「ちょっと待ってなさい。消化に良いものを作ってあげる」
そう言ってキッチンに向かい、しばらくしてから湯気の立ち上る食器を乗せたトレーを持って戻ってきた。
「………何これ?」
これは………、お粥だろうか……?
器に注がれているものを見ても断言できなかった理由はその色だ。
かき氷シロップのハワイアンブルーで煮たようなドギツイ色をしている。はっきり言って毒々しい。
「なにってお粥に決まってるじゃないの」
あ………やっぱりこれってお粥なんだ……。
お粥って見た目にも優しいはずなのに、なにをどうしたらこんなにも自己主張がギンギンに激しくなるんだ?
くんくん
匂いにおかしなところはない。嗅ぐだけで脳を刺激してくるじゃないかと警戒していたがそんなことはなかった。
「あっ、アンタいまアタシの料理疑ったわね!」
エメラダの睨みつけてくる視線がイタイ……。
「あ…いや、その……俺の知ってるお粥とはちょっと違ったから……」
叱られた子供のように首をすくめる。
「安心しなさい、これは治療食よ。料理用の回復魔法をかけてあるの。色が変化してるのはそのせいよ、味に変化はないわ」
「なんだ、そうなのか………」
ほっと胸を撫で下ろす。
てっきりヒロイン定番の地獄料理を食わされるのかと思った。
「睡眠魔法もかけてあるから、それを食べてぐっすり眠れば気分が良くなってるはずよ」
へぇ、まさかここまで俺のためにしてくれるとは……。
軽く感動を覚えトレーを受け取る。
だがこれで終わらないのが俺である。
「エメラダに食べさせてほしいな~」
せっかくの機会なのでお約束のあ~ん、を経験してみたい。
しかしエメラダはあからさまに顔をしかめる。
「なに言ってんの? 赤ん坊じゃないんだから自分で食べれるでしょ」
くっ、至極まともな正論で返してきやがる……。
「メイドさんなのに俺のお願い聞いてくれないの? 傷つくなぁ、心が痛い~」
心臓の部分を押さえて、仔犬のような目で訴えかける。
「はぁーー。分かったわよ」
意外とあっさり受け入れてくれた。今回は無理だと思ったんだがな。
エメラダがスプーンでお粥をすくう。
「ありがとう。いただきまがががぶぅっぐんがががぁっぢぢぢぢあっぢぃっ!!」
ふーふー、と冷ます手順をスルーして出来たて熱々のお粥が無理やり口の中に突っ込まれた。
「あはははははははっ!」
エメラダはベッドの上でのたうち回って熱がる俺を見て大爆笑している。
鬼かコイツ!
「どう? まだアタシに食べさせてもらいたいのかしら?」
エメラダは2撃目のお粥を準備している。
「わかった、わかりました。自分で食べますよ!」
「ふふん、始めからそうしてればいいのよ」
満足げにほくそ笑む。
チクショーッ、油断した!
ちゃっかり仕返ししてくるところもまたエメラダらしい。
「ふーふー」
エメラダからスプーンを受け取って自分で冷まして口に運ぶ。
うん。たしかに味は普通にお粥だ。魔法がかかってるのかは食べてもよく分からなかった。
「ごちそうさまでした」
少なめにしておいてくれたおかげで全部食べることができた。
「ふぁ~」
さっそく魔法の効果が効いてきたのか眠くなってきた。
ウーンウーン!
その時けたたましいサイレンが街中に響き渡った。
「うるさいわね、なんの音?」
「非常事態を知らせる警報だな。何があったんだろう?」
「緊急事態発生。街にモンスターの群れが接近しています。冒険者の皆さまは至急街の入り口に集合してください!」
スピーカーから緊迫した様子のギルド職員のアナウンスが聞こえてきた。
「モンスターの群れがぁあ~ふ」
まぶたが重くてこっくりこっくりと船を漕ぐ。
「フォックスがゆっくり眠れるようにモンスターはアタシが消しといてあげるわ」
「んー、じゃあお願いー」
睡魔が津波のように押し寄せてきて、もうまともに物を考えることができない。言われるままに任せて枕にコトンと頭を落とした。
「おやすみ」
次に目が覚めたのは窓に茜色の空が映る時刻だった。
「起きたのね」
ベッドの傍のイスにエメラダが腰かけていた。
「もしかして戻ってからずっとそばにいてくれたのか?」
「フォックスって案外かわいい寝顔してるのね」
エメラダはからかうようにクスクスと笑う。
「恥ずかしい! もうお婿に行けない!」
ぐっすり安眠できたおかげで頭はスッキリしている。寝起きでさっそく両手で顔を覆ってボケる。
ピンポーン
誰か来た。ジョセフたちは今日出発したばかりだからまだ当分戻ってこないはずだ。
「体調はもう大丈夫?」
玄関に向かおうとする背中にエメラダの声がかかる。
「ちょっとマシになったよ。歩くくらいなら大丈夫」
「少しだけ? おかしいわね……」
部屋を出て玄関の扉を開けると、おっさん二人におばさん一人が立っていた。
「突然すみません。私はこの街の町長ヴィル。そしてこちらがギルドの支部長とメイド協会会長です」
支部長の男は軽く頭を下げ、メイド協会会長の女性は品良くお辞儀した。
お偉さんが集まって何の用だ?
支部長と会長はさっきのモンスターの件なんだろうけど町長は? 自ら礼を言いに来たってところか。
「昼頃街に近づいていたモンスターの群れをたった一撃で薙ぎ払ったメイドがこの宿泊施設に戻っていくのを見たという目撃情報から伺ったのですが、間違いありませんか?」
「えぇ、そうですけど」
本当はメイドの格好しているだけだけど、そこはいちいち説明しなくていいだろう。
玄関先ですぐに済む話でもなさそうなのでとりあえずリビングに通した。
エメラダはキッチンで夕食の準備をしている。
「で、用件は何ですか?」
本物のメイドなら来客の対応をするが、人間にお茶を出すなどエメラダがするわけもなく、その様子を3人の客も変に思っているようだが話を促す。
「コホン。ではまず先のモンスター討伐についてですが、今回は緊急の案件だったためギルドを通していなくても報酬が支払われます。
こちらがその報酬となります。お受け取りください」
支部長が握り拳より少し大きいくらいの革袋をテーブルの上に置いた。
ジョセフからこの街の滞在費を半月分貰っているが、それと同じくらいありそうだ。
思わぬ臨時収入だな。これはエメラダが受け取るべきものだ、あとで渡すとしよう。
「さて、ここからが我らが来た本題なのですが………」
やっぱり何かあったか。町長の声のトーンが急に重くなった。
「じつはこの街は5日前からファットという男に支配されているのです」
なんか予想以上に重いことを言い出してきたぞ……。でも俺達が来たとき普通に街に入れたけどな? 住人も自由に出歩いていて支配されている感じがしない。
「さきほどのモンスターの襲来もその男の仕業なのです」
「そうなのかっ!?」
「はい。正確にはその男が使役している召喚獣の能力なのです」
「召喚獣の能力? 異界の魔獣は他のモンスターを操るスキルを持ってるのか?」
「いえ、その男の召喚獣は魔獣などではありません。
あれは魔族という魔獣よりもはるかに危険な存在です」
「!?」
エメラダがピクリと反応したのが分かった。
魔族を召喚した男………。まさか俺以外にも魔族を召喚した奴がいたのか……。
いや…、俺が召喚できたぐらいだから他にいても不思議じゃないか。
それとも、ファットって奴はシャルルの高位召喚魔法を使ったのかもしれない。だとしたらこの件にシャルルが絡んでいる可能性がある。
「あれをご覧ください」
町長は窓の外に見える丘の上に建つ屋敷を指す。
「今は誰も住んでいないあの古い屋敷に住み着き、我らが要求を拒否するとあそこからモンスターを操って街を襲わせるのです。
今日ももうこの街を解放してほしいと交渉に出たギルド職員と護衛の冒険者が殺されました」
そうとう危ないやつらだな。しかも屋敷にいながら街の外のモンスターを操れるのは厄介だ。
丘の上だけにあの屋敷は少し離れて街を見渡せる位置にある。モンスターを差し向け自分たちは高みの見物ってか。腐ってやがる!
「この街にはメイド協会の本部があり、多くのメイドが在籍しています。ファットは若いメイドたちを自分に従事させることを要求しているのです。1日に1人メイドを差し出さないと街を滅ぼすと……」
「はぁ?」
思わず間抜けな声が出た。
シャルルが関係しているのだとしたらこの街で何をしようとしているのかシリアスにいろいろと考えてたから、メイドを利用する利点が理解できずクエスチョンマークが浮かんだ。
「信じられないのも無理ありません。ですが事実なのです。
ファットはメイドを従わせることに喜びを感じるメイドオタクなんです」
町長は表情を少しも変えずに真剣そのもので説明してくる。
「お願いします。どうかこの街を救って下さい!」
「えっ、いやちょっと……待ってくれる?」
あまりにも間抜けな理由で気が抜けた。完全趣味MAXが暴走してる感じじゃん。アホらしい……。ってかそんなことに付き合う魔族って………?
あれ? もしかしてエメラダにメイドの格好させてる俺って人のこと言えない………?
「もちろん報酬はお支払いいたします。
理由はなんにせよ、魔族の力は恐ろしいほど強大です。ハイダウト火山近辺で冒険者が襲われる事件で、このあたりの街や村の有力な冒険者は殺されてしまいました。調査隊の編成を国と調整しているため、こちらに人員は回せないと領主様には言われてしまいました。
ですが、数十体のモンスターをたった一撃で一掃できるあなた方ならあの魔族を倒すことができます。どうかお願いします!」
そっか、昨日の今日でミスリ事件が解決したという情報はまだ伝わってないのか。そのときの被害で近隣の街や村の防衛力が低下しているのなら放っておくわけにもいかないよな。
それにファットが使用した召喚魔法について確かめなければいけない。
「依頼を受けるのはいいですけど、俺達冒険者じゃないからギルドカード作ってないんですけど?」
ギルドの依頼を受けるには事前に冒険者登録をしてギルドカードを作っておかないといけない。このカードで依頼の受注状況を管理しているから、登録なしで依頼内容のモンスターを討伐したとしてもただの骨折り損のくたびれ儲けになる。
中間テストの実技は学生用クエストだったため、学生証の提示だけで受けることができたわけだが。
「ご安心ください。これは町長としてあなた方に直接依頼するものですから、ギルド関係なく報酬をお支払いいたします。
そしてもう一つ、メイド協会からも依頼達成報酬として伝説のアイテムを進呈いたします」
伝説のアイテム?
町長の視線に頷き、メイド協会会長が赤い玉を取り出した。
「これはスキル玉?」
使用することでスキルを一つ得ることができるアイテムだ。色によって効果の種類が分かれる。赤が自身に効果を付与するいわゆるバフ系・青が敵に効果が出るデバフ系といった感じに。
「これは私どもメイド協会に伝わる伝説のスキル玉『メイドの極意』です。
効果は戦闘に参加している味方メイドの火力を50%上げることができます」
火力とは物理攻撃力・魔法攻撃力の両方を含めた言い方だ。しかし………
「なんでメイド? 普通メイドは戦わないだろっ!」
どんな環境を想定したスキルだよ! 主の身の回りのお世話をする非戦闘員を強化したってほぼ意味のないスキルだぞ?
「協会を設立した初代会長はメイドでありながら優れた戦闘技術を習得しており、主を危険から守っていたそうです。
これは初代会長が所持していたスキルを協会が大切に保管していたものです」
代々保管してきたのなら協会にとって大切なものなのだろう。それを渡すということはそれだけ困ってるってことだよな?
「でもメイドってどうやって判定されるの? 実は彼女本当はメイドじゃないんスけど?」
「あら、そうだったのですか? ですが大丈夫です。このスキルの発動条件はメイド服を着ていることですから」
パキイィーンッ!
食器が粉々に砕ける音がした。
あーあ、怒ってるよあれ。
メイド服なんか着て戦わないわよっ!というエメラダの心の声が聞こえてきそうだ。
「っていうか服を着ただけでメイド判定になるの?
それにメイド服って戦闘向きじゃないように思うんだけど…。そんなの着て旅なんてできないし」
「安心してください。強制労働させられているメイド達を解放してくださったら、私どもの協会で名誉メイドに認定させていただきます。そうすればメイド服を着ていなくても常時スキルが発動可能となります」
イーワンやニッツのような特攻倍率クラスの壊れではないがあれは発動環境が限られていたし、発動条件が緩和……というか無くなるのであればなかなかの良いスキルなのではないか?
「あのー、俺風船になった気分なんですけど?」
翌朝、ファットの屋敷に向けて出発した俺達。
だけど俺はなぜか魔法で浮遊した状態でエメラダに手を引かれている。
「仕方ないでしょ、今のアンタにこの丘を登る体力があるの?」
エメラダは眉を尖らせ、言葉からはピリピリと棘を感じられる。その理由には心当たりがあった。
「もしかして怒ってる?
メイドたちには危害は加えられてないといっても絶対安全ってわけじゃないし、無理に突入したら人質にされるかもしれない。
それに屋敷にいる間にまたモンスターで街を襲わさせられたら厄介だし。
相手を油断させるにはファットに仕えに来たメイドのふりをするのが一番だと思ったんだ。ごめんだけど、協力してほしい」
1日1人メイドを連れてくるのがファットの要求だ。だからエメラダがメイド役で俺はそれを連れてきた役所の人間のふりをして建物内に入り、ファットと魔族が揃ったところを一気に倒す! これが俺の立てた作戦だ。
エメラダはメイド服姿を複数に晒すことに怒りを感じているのだと思う。
「アタシはね、フォックスが自分の体調を考えずに依頼を受けたことを怒ってるの。
現にこの丘だって自力で登ることができないじゃない?
アタシは命は守れても体調不良を代わってあげることはできないのよ」
小さい頃、風邪を引いて苦しんでいるときに母親に言われたのと似たようなことを言う。まるで保護者みたいだ。
そっか、俺のことを想って怒ってたんだ………。
「だってシャルルが関わってるかもしれないのに無視するわけにいかないもん……」
エメラダに怒られてしゅんと小さくなる。
「は、反省しているのなら屋敷に着いたら大人しくしてるのよ。たとえ戦闘になっても後ろでじっとしていること。分かったわね?」
「はーい、分かりました」
そんなこんなの会話をしてる内に屋敷に到着した。
「はい、どちら様でしょうか?」
でっかい門の横にある呼び鈴を鳴らすと二十歳前後のメイドが出てきた。
「少々お待ちください。ご主人様に確認して参ります」
エメラダを見て自分と同じくファットに差し出されるメイドと理解して一瞬悲しそうな顔をしたあと、一旦屋敷内へ戻っていった。
「お待たせいたしました。ご主人様がお会いになります。どうぞこちらへ」
事前に町長に聞いていた情報どおりだ。
メイドを送り届けるだけなら俺はここまでということになるが、ファットは自分の目でメイドを見て気に入らなければチェンジを要求してくるらしい。ゆえに俺もその場まで同行することになる。
とりあえずは第一段階クリアだな。
メイドの案内で敷地内に踏み入り屋敷の中へと入る。途中、花壇に水やりをしている別のメイドを見かけた。
もう何年も誰も住んでなかった屋敷と聞いていたけど、そうとは思えないほどきれいだ。
シャンデリアは絢爛豪華に輝いていて、それを反射できるくらい床もピカピカに磨かれている。
今この屋敷には6人のメイドが働かされているはずだ。きっと彼女たちが頑張ったのだろう。脅されて必死にやったのかもしれない。
「こちらでお待ちください。すぐにご主人様が参ります」
一室に通されソファに腰かけて待つ。
1分程で戻ってきたメイドが扉を開け、ぶっとりとした男が入ってきた。
五重顎くらいに垂れ下がりお腹もぶよんぶよん。脂肪の塊みたいなのがここの主のファットだ。
「金髪メイドキターーーッ!!」
ファットはエメラダを見るなり奇声を上げてお腹を揺らしてウキウキと小躍りした。
むふー!むふー!という鼻息が耳障りに部屋に充満する。
エメラダは明らかに不快そうにしている。
頼むから召喚魔法の情報を聞き出す前に手を出したりしないでくれよ……。
「これまでの中でだんとつに可愛いメイドでふ。街の連中もようやくボクたちの恐ろしさを理解したようでふね」
「性格もツンデレであるのなら吾輩も言うことないのである」
ファットとは真逆にガリガリに細くてメガネをかけた男が入ってきた。肌は薄紫色で人間の皮膚よりも固そうだ。こいつがファットの召喚した魔族か? イーワンが魔人化したときのような異形の姿をしている。
「ソレな! ツンデレ金髪メイドは美少女の頂点でふ。さすがは同志、分かってるでふね~」
向かいのソファに座ると2人は熱くメイド談義を始めた。
コイツら類友か! メイド欲だけで協会本部があるこの街にやって来て支配したのかよっ!?
……あれ?
「なぁ、エメラダ」
話に夢中になっている2人に気付かれないよう小声で話しかける。
「あいつも魔族なんだろ? エメラダ見ても驚かないのなんでだ?」
自分たち魔族の主たる魔王が目の前にいるのに、ファットの魔族は平然としている。……というか気づいてないのでは?
「魔王に謁見できるのは高位の魔族に限られるの。人間だって同じでしょ?
あんな魔力の同化に肉体が変容するような下っ端ふぜいが魔王の顔を知るはずがないわ。
魔王の姿を拝めるのは一部の魔族しか許されないとても光栄なことなのよ」
へぇー、そんなもんか。まぁ俺はこの国の王様の顔どころか名前も知らんがな。
中学の時事問題で出てきたことがあったが、政治なんて毛ほども興味ないから覚えようとも思わなかった。親からは常識がないと叱られたが……。
「そういえばエメラダって魔王化しても見た目そのものは人間と変わらないままだよな? 同じ魔族でなんで違うの?」
「生物は肉体に魔力が同化すると強靭な特異魔性に体が変質するの。これには存在の器と内包する魔力量に関係があって、存在としての器が弱い者は魔力の影響を体に受けて生まれてくるわ。下級の魔族がその分類ね。
人間は器に対して魔力量が少ないから体に変化は起きないの。前に戦った魔人は後天的な例と言えるわね。
高位魔族以上になると同じような強靭な肉体はしているけれど、変質は起こらず昇華させた魔力がオーラに凝縮して翼や尻尾として具現化するのよ」
「??????」
………ふむ、ちんぷんかんぷんだ!
首が一回転しそうな気持ちで傾げる。
「要するに弱い魔族ほど魔力の影響を体に受けるってこと」
なるほど、アイツは魔族の中でも弱い方なのか! ならメイドたちを巻き込まずに一気に制圧できそうだ。
「余計なことは考えない方が身のためであるぞ人間」
「!?」
俺の気配の変化を鋭く感じ取ったのか…。わずかな敵意に気付けるのは、下っ端といってもやはり人間より高位の存在だけはある。
「吾輩はこの屋敷に居ながら街の外のモンスターを操ることができるのであるぞ? 昨日は手を抜きすぎたか、街の人間どもで自衛できたようであるが今度は100匹を超えるモンスターで襲っても良いのであるぞ。
そしてお前は昨日ここに来た連中同様、吾輩に逆らったことを後悔しながら死んでいくのである」
ファットの後ろに控えていたメイドが蒼白になってガタガタと震えだした。ギルド職員と護衛が殺される瞬間を見ていたようだ。
「雑魚ふぜいが身の程を弁えろ」
ファットの魔族の殺気を上回る存在感が隣から放たれた。
「フォックスを殺すと言ったこと後悔するのは貴様のほうだ」
「わ、吾輩に逆らうとはいい度胸である。街がどうなってもいいのであるな!」
ゾクッ!とエメラダの気配に押されたが、それを振り払うようにワォーーーッ、と外へと響く狼に似た遠吠えをした。
「………な、なぜ吾輩のスキルが発動しないのであるか?」
遠吠えが静寂に塗りつぶされると、少し焦った声がやけにハッキリと耳に届いた。
どうやら今のがモンスターへの号令だったみたいだが失敗したらしい。
「『支配者の威圧』
視界に入る全ての魔族のスキルを一定時間無効化する。
貴様程度がこのアタシ相手に好き勝手できると思うな」
「ま、まさか………そのスキルが使えるということは………」
ガチガチガチガチと歯がぶつかり言葉が震えている。
あっ、これエメラダの正体に気づいたな。
「同志、どうしたのでふ? 早く金髪メイドたんにご奉仕してもらいたいでふよ」
「ははぁーーーー」
某御隠居を前にした悪党よろしくすごい勢いで跪いた。
「し、知らぬこととはいえ大変失礼しましたである! どうか、どうかお許しくださいなのである」
全力で許しを乞おうとするもエメラダの表情は無慈悲なまでに冷酷だ。
「コイツを殺すと言った時点で貴様の死は決まっている。
それがなくてもこの格好を見た者を生かしておく気はない!」
片手を振って飛び出た魔力弾が魔族の胸を易々と貫通した。
「そ、そんな……吾輩から無理やり見たわけではないのに………」
胸に空いた穴を起点に全身にヒビが広がっていき灰となって崩れた。
「キャーーーー!!」
メイドが甲高い悲鳴を上げて部屋から逃げていった。
「ひ、ひぃーー!」
ファットがソファからずり落ち四つん這いになって扉の方へ逃げていく。
「逃げられると思うな」
エメラダは手のひらに小さな氷の欠片を生み出し、ファットの右足に向けて投げた。
「で、でふ!? 足が!」
氷がファットの片足を床に固定して動けなくした。
「た、助けてでふ! なんでもしますから命だけは助けてくださいでふ!!」
………なんか、俺達のほうが悪者みたいだな。
「聞きたいことがあるんだ。本当のことを答えてもらうぞ」
しゃがんでファットの顔をまっすぐ見つめる。
「お前どうやって魔族を召喚した? 普通とは違う召喚魔法を使ったのか?」
「な、なんのことでふ? ボクは自分の村の召喚施設を利用しただけでふ! そしたら同志が現れたんでふ」
召喚魔法が普及し、今はほとんどの街や村に召喚施設が建てられ誰でも召喚魔法を利用できるようになっている。その中から魔族を召喚する奴が出てもおかしくはないが……。
「本当だな? 嘘だったら許さないぞ」
「本当でふ、嘘なんかついてないでふ! ボクは死にたくないでふよ!」
パートナーである魔族を失った今、ファットは自分の身を守ることができないはずだ。この状況下で嘘は言っていないだろう。
「それじゃあもう一つ。シャルル・ルートヴィヒに会ったことはあるか?」
「それってもう亡くなってる人じゃないでふか」
「いいから答えろ」
「そ、そんなすごい人会ったことも見たこともないでふよ! もう勘弁してほしいでふ、見逃してくださいでふ!」
嘘を吐いているようには見えない。となると、この件にシャルルは無関係ってことか。
ならこいつを町長に引き渡して今回の依頼は完了だな。
「なら貴様にもう用はない。死ね!」
「!」
「そんな…、ちゃんと本当のことを話したのに………でふ……」
非情の言葉とともに放たれた攻撃を受けてファットは使役していた魔族と同じように灰になっていった。
「なにも殺すことはないじゃないか」
懸賞金がかけられてる奴だったから殺しても俺らが罪に問われることはないが、騙したようで気が引ける……。
「ふん。アタシのこんな格好を見た人間を生かしてはおけないわ」
「俺のせいだった!?」
俺の作戦のせいで理不尽な死を遂げた2人はきっと成仏できないだろうな。なんかごめんなさい………。
「本当はさっき逃げたメイドや昨日の人間どもも殺したかったのだけど、そうするとフォックスが困るでしょ? だから生かしておくわ」
さらっと言ってくれるな。さすがにそんなことをされたら手が後ろに回る。
でもそれだけエメラダにとって屈辱的なことを俺はさせてしまったのか………。
「ごめん!」
エメラダに正面を向けて深々と頭を下げた。
「な、なによいきなり」
突然の謝罪にエメラダは面食らう。
「そんなにメイド服着るのがイヤだったのに俺のわがままのせいで恥ずかしい思いをさせて本当にごめんっ!
エメラダの気持ち考えずに調子に乗ってた。もうメイド服や他の格好してくれなんて絶対に言わないから」
自分の欲に巻き込んだという点では俺もファット達と変わらない。
世の中のその他大勢に埋もれてつまらない毎日。これからもそんな日々が続いていくと思っていたときに俺の目の前に現れてくれたエメラダは、地中に生きるモグラのように日の光を浴びることのなかった俺の灰色な日常に虹のようにたくさんの色を見せてくれた。
今まで感じたことのなかった楽しさにブレーキをかけることができずに、エメラダにイヤな思いをさせてしまった。
こんな俺に嫌気がさして目の前からいなくなったらと思ったら急に不安になってきた。
「まったくよっ、こんなこともう2度としないからね!!」
エメラダの突き飛ばすような返答に心臓がキュッと縮み重くなった。やっぱり俺に対して嫌悪感を抱かせてしまったかもしれない………。
「………はい。反省してます……」
「なーに悲しそうな顔してんのよ?」
視線が沈んでいた俺の額をエメラダは白百合のような細く伸びた指先でトンッと小突いた。
「アタシが我慢できなかったのは他の人間にメイド姿を見られることだけ。
この服を着るのは恥ずかしいけれど、フォックスがどうしてもって言うから着てあげたのよ。だ、だから……」
頬が夕日が差したように染まるがそれに抵抗するかのように強気を崩さぬ瞳を真正面から向けて
「ア、アンタにしかこの格好を見せたくないのよ。フォックスのための特別なんだから……そこのところをちゃんと理解しなさいよね……」
気を紛らわすためか手の甲で髪をかきあげる仕草をする。
「……うん、わかった。ありがとう!」
嫌われたんじゃないかと思ったのが杞憂だったと分かって、安堵して表情が和らぐ。
「大きくて頼りになるように見えたり、小動物のように見えたり…。アンタって不思議なやつよね」
褒められているのかその逆か、どっちに取ったらいいのか分からなかったが、エメラダの表情は優しい笑顔だった。
こうしてメイドに関する事件は多少道はガタついたが、また一つパートナーの心を知って解決することができた。
行きにあった雨雲が晴れたように爽快な気持ちで俺達は帰路に就いた。
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