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29【眞空Diary】見たかったもの②

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 あまり笑わない子だった冬夜が、伊達眼鏡の狭い視界の中でよく笑っている。その笑顔を引き出したのが自分ではなく純一であることに、眞空は想像していた以上に打撃を受けていた。

 映画を観終わった二人は近くのレストランで食事をし、そのあと洋服の買い物に向かった。デートプランをみっちり教え込まれていた眞空は、眼鏡と帽子のベタな変装のままうまく尾行を続けている。

 冬夜のお気に入りのショップで、純一が冬夜のからだに服を当てながら見立てている。誰もが認める仲の良さをひけらかす二人をちらちらと盗み見ては、眞空の中で黒くねっとりとした何かが大きくふくらんでいった。どんどん大きくなる黒いかたまりは眞空を負の思考にいざない、やがてすっぽりと包み込んでしまう。

 ……なんだ、ずっと笑顔じゃん、冬夜。

 心のどこかで、冬夜は自分だけに懐いていると思っていた。海斗に、懐いているから大丈夫だと励まされたときは謙遜して否定したが、本当ははじめから自分でもそう信じていた。少なくとも海斗や亜楼よりも自分がいちばん近しい兄なのはまちがいなくて、外では美少年だともてはやされているが家では末っ子らしく時々気分屋な冬夜を、うまく手なずけているということが唯一の誇りだった。眞空の時間は、ひばり園にいた頃からずっと止まっている。それなのに時は残酷に流れていたんだと、今気づいたように眞空は驚いた。

 冬夜は大きな孤独を背負ったあまり笑わない子で、でもおれが折り紙を折ってやると喜んで笑う。おれだけの、特権だと思っていたのに。

 仲間も家族もうに手に入れた冬夜に、あの日の折り紙はもう必要なくなっていた。ひとりになるための口実のような、色とりどりの正方形の紙切れ。その紙切れの思い出にすがっている自分も、もう必要ないのではないかと眞空が気づく。

 行き着いた結論に絶望して、眞空は突然二人に背を向けた。まじでバカみたい、帰ろ……と胸の内で弱々しくつぶやくと、眼鏡と帽子を乱暴に外しながら来た道を引き返す。無意識に何かを期待していた自分に幻滅して、本当に見たかったものを見られなかったことに失望して、手にしたバケットハットをぐしゃっと握りしめた。自分の双眸そうぼうでそれを確かめられたら、少しは強くなれると思っていたのに。

 おれは多分、冬夜がつまらなそうに純一と一緒にいるところを見たかったんだ。冬夜はそうするんじゃないかって、どこかで期待してた。

 大切であるはずの弟と親友が幸せでなければいいと少しでも願ってしまったことにひどく罪を感じて、自分がどんどん非道な人間になっていくことに恐怖を感じて、眞空は黒くて大きな何かにすっかり支配されてしまった弱い心を責めながら、とぼとぼと帰路をたどった。
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