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やっぱり私は聖女ではなかったのです

錠には鍵が、鍵には錠が必要なのです

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 ごめんなさい、話を戻すね、と鼻を啜りながらマリエちゃんが再び顔を上げた。

「つまりね? 私は半人前なの。エマがいないと、私は一人の人間としてちゃんと歩くことも出来ない。それは、聖女としても同じことだったんだよ。少し考えればわかることだった」

 一瞬、何を言われているのかがわからなかった。半人前? だ、誰が?
 マリエちゃんはいつだって完璧で……と、そこまで思いかけて止まる。

 私は、マリエちゃんを神聖視しすぎてたんじゃないかって。

 さっき、マリエちゃんが打ち明けてくれてわかったじゃない。マリエちゃんだって普通の女の子なんだって。

 でも、そうは言っても半人前は言い過ぎじゃない……?

「そ、そんなこと言ったら、私の方がずっとダメダメで……! 私はマリエちゃんがいないと何も出来なくて……!」
「私からすれば、今のエマは一人前に見えるよ? でもたぶん、そうじゃないだんだよね? 私たちは同じなんだよ。ねぇ、エマ」

 両肩に手を置かれて、自然とマリエちゃんの目を真正面から見る形になる。相変わらずの美人さんだ。
 でも、あの時と違ってサラサラな黒髪はところどころ金色に輝いている。私も、今はところどころ銀色なんだよね。

「私たちって未熟だよね。本当に情けない。だけどこれが現実。でも、逆を言えば私もエマも、二人なら何でも出来る。二人でやっと一人前になれるんだ」

 肩に乗っていた両手を、今度は私の目の前に差し伸べられた。反射的に私も両手を乗せるとグイッと引っ張られる。
 わっ、と小さな声を上げて、私もマリエちゃんと共に立ち上がる。後ろからはシルヴィオが支えてくれていた。

「私は錠の聖女マリエ。ずっと変だって思ったの。錠だけだなんて。私は封印することは出来るけど、誰かがこじ開けない限り自分で錠を外すことは出来ないんだもの。鍵が、絶対に必要な能力なのよ」

 錠と、鍵。

 ……ああ、そうか。やっとマリエちゃんの言いたいことが分かった気がする。
 私は小さく微笑んで、マリエちゃんに告げた。

「鍵だって……開ける物がなければ、意味がないよ」
「そう。だから私たちは半人前。でもようやく、二人揃ったんだよ」

 二人なら、なんだって出来る。

 あの家から抜け出すことも出来たし、料理も出来た。二人だけの生活も、ほんのちょっとの期間だったけど出来たもの。

 一人じゃ無理なことも、二人なら出来る。そういうことだよね?

「エマ、私を解放して。そしてその力で禍獣の王を封印しましょう」
「うん。やろう。二人で」

 マリエちゃんの眼差しは強く、光り輝いているように見えて勇気を貰えた。

 二人で頷き合っているところに、これまで黙って様子を見てくれていたアンドリューが戸惑ったように口を挟む。

「だ、だが、封印は幻獣人様方で行われるものだろう? それを、聖女様の力で行うというのか?」

 それは、確かに。これまでもずっと幻獣人たちが弱らせた後に封印を繰り返してくれていたんだものね。

 すると、マリエちゃんはゆるりと首を横に振って説明をしてくれた。

「ずっと禍獣の王と一緒に封印されてきたから、なんとなくわかるんだ。あれは、人の負の感情そのもの。滅することなんてまず出来ないものなんだってことが」

 それはついさっきもジーノから教えてもらった。禍獣の王を完全に倒すことは出来ないって。

「だからね? 私たちがしなきゃならないのは、滅することではなくて……癒すことだったのよ」
「癒す……?」

 思っても見なかった言葉に、思わず聞き返してしまう。アンドリューも、シルヴィオやジーノやエトワルも驚いたように目を丸くしてる。

 マリエちゃんはそうだよ、と言いながら悲しそうに微笑んだ。

「あれは、大きな心の傷の塊なんだよ。たくさんの人が傷付いた心そのもので、その痛みに悲鳴を上げているのが禍獣の王なの」

 その悲しい悲鳴の渦の中に、マリエちゃんはずっといたのだと言った。長い間、ずっと……? それは、どれほど辛かっただろう。
 だけどマリエちゃんは、辛いというよりは何とかしてあげなきゃという焦燥感の方が強かったという。

 あれ、でもそれじゃあ……これまでずっと禍獣の王を倒そうと攻撃していたのって良くなかったんじゃ……!?

「わ、私たちはこの世界の人たちを守ろうとして、禍獣の王を余計に傷付けていた……?」
「まぁ、そういうことになっちゃうけど……でも、攻撃して弱らせなきゃ手が付けられないから、それは必要なことだし仕方ないと思うよ」

 なんだか複雑だな。でも、こちらが攻撃しなければこの世界に住む人たちがたくさん傷付くことになってしまうものね。
 現に、悪感情に呑み込まれて操られている人たちがたくさんいるわけだし……。

 しょんぼりと項垂れていると、マリエちゃんがポンッと軽く私の肩を叩いて明るい声を出した。

「ね、せっかく聖女だなんて大層な呼ばれ方してるんだからさ」

 それからいたずらっ子みたいな笑みを浮かべて……私を誘う。

「救済してやろうじゃない。禍獣の王を。幻獣人たちにだけ頼るんじゃなくて、私たち二人も!!」
「……うんっ!」

 マリエちゃんの笑顔は太陽みたいだ。金色に染まった髪も、とても似合ってるし、いつだって明るく私を照らしてくれる。
 時々雲がその光を隠してしまうこともあるけれど、必ずそこにあるから安心出来るのだ。

 やっとみんなの役に立てる。
 相変わらず聖女だなんて呼ばれるのはちょっとくすぐったいけど、力になれるならそれ以上に嬉しいことはないよ。

 さぁ、行こう。今も戦っているみんなの下へ。そして、禍獣の王の下へ……!
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